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Our Story  作者: NeRix
水の章 第三部
111/481

第百六話 覚えておけ【シロ】

 テーゼに来てふた月が過ぎた。

ここに来た時は秋、今は冬になったらしい。


 「そろそろ雪が降るのかな?キビナくらい積もったら楽しいかも」

僕は晴れた夜空を見上げた。


 暗い時は飛んでても誰にも見つからない。

たまにこうしないと、自分が精霊だってことを忘れそうだ。

たぶん、人間たちの街で一緒に生活しているからなんだろうな。


 「あ・・・誰かいる」

月明かりだけの訓練場に動いている者がいた。

見に行ってみよう。


 

 「ずっと鍛えてたの?」

「なんだシロか・・・」

訓練場にいたのはティムだった。

昼間も起きてるし、いつ寝てるんだろ?


 「精霊は夜に遊んでんだな」

「うん、僕疲れないもん。でもティムは違うんじゃないの?」

「疲れたなんて言ってらんねー」

ティムは剣を振り下ろした。

ニルスに負けたことがよっぽど悔しかったんだろうな。


 「じゃあねえ・・・はい、お菓子あげる。頑張ってるからご褒美ね」

「・・・」

ティムは受け取ってくれた。

ずっと起きてたら疲れるもんね。


 「一つ聞いていいか?」

ティムがお菓子を口に入れて座った。

僕も座ろう。

 「なあに?」

「お前さ、オーゼって精霊知ってるか?ほとんど裸のやべー女だ」

「え・・・オーゼ?」

あのオーゼだよね?精霊って言ったし、ほとんど裸なのも間違ってない・・・。


 「うん、ずーっと昔から知ってるよ。僕の次に古い精霊だね」

「ふーん・・・」

「ティムの前に姿を見せたんだ?」

「ああ、岸辺でぶっ倒れた時・・・助けてくれたんだ」

ティムはちょっとだけ嬉しそうな顔をした。

まあ、流れてないなら助けるよね。

 「よかったね。オーゼは精霊の中で一番優しいんだよ」

「誰にも話すなっては言われてたんだ。けど、お前も精霊だからな」

「うん、大丈夫だよ。じゃあこれは僕とティムの秘密、今から友達ね」

「お前となら・・・別にいいよ」

小さく鼻をすする音が聞こえた。

そんなに嬉しかったのか。


 「そしたらさ、宿舎じゃなくてうちで一緒に住まない?お部屋もたくさん余ってるし、ステラの作る料理もおいしいよ」

「・・・俺はここでいい」

「絶対楽しいよ。夜起きてるなら僕と一緒に遊べるし」

「・・・ニルスと一緒に生活なんかしたくねーんだよ。・・・もっと食うのあるか?」

断られたけど、照れてるだけにも見える。

まあ・・・好きなようにさせてあげよう。



 「・・・もう宵の月に入っちまったけど、まだニルスに挑むのは無理そうだ」

ティムが立ち上がって僕に手招きをした。


 「見ろ・・・これがあいつの、こっちが俺のだ」

指さしたところには二人の踏み込み跡があった。

ニルスのはわかりやすい。

 「シロが見てもわかるだろ?」

「うん、まだまだだね。・・・で、こっちがアリシアの」

「その通りだ。ずっとあいつと雷神が戦うのを見てきた。・・・どっちも遠いんだ。だから寝てる暇は無い」

あの二人も日ごとに強くなってるからな。


 まだニルスとアリシアの決着はつかない。

それでも少しずつ変化はある。


 『なんだか、打ち込む時に力を込められるようになってきたんだ。・・・強くなってるってことかな。でもあの人、オレの攻撃なんて効いてないみたいなんだよね』

ルルさんに教えてあげたら『ニルスが遠慮をしなくなってきてるのよ』って教えてくれた。


 信頼ができてきてるってことだ。

早くしっかり繋がる日が来たらいいのにな。


 

 僕は剣を振るティムをずっと見ていた。

うーん、一人でやるよりもみんなと修行すればいいと思うんだけどな。


 「ねえねえ、アリシアかニルスに教えてもらったら?」

思ったから言ってみた。

みんなとも仲良くなれるしね。

 「自分の力だけでやる・・・今までもそうしてきた。あいつらができること、俺もできるようになれば少しは近付くはずだ」

「・・・でもおじいちゃんの話はたまに聞いてるよね?」

「あのじーさんが勝手に話してくだけだ。どこを見ておけとかさ・・・鬱陶しいだけだ」

なんだかティムも大変そうだ。

僕も時間があるから色々協力してあげよう。


 お城の学者さんたちには教えられることはすべて話したし、女の人たちから体毛のことで呼ばれることも無くなった。

だから夜は自由にできるようになったけど、みんな眠ってて退屈だったんだよね。


 「ティム、お手伝いはいいの?」

「人形でも出してくれんのか?」

「その通り・・・」

ニルスが戦ったメピルの番犬と同じものを出した。

強さはあれよりもずっと下だけど・・・。


 「おい、あいつの周りの空気凍ってんぞ・・・」

「ニルスは一人でこれを倒してるよ。・・・ティムも一人でやってみる?それとも一緒にいようか?」

「いや・・・一人でいい。お前は遊びに行ってていーよ」

ティムは剣を抜いて、大きく息を吸い込んだ。

 「ふーん。近付いたら殺すようにしていくから危なかったら下がってね」

「簡単に死ぬかよ」

「首を落としたら消える。そこだけ柔らかくしておくね」

「弱点教えんじゃねーよ!」

ティムは狼に向かって駆け出した。


 たぶん手こずるだろうけど、あれくらいなら朝までにいけるだろうな。

誰とも組みたくないみたいだし、明日の夜もなにか出してってあげよう。



 朝の鐘が鳴ったから家に帰ってきた。

ちょうどみんなが起き出して、食卓に座っている頃だ。


 「おはようシロ、今日は訓練場に来るの?」

ニルスが食堂のテーブルを拭いていた。

たぶんステラと一緒に起きて、朝食も仲良く作ってたんだろうな。


 「ごめん、今日はみんなと石鹸を作るんだ」

本当はもっと早くやりたかったけど、必要な香りの材料がお店に売ってなかった。

注文してきのうにやっと届いたから今日だ。

 「ああ・・・そうだったね。ステラ、頼んだよ」

「任せてちょうだい。お昼もなにか作ってあげるね」

僕は朝を食べたらみんなを迎えに行く予定だ。

きっと楽しい日になるよね。



 ミランダとおじいちゃんが食堂に入ってきて、料理が並べられた。

最近はかなり多い、みんなよく動くからだ。


 「ふむ・・・第一王子が婚儀を取りやめて相手を帰したそうじゃ」

おじいちゃんが食べながら新聞を広げた。

 第一王子ってことは、シリウスのお兄ちゃんか。

たしかゼメキス以外は優しいって言ってたな。


 「なになにどういうこと?気に入らなくて突っ返したの?」

「ミランダ殿はこういう話が好きじゃのう。・・・ほう、どうやら読み通りのようじゃな」

「えー!!やな奴じゃん。絶対次の王にしちゃダメだね」

つまり、本当に気に入らないからやめたのか・・・。 


 「王子を悪く思わせるような記事を書くなんてよくやるわね」

ステラは「どうでもいい」って顔だ。

王家にそこまで興味無いんだな。

 「きっと隠そうとしてバレたんだよ。ミランダ裁判なら有罪だね」

「なにか意図がありそうだけど・・・」

「ヴェルミュレオ王子はそんなにやな奴じゃないよ。民の幸福をちゃんと考えてる人だと思う」

ニルスが食べる手を止めた。

たしかに、シリウスも悪く言ってないしな・・・。


 「会ったことないでしょ?あんたに何がわかんのよ?」

「・・・初めて功労者になった時に話しかけてきた。・・・騎士団に入って、直属の護衛になってくれって誘われたんだ」

「なにあんた・・・それ断ったの?」

「うん・・・ルージュが一人になると思ったから」

ニルスはちょっとだけ寂しそうに笑った。

 「まあ・・・でも断って良かったんだよ。じゃなきゃあたしたちと出逢えなかったでしょ?」

「ミランダ・・・うん、そうだね」

僕もそう思う。

その時のニルスは辛かっただろうけど、僕たちと繋がる未来へ向かってくれていたんだ。


 「まあ・・・話を戻すけど、ステラの言う通りその記事にはなにか意図があるんじゃないかな。ヴェルミュレオ王子は悪い人じゃないから・・・」

「ふーん・・・なんかあんたから聞くとそんな感じしてくるよ。あ・・・時の鐘。早く食べて出ないと」

ミランダがパンを口に詰め込んだ。

あ・・・僕も出ないと・・・。



 「じゃあみんな頑張って行ってらっしゃい。ヴィクターも弟子が増えてよかったわね」

ステラが外まで見送ってくれた。

毎朝こうしてくれる。


 「ティムはまだまだです」

「今回最年少なんでしょ?生き残れるようにしてあげて」

「そうですね、弟子に死なれては困りますから」

あれ、やっぱりティムはおじいちゃんの弟子なのかな?


 気付いたら番犬の気配は消えていたからちゃんと倒せたみたいだ。

ケガしてても誰かが治してくれてるだろうな。


 「じゃあ僕はシリウスたちを迎えに行ってくるね」

「うん、準備して待ってるから」

シリウスはもうすぐ遠くに行ってしまう。

それまではたくさん遊んであげよう。


 

 お城に着いた・・・けどシリウスは部屋にいなかった。

まだ食べてるのかな?


 えっとシリウスは・・・。

気配を探った。

 ・・・けっこう近くにいる。

よし、捕まえてすぐに連れて行こう。



 「知ってるかシリウス、お前はいらないから追い出されるんだ」

「違います。父上はそんなこと思っていません」

廊下の奥から声が聞こえた。

・・・またゼメキスに嫌味を言われてるみたいだ。


 「父上は、お前を王子として育てる気は無いって言ってたみたいだな。本当はいらないからどこかに行ってほしいんだよ」

「・・・」

早く行ってあげないと・・・。



 「外で下民の子どもと遊んでるらしいな。お前にぴったりだ」

「それは・・・ルージュとセレシュのことですか・・・」

「下民の名前なんか憶えてるのか?」

「・・・許さないぞ!」

駆け付けて目に入ったのは、シリウスがゼメキスに掴みかかっていたところだった。

立ち向かったのか・・・。


 「触るな!」

「く・・・」

シリウスはすぐに投げ飛ばされた。

歳の差は五つ、体格が違い過ぎる。

 「・・・服が汚れた。少しわからせないといけないな」

ゼメキスが腰に下げた剣に手をかけた。


 「やめろゼメキス!それをすぐにしまえ!」

小さいけどちゃんとした刃だ。

さすがに止めなきゃいけない。

 「・・・またお前か。何者か父上も教えてくれない。でも、ちょっとくらい切ったらおとなしくなるだろうな」

「兄上、シロはボクの友達です!乱暴なことはやめてください!」

シリウスが立ち上がった。

 投げられたときに擦りむいたみたいで、手から血が流れている。

なのに僕を庇おうと・・・。


 ゼメキスは今まで見逃してきたけど、今日はもう我慢ならない。

ニルスだって同じことを思うはずだ・・・。


 「シリウス、大丈夫だよ」

僕はシリウスの前に立った。

 「シロ・・・わ・・・寒い・・・」

「君は僕の背中だけ見ていればいい」

冷気を集めて剣を作った。

胎動の剣ほどじゃないけど、大抵のものは斬れるだろう・・・。


 「なんだお前・・・武器を持ち込んでいいと思ってるのか・・・」

ゼメキスは氷の剣を見て一歩下がった。

 「人を傷付けようとしている奴が怯むな!」

「ぐ・・・」

ゼメキスの袖のボタンをひと振りで落とした。

これ以上シリウスへは何もさせない。

 

 「ゼメキス、よく覚えておけ。僕にお前たち人間の決まりや掟は通用しない・・・」

「・・・」

目の前には顔を青くした子どもがいた。

さっきまでの傲慢な王子は、どこかへ消えてしまったらしい。

 「二度と僕の友達をバカにするな。・・・次は手首から先を落とす」

「・・・」

「行け・・・」

僕が剣を下ろすと、ゼメキスは悔しそうな顔で逃げて行った。


 自尊心が高いから王様に告げ口はしないはずだ。

まあ・・・されても僕が説明するけどね。


 「シリウス、もう大丈夫だよ。なにかあったら僕が守ってあげる」

「・・・ありがとうシロ」

シリウスは僕に抱きついて静かに泣いた。

 「落ち着くまでこうしててあげるね」

僕は安らぎの魔法をかけながら、ニルスがしてくれたようにシリウスの頭を撫でた。

少しは近付いたかな・・・。



 「シリウス、お父さんは君のことをちゃんと愛している。だから気にしないでね」

使用人さんたちに見られないようにシリウスの部屋へ戻った。


 「・・・父上のことはわかってる。怒ったのはシロと同じ・・・友達を悪く言われたから・・・」

「二人もここにいたら怒ってくれたと思う。みんな君の味方だよ」

「うん。・・・もう平気だよ。それにこれくらいは自分で治せるし」

シリウスは擦りむいた傷に治癒をかけた。

痕は・・・残ってない。そんなに深くなかったみたいだ。


 「あ、待って。これも取らないと」

服に血のシミが付いていた。

ルージュとセレシュが見たら心配する・・・。

 「ありがとうシロ」

「じゃあ早く行こうか。ちょっと遅れちゃったしね」

「うん、二人に謝らないと」

僕たちが行かないとアリシアは訓練場に出れない。

・・・先にルージュ、次にセレシュだな。



 「香りは前に渡したもので作りましょう」

ステラが小瓶を楽しそうに並べた。

 「はーい」

「よろしく・・・お願いします」

ルージュとセレシュはとっても楽しそうだ。


 遅れたことを二人とも怒らなかった。

むしろなにかあったのかと心配して待っていたみたいだ。

 『ごめんね、楽しみできのう眠れなくて寝坊しちゃったんだ』

『だから・・・目が赤いんだ・・・』

『わたしはすぐ寝ちゃった』

嘘をついてしまったけど、二人とも安心してくれた。

本当のことは言わない方がいいだろう・・・。


 「遅くなってごめんね。いくつかすぐ手に入らないものがあったから・・・」

「気にしないでください。そうだ、セレシュのは僕が作るね」

「え・・・じゃあ私は・・・シリウスのを作る・・・」

「うん、頑張ろうね」

シリウスはすっかり元気になっている。

・・・今のって求愛なのかな?

 「ふふ、恋人みたいね」

「ステラさん・・・」

「どうしたのシリウス、赤くなってるよ」

ステラも気付いているみたいだ。

でも、からかうのはあんまりよくない気がする。


 「ルージュ、他にも恋を呼ぶ香りがあるんだけどどうする?」

「貰ったのと同じのがいい」

「わかったわ。じゃあ、幸福な季節で作りましょう」

「うん」

ルージュは恋がしたいのかな?

・・・誰とだろ?


 「シロはあまーいミルクの香りで作ってみる?」

「甘い・・・うん」

いいかも、嗅いだら食べたくなっちゃうかもしれないな。



 「あとは型に入れて風通しのいいところで乾燥させるんだけど、本当はできるまでひと月くらいかかるの」

どろどろの石鹸ができあがった。

これが渇いて固まるのを待たないといけないみたい。


 「え・・・そんなに・・・」

シリウスの顔が曇った。

あ、そうだよ・・・それだと完成した頃にはもう・・・。

 「大丈夫、本当はって言ったでしょ?シロがいるからもっと早くできるの。風と気・・・お願いね」

「そうか!うん、僕がやる」

「シロがちゃんとしてくれれば、シリウスがいる間にできるはずよ」

「わかった。僕がしっかり管理するからできあがったら渡すね」

精霊でよかった。

絶対に間に合わせよう。



 「じゃあ今日はこの辺で遊ぼうよ。あっちの川に渡り鳥が来てるから見に行こう」

石鹸作りも終わって、みんなで外に出た。


 「うん、行こう」

「私も・・・見たい」

「鳥さん見たーい」

「ふふ、じゃあお昼は外で食べようね。すぐ持ってくるから待ってて」

ずっと座ってたからみんな体を動かしたかったみたいだ。

そうだ、鳥たちに話して近くに来てもらおう。



 「わ、シロの家から離れるとちょっと寒いね」

「じゃあ走っていこうよ」

「ふっふーん、シリウスはわたしに勝ったことないよね」

「む・・・川まで競争ね」

シリウスとルージュが走り出した。

寒いか・・・冬になってきてるんだもんね。


 アリシアはまだニルスからのお土産を渡してないみたいだ。

忘れてるのかな?


 「一緒に走らないの?」

ステラがセレシュに微笑んだ。

 「・・・」

「寂しいの?」

「シリウスが・・・もうすぐ・・・いなくなるから」

セレシュは俯いた。

ステラはなんて答えるんだろう?


 「大丈夫よセレシュ、二度と会えなくなるわけじゃないんだから」

「うん・・・」

「ふふ、そしたらね・・・シリウスが、あなたのことだけを考える魔法の言葉を教えてあげる・・・」

ステラはなにかをセレシュに耳打ちした。

・・・僕にも聞こえないようにしてるな。


 「シリウスがいなくなる時に・・・言えばいいの?」

「そう、心を込めて言うのよ」

「・・・うん」

その日は来てほしくないけど、セレシュがなにを伝えるのかは知りたいな。



 「わあ、白鳥がいっぱいいる」

「見に来てる人もけっこういるね」

「・・・綺麗」

川に着いて、岸辺まで近付いた。

三人は笑い合って鳥たちを見ている。


 「みんな、あの子たちを・・・」

『シロ、返事して』

鳥たちに来てもらおうとした時、メピルの声を感じた。

・・・呼びかけだ。なにかあったのかな?


 『どうしたの?』

『え・・・自分で言ったこと忘れたの?』

『僕が言った?』

『糸、たくさん集まったよ』

糸・・・あ・・・。

 「あーーー!!!!」

「わ!」

「何?」

思わず大声を出してしまった。

糸・・・太陽蜘蛛の縦糸のことだ。


 「ちょっとシロ、鳥さんが驚いて飛んでっちゃったよ」

「あの・・・大丈夫?」

「シロ、みんなを驚かせちゃダメよ」

ステラ・・・早く教えないと・・・。

 

 「ステラ、急だけど僕のお城に行こう」

「シロの・・・あ!糸が集まったのね」

「うん、メピルから呼びかけがあった。それを持ってキビナに行こう」

ニルスが欲しがっていた外套がこれで作れるぞ。

やっと十七歳のお祝いが渡せる。


 「なになに?どうしたの?」

ルージュが僕の顔を覗き込んきた。

あ・・・そうだ、みんなと遊んでたんだったな。

 「どこか・・・行くの?」

「あ・・・うん、ちょっと必要な物を取りに・・・一度僕の城に行かないといけないんだ」

みんなを帰して・・・夕方になっちゃうけど。


 「わあ、わたしも行きたーい」

「シロのお城・・・私も見たい」

「ボクも見てみたい」

子どもたちがはしゃぎだした。

・・・誤魔化せばよかったな。

 「それはちょっと・・・」

「ダメ?」

ルージュは僕を見つめている。

そんな目で・・・。


 「シロ、いいわ。みんなで行きましょ」

ステラがルージュの頭を撫でた。

 「え・・・ステラ・・・」

「大丈夫よ。みんな連れてってあげる」

「わあ、やったあ」

あんまりよくないんだけどな・・・。


 「シロ、キビナは寒いんでしょ?子どもたちの準備があるから、出るのは明日にしましょう」

「・・・本当にいいの?身体は・・・」

「ひと晩くらいかな。・・・とにかく平気よ。私、もっとこの子たちと仲良くなりたいの」

ステラは笑顔で答えてくれた。

 言葉に偽りは無い。

ひと晩か・・・それならいいか。


 『なに考えてるの!!戦士全員はやりすぎだよ!!』

『そんなに怒らないでシロ、治癒と支援だけならそんなにかからないと思う。反動が大きすぎる蘇生や再生は、女神が死者をすぐに流してしまうからできない・・・だからやらせて』

戦場での作戦が決まった日の夜、二人だけで話した。

僕になにも相談しないで決めたこと・・・。

 『やっぱり僕が一人で人形を・・・』

『させられない!あなたはジナスとの戦いのために温存しなさい!』

『だって・・・ニルスとミランダに嘘をついてるんだよ!!』

『もう決めたの!!』

戦士全員の治癒の時もだったけど、一度決めたら何言っても聞かなそうだからな。

・・・女神様とそっくりだ。


 「わかった・・・なら僕はみんなの親に説明してくる」

「ええ、お願いね」

僕も嘘をついてることになるんだけど・・・。



 「ねえシロ、キビナってどこにあるの?」

「北部のずっと北。高い山があるんだ。とっても寒いから暖かい恰好をしないとダメだよ」

四人でセレシュの家に向かった。

・・・やっぱりステラのこと気になるな。


 「・・・なんかシロ怒ってる?」

「え・・・そ、そんなことないよ」

「本当?」

ルージュが心配そうに僕を見ている。

声に出ちゃったかな・・・。


 「お泊まりに・・・なるの?」

セレシュも同じような顔だ。

 「大丈夫、ステラは行きたい場所に一瞬で飛べる力があるんだ。明日のうちに帰れるよ」

「シロ・・・行きたくないの?」

「違うよ、考え事」

普通にしてるつもりなんだけどな・・・。


 「父上は・・・許してくれるかな?」

「大丈夫、僕が頼んであげる。きっと許してくれるよ」

「シロ・・・疲れてる?」

「・・・僕、精霊だよ」

そう見えるってこと?


 「やっぱり・・・行かない方がいい?」

「わがまま言って・・・ごめんなさい」

セレシュとルージュが謝ってきた。

 気を遣わせたのか。・・・これじゃ一緒に行っても楽しくない。

うん、ステラを信じよう。


 「そんなんじゃないんだ。みんなよく聞いて」

僕は立ち止まって三人を見た。

 「みんなの親にもちゃんと伝えるけど、明日はこっちの冬とは比べ物にならないくらい寒い所に行くんだ。だからしっかりと暖かい恰好をすること」

「あ、いつものシロだ」

「みんなが風邪でもひいたら大変だからどうしようか考えてたんだよ。ちゃんとしないと凍っちゃうんだからね。できる?」

「はーい」「うん、凍りたくないもん」「頑張る・・・」

三人とも笑顔になってくれた。


 よく考えたら、転移以外使わないから今回は心配いらない。

それよりも、この子たちがキビナの寒さに耐えられるようにしてあげないとダメだよね。


 

 「あら・・・石鹸はもう終わったの?」

まずは一番遠いセレシュの家に来た。

おばさんの気配がここにあって、すぐに話せると思ったからだ。


 「ねえねえ、明日セレシュを遠くに連れてってもいい?」

「どこの区に行くの?」

「えっとね、北部にあるキビナってところ」

「え・・・北部って大陸の北部?」

おばさんの声が低くなった。

ちゃんと説明しないとダメみたいだ。



 「困ったわね。明日中に帰れるのはわかったけど・・・そんな遠くだとうちの人が帰ってこないとなんとも言えないわ」

おばさんは困った顔になった。

一人じゃ決められないのか。


 「お母さん・・・お願い・・・」

「うーん・・・シロくん、悪いけどみんなを送ったらもう一度来てくれない?」

「わかった。おじさんが戻る頃にまた来るね」

セレシュだけ行けないってなったらかわいそうだ。

絶対に許してもらおう。


 「大丈夫かな・・・」

「お母さんからも頼んであげるから。そうだ・・・先に服が小さくなってないか見ておきましょ」

「本当に寒いからしっかり用意してね。セレシュ、またあとで来るから」

「うん・・・」

おばさんも言ってくれるならきっと大丈夫だろうな。

よし、先に他を片付けよう。



 アリシアの家に向かいながらおじさんの気配を探った。

・・・二人とも訓練場を出てる。今日は早めに帰るみたいだ。


 「あ・・・夕方の鐘だ」

「次が晩鐘だね」

もう夕暮れ間近・・・歩いてたらセレシュのところに戻るのが夜になっちゃう。

 「・・・ちょっと急ぐね」

「え・・・きゃあ」

「掴まってて」

僕は二人を抱えて空に飛び上がった。

 セレシュは不安だろうし早く戻りたい。

誰にも見つからなければいいよね。


 「すごーい、飛んでるー」

「急いでるから特別ね」

晩鐘が鳴る前にはいけるかな。



 「ただいまー」

「ああ、ルージュおかえり。ん・・・シロとシリウスもいたんだな。今日は泊まっていくのか?なら一緒にパンを捏ねよう」

アリシアは嬉しそうな顔で出迎えてくれた。

今日もニルスとなにか話せたんだな。



 「明日中には帰ってこれるんだ」

アリシアにステラの力も含めて全部話した。

僕も一緒だから許してくれると思う。


 「北部のキビナ・・・地理は得意ではないんだ。・・・どこか教えてほしい」

アリシアは棚から大陸の地図を取り出した。

・・・先にいいかダメかを言ってほしいな。


 「わあ・・・地図なんてうちにあったんだね」

「・・・」

「この地図、地名が書いてないですね。数字が振られているだけ・・・勉強用ですか?」

「・・・」

アリシアはじっと僕を見つめてきた。

 たぶんニルスが置いていったものだ。

思い出して触りたくなったんだろう。


 「地名がなくても大丈夫だよ。アリシア、テーゼの場所はわかる?」

この家にこれ以外の地図は無いみたいだ。

僕が出してもいいけど、アリシアはこっちが見たいだろうからこのままでいいか。


 「テーゼは・・・ここか?」

アリシアの指がずっと南をさした。

え・・・。

 「あの・・・そこは・・・ただの森です・・・」

「・・・冗談だ。シリウスは・・・知っているのか?」

「はい・・・自分の街ですから・・・ここです」

「ああ・・・そうだったな・・・」

自分の住んでいるところくらいは、みんなわかるものだと思っていた。

でも、アリシアは違うんだな・・・。


 「で・・・キビナはここです」

シリウスは地名が書いてなくてもわかるみたいだ。

指に迷いが無いからちゃんと勉強して得た知識なんだろう。

 「・・・遠いな」

「お母さんお願い!」

「まあ・・・シロが付いているならいいだろう」

アリシアはあっさりと許しをくれた。

僕がいるからか・・・。


 「それでね、キビナはとっても寒いんだ。暖かい恰好をさせてね。・・・手袋とか襟巻きもだよ」

せっかく行くんだし、この機会に渡せばいい。

 「あ・・・そ、そうだな。ルージュ、お前に渡すものがあるんだ」

アリシアは棚の奥から包みを取り出した。

ニルスから受け取って、ずっとしまっていたみたいだ。


 「開けてみてくれ」

「なんだろ・・・」

ルージュが丁寧に包みを開くと、暖かい赤に雪模様の襟巻きと手袋が顔を出した。

 「かわいい・・・。わたしの?」

「そうだよ。・・・つけて見せてほしい」

「うん。・・・あったかーい・・・それになんか・・・この辺がふわふわする」

ルージュは手袋を着けた手で胸を押さえた。

 魂の魔法で込めたニルスの気持ちを感じたんだろうな。

・・・あとで教えてあげよう。


 「なんか・・・」

「どうしたルージュ?」

「変だけど・・・前に話したお兄ちゃんが近くにいるみたいな気がする・・・」

「・・・そうか。すまないが、まだ見つからないんだ・・・」

アリシアはそっとルージュを抱いた。

・・・きっともうすぐだよ。


 「じゃあアリシア、キビナを甘く見ないでね。やりすぎなくらい暖かい服を着せてあげて」

「わかった、用意しておくよ。ルージュ、外套が小さければ買わなければいけない。早く出してみよう」

「うん!」

よし、次は王様だ。



 「シロ、今日もありがとう」

王様はシリウスを抱き上げながら笑った。


 「友達だし一緒に遊ぶのは当たり前だよ」

忙しくなさそうでよかったな。



 「・・・キビナか。シロとステラ様の二人なら安心して任せられるが・・・シリウス、向こうの冬は厳しいぞ?」

王様は明日の話を聞いてシリウスを見つめた。

優しい笑顔・・・やっぱりゼメキスが言うようなことは絶対に無いよね。


 「・・・みんなと離れる前に行きたいです!」

「すまないなシリウス・・・。シロ、暖かい恰好だったな?」

「うん、明日の朝迎えに来るからお願いね」

あとはセレシュだけだ。

早く戻らないと・・・。


 「じゃあ、僕もう行くね」

「待ってシロ、ボクも一緒に行きたい」

「え・・・大丈夫だよ」

「ボクも一緒にお願いする!」

シリウスに腕を掴まれた。

・・・仕方ないな。

 なんか強く言われると断れない。

女の子じゃなくて、強引なのに弱いのかな?



 「あれ・・・セレシュは?」

セレシュの家に入ると、おじさんだけしかいなかった。


 「ああ、明日キビナに行くんだろ?去年のは小さくなってたから急いで買いに行ったよ」

セレシュとおばさんは暖かい服を買いに行ったらしい。

つまり・・・。


 「じゃあ、連れてっていいんだね?」

「シロとステラもいるんだろ?それに・・・ちょっと考えただけでセレシュが泣いた。・・・ダメだなんて言えるかよ」

なんだ、じゃあ急ぐ必要もなかったな。


 「おじさん、ありがとうございます」

シリウスが深く頭を下げた。

一緒に行けることがとっても嬉しいんだろう。


 「シリウス・・・いいか?」

おじさんがシリウスの頭に手を置いて、真面目な声を出した。

 「・・・なんでしょうか」

「まだ早いが・・・本当にまだまだ早いが・・・セレシュはお前のことを気に入ってる。よーく覚えておけ、離れても忘れるなよ?」

ふふ、おじさんも気に入ってるってことだよね。


 「はい・・・手紙も書きます」

「当然だ。明日は頼むぞ、シロもいるけどお前がセレシュとルージュを守るつもりでいろ」

「はい!」

シリウスは力強く答えた。


 大切な存在のために、恐くても立ち向かっていける勇気・・・それを持っているシリウスなら大丈夫だ。


 ・・・今日は色々あったな。

帰ったら石鹸を見て・・・あ、夜はまたティムの所に行かなきゃ。

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