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Our Story  作者: NeRix
水の章 第三部
121/481

第百十六話 再会【ニルス】

 もう明けの月になってしまった。

時間の流れが早い・・・。


 戦いまで、あと三ヶ月・・・まだまだ鍛える。

一瞬、一撃・・・それができるくらいに。

そうすればすぐに帰ってこれるからな。


 それと・・・絶対に死なないために。

大丈夫、もう不安は無い。



 「ミランダ、ちょっと食べてみてよ」

戸惑いと不安が無くなって、心に余裕が生まれていた。

 「お・・・干し肉じゃん」

だから、仲間が好きだと言った物を内緒で作ってみた。

おいしくできてるといいんだけど・・・。


 「あれ・・・前はもっと・・・なんか・・・」

ミランダはひと口食べて首を傾けた。

やっぱり違うか・・・。


 「まずくはない?」

「うん、おいしいんだけど・・・ちょっと違う。味っていうか・・・」

「わかってる。たぶん空気だと思うんだ。あそこで作らないとダメみたいだね」

「そっか・・・じゃあ全部終わったらまた食べさせてよ」

食べかけがオレの口に入れられた。

そうだな、全部終わったら・・・。


 「食べないのであれば酒のつまみにしてもいいかのう」

ヴィクターさんが物欲しそうに見ていた。

 「食べないとは言ってないよ。一緒に飲もうよ」

「・・・いい葡萄のを頼んである。三日後に手に入るんじゃ」

「いいじゃんいいじゃん。飲みながらくちゃくちゃしようよ」

「楽しみにしておくよ。では、そろそろ訓練場に行こうかのう」

まあ、ちゃんと食べてくれるならなんでもいい。



 「・・・ふざけてるのか?」

「・・・教官のような顔をするな。母さんはお前の笑顔が好きなのに・・・」

アリシアが口を尖らせた。

 「ごまかすなよ」

「そんなつもりは無い。大体・・・なぜそこまで怒る・・・」

心に余裕が生まれたことで、もう一つ始めることにした。

これから毎日、昼休みの食堂で・・・。


 「間違ってるからだよ。・・・そこはキビナだ。父さんのいた火山は・・・ここ」

「地図なんか持ってこなければよかった・・・楽しく話せると思ったのに・・・」

アリシアは本当に地理がダメらしくて、北部と南部をなんとなく知っている程度だ。


 『テーゼの場所も知らないって・・・』

『じ、自分の住んでいる場所くらい・・・わかるさ』

『訓練場に持ってきてくれれば教えるよ』

あの時は軽く考えていたけど、冷静になると不安がどんどん浮かんできた。

 将来ルージュが恥をかくんじゃ・・・。

いや、絶対そうなるからだ。


 「・・・というか、山は当たっているじゃないか」

「ダメだ覚えろ。間違ったことを教えて、ルージュがアカデミーでバカにされたらどうするんだ?」

「む・・・それはダメだ」

「なら真面目に頭に入れろよ」

なんで母親にこんなこと言わなきゃいけないんだ・・・。


 「・・・ミランダ、私たちは外で休もっか。早くべモンドさんとこに行かないとでしょ」

「まあ・・・そうですね・・・」

「・・・俺も外行こ」

同じテーブルにいたティララさん、ミランダ、スコットさんが席を立った。

三人は、アリシアの勉強について口出しする気は無いみたいだ。


 「雷神ってバカだったんだな・・・」

見ていたティムがはっきりと言ってしまった。

・・・たぶん、そうなんだろう。


 「なんだとティム!文句があるなら拳で来い!!」

「・・・だからバカだっつってんだよ。ガキの頃からそれやってただろ?」

「な・・・ルルが喋ったのか・・・」

「いや・・・わかんだろ・・・」

ティムが呆れている。

 勉強について聞いたことは無かったっけ・・・。

だから気付かなかったのかな?


 「お、仲良くお勉強か?」

ウォルターさんがオレたちのテーブルに座った。

きっとからかいに来たんだろう。


 「お・・・頭悪そーな顔がもうひとり来たぞ。おいニルス、おっさんとアリシアのどっちがバカか確かめよ―ぜ」

ティムはアリシアとウォルターさんを見て笑った。

・・・お前も一緒じゃないのか?

 「なんだお前・・・地理なんて誰でもわかるだろ。なあ、アリシア?」

「・・・」

アリシアは答えなかった。

まあ・・・やってみるか。


 「じゃあ・・・メネ海岸の場所をせーので指さしてください。・・・せーの」

「・・・ここだ、景色が綺麗なとこだな」

ウォルターさんは、迷わず地図に指を付けた。

テーゼから西、割と近いし知ってて当たり前だよな。

 「・・・おいアリシア、お前の指はなんで海にあるんだ?」

「・・・」

でも、当たり前じゃない人もいる。


 「ああ・・・アカデミーは行ってただけだったってルルちゃんが言ってたな。たしかできるのは・・・読み書きと簡単な計算だけ。あ・・・十三の時点で、王の名前もちゃんと覚えてなかったらしいぞ」

気が遠くなった。

・・・嘘だろ。

 「そ、それは間違いです!!!」

「おいおい全部聞いてんぞ。月の名前も覚えんの遅かったらしいな。教官に呼ばれて詰められたんだろ?」

「そんな話・・・知りませんね・・・」

「イライザからも聞いたぞ。ニルスが腹にいる時、医者に性別教えろって言ったらしいな。お前、法律って知ってるか?」

・・・本当ならやばい人だ。

さすがに話を膨らませただけのはず・・・。


 「医者には・・・冗談で言ってみただけで・・・」

「へー、そうだったのか。じゃあ、王の名前言ってみろよ」

「・・・めるきゅえ」

「おい聞いたかニルスくーん」

真実らしい・・・。


 「・・・地理だけじゃねーのかよ。つーかめるきゅえって誰だ?・・・さすがにやべーだろ」

ティムが食べ終わった食器を重ねた。

 「それに地図の見方なんて教わる以前の話だろ。海岸がなんで海のど真ん中にあんだよ」

「黙れティム・・・。そうだ、この地図には地名が書いていない。普通はある・・・だから覚える必要などないだろう」

「そいつは勉強用だろ?・・・数字が振ってあるから地名は裏に書いて・・・おい、拳握ってんじゃねーよ」

置いていった地図を取っててくれたことは嬉しかったけど、自分の街も父さんのいた場所もわからないのはひどすぎる。


 「アカデミー出たてのくせにオーゼの川も知らなかったってテッドさんが言ってたぞ。その割に子どもの作り方はわかってたんだな」

「ウォルターさん・・・やめてください」

「ニルスが心配になるのは当然だよ。ルージュから勉強を教えてくれって言われたらどうする気だ?」

「・・・」

黙るなよ・・・どうするんだよ・・・。


 「そ、そうだニルス、きのうテッドさんが帰ってきていたぞ。色々話したんだ。セイラも夕暮れ前には戻ってくるらしい。今日はこの辺で切り上げて会いに行ってやったらどうだ?」

アリシアは見てわかるくらい焦っていた。

 誤魔化してきたな・・・。

けど、この話は流せない。


 「じゃあそうするよ。アリシア、帰ったら今日教えたことを地図を見返してちゃんと覚えろ。明日も同じことを聞くからな」

「・・・わかった。ティム・・・今からは私が相手をしてやる」

アリシアは立ち上がって、ティムの腕を引いた。

 「憂さ晴らしする気じゃねーだろーな・・・」

「それとこれとは別だ。戦場までに、ニルスに剣を抜かせられるようにしなければいけないからな」

・・・それくらい熱心に勉強しろ。


 「じゃあ頼むよ」

オレも立ち上がった。

 セイラさん、やっと会えるな。

オレに夢をくれた人、旅の話をたくさん聞いてもらいたい。


 「あ・・・そうだニルス、ずっと忘れていたことがあるんだ」

アリシアが振り返った。

・・・隠し事じゃなくてか?


 「なに?」

「ケルトと共に装飾を学んだという人がこの街にいる。私とケルトを引き合わせてくれたんだ」

「そんな人いたのか・・・。早く言ってよ」

「す、すまない、怒らないでくれ。・・・ユーゴ・エキャントという人だ。北区の外れで、装飾品の店をやっている。時間があれば行ってみるといい」

そうだな、どんな人なのか興味はある。

それに父さんと一緒にか・・・先に行ってみよう。



 「今日セイラさんに会ってくる。酒場に誘うからみんなを連れてきて」

外にいたミランダに伝えた。

仲間も紹介しないといけない。


 「お、いいね。おじさん、今日は早く帰る」

ミランダがべモンドさんの腕を叩いた。

 「そうか、楽しんできたらいい」

べモンドさんはミランダに教えてる時間が一番多い。

見てると動きもよくなってるし、教え方がいいんだろう。


 「それとニルス、お前とアリシアでどっちが勝つかの賭けが流行っている。早く帰る日はみんなに伝えてから行け」

「え・・・やですよ。勝手にやってるだけじゃないですか」

「・・・あたしきのう負けたんだよね。あんたに賭けたのに・・・」

「と、とにかくオレはもう出ます!頼むよミランダ」

とりあえず心配は無いし、早く向かうか。

面倒事はごめんだ・・・。



 アリシアから教えてもらった店に入った。


 綺麗な首飾りや腕輪、宝石の散りばめられた鏡、美しい装飾の付いた短剣なんかが見栄えも考えられて並べられている。

 ・・・父さんとはちょっと違う。

また別の才能って感じだ。


 「あの・・・ユーゴさんという方はいますか?」

返事は無かった。

奥かな?たぶん工房があるんだろう。


 北区はお金持ちが多いところだ。

そのおかげで見回りの衛兵も多く、犯罪件数も少ない。

・・・けど、不用心だな。


 「盗人かもしれませんよ。早く出てきてください。あ・・・」

奥から物音が聞こえた。

やっぱりいたみたいだ。



 「騒がしいな・・・」

出てきたのは、気分が悪そうな顔の男の人だった。

 「そういう客はお断りしてるんだ」

手には宝石用のやすりを持っている。

邪魔しちゃったか・・・。

 

 「客であって客じゃないって感じです」

「あ?お前何言ってんだ?買わなくていいから帰れ」

この店は客を選ぶのか・・・。

まあ、事情を説明しよう。


 「あの、父さん・・・ケルト・ホープと一緒に装飾を学んだ方と聞いて会いに来ました」

オレはマントの帽子を下ろした。

髪の毛を見せれば早い。


 「ケルト・・・お前・・・アリシアのガキか?」

「はい、ニルスと言います」

「座れ、話してやる」

父さんの名前を出したら、さっきまでの顔が急に元気になった。

オレが息子じゃなかったら追い出されてたかも・・・。



 「飲め、金持ち客に出す用の特級茶葉だ」

ユーゴさんが紅茶を淹れてくれた。

 「あ・・・ありがとうございます」

まあ、そういう人たちが来る店だからな。


 「アリシアも最近来たんだ。ケルトは・・・死んだらしいな」

ユーゴさんの顔が曇った。

言わないわけにはいかない。

 「はい・・・ユーゴさんのことは、今日初めて母から聞いたんです」

「そりゃそうだろ。お前に父親のことは隠しておきたいとか言ってたからな。紹介できるはずない」

「もうその必要が無いので教えてくれたんだと思います」

ただ・・・今日まで忘れてたみたいだけどな。


 「・・・ところで、その腰に下げてるやつ」

ユーゴさんが胎動の剣を指さした。

せっかくだから見てもらおう。


 「これは・・・父さんの最後の作品です。ぜひ、見ていただきたいです」

「精霊鉱か・・・。先に作った二つはアリシアから見せてもらったことがある」

「はい、そしてオレたち家族しか持てません」

オレはテーブルの上に剣を置いた。

 「・・・」

ユーゴさんは鞘の装飾を食い入るように見ている。


 「男のお前が使うにしては女々しい感じだな。明らかに女向けだ。・・・反対も見せてくれ」

さすがだ・・・わかるんだ。

 「これは・・・妹に見せたいと言ってこうしてもらいました。幸福な未来、輝きだす夢、青空にかかる虹・・・父さんの中にある美しいものを全部形にしたと・・・」

「なるほど・・・わかるよ」

「あと・・・この剣の刃はオレも共に打ちました。どうでしょうか?」

「いい腕だ・・・」

褒められた・・・嬉しいな。


 なんだかいい気分だ。

好きなだけ見させてあげよう。



 「煮詰まってたがこれを見て閃いた。・・・悪いが今日は帰ってくれ」

ユーゴさんが顔を上げた。

父さんの装飾を見て、気持ちが入っちゃったのかな。


 「わかりました。今日は・・・父さんの弟子として挨拶に来ただけなので」

「戦場が終わるんだろ?落ち着いたら・・・いつでも来ていい。またな」

「はい、そうさせていただきます。では・・・」

オレはユーゴさんの店を出た。


 綺麗な物がいっぱいあったな。

ステラも、ああいうの欲しかったりするのかな?


 『戦いが終わったら・・・オレも君に贈り物をしたい。綺麗なのを作ってあげる』

『うーん・・・私はあなたが欲しいな』

っては言ってたけど、やっぱり貰えば嬉しいはずだ。


 ああ・・・早く作ってあげたい。

父さんは指輪を母さんに、ブローチをルージュに残した。

オレもステラに自分の作品を渡したい。


 落ち着いたら・・・旅に出る前に火山でそれを作ろう。

そうだ、ルージュにも父さんの家を見せてやらないとな。


 ふふ、終わったあとを思うと胸が高鳴る。

だから・・・勝たないといけないんだ。



 運び屋ローズウッドの看板が見えた。

そして、外で馬車を磨くテッドさんも・・・。


 「テッドさーん」

「・・・ニルス、よく来たな。アリシアに教えてもらったのか?」

テッドさんはすぐに気付いてくれた。

 凪の月にちょっと会って以来だ。

遠くに荷物を運ぶ依頼が入っていて、すぐ出るところで偶然会えたんだったな・・・。



 「今回はどこまで行ってたんですか?」

「他言できない荷物ってのもある。つまり・・・教えられない」

「なるほど・・・」

「あはは、冗談だよ。南東のフラスって港町だ。・・・潮の香りに包まれて、海鮮を飽きるまで食ってきた。居心地がよくてな・・・しばらくゆっくりしてたんだよ」

テッドさんは頭を撫でてくれた。


 この人は、稼ぎたくて運び屋をやっているわけじゃない。

お金は功労者の報奨金とかで充分あるから、暇つぶしで運び屋を始めたって聞いている。

たぶん、旅が好きなんだろう。


 「詳しくは教えないことにする。・・・自分で見に行った方がいいだろ?」

「・・・はい。戦いが終わったらそうします」

「頑張れよ。・・・もうすぐセイラも戻る。そこで座って待ってたらいい」

「そうします」

オレは店の前に置いてある椅子に腰を下ろした。

 ・・・懐かしいな。

子どもの頃も、ここに座ってセイラさんが来るのを待ってたっけ・・・。


 「アリシアはいい顔してたな。毎日お前を抱きしめてるって言ってたぞ」

「あはは・・・もう、わだかまりはありません」

「いいことだ。随分振り回されたけどな」

「・・・すみませんでした」

色々話したって言ってたから、オレから説明することは無いんだろうな。


 「新聞で見たが、最後の戦場は精霊と聖女が協力するらしいな」

「そうですね、新聞の通りですよ」

「騎士に認められたんだってな?新聞には、お前について一切書かれていなかった。・・・詳しく聞きたい」

「オレは目立ちたくないので、今回も名前を公表したくないんです。それと・・・詳しいことは話せません」

これ以上は教えられない。

でも・・・色々落ち着いたら、テッドさんとセイラさんには話してあげたいな。


 「アリシアも話せないと言っていた。あいつが口を割らないほどの守秘なのか?」

「すみません・・・」

「わかったよ。とりあえず・・・終わるんだろ?」

「オレたち次第ですけど、そうなるようにみんな鍛えています」

うーん・・・この人たちに隠し事したくないな。


 夢をくれた人たち・・・やっぱり今日教えてあげよう。


 「あの、今夜セイラさんを酒場に連れて行こうと思ってるんです。旅で出逢った仲間も紹介したくて・・・」

「直接聞けばいい」

「テッドさんも来てください」

「・・・」

テッドさんはニヤリと笑った。

いいってことだな。


 「精霊、それと・・・聖女と騎士もいるのか?」

「来てくれるはずですね。その時に・・・教えられることは話そうかなって・・・」

「・・・口の軽い奴だな。まあいい、色々片付けたら行く」

「待ってますからね」

お金も出そう。

感謝もしてるから・・・。



 遠くからゴトゴトと車輪の音が聞こえてきた。

なにも荷物を積んでいないみたいで音が軽い。


 「あーーー!!ニルスーーー!!!」

御者台にいた女の人は、オレの姿を見ると大きく手を振って笑ってくれた。

約二年ぶり、そんなに変わってないな・・・。



 「いつ帰ってきたのよー。わたしに言わないとダメでしょ」

セイラさんは、馬車を飛び降りるとオレを抱きしめてくれた。

やっぱり変わってない。


 「いなかったのにどうやって・・・あれ・・・」

鼻に嫌な匂いが入ってきた。

・・・この香りは・・・血?

 「・・・」

オレが鼻をきかせたからなのか、セイラさんは素早く離れた。

ケガでもして、服に血が付いたままだったのかな?


 「おお、なんか背が伸びたね・・・よけいカッコよくなってる」

「あはは、そうかな」

「・・・ん?なんか明るいね。お姉ちゃん・・・お母さんにはもう会ったの?」

「まあね・・・もう大丈夫なんだ」

堂々と言える。

この人もずっと気にかけていてくれたからな。


 「その話、詳しく聞きたいわね」

「そのつもりだよ。あと、旅の話と・・・仲間を紹介したいんだ。だから、今夜ルルさんの店に一緒に行かない?」

「へえ、女性を軽く誘えるようになったのね。色々経験したってこと?」

セイラさんはいやらしく笑った。


 ・・・たしかに色々経験したからな。

例えば、今身に付けている・・・。


 「ねえ見て。このマント、太陽蜘蛛の縦糸で作ったんだよ。研究してた人に会ったんだ。・・・憶えてる?」

「太陽蜘蛛・・・ええと・・・んー・・・ニコル、だっけ?」

「そうニコルさん、あの人のおかげなんだ」

「思い出した・・・。ずっと前じゃない、じゃあ研究は進んでるってことなんだ?」

オレは頷くだけで答えた。

それもあとで教えてあげよう。


 「ふーん・・・とりあえず話は夜ってことね。ニルスは酒場で待ってていいよ。わたしは先に・・・ちょっとお掃除しないといけないから」

セイラさんが馬車を見つめた。

 「なんだ、それなら昔みたいに手伝うよ」

「あ・・・ダメ!待って!」

「忘れてないよ」

静止を無視して荷台へ回った。

 まずは風通しをよくして、中を箒で掃かないとな。

終わったら水をかけてよく磨く・・・ちゃんと憶えてる。


 「まずは・・・」

オレは荷台を開けた。

 「え・・・う・・・」

中の空気を吸った瞬間に吐き気を催した。


 なんだこれ・・・なにも乗せてないのに血の匂い・・・。

耐えきれずに閉めた。


 「ニルス・・・掃除はわたしがやるから・・・」

振り返ると、真顔のセイラさんが立っていた。

さっきまでの緩い空気が嘘みたいに冷たい声・・・。


 「・・・何を運んでたの?」

「・・・」

セイラさんは溜め息をついて目を逸らした。

このまま気付いてないふりはしちゃダメな気がする。

 「なんとなくわかる・・・獣の血じゃない。たぶん・・・人間?」

「・・・なにも聞かないでほしいの」

感情無く発せられた声に、オレの背筋が凍り付いた。


 「中で・・・誰か死んだの?」

「・・・」

「・・・殺した?」

「・・・」

「なにが・・・ぐ・・・」

頭に衝撃があった。

目の前が黒く染まっていく・・・。


 「お父さん・・・」

意識が無くなる前に、悲しみに満ちた声が聞こえた・・・。



 ・・・えっと・・・オレはどうしたんだっけ・・・。

眠りから覚めた。

薄く漂っていた自分が少しずつ戻ってきている。


 ああ、たしか頭・・・誰かに後ろから殴られた?目の前が暗い・・・。

暗闇の中で、オレは動けずにいた。


 ・・・座らされてるな。

手足は椅子に縛られて・・・暗いんじゃなくて目隠しをされてる。

 口にはなにか布を詰められてて話せない。

なんだよこれ・・・。


 「お父さん早く答えて、どうする気なのよ!」

声・・・セイラさんだ。

近く、別の部屋か・・・。

 「落ち着け・・・俺も悪かった。衝動的に殴ってしまった」

テッドさんもいる。

 あの人に殴られた?

頭ははっきりしてきたけど、ここから動くのは無理そうだ。

 

 火の魔法で焼けないかな・・・出せない?

口の中が苦い・・・。入れられた布からなにか漏れ出してきている。

・・・これのせいか魔法が使えない。

 せめて小さな火でも出せれば・・・。

剣は腰にあるのか?感覚がわからないな・・・。


 考えることしかできなかった。

状況が読めないし、動けない・・・。


 「何とか誤魔化せたかもしれないのに・・・」

「ニルスじゃ無理だろう。・・・血の匂いを嗅ぎ分けられるみたいだ。何をどう誤魔化すって言うんだ?」

「ニルスは信用できると思う・・・」

「信用は必要無い。ニルスはこちら側には来ないだろうしな」

聞こえてくる話から状況を探るしかない。

ていうか・・・あの二人はいったい何を言ってるんだ?


 「・・・殺すしかない」

「本気?ニルスだよ!お姉ちゃんが悲しむ!」

「ダメだ・・・探る可能性がある者は消す」

テッドさんの声が物騒なことを言っている。

 ・・・これは現実か?

なんでそんな話になってるんだよ・・・。


 オレが何をした?

・・・馬車?血の匂いは本物・・・なにか人に言えないものを運んでいた?


 「大丈夫だよ・・・ニルスは誰にも言わない。黙っててくれる」

「・・・掟だ。今日俺たちは・・・ニルスに会っていない・・・」

二人の足音が近付いてきた。


 ・・・そして扉が開く音。


 「ニルス、気が付いてるか?聞こえてるなら首を動かしてくれ」

オレはゆっくりと頷いた。

 今は従うしかない。

なんでもいいから意思の疎通をしなければ・・・。


 「すまなかったと思ってる・・・お前を傷付けるつもりは無かったんだ」

テッドさんの声に感情が無い。

いつもの優しい感じはどこに行った・・・。ていうか、別人じゃないのか?


 「悪いが・・・死んでもらうことになったんだ・・・」

冗談じゃない・・・戦場はどうなる・・・。

 「苦しませたりはしない・・・セイラ、お前は見なくていい」

ヴィクターさん・・・ミランダ・・・シロ・・・ステラ・・・どうする・・・。


 たぶんオレは今一生分の汗をかいている。

縛られている布に汗が染み込んで、余計外れそうもない・・・。



 「苦しみは無い。眠りと同じだ・・・」

首筋に冷たいものが触れた。


 まだ・・・やりたいことがあるんだ・・・何か手はないか・・・。

わけもわからないまま死ねるかよ・・・。

 

 「ニルスー!どこー!」

絶望に沈みそうになった時、外から信頼できる仲間の声が聞こえた。

 「・・・」「・・・」

同時にオレの首に当てられていたものも離れてくれた。

 

 「ニルスー、ここにいるんでしょ?」

入ってきた・・・。

シロ・・・助かるかもしれない・・・。

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