第百二十一話 氷の棺【ステラ】
あと五日か・・・。
残ってるのはミランダ隊とアリシア隊だけ。
けっこうかかったな・・・。
・・・その時が近付いている。
大丈夫・・・私に不安は無い。
◆
私の印を付ける作業は、訓練場にある大きな会議室を借りてやっていた。
ようやく今日で終わりだ・・・。
「私たちは、支援だけというのはできるか?」
アリシアが偉そうなことを言い出した。
注文ができる立場だとでも思ってるのかしら・・・。
「ずいぶん自信家ね。治癒無しでいいって言ってるの?」
「・・・ティララがいる。いつもそうしてきたからだ」
「え・・・アリシア様、さすがに聖女様と並べられるのは・・・」
ティララさんが顔を引きつらせた。
相談もしないで言い出したのか・・・。
まあ、私ほどじゃないけど彼女なら心配無い。
でも・・・それはさせられない。
「ティララさんが倒れたらどうするの?」
「それは・・・」
「何があるかわからない。・・・治癒は私が受け持つ、いいわね?」
「はい、私も戦います」
それにたった三人の負担が減っただけでそんなに変わりは無いしね。
◆
「はい、じゃあ脱いで下着も取ってね」
スコットさんとティララさんは終わって、鍛錬に戻った。
あとはアリシアだけ・・・。
「待て・・・二人は腕だっただろう・・・」
「あなたはお尻に付けてあげようと思ったの。恥ずかしい印にしてあげる。あ・・・文字にしてもいいわね」
「ふざけるな・・・。みんなと同じ印にしろ、そして腕でいい」
「ふふ・・・冗談なのに本気にしちゃって。・・・袖を捲ってちょうだい」
ちょっとからかっただけだ。
まあ、脱いだら本当にそうしたけど・・・。
◆
「・・・これで終わり」
「・・・ありがとう」
アリシアにも印を付け終わった。
今は二人きり・・・もう少し話してもいいかもしれない。
「ねえアリシア、あなたはジナスとの戦いには行かないのよね?」
確認しておきたかった。
「ああ・・・ニルスからルージュを守ってほしいと言われた。ステラも残るんだろう?」
「まあね、私は大事な運び屋だから、なにかあったら困るっても言われたの」
「私も大事な守り手だ」
張り合ってこないでよ・・・。
けど・・・やっぱりそうなるか。
「だが・・・私はニルスたちのことも心配だ。できれば一緒に行きたいが、ルージュのことを考えるとこうするしかない」
アリシアが腕を組んだ。
ああ・・・まだ話すんだ・・・。
「行きたいの?」
「・・・私はそのために作られたらしいからな」
「そうね。私も行きたいけど、正体と力を知られているからできないの」
「ステラは仕方ないが・・・万が一は考えているか?」
アリシアの目が鋭くなった。
・・・考えてるに決まってるでしょ。
「あなたは?」
「ニルスは強い、シロとミランダも大丈夫だろうとは思う・・・が、頭の片隅にはある。・・・もし、あの子たちがジナスに殺されてしまったら・・・私はどうにかなってしまうだろう」
「私も同じよ。そうなったら・・・ジナスを焼き尽くすまで追いかける」
まだなにも起こっていないのに怒りが湧いてくる。
だから、考えないようにしていたのに・・・。
「だがステラは輝石を持っていない」
「・・・煽ってるの?」
「そうじゃない。その時は・・・共に行く」
「・・・わかった。もし・・・もし万が一があれば、あなたを連れて洗い場に行く」
その時だけは協力しよう。
ただ・・・仇を討っても、みんながいない・・・。
「この話はここまでにしましょう。黒い感情が湧いてくるのはよくない。でも・・・忘れないでね」
「当たり前だ」
本当にこれ以上は考えたくない。
さて・・・気分を入れ換えよう。
「じゃあ、もう出てって。あと・・・毎朝ニルスに抱きついてるみたいだけど、もうやめてね」
「なんだと・・・」
「あなたの匂いが付くのが嫌なの」
「私も・・・お前の匂いを付けてほしくない」
なんで言い返してくるのかしら・・・。
・・・やっぱり嫌い。
あ・・・いいこと思い出した。
「ねえ、聖戦の剣を貸してくれる?触ってみたかったの」
「・・・構わないが、おそらく重いぞ」
ずっと忘れていた。
アリシアの剣も持てるのか・・・確かめたい。
「ふふ、やっぱり」
剣からアリシアの手が離れた。
「バカな・・・」
「事実よ」
私は聖戦の剣も持てる・・・。
女神との繋がりのおかげかもしれないけど、ニルスがくれた言葉を信じよう。
『オレと繋がったから・・・だったらよかったなって思っただけだよ』
きっとそうだよ。
あなたと繋がったから・・・。
「使い込んでる割に綺麗ね・・・ありがとう、返すわ」
「なぜ・・・持てるんだ・・・。これはケルトが魂の魔法を込めて作った。私たち家族しか・・・」
アリシアの顔がちょっとだけ青ざめていた。
焦っちゃって、もう少しからかってやろう。
「さあ、なんでかしらね。剣が私をあなただと思っているのか・・・それともケルトさんは、けっこう浮気者なのか・・・」
「そんな・・・はずは・・・」
アリシアは今にも涙を零しそうだ。
いい顔・・・これくらいにしてあげよう。
「冗談よ・・・たぶんニルスと繋がったからだと思うわ」
「なに・・・ニルスと・・・」
「そうよ。私を求めてくれる・・・たくさんの愛をくれるの。きのうの夜も・・・」
「・・・」
あら、こっちの方が嫌だったみたいな顔してる。
でも・・・。
「あなたには関係ないわ。早く子離れなさい」
「・・・」
「どうして睨むの?むしろ感謝してほしいくらいだわ」
「・・・」
アリシアは恐い顔のまま出ていった。
相当効いたわね、これ以上はかわいそうだからやめてあげよう。
◆
「ありがとうございます。では、儂は先に戻る」
ヴィクターの腕に私の印が付いた。
最後はミランダ隊だ。
必要なのはシロ以外の四人、これで終わりね。
「ちゃんと話すのは初めてだね」
「・・・俺にも口を聞いてくれるんだな」
ティムは「意外」って顔で私を見ている。
そりゃ・・・。
「同じミランダ隊の仲間でしょ。本当はずっと話したかったのよ」
「聖女ね・・・。わりーけど、俺はその内ニルスを潰すからな」
「頑張ってね。応援してるよ」
「・・・あっそ」
ふーん、とってもいい子じゃない。
なにより、ニルスが大好きって感じなのがいいわね。
「どうやってオレを潰すの?」
ニルスもティムが好きみたいだ。
気を許してる顔だしね。
「・・・うるせー」
「ケンカしないで。・・・はい、これでニルスも終わり」
「ありがとうステラ」
ニルスは腕に付いた印を優しく指で撫でた。
そういうところが好き・・・。
「おい、行こ―ゼニルス。アリシアが待ってる」
ティムがニルスの背中を叩いた。
やっぱり仲良しだね。
「勝手に走ってるから大丈夫だよ。あ・・・それより約束」
「あ?」
「戦場までにオレに剣を抜かせたら・・・もしかして忘れてた?」
「・・・」
二人の間には、なにか決めごとがあったみたいだ。
男同士の友情ってやつなのかな?
「ふーん・・・憶えてたのか」
「まあ・・・嫌なら無理にとは言わないけど」
「・・・別にいーよ。ただ、お前にだけだ。・・・誰もいねーとこに行く」
「そんな危ない話でもないと思うけど・・・。じゃあ、またねステラ」
ニルスが微笑んでくれた。
・・・気になるけどニルスにだけって感じだし、教えてくれるまで待つか。
「ちょっとあんたら怪しくない?誰もいないとこで何する気よ?」
黙っていたミランダが、嬉しそうな声を出した。
聞いてくれるのは助かる。
「関係ねーだろ・・・」
「あ・・・まさか・・・二人でどっちがデカいとか比べる気?」
なるほど・・・それだとなんとなく話が繋がるわね。
「んなわけねーだろ・・・。ちょっと話すだけだよ」
「なんの話?」
「・・・」
「ふーん・・・わかったわかった。もう聞かないよ」
ミランダはすぐに引いた。
そうよね、あんな顔されたら普通は踏み込めない。
◆
「なんだろうね」
「まあ・・・変なコトではなさそうね」
ニルスとティムは出ていった。
残った私たちにできるのは予想くらいだ。
「ニルスが、オレに剣を抜かせられたら、なんでも言うこと聞いてやるとか約束したんじゃないかな。で、ティムのお願いは、あたしたちがいたらとっても恥ずかしいことって感じ?」
「聞いた感じだと合ってるような気もするけど・・・」
「旅に出るの待ってくれとかじゃないかな。俺が勝つまでテーゼに残れって」
「ああ・・・それなら、さっきの寂しそうな顔も説明がつくわね。そして・・・私たちの前で言うのは恥ずかしい」
ティムは「聞かないで」って雰囲気を子どもみたいな顔で出していた。
だから、たぶんこの方向での予想は当たっているんだと思う。
「もしくは、剣を打ってくれとか?」
「あー・・・そっちもあいつからしたら人前で頼むのは恥ずかしいかもね。そしたら戦いが終わったら一回火山に行かないと」
「どっちにしろ、私たちにも関わるならニルスから教えてくれるよ」
「そうだね。まあ・・・旅に出るなとかだったら、もう一緒に連れてこう。召使いはいた方がいいもんね」
ミランダはなんだかんだティムを気に入っている。
弟みたいでかわいいんだろうな。
それに、一緒にか・・・いいかもね・・・。
「とりあえず腕を出してちょうだい。あなたで最後よ」
「あたしの隊は結界があるから大丈夫なんだけどな」
「一応よ、傷付いた人は察知できる。勝手に治してあげるからどんどんケガしていいからね」
「前線には出ないんだけど・・・ティムだって出さない」
それは状況によると思う。だから一応なのよ。
「あ・・・ねえ、これって洗い場ってとこに行っても繋がってるの?」
「うーん・・・ダメだと思う。あそこは狭間、これがあっても届かない」
「そっか・・・大丈夫、あたしが守るから」
「うん。信じてるよ」
ミランダの守護は強い、だから・・・きっと大丈夫。
はあ、これで全員・・・もうやることは無いかな・・・。
◆
戦場まであと四日。
今日は、ルージュとセレシュを預かっている。
『遊ぶのは戻ってからにする』
シロは朝から晩まで訓練場にいる。
もう、迷いは無いんだろう。
元気になってくれたのは嬉しい。
でも素直に色々言ってくれればよかったのに。
「ねえステラさん。会ったことあるけど、顔が思い出せない人っている?」
ルージュが切ない顔で私を見てきた。
うーん、この感じは・・・。
「私はそんなことないかな。というより、会ったことのある人が少ないからだと思う」
「そうなんだ・・・」
「どうしてそんなことを聞くの?」
「前に話したお兄ちゃんの顔・・・よくわからなくなってきたの・・・。目はお母さんと一緒だから大丈夫なんだけど・・・」
なるほど、ニルスがぼやけてきてるのか。
もう半年前、それも半日くらいしか一緒にいなかったらしいから当然だ。
「きっとまた会えるわ。だからそんなに悲しい顔をしないで」
「でも・・・忘れたくないの」
言いたい・・・教えたい・・・。
でもニルスは裏切れないな・・・。
でも、希望だけは渡そう。
「戦場が終わったらお祭りをやるらしいわね。二人とも知ってた?」
「知ってる・・・お父さんが言ってた・・・」
「わたしもお母さんから聞いた」
とても大きなお祭りになる。
また二人で手を繋いで歩けるはずだ。
「楽しいお祭りだろうから、きっとそのお兄さんも戻ってくると思うよ」
「あ・・・そっか、お祭りってみんな好きだもんね」
ルージュはすぐに笑ってくれた。
・・・まあ嘘はついていない。
あと四日、戦いが終わればそうなる。
◆
「オレは・・・明日の朝を最後の食事にする」
夕食が済むと、ニルスがみんなの顔を見回した。
そういえば吐くんだったわね・・・。
「やっぱり無理そうなの?」
「わかる・・・体がそうなってしまっているんだ」
こっちはアリシアとは関係無い。
戦場が嫌なのは変わらないってことか。
「全力・・・出せるの?」
「シロ、心配いらないよ。前もそうだったからな」
「それが不安だってシロは言ってんのよ」
ミランダがニルスを睨んだ。
「けど・・・どうしようもない。ずっと瞑想をしてるよ。それに吐いた方が体力を奪われる」
なんともしがたいわね。
動けはするでしょうけど、本来の力・・・一段階は落ちる。
「スープや柔らかいもの・・・野菜や果物をすりおろしたものはどうじゃ?」
ヴィクターも真剣な顔だ。
「・・・無理です。以前ルルさんが色々試してくれましたが、全部ダメでした」
ニルスは首を振った。
愛で・・・なんとかなればいいんだけど・・・。
「とりあえず・・・明日の朝はたくさんおいしい物を作るからしっかり食べてね。朝早くに市場に行って、いっぱい買ってこないと」
「ありがとうステラ。そうするよ」
できるのはそこまでかな・・・。
悔しいけど、仕方がない。
「まあ・・・あたしがいるから大丈夫よ。シロ、一緒に寝よ。今日はぬるめね、朝にかけて少しずつ温度上げて」
「わかった。でも枕にしたら一気に冷やすからね」
「そしたらあんたのアレ噛みちぎるからね」
「すぐ戻るから別にいいけど・・・」
ミランダがシロを連れて談話室を出ていった。
きのうとおとといはアリシアに取られたから寂しかったのかな。
◆
「明日からはここにいるの?」
「そうする。動かず・・・余計な体力は使わない」
私とニルスも寝室に入った。
「ん・・・今は・・・いいの?」
「余計ではないよ・・・」
ニルスは私を求めてくれた。
明日からは無理だから・・・。
内緒で活力の魔法をかけているせいか少し激しい。
息も荒く、本気で私を欲しているのがわかる。
「もっと・・・声が聞きたい」
ニルスがよく言ってくること・・・そうしてあげたいんだけど・・・。
「ダメだよ・・・今日もみんないるんだから・・・」
精霊の耳なら絶対に聞こえる。
もしミランダに渡していたりしたら本当に恥ずかしい。
「シロに・・・防音の結界を・・・」
「た、頼むのも恥ずかしいよ。それにミランダに勘繰られるし・・・」
私が張ってもいいけど、そうするとこっちに集中できなくなって嫌なのよね・・・。
ごめんねニルス。
そのかわり、明日の朝は気合を入れて作るよ。
◆
朝の鐘が鳴る前、ニルスを起こさないように寝室を出た。
朝市は戦いだ。
でも、欲しいものは必ず手に入れる・・・。
「おはようステラ、買い物は僕も一緒に行くね」
談話室に入るとシロがいた。
・・・やった。
「ありがとうシロ、荷物が無くなるから助かるわ。それと・・・覗いてないでしょうね?」
「恥ずかしがるのは人間だけだよ。それにずっとミランダに捕まってたし・・・」
「ミランダに精霊の耳を与えていないでしょうね?」
「してないよ。すぐに寝ちゃったし」
じゃあ聞こえていたのはシロだけか。
それなら気にしないようにしよう。
◆
「行こうステラ」
「うん、たくさん買おうね」
「転移は?」
「使わないよ」
私たちは夜明けと共に市場へ向かった。
今行けばいいものが買える。
三日間しっかり元気でいられる料理を用意してあげよう。
「ニルスは私とアリシアの料理、どっちが好きなのかしら」
「僕聞いたことあるよ。汁物はアリシアで、焼き物はステラって言ってた」
・・・ものによるのか。
色々終わったらアリシアに教えさせてあげよう。
「そういえば、シロはなにか悩みがあったのかしら?」
「え・・・どうしてそう思うの?」
シロはあからさまに焦った。
ふーん、私にはバレてないと思ってたのか。
「一緒に生活してるんだから見てればわかるよ。ニルスがなんとかするって言ってたから黙ってただけ」
本当は、信用して打ち明けてほしかったな。
「・・・ジナスに触れたことがあるのは僕だけ・・・戦うことじゃなくて・・・あいつと繋がるのが恐い」
シロの恐怖は、当然と言えば当然だ。
気配を探る時か・・・まあ心が直に触れるわけだからね。
「まだ恐いならやめてもいいのよ。その方がニルスと一緒にいれるし・・・」
「・・・意気地なしとか思わないんだね」
「思うわけないでしょ、大事な仲間なのに」
「うん・・・ごめんね、本当は嫌われるかもって疑ってたんだ」
正直に話してくれたから許してあげよう。
私もその気持ちはわかるから・・・。
「ステラは・・・絶対に次で終わらせたいと思ってた」
「もっと信頼してほしいわね。ニルスと同じくらいあなたも大切なのよ?」
「ありがとう・・・でも、僕は次で終わらせるつもりだ。逃げない・・・」
あら・・・ニルスみたいね。
それなら、きっと大丈夫。
◆
「あ、お姉ちゃんだ」
市場に近付いた時、知っている顔と出くわした。
この人も朝早くから買い物かしら?
「おはようございますセイラさん」
「お、シロ君にステラさん。おはようございます」
この人とお父さん・・・なんか裏がありそうなのよね。
ただ、聞いても教えてはくれないだろうけど。
「シロ君は精霊だからわかるけど、ステラさんは朝早いんですね」
「私はシロと似たようなものなので」
「聖女様だから?」
「ふふ、どうかしら。セイラさんの隠していることを教えていただけるなら、私もそれをお話ししますよ」
隠し事があるだろう人との駆け引きは楽しい。
尻尾を出したら逃がさない。
「隠している・・・なんの話かな・・・」
「お上手ですね。でも・・・あまり舐めないでほしいわ。なにか・・・人に言えないことがあるって話です」
「・・・なるほど、それはあなたも同じじゃないですか?ニルスに教えられないようなこともある・・・そう見えます」
同類か、勘の鋭さは同じくらいね。
だから・・・もっと仲良くなれそうだ。
「ふふ、冗談です。聖女だから眠らなくて平気ってことですよ」
「あ・・・ずるい。じゃあわたしも一つだけ・・・」
「なんでしょう?」
「たしかにわたしには、人には言えない隠し事がある・・・それだけです」
そっちの方がずるい。
誰にだってあるものだ。
「ごめんなさい、別にあなたになにかあるわけじゃないわ」
「わたしも気にしていませんよ。それに・・・体の痣を消してくれたこと、感謝してますし」
セイラさんは深く頭を下げた。
大人になってて気付かなかったけど、あの時の子だったのは驚いた。
助けて良かったと思う一人だ。
セイラさんがいたからニルスは旅人を夢見た。
・・・なんて素敵な繋がりなんだろう。
『あら・・・その子は?』
『挑んで来た男の・・・娘だそうです。痣がひどく・・・それと、目が・・・』
『その子だけ?認めたんでしょ?』
『この子だけでいいと・・・。治してほしいのです・・・』
もう二十年くらいは前だったな・・・。
本当の親にひどい仕打ちを受けていたって聞いた。
『私からもお願いします。女の子です・・・見捨てられません』
『お願いしますステラ様・・・』
『あのね・・・やらないとは言ってないでしょ?私をなんだと思ってるのよ・・・』
リンドウとヴィクターも心を痛めていて、私に頭を下げてきたっけ・・・。
待っていた人ではなかったけど、姿を見せて仲良くなっておけばよかったって今は思う。
あ・・・でもそうしていたら、髪の毛でアリシアとの関係がバレたりしたのかしら・・・。
そうなってたら・・・どうなってたんだろうな。
まあ・・・今がいいから、そんなこと考えても仕方ないか。
「前にも言ったけど、感謝はお父さんにしなさい。ヴィクターに認められるほど強かったのよ」
「お父さん大好きだよって毎日言ってますよ」
セイラさんはかわいく微笑んだ。
なるほど、それなら問題ない。
『懐かしい顔じゃ・・・すいぶん老けたのう』
『あんたこそすっかり爺さんだな』
ヴィクターもテッドさんを見て嬉しそうだったな。
再会してからは、たまに二人で酒場に行くようになってるし、戦いを通じて生まれた絆がずっと残っていたんだろう。
「では、勝利を祈っています」
「ありがとう。またお話ししてね」
「ええ、もっとゆっくりできる時に・・・シロ君、元気になってよかったね」
「うん、またね」
セイラさんは靴音を立てず、流れる水のように人混みに消えていった。
あの歩き方・・・ニルスもたまにやるけど、運び屋に必要なさそうなのよね。
あ・・・そういうことか・・・。
じゃあ全部知ってる私には隠すことないのに・・・。
『殺しの技、あの男はおそらくツキヨでしょう』
ヴィクターも言ってた覚えがある。
まあいい、私たちに害があるわけじゃ・・・違う、周りに人がいるから言えなかったんだ。
「シロ、急ぎましょ。早くしないとみんなが起きちゃうわ」
「うん」
とりあえず、今はお買い物が優先だ。
ニルス・・・楽しみにしててね。
◆
燻製にしたお肉と生肉、色とりどりの野菜、新鮮な卵、蜜のたくさん詰まってそうな果物・・・いいものがたくさん買えた。
あとは、帰りに焼き立てのパンを忘れなければいいだけだ。
「もう春風が吹く時期ね」
「日の出も早くなってる。もう暖かい空気はいらない?」
緩い空気の中歩くのは、心が穏やかになる。
話題もゆるーいものだからだろうな。
「朝は冷えるからまだ必要だと思うよ。私よりもミランダに確認した方がいいわね」
「そっか・・・じゃあまだ必要だね」
あとひと月あれば過ごしやすい空気にはなるだろうけど、その頃私は・・・。
◆
「僕ね、ニルスには万全の状態で戦ってほしいんだ」
もうすぐ家に着く、そんな時にシロが大人っぽく呟いた。
「私もそう思っているけど、これはどうしようも無いわ」
安らぎの魔法もたぶんダメそうだ。
つまり・・・私には打つ手が無い。
「ニルスと三日後まで話せなくなるけど・・・方法はあるんだ。みんながいいならそうしようと思う」
「・・・あるの?」
「うん」
なにか策があるのね。
なら・・・。
「いい状態で戦えるなら誰も反対はしないと思うよ」
「わかった、朝食の後で話す。ニルスに決めてもらうよ」
任せてみてもいいかもしれない。
たぶん精霊であるシロにしかできないことなんだろう。
◆
「ステラ、とってもおいしいよ」
「愛を一緒に入れたからよ」
「あたしまだおかわり欲しい」
「ミランダもどんどん食べてね」
食卓には幸福を並べた。
みんなにそれがあるようにと思って作ったから全部食べてほしい。
「ニルス殿、少し無理をしてでも詰めておくべきじゃ」
「はい、そうするつもりです」
「ん・・・ミランダ殿、それは儂の卵じゃ」
「げ・・・見えてたんだ・・・」
みんながおいしそうに食べてくれるから食事の時間は好きだ。
幸せな気持ちはどれだけ食べても飽きない。
いつでも欲しいものだよね。
◆
「ニルス、大事な話があるんだ。みんなも聞いてほしい」
「・・・」「・・・」「・・・」
シロの真剣な声に、みんなの顔が引き締まった。
楽しい食事のあとだから、もうちょっと緩んでてもよかったんだけど。
「どうしたの?なんでも聞くよ」
「僕は、ニルスに万全な状態で戦ってほしい」
さっき言っていた策のことだ。
なにをするのか、聞かせてもらいましょう。
「大丈夫だよ。余計な動きはしないでじっとしている」
「・・・もっといい方法がある。三日間を飛ばすことになるけど、僕はそうした方がいいと思うんだ」
「三日間・・・シロ殿、どんな方法か先に話していただきたい」
「それによるよね。あたしもそっちが聞きたいな」
そうね、内容がわからないから何も言えない。
「・・・氷の棺に入ってもらう。全身の流れを凍らせて止めるんだ。それで、今の状態で戦場の日まで・・・」
「ニルスを氷漬けにするってこと?」
「一瞬だから寒くはない。・・・ただ、その一瞬で戦場の日に行くことになる。・・・どうかな?」
私はその魔法を知らない、おそらく精霊の力だ。
シロにしか使えない類いのものなのかな?
「戦場でジナスにやられたあと・・・女神様からの呼びかけが無ければ、それで二人をテーゼに運ぼうとしてたんだ。流血も痛みも全部止められるから」
ふーん・・・けっこう便利かも。
「えっと・・・それをされた次の瞬間に、オレは三日後にいるってこと?」
「感覚としてはそういうことになる。目を閉じて、開けたら三日後」
「そしたら今すぐはダメじゃない?お腹にものが残ってる」
「じゃあお昼くらいに・・・」
それならいいかもしれない。
必要なのは心の準備だけだ。
逆に今までにない重圧がかかって、体が思うように動かなくなることがあるかもしれない。
「こうしておけばよかった・・・それを無くしたいんだ」
「シロ・・・」
「それか食べた物の吸収を助けることはできる。それでも吐くかは、やってみないとわからない」
どっちにしても不安はある。
氷の棺で三日後に飛んだニルスの心までは読めない。
吸収を助けたとしても吐く時は吐いてしまう。
「ニルス、決めるのは君だ。可能性の高い方を選んでほしい」
「・・・」
ニルスは腕を組んで目を閉じた。
どちらかを選ぶのは難しいんだろう。
◆
太陽は、朝食を食べ始めた頃は窓から見えた。
今はもっと高く昇り、外に出ないと見えない位置にまで移動している。
「・・・氷の棺がいいな」
ニルスはやっと目を開けた。
「ただ、解くのは前の日の夜にしてほしいんだ。できる?」
「できる。でもどうして?」
「眠っているルージュの頭を撫でてから行きたい。・・・そのあとはみんなで少し話したいんだ。それで、気持ちは落ち着くと思う」
開けられた窓から優しい春風が吹き込み、ニルスの髪をなびかせた。
あなたの気持ちはこの風と同じなんだろう。
だから心配は無さそうだ。
◆
「じゃあ、そろそろ・・・」
シロが私たちに声をかけた。
ニルスのお腹が落ち着くまで、ミランダもヴィクターも待っていてくれた。
旅立ちってわけじゃないけど、先に三日後に行く仲間を見送りたかったんだろう。
「ミランダ・・・お腹壊さないようにね」
「任せなさい。・・・今日からお酒は飲まないし、夜はちゃんと寝巻を着るし、シロに温めてもらうし・・・だから、大丈夫だよ」
「うん・・・またあとでね、ミランダ隊長」
ニルスはミランダを抱きしめた。
優しいけど力強い抱擁、あれは嬉しい。
「えへへ・・・なんか久しぶりだね」
「オレもそう思った」
私にもしてくれるのかな?
・・・考えるまでもないか。
◆
ミランダが離れて、次はヴィクターが前に出た。
「みんなを頼みます。特にティム・・・恐れが見えたらべモンドさんに言って止めてください」
「アリシア殿もいるから大丈夫じゃ・・・おお、儂にもしてくれるのか」
おじいちゃんも抱きしめられて嬉しそうだ。
「男に抱かれたのは初めてじゃが、ニルス殿だからか悪い気分はしないのう」
「お父さんと息子さんには?」
「その二人は別じゃ、帰ったら・・・息子にしてもらおうかの」
ふふ、奥さんともだよ。
◆
次はシロだ。
私は最後ってことね。
「シロ・・・なにか恐いことがあったらアリシアやみんなに話すんだよ」
「・・・うん」
「オレはずっとシロの味方だ。君が恐いと思うもの、すべてから守るよ」
「ニルスも恐かったら言ってね。僕が守ってあげるから」
シロの中の恐怖はまだ残っている。
だけど、信頼できる私たちと一緒なら越えていけるよね。
◆
「ステラ・・・」
ニルスに唇を奪われた。
まさかみんなの前でなんて・・・。
「へー・・・二人っきりだとあんな感じなんだ・・・」
「からかうものではない。静かに見守ろう」
「そうね・・・。シロ、戻ったらバニラにあれやってあげなよ」
「え・・・わかった」
みんなの声が聞こえるけど、全然気にならない。
お互いの存在を確かめ合うような口づけは、言葉以上の気持ちをくれた。
これは私にだけ・・・。
大丈夫、ほんの少しの間だけだから・・・。
◆
「じゃあシロ・・・頼むよ」
「うん、ニルスにとってはすぐだろうけど・・・」
シロはニルスを寝かせて部屋全体に冷気を集め出した。
わかる・・・これは私にはできない・・・。
「美しき身体、澄んだ魂、愛おしい心、穢れなき記憶・・・。幸福、希望と共に、氷の棺で眠れ・・・」
ニルスの体が透き通る氷で覆われた。
・・・体だけじゃない、魂も心も止まっている。
なるほど・・・こんな感じなのか・・・。
私とは違う・・・。
◆
「で、ニルスは先に前夜に行ったってわけね」
「そういうこと。じゃあ僕たちは訓練場に行こう」
「よーし、シロ、おじいちゃん行くよー!」
「血が騒ぐのう・・・」
みんないい顔で訓練場に向かった。
私は、あなたと二人きり・・・。
「また目を開けた時・・・私は必ずそばにいるからしっかり抱きしめてね」
「・・・」
こんなに冷たくなっちゃって・・・。
「私たちもすぐに追いつくから待っててね」
穏やかな顔を撫でて、私はみんなのシーツを取り換えに部屋を出た。
あと三日・・・私の心は、揺らぎはしない。
だって・・・必ず勝つし、みんな迎えに来てくれるもんね・・・。




