第百十九話 孤独【シロ】
テーゼに来たのは風の月の終わり・・・秋だった。
季節が変わって冬になったけど、それも終わろうとしている。
もう種の月・・・あとひと月・・・。
また戦場へ行って、僕はジナスと・・・。
◆
「というわけで・・・この家はあたしのものになりました。やっとすべての手続きが終わったので、みなさんにお知らせでした。これからもこうやってくつろいで構わないからね」
ミランダが得意気に胸を張った。
表情はとっても明るくて、戦いへの不安は一切見えない。
「いくら・・・したの?」
「え・・・まあ、大きいけどいわくつきだし千四百万。あと土地も・・・」
「待て!・・・べモンドさんに何をしたんだ?」
ニルスが慌て出した。
ずっと忘れてたけど、この家は借りてるんだったな。
「何って・・・お金出してくれただけだよ。ああ、もちろん持ち主はあたしだからね」
「何をしてお金を出してもらったんだ・・・。まさか・・・本当に寝たの?噂になってるし・・・いてっ」
ニルスの頭が叩かれた。
「失礼なこと言わないでよ。ちょっと早いけど、あたしの十九のお祝いってこと。それと・・・あたしの育ての親が関係してるんだと思う」
「ただの親切なら問題無いじゃろ。あの男は酒以外に楽しみが無い、金は持っとる」
「おじいちゃんは理解が早いわね」
「明日・・・お礼を言わなければ・・・」
家を買ってあげるなんてすごいな・・・。
「あたしこの家好きなんだ。本当は隊長の報奨金で買おうと思ってたんだけどね」
「私も好きだよ、いい家よね」
「ステラもそう思うでしょ?だから・・・このままにしておきたい。旅に疲れたら帰ってこれるところだよ」
みんなはどんな気持ちなんだろう?
旅・・・でもその前に戦いがある・・・。
もう色々と話が進んで、どうしても避けられないところまできている・・・。
◆
「そろそろ戦士たちに私の印をつけていかないとな・・・」
夜遅くに、ステラが僕の部屋に入ってきた。
ニルスが眠りについて、ちょっと退屈だから来たんだろう。
「印?」
「うん、領域じゃなくて個人ごとに繋がりを作る。その方がみんな自由に動けるでしょ?もうひと月も無いし、めんどうだけどやっておかないと」
ステラは明日から訓練場に通って、一人一人にそうするらしい。
・・・いよいよか。
最近時間の流れが早く感じる。
千人はもう決まっていて、今のところ辞退者は出ていない。
ステラも、戦士たちも、誰も迷ったりしてないんだろう・・・。
「ティムって子は酒場で顔を合わすくらいだったけど、ちゃんとお話ししておかないとね」
「そういえば、二人が話してるのって見たことない」
「うん、無いのよ。でも、ニルスがどんな子か教えてくれるんだ。どんどん強くなってるって嬉しそうに話すのよ」
たしかにティムは強くなった。
最近はアリシアの指示で、夜もちゃんと眠るようになっている。
だから僕も、夜はここにいることが多くなっていた。
時間の流れが変わったのは、みんなに余裕が生まれてきてからのような気がする。
戦士たちはその日を追いかけているけど、僕は追われているような感覚だ。
だから、早く感じる・・・。
◆
また朝になってしまった。
いつも通り訓練場・・・。
「おい見ろ!!ニルスに剣を抜かせたぞ!!!」
ティムが歓喜に似た声を上げた。
見ると、ニルスが攻撃を躱しきれずに剣で受け止めている。
「驕るなよ・・・だから負けるんだ」
「うおっ!!」
ティムはすぐに蹴り飛ばされてしまった。
でも、剣を抜かせられるくらい成長したんだな・・・。
「困るなーティムくん。戦場でそれだとみんなの足を引っ張っちゃうよ?」
ミランダが倒れたティムを見下ろした。
「ステラが危ない時にそんなんじゃ困るんだけど」
「・・・戦場までにどうにかなる。心配すんな・・・ミランダ隊長」
「わかってんじゃん。ほら早く立って。起こしてあげる優しい隊長でよかったねー」
「・・・従わねーとうるせーからな」
ティムがみんなと普通に接するようになったのはいつからかな?
・・・こんなことを思うくらい時間が経ったんだろう。
「ちょっとしたことで浮かれるな。お前の場合は自分自身が一番の敵じゃ」
「はあ・・・了解」
おじいちゃんに口答えも無くなった。
「必ず連撃、二の手、三の手を用意しておけとアリシア殿に教わったじゃろ?」
「次は・・・そうする」
強くなっている実感があるからなんだろうな。
それにおじいちゃんも、ティムがいないところでは褒めている。
・・・僕はどうなんだろう?
できることは全部やる・・・つもりだけど・・・。
「みんなに厳しくされてかわいそうだな。だが・・・私は違うぞ」
「てめー離せ!なんの真似だ!!」
アリシアがティムを抱きしめた。
「ニルスに剣を抜かせただろう?これはそのご褒美だ」
「いらねーんだよ!」
「嫌なら引き離してみろ」
「・・・」
無理なんだな・・・。
でも、ちょっと嬉しそうだ。
「つーかお前こえーんだよ・・・。ニルスとやってる時、気持ちわりー顔してる」
「気持ちいいの間違いだ」
「それが気持ちわりーんだよ・・・」
「お前もそれくらい強くしてやる・・・」
しばらく離してもらえなさそうだな・・・。
◆
「シロ、巨人を三体出してほしい」
イライザさんが僕の頭を撫でてきた。
僕は精霊だから鍛錬の必要が無い。
でも、みんなのお手伝いはできる。
「強さは?」
「殺すつもりでいい。私たちを囲むように出してくれ」
「・・・わかった」
「イライザ隊集合!!決死の覚悟で挑め!!」
ただ・・・本当に殺しそうになったらすぐに消す。
こんなことで死ぬなんて絶対にダメだしね。
「シロ、ついでに地竜を一体くれ」「その後でいい、集団戦をやりたいから二十くらい出してほしい」「こっちも待ってるよ」
僕の力はとっても役に立っている。
頼られるのは嬉しいけど、どうしてか心から喜べない・・・。
◆
お昼になって、僕はセレシュの家に来ていた。
シリウスから手紙が届いて、返事を一緒に書こうって約束してたからだ。
「シロ、どうしたの?」
「え・・・なにが?」
「なんか・・・元気ない・・・」
「いやなことあった?」
ルージュとセレシュが心配そうな顔で僕を見てきた。
元気か・・・。
「なんでもないよ。もうすぐ戦場だから、ちょっと考えることが多いだけ」
「そうなんだ・・・シロは戦うの・・・恐くないの?」
「別に・・・」
答えた時に、ちょっとだけ辛くなった。
『精霊封印は久しぶりだろ?体が重く、力も使えず、痛みもある。・・・そういえば、仲間を消していく時にずっと見せていたな』
なんで今になって思い出すんだろう?
大丈夫、僕には輝石があるんだから・・・。
「わたしはね、変な夢を見て恐い時はお母さんにぎゅっとしてもらうんだ。シロも恐かったらうちに来てやってもらうといいよ」
「・・・僕は大丈夫だよ。早く返事書こう?」
ルージュの見る悪夢とは違う。
それに、僕は恐くなんか・・・。
「シロ、お菓子食べる?」
「いらない・・・」
「・・・シロ?」
「さ、さっき食べてきたんだ。だから・・・大丈夫」
余計に辛くなってきた。
・・・どうして嘘をついてしまうんだろう?
◆
「さっきね、シリウスにお返事を書いて出してきたんだ」
「そうか、ありがとうシロ」
ルージュたちと別れて王様の所に来た。
忙しいだろうけど、こういう話は聞きたいよね。
「ねえ王様、戦場が終わったらシリウスに会いに行ける時間は増える?」
「・・・どうだろうな。忙しくはなるが、会う時間は必ず作るつもりだ」
「シリウスは、お母さんと畑に種まきをしたんだって。秋の収穫が楽しみって書いてたよ。僕たちにも食べてほしいって」
戦場が終わったあとのことを考えていた方が気持ちが楽になる。
そう、楽しいことだけ・・・。
「私はまだ返事を書けていないのだ。まずは目の前の戦いについて考えることが多い」
王様は溜め息をついた。
・・・やめてよ。
そんな話をしに来たんじゃないのに・・・。
「そっか・・・王様は忙しいみたいだから今日は帰るね」
「すまないな、また来てくれシロ」
「うん・・・」
戦いの話なんかしないでよ・・・。
考えたくないのに・・・。
◆
「あら、シロ君一人?」
「うん、お姉ちゃんとお喋りしに来た」
運び屋さんに来てみた。
ここは、戦場とは関係無い・・・。
『同じ秘密を持った仲間』
でもあるから・・・。
「あ、もしかして一緒にお仕事してくれる気になった?」
「いや・・・特に考えてないけど・・・」
「えー・・・わたしちょっとシロ君のこと気になってるのよねー。一緒にやりたいなー」
お姉ちゃんは僕の隣に座った。
仕事って殺し屋のことだよね?
あんまり興味は無いけど、戦場から遠ざかる話ならなんでもいい・・・。
「ニルスがやるなら手伝ってもいいよ」
「ニルス?・・・シロ君の意見は無いの?」
「え・・・」
「ニルスがじゃなくて、シロ君はどう思ってるのか聞きたいな」
そんなこと言われても・・・。
僕はニルスみたいになりたいから、同じことをしたいって思っただけなんだよな。
「興味は無いけど、楽しいなら・・・手伝ってもいいよ」
「楽しいってのとは違うけど・・・。でもまずは戦場が終わらないとね・・・」
「やめてよ!!そんなこと話しに来たんじゃない!!!」
大声を出してしまった。
「・・・シロ君?」
お姉ちゃんが悪いわけじゃない、謝らないと。
「ごめんなさい・・・」
怒らせたかな?
なんで強く言っちゃったんだろう・・・。
「・・・ねえシロ君、なんか悩んでるの?」
お姉ちゃんは「かわいそう」って顔で僕を見ていた。
「そんなことないよ。・・・なんでそう思うの?」
「・・・昔のニルスと同じ雰囲気してるなって」
頭を撫でられた。
この人の言う「昔」は、嫌々戦場に出ていた頃のニルス?
なんで僕がその時のニルスと同じに見えるんだろう・・・。
「なにか嫌なこととか、やりたくないことあるの?」
「そんなの無いよ・・・それにあったとしても・・・」
「どうにもならないって?」
「うん・・・」
だって・・・それは僕にしかできないことで替えがきかない。
本当に僕だけ・・・。
「シロ君、そのままにするのよくないんじゃない?」
「お姉ちゃんに・・・なにがわかるの?」
「わかる人に相談したらいいよ。わたしよりも信頼できる人いるんじゃない?」
なおさらできない。
信頼は、裏切られた時・・・憎しみに変わる。
僕にだってそうかもしれない・・・。
「・・・無理だよ」
「・・・困ったね」
「もう帰る・・・ごめんね」
「シロ君・・・」
お姉ちゃんの顔は見ないで扉に向かった。
一人の方がいい・・・。
「シロ君、一人ぼっちだって思っちゃダメだよ」
とても優しい声が聞こえたけど振り返らなかった。
来なきゃよかったな。
そういう言葉が欲しかったわけじゃない・・・。
◆
一日一日がより早くなってきた。
まるで殖の月が「早く来い」って僕を呼んでいるみたいだ。
その声は・・・ジナスのような気がしてくる・・・。
やだ・・・やだよ・・・。
誰か・・・。
「はあ、やっぱりめんどうね」
ステラが冷たい紅茶を用意してくれた。
もうすぐ朝日が昇る・・・。
また・・・追い詰められていく・・・。
「あと半分よ。けっこう疲れるのよね。・・・どうしたのシロ?」
「・・・なんでもない」
「・・・朝はなにが食べたい?」
「・・・なんでもいい」
・・・無理だ。
言えないよ・・・ステラはどうしても次で終わらせたいんだから・・・。
◆
嫌でも訓練場には来ないといけない。
誰か・・・。
「じーさんの息子も強いのか?」
「お前よりは弱い」
ティムとおじいちゃん・・・。
「そういうこと聞いてんじゃねーんだよ」
「熱くなるな。・・・まだまだじゃが、儂が生きてる間に強くせねばならん」
おじいちゃんも・・・無理だ。
子どもにも早く会いたいはず・・・。
「それと、明日にテッドがまた来てくれるぞ。楽しみじゃろ?」
「あのオヤジ見えねーから好きじゃねー」
「あれを捌ければニルス殿に近付けるぞ?足運びも見てもらえ」
「・・・やってやるよ」
ティムは・・・わからないな。
だけど、みんなと同じ気もする・・・。
◆
「メルダに手紙を書いたんだ」
「あっそ。早く出さないと戦場前に届かないよ」
「鳥を使っている所に頼むさ。・・・お前のことも少し書かせてもらった。今日・・・帰りに出していくつもりだ」
「なに勝手なことしてんのよ・・・」
軍団長さんとミランダが体を伸ばしていた。
あの二人は・・・。
「戦いを終わらせ、必ず迎えに行く・・・それだけでは短すぎたからな」
「やっぱりあたしを利用したんじゃん。・・・ねえ、ちょっとそれ貸して」
「開けるのか?」
「開けないよ。差出人のとこにあたしの名前も書いといてあげる」
言って・・・打ち明けて・・・いいのかな・・・。
「はい、これで出しやすくなったでしょ?・・・なんか緊張した顔だったからさ。早く会えるといいね」
「ミランダ・・・。そのためにはまず勝たねばならない。・・・走りに行くぞ、全力でだ」
「ちっ・・・休憩が短い」
できない・・・。
この二人も目の前の戦いをしっかり見ている。
僕も・・・そうしなきゃいけないのに・・・。
◆
ニルスとアリシアが休憩に入ってるのを見つけた。
頼れるのは・・・。
「ニルス、ルージュに会える日はもうすぐだな」
あ・・・。
「うん、あと十日・・・必ずそうする」
「祭りは・・・母さんも一緒に行きたい・・・」
「・・・好きにすればいい」
ダメだ・・・。
ニルスにだけは言えない。
だって全部知ってるもん・・・ルージュのために戦いに来てるんだもん。
「それと・・・これ、誕生日・・・」
「え・・・母さんに・・・」
「必要なものだ」
「なんだろうな・・・本?」
「大陸の歴史が書いてある。頑張ってね」
「・・・」
僕が思ってることを言ったらがっかりする。
それだけじゃない・・・戦士の人たち全員が僕を嫌うだろう・・・。
なんであと十日しかないの?
もっと時間があったじゃないか・・・。
◆
お昼で、誘われたからなんとなく食堂に付いてきた。
「シロ、最近一人でいることが多いけどなにかあった?」
ニルスが僕の目を見つめてきた。
たしかに・・・僕は最近あんまり話をしていない。
「え・・・なんにもないよ・・・」
「ぜんぜん食べてないね。元気無いの?」
ミランダがパンをちぎった。
「・・・ミランダにあげる。・・・忘れてるみたいだけど、僕は元々食べるなんてしなくていい」
嫌な言い方をしてしまった。
・・・やっぱり一人でいればよかったな。
「なんか悩みでもあんの?」
「なんでもない!放っておいてよ!」
「・・・どうしたのよ?心配してんでしょ」
「・・・ごめんなさい。・・・一人でいたい・・・今日はもう帰るよ」
僕は急いで食堂を出た。
いや・・・逃げたんだ。
◆
なんでこんなに不安なんだろう・・・。
変なのは僕だけなのかな?
誰にも言えない・・・。
精霊封印も無いのに、なんで体が震える感覚があるんだろう・・・。
『シロはもう強いよ。不安や思っていることをオレたちに伝えられる』
ニルス・・・そしたら僕は強くないよ・・・。
『じゃあ、ニルスはどう思う?僕は戦わないといけないの?』
『オレは嫌なら戦う必要はないと思う』
初めて話した日、ニルスはそう言ってくれたけど・・・たぶん今は違う。
戦ってほしいと思っているはずだ。
『今のお前は恐怖に打ち勝ったわけではない。怒りで蓋をしているだけだ。それはいずれ冷める・・・そうなった時、また臆病者に戻る』
悔しいのに・・・お前の言った通りになってしまった。
僕は、ジナスと繋がるのが恐い。
前みたいに言えなくなってしまったから・・・。
どうでもいい話 11
初期構想では、シロはニルスと同い年の人間でした。




