第百十八話 お断り【ミランダ】
本気で体を動かした日のお酒はおいしい。
家でおじいちゃんと飲むのもいいけど、酒場がいい時もある。
今日はどっちでもよかった。
ただ・・・誘われたから来ただけ。
ただ、それだけ・・・。
◆
「お前もずいぶん上達した。もう誰と組んでも問題無いだろう」
軍団長様はお酒を一気に口へ入れた。
褒めてくれんのは嬉しいんだけど・・・。
「ねえ、なんで毎回あたし一人だけ誘うの?おじいちゃんとかニルスもいるじゃん」
このおじさん、なんかあたしに付きっきりなのよね。
強くしてくれたことは感謝してるけど、どっちかって言うとウォルターさんの方が話しやすいんだけどな。
「ニルスはステラ様と一緒の方がいいだろう。ヴィクター殿は、夜もシロ殿と共にティムを鍛えている」
「ああ・・・」
ティムもよくやるわね。
昼間はアリシア様とニルスに揉まれて、疲れてんのに夜もか・・・。
「まあ・・・たしかにあたしは空いてるけど・・・噂になってんの知ってる?」
「どんな噂だ?」
「おじさんとあたしがデキてるって噂よ。・・・迷惑してんだからね」
遊撃隊のお姉さんから聞いた。
そんなこと・・・あるわけないじゃん。
「迷惑か・・・」
「当たり前でしょーよ。あたしおじさんの女みたいに言われてんだよ!そのせいで男が寄ってこない」
「私は最初ニルスの女だと思っていた。あいつならいいだろうが・・・他の戦士はやめた方がいい」
「そういうこと言ってんじゃないの。昼間はしごかれて、夜は突っ込まれてるみたいに思われてんだからね」
勘違いされてるのがムカつく。
ていうか、このおじさんがどう思ってるのかも聞いとかないとな。
「ねえ、なんであたしに付きっきりなのよ?」
はっきり答えてもらいたい。
本当にその気があるなら「現実見ろ」って言ってやらないといけないしね。
でも・・・そうじゃないのはなんとなくわかる。
ただ、どういう感情なのかを知りたい。
「色々あるが・・・まあ、ニルスの仲間だからだな」
「他にもいるよ」
「お前が一番弱いからな。・・・千人の中で一番だ」
おじさんは空いたグラスにお酒を注いた。
ぐ・・・自覚があるから何も言えない・・・。
「戦場・・・邪神との戦い。お前が安心できる強さならニルスも集中できるだろう」
「そりゃね・・・でもさっき上達したって言ってくれたよね?」
「想像以上だ。思いの強さか?」
「一番大事なことだからね」
シロもチルも言ってたしね。
大切な仲間はあたしが必ず守る。
だからおじさんの言うこともしっかり聞いて鍛えた。
でも、もっと・・・もっと強くなる。
◆
時の鐘が聞こえた。
まだ七つか・・・。
「一緒に座ってもよろしいですか?」
「かまわない・・・ルージュも一緒か」
アリシア様とルージュがあたしたちのテーブルに座った。
いつの間に来てたんだろう?
セレシュのとこからの帰りって感じかな。
「よかったねルージュ、今日はおじさんが好きな物食べさせてくれるんだって」
「本当?」
「そうだな、ルージュは何が好きなんだ?」
「お魚と果物と・・・とりさんのお肉」
「そうか・・・注文を頼む」
おじさんが手を挙げて女給を呼んだ。
ふーん・・・。
「べモンドさん大丈夫です。私たちは自分で・・・」
「遠慮するな。ルージュ、食べたいものを言ってくれ。飲み物も好きなだけ頼んでいいからな」
「ありがとう」
「すみません・・・」
なんかアリシア様やり辛そう。
出してくれるって言ってるんだから遠慮しなくていいのに。
「お礼についであげるね」
「・・・ありがとう。かわいい女給さんだ」
「ふふん・・・今日もおつかれさまでした」
ルージュが酒瓶を持って、おじさんのグラスに注いだ。
・・・アリシア様はこういうことできなさそうだな。
「ふたりでなんのお話してたの?」
「あたしがとっても強くなったって褒められてたのよ」
「ミランダの結界は元々強い、胎動の剣でなければ破れないからな」
アリシア様も褒めてくれた。
ふふ、気分よくなっちゃいそう。
「強度ではなく技術の話だ。まあ、戦闘に関してもそれなりに上達している」
「ふーん・・・」
ルージュは戦いの話はあんまり興味無いみたい。
「お魚まだかなー」
自分で聞いたのに、もう飽きたって顔だ。
まあ・・・お兄ちゃんみたいには絶対ならなそうね。
「自分でも力が付いていることを感じているだろ?」
「まあねー」
「日々の努力を積み上げてきたからだということを忘れるな。突然力に目覚める・・・そんなことはありえないんだ」
「え・・・」
アリシア様が口を開けて固まった。
「なんだアリシア?お前も最初から今の強さでは無かったはずだ」
「強さというか・・・叫びの力は突然目覚めたので・・・」
「・・・向こうの席へ移れ。それが嫌なら二度とそのことを話すな」
「あはは」
今のはおもしろかった。
きっと、カッコよく決めたかったんだろうな。
「すみませんでした・・・」
「あはは、まあアリシア様は別ってことで」
「・・・そうだな」
お酒のせいもあるかもしれないけど、おじさんの顔が赤くなってる。
珍しいものが見れたな。
◆
「ねえねえ、お母さんとぐんだんちょうさんはどっちが強いの?」
料理を食べ終わったルージュが無邪気な顔で二人を見た。
そういや打ち合ってるのは見たことなかったな。
ん?あたしに付きっきりだからだ・・・。
そっちはニルスとティムにべったりだから仕方ないか。
「私よりもお母さんの方が強いよ。なにせ雷神だからな」
おじさんは自分から負けを認めた。
たぶん、ルージュの前だからなんだろうな。
「そうなのお母さん?」
「べモンドさん・・・私はそうは思っていません。若くして軍団長になったのは強かったからでしょう?」
アリシア様は恥ずかしそうにしている。
娘が聞いてるんだから合わせてやればいいのに。
「そうだな・・・自慢じゃないが、一番強かったから軍団長にさせられた」
おじさんはなぜかあたしを見て言った。
「カッコいー」とか言うとでも思ったのかな?
「ただ、私はいつか本気でやってみたいと思っています」
「そうか、まあ鍛えておけよ小娘」
「そのつもりです」
実際どうなんだろうな。
やる時は呼んでもらお・・・絶対におもしろそうだ。
「お母さん・・・もう眠い・・・」
ルージュがアリシア様の服を引っ張った。
ふふ、子どもだし仕方ないよね。
「じゃあ、帰って休もうか。べモンドさん、私たちは先に帰ります」
「おじさん・・・ごちそうさまでした」
「残さず食べてえらかったな。・・・アリシア、明日も風神を頼むぞ」
「はい、そのつもりです。では、失礼します」
アリシア様はルージュを背負って酒場を出ていった。
あたしはどうしよっかな。
まだ・・・いてもいいか。
◆
九つ目の時の鐘が鳴った。
閉まるまでいてもいいかな・・・。
「余りもんでいい、なんか食わしてくれ・・・」
ティムが一人で入ってきてカウンターに座った。
シロとおじいちゃんは帰ったみたいだ。
ていうか、あたしたちに挨拶が無い・・・。
「余りものね・・・。生肉と生魚だとどっちがいい?」
「食えるわけねーだろ」
「あはは、からかっただけよ。それに、余りものじゃなくてちゃんと作ってあげるわ」
「助かる・・・」
ティムはルルさんと楽しそうだ。
たぶん、食べ物を作ってくれるからなんだろうな。
「今日はイライザさんのお弁当無かったのね」
「早めに食ったら腹減ったんだよ」
あいつ・・・イライザさんにも恵んでもらってたのか・・・。
「ふ・・・隊長に挨拶が無かったな。お前の隊はそれでいいのか?」
おじさんがいじわるな顔になっていた。
「いいわけないでしょ。まだ躾けないといけないみたいね」
それに、カウンターで一人よりもこっちの方がいいよね。
◆
「なんだよ・・・酒はいらねー」
ティムは呼んだら来てくれた。
まあ、隊長命令だしね。
「まあまあ、おじさんが奢ってくれるからさ」
「本当か?」
「ああいいぞ。なんでも食え」
おじさんは気前がいいな。
でも、その前に・・・。
「とりあえずさ、あんた隊長のあたしに挨拶してないよね?」
「軍団長にもだな」
「なんだお前ら・・・。気付かなかっただけだ」
たしかにティムは周りを見ないで、まっすぐカウンターに向かった。
「けど・・・悪かったよ。失礼いたしました・・・これでいいか?」
「よせよティム、ここは訓練場じゃないんだぞ」
「てめー・・・」
「あはは、早く頼んできなって」
躾けんのは今度でいいか。
今のやり取りは楽しかったからね。
◆
料理が届いてティムが食べ始めた。
・・・三人前くらいはあるな。
「テーゼに来るまでは何をしていた?飯を奢るかわりに少しは話せ」
おじさんがあたしのグラスにお酒を注いでくれた。
そうね、あたしも聞きたい。
「別に・・・旅だよ」
「一人でか?」
「ここに来る少し前までは・・・ミランダ以上の魔女と一緒にいた」
ティムは目を細めて微笑んだ。
意外だ・・・そんな女いたのか。
もうちょっと聞きたいから「魔女」は流してやろう。
「その女は恋人か?」
「そんなんじゃねーよ。・・・腕のいい薬師だった。人使いは・・・荒かったけどな」
「弟子ってこと?」
「違う・・・ただ、一緒にいただけだ。けど、色々世話になったから感謝してる・・・」
こいつが人に感謝するのは新鮮だ。
魔女って言うけどいい人だったんじゃん。
「その薬師はテーゼにいないのか?」
「戦場が終わるって話聞いて、俺はテーゼに行きてーって言った。そしたら、自分の風はそっちに吹いてねーってさ」
「止められなかったのか?」
「俺の風がそっちなら・・・行けってさ」
しばらく一緒にいた感じっぽいけど、けっこうあっさり別れたのね。
で・・・そのあとここに来て、ニルスにやられちゃったって感じかな。
「なんか気にくわねーけどさ。ニルス見てると・・・そいつを思い出す・・・」
「だから惚れたのか?」
「気持ちわりーこと言ってんじゃねーよ・・・。これ以上はもう教えねー」
惚れたっていうのは、その通りかもな。
かなり執着してるしね。
「ほらティム、たくさん食べなさい」
ルルさんが追加の料理を持ってきた。
・・・まだ頼んでたのか。
「食ったら戻る。もう話しかけんなよ」
「・・・スウェード家は全員そうなのか?」
「殺すぞ・・・。それ以上勘繰るな」
ティムは手を止めて、ビリビリくるくらいの殺気を放った。
・・・なにこいつ、急に怒ったけど。
「酒に酔って忘れてるみてーだな・・・」
「誰にも話していないのか?」
「・・・気付いたのはお前だけだ。触れ回ったら俺は消えるからな」
「悪かったよ。許してくれ」
おじさんは素直に謝った。
なになに・・・なんか知ってんのかな?
◆
「・・・じゃあな、俺は戻る」
ティムは食べ終わるとすぐに酒場を出て行った。
怒ってから喋りにくくなっちゃったな・・・。
「ねえ、あいつのことなんか知ってんの?」
もう聞くしかないよね。
「・・・知らないんだ。生まれも親も、あいつの口からは聞けていない」
「スウェードって知ってる感じだったじゃん」
「はっきりしないから言えないんだ」
おじさんはお酒の置いてある棚を見つめた。
これは教えてくれなさそうだ。
「だが・・・お前たちにはいつか話してくれるかもな」
「いつか・・・いつよ?」
「知らん。だが、ミランダ隊は気に入っているようじゃないか。仲間ならいずれ打ち明けてくれる」
「仲間でも言いたくないことはあるでしょ。あいつが話したくない感じなら無理には聞かないよ」
そこまであいつの昔に興味は無いからね。
でも、教えてくれるならちゃんと聞いてあげよう。
◆
「おじさんいつまでいるの?」
酒場にいた客が減ってきた。
なんだかんだ付き合っちゃったな・・・。
「そうだな・・・あと一杯飲んだら帰る」
おじさんはあたしを見て微笑んだ。
・・・ふーん。
「なんか今日は機嫌いい?」
「まあな・・・」
そろそろ帰ろうかなって思ってたけど、ちょっと予定変更。
おじさんがこんな感じなら昔の話聞けそうだ。
メルダとのこと、いつも適当に流されるんだよね。
「ねえねえ、メルダとどうだったのよ?」
「またその話か・・・何度か抱いただけだ」
やっぱり今日は結構聞けそうね。
「好きだったの?」
「どうだろうな・・・ただ、一緒にいると安らいだ。・・・お前といる時もそうだ」
「はあ?口説いてんじゃないわよ」
「安心しろ、お前に対してそんな気はない」
それはなんとなくわかる。
でもなんかもやもやするんだよね・・・。
この人があたしを見る目は「いい女」って感じじゃない。
「おじさんもネルズの生まれなの?」
「いや、俺はここからずっと東の山奥で生まれた。何もない村だったな・・・」
・・・俺?
「ふふ、私はどうしたのよ?」
「気を抜いてもいいだろう」
「あらべモンドさん、それならもう一本いかが?」
ルルさんがすかさずお酒を勧めに来た。
「・・・それで最後にするよ」
まだ飲めそうね。
「注いであげるから続きをお願いしまーす」
「仕方ないな。・・・若いからというだけで村の自警団をやらされていた。剣はその時からだ」
こういう話をするのはどんな気持ちの時なんだろうな。
あたしもおじさんくらいの歳になったら、若いのに聞かせたくなる時がくるのかしら・・・。
「で?」
「たまに魔物が出るんだ。倒していくうちにもっと強いのと戦いたい・・・そんな気持ちが湧いてきて旅に出た。・・・冒険者ってやつだ」
ニルスとアリシア様を合わせたみたいな感じね。
旅をしながら魔物を・・・どっかで聞いた気がする。
「なんか余計な話から入ったけど、あたしが聞きたいのはメルダとのことなんだけど」
「旅の途中・・・ネルズに寄った時だ」
「娼館目当て?女買いに行ったんでしょ?」
「・・・お前の頭の中はずっと春なのか?メルダは余計なことばかり教えていたみたいだな」
おじさんがあたしのおでこを指でつついてきた。
・・・仕方ないじゃん、娼館育ちはそっちの考えが先なのよ。
「・・・でも金鉱目当てってわけでもないでしょ?」
「金鉱の奥に魔物が入り込んで巣を作っていたんだ。報酬がいいと聞いたから狩りに行ったのさ」
「なーるほど・・・そこでってわけね」
「片付けて、夜に酒場で飲んでいたらメルダが現れた。・・・抱かせてやるとな」
意外・・・あのおばさんにもそんな若い頃あったんだな。
・・・当然か。
「・・・お前と話しているとメルダに会いたくなる・・・いい女だった」
「たぶん、今もいい女だよ」
「そうか・・・毎晩のように来ていて、少し鬱陶しいと思ってきたんだ。だから・・・戦士になるからネルズを出ると話した」
「あはは、メルダがふられたんだ。次帰ったらからかってやろ」
いい話のタネを貰った。
きっと顔真っ赤にして慌てるだろうな。
「いや、始めはテーゼまで付いてきたんだ。とりあえず共に暮らしていた」
「へえ・・・ちょっと鬱陶しいかも。ん?じゃあ何度か抱いたじゃなくて、何度も抱いたじゃない?」
「細かい奴だ・・・。隊長補佐、隊長・・・軍団長補佐・・・地位が上がっていくごとに忙しくなってな。構えないからネルズに戻れと言ったんだ。結婚もしていなかったのもあったかもしれないが・・・素直に帰ってくれたよ。そういえば・・・それから少しして、アリシアが来たな」
じゃあ、二十年くらいは会ってないってことか。
その時のメルダは、どんな気持ちだったんだろ・・・。
「帰らせたのは、本当に忙しかったから?」
「いや・・・縛られてる感じがして窮屈だったんだ。愛してる・・・それを言われた時、余計にな・・・冷めてしまったんだよ」
「・・・それ、あたしもわかる」
少しだけこの人の印象が変わった。
あたしと一緒だ。
自由が無くなるような圧迫感、その言葉からかかる重圧・・・嫌になるよね。
・・・でも、ニルスは違った。
『・・・で、あたしとシロを愛してくれてると』
『・・・うん、二人とも愛してる。・・・恥ずかしいな』
押さえつけるんじゃなくて解き放たれるような、おもいっきり泣いてすっきりしたあとみたいな清々しい気持ちになれた。
だから・・・あたしも愛してるんだろうな。
「でもさ、本当に戦士になることなかったんじゃない?」
「初めはそのつもりだったが・・・嘘をつきたくなかったのかもな」
「愛?」
「わからない・・・だがメルダと一緒にいた時よりも窮屈だ。・・・いつの間にか軍団長だからな」
あたしと違うのは、離れたあとに「やっぱり」って思う所か。
あたしは「さよなら」を言った相手に未練は一切無いからな。
「まあ気にしてもしょうがないって。愛ってさ、色々あるんだよ。その時のおじさんが欲しい愛じゃなかったんだね」
「だが・・・今さらだが・・・また欲しい。俺にも色々吐き出したいことがある・・・。ひとりよがりかもしれないが、慰めてほしい・・・」
「なら会いに行きゃいいじゃん。ちなみにあたしが知る限り、男の影は無かった。今は知らないけど、もしかしたら・・・おじさんが来るのを待ってるんじゃない?」
「そうか、男はいないのか。・・・戦いが終わったらそうしよう。大地をすべて取り戻したら迎えに行くと言ってしまったんだ。・・・本当にそうなるとは思っていなかったが、信じてくれていたのかもな」
おじさんは胸に手を当てた。
なんかうまいこといきそうな気がする。
そうなったらあたしが愛の架け橋ってことだよね。
「というわけで・・・メルダに会いに行く時、一緒に行かないか?」
「・・・やだ。なんでおじさんと二人で行かないといけないのよ」
「ダメか?」
おじさんの大きな手が頭に乗せられた。
その優しい顔はなんなのよ・・・。
「あたし旅人だもん。行くとしたらニルスたちとかな」
「そうだな・・・その方がいいかもしれない」
「そうそう、それに会いたいなら一人の方がいいって。あ、わかった。メルダに会いやすいようにあたしに近付いたなー」
おじさんはあたしといると「安らぐ」って言ってた。
なんか・・・わかる気がする。
・・・あたしも酔いが回ってきたかな。
「ふ・・・小娘を頼るほど臆病ではない。ただ、お前と一緒に会いに行きたかっただけだ」
「残念だったねー、お断りしまーす」
なんだかんだこの人と飲んでると楽しいんだよね。
まあ・・・酒場くらいだったらまた付き合ってやろう。
◆
「あなたたちは親子みたいに仲がいいわね」
いつの間にかルルさんがいた。
空いたお皿を下げに来たみたい。
「ルルさん、冗談やめてよ」
「だって噂になってるもの。ミランダ・・・本当に抱かれてないのね?」
ルルさんがあたしの胸をつついてきた。
疑ってるから聞いてくるのよね・・・。
「絶対に無い!まず好みじゃないしね!」
「べモンドさん・・・脅してこう言わせてるの?このあとは宿?」
「・・・小娘に欲情するわけがない」
「へー・・・ふーん・・・でも、二人きりで飲みには来るんだよねー」
ルルさんはいやらしく笑った。
まだ信じてないのか・・・。
「まあ・・・なんでもいいけどもう店を閉めたいのよね。グレンが起きて待っててくれてるから早く帰りたいんだけど」
「え・・・」
周りを見ると、客はあたしたちだけだった。
出てけってことか・・・。
「・・・おじさん、早く払ってよ」
「そうだな、お前を帰さないとおかしな噂が立つ・・・」
おじさんはニコニコしながら財布を出した。
ふふ、若い女と飲めたんだから当然よね。
「じゃあかえろ・・・おっと・・・」
「気を付けて立て・・・飲み過ぎたのか?」
「平気だよ・・・胸触ってる・・・」
ちょっとよろけてしまった。
まあ・・・こんくらいなら帰れる・・・。
◆
二人で酒場を出た。
明かりがどんどん消えていく・・・。
夜風は冷たいな。
・・・まだ紬の月だし仕方ない。
紬の月・・・ニルスと出逢って一年か。
この時期の温泉は気持ちいいのよね。
早くみんなで行きたいな・・・。
「なんか悪いね。送ってもらっちゃって・・・あ、そんなに早く歩かないでよ」
おじさんは、うまく歩けないあたしを見て「家まで送ってやる」って言ってくれた。
メルダがいいみたいだし、襲われることはないよね。
でも、もしそうなったら言いふらしてやろ・・・。
「あたし、殖の月生まれらしいんだけど知ってた?」
「・・・わかるわけないだろう」
そりゃそうだよね。
メルダが言ってただけだし、本当かどうかは誰もわからない。
「次でいくつになるんだ?」
「十九、お祝いくれてもいいんだよ?」
「十九・・・殖の月生まれか・・・」
おじさんが立ち止まった。
「なに?」
「いや・・・なにか欲しいものでもあるのか?」
「お?なんか乗ってきたね。言っちゃってもいいの?」
「・・・言ってみろ」
教えるくらいはいいか。
あたしの・・・いや、あたしたちのものにしたい・・・。
「・・・今借りてる家が欲しい」
「首なしの家か・・・」
「その呼び方やめてよ。なんも出ないって。・・・あの場所、誰にも取られたくないんだ。なにかあった時に逃げ込んだり、旅で疲れた時に安らげる場所にしたい」
「・・・そうか」
まあ、おじさんに買わせるわけにはいかない。
たぶんそんなに高くはないだろうから、隊長の報奨金で買うつもりだ。
「・・・明日はいつもより早めに切り上げるか」
おじさんがまた歩き始めた。
冷たい風が、また耳をこする。
「なんで?」
「あの家が欲しいんだろ?十九の祝いに買ってやろう」
「・・・は?」
あたしは間違いなく酔っている。
「・・・えへへ、冗談なんだけど」
だから、おじさんの言葉を理解するのに時間がかかった。
「欲しいと言ったのはお前だろう」
「なにそれ・・・お父さんでもあるまいし」
「そういう気分になる時もあるんだ。・・・明日はなにか予定があるのか?」
「鍛える以外無いよ・・・まあ、そんなに買いたいなら付き合ったげる。持ち主はあたしだからね?」
なんかふわふわして変な気持ちだ。
・・・強いのを飲み過ぎたからかな?
◆
「・・・俺がメルダとうまくいったらどう思う?」
おじさんがまた立ち止まった。
今度は星空を見上げてる。
悪いけど興味無いな。
それにあたしがどう思おうと関係ないじゃん。
「好きにしたらいいよ。でも・・・おじさんとおばさんがイチャイチャしてるのはきもちわるい」
「・・・今はどんな顔をしているんだろうな。さすがに皺は出ているか・・・」
「隠してんじゃない?あのおばさん、若作りだけは達者だからね。あたしなんかよりずっと魔女だよ」
「・・・楽しみだ。うまくいけばお前の父親になるかもな・・・」
む、調子に乗ってるな。
言い返したいけどダメそうだ・・・大声出すと吐きそう・・・。
「それだけは・・・お断りよ」
あたしは最後の力で、体を預けている背中にそっと呟いた。
まったく・・・そんなこと言われたら、熱くなってくるじゃん。
あとふた月・・・やれるだけやってやろう。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
次回から第四部となります。




