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Our Story  作者: NeRix
水の章 第三部
109/481

第百四話 目標【ニルス】

 あいつ・・・なんでずっと見てるんだ?

帰ったんじゃなかったのか?

まさか・・・恨まれてんのかな・・・。


 ・・・たしかにさっきはやりすぎたんだよな。

「臆病者」って言葉で、集中できなくてイラついてしまった。

手は抜いたけど、周りに誰もいなかったら加減はしなかったかもしれない。


 「ニルス!他に気を向けるな!」

アリシアの拳が、オレの腹にねじ込まれた。

 この人、きのうまでとは違う・・・やたらと指摘が多い。

まるで昔に戻ったような感じだ。

・・・父さんはもっと優しく教えてくれたぞ。



 「・・・仕切り直そう」

昼の鐘が鳴り、アリシアは剣を納めた。

 周りを見ると戦士たちの数が減っている。

・・・ミランダたちはオレを置いて食堂に行ってしまったらしい。


 「昼明けにまた来い」

「・・・当然だ。あなたに勝たなければならない」

「そうだな・・・だから、私から教えられることはすべて伝えよう。少し休息を取れ」

アリシアは鍛錬場から出て行った。

 言われなくても休むよ。

・・・きのうまでは黙っていたくせに。


 自分の体に違和感がある。

今日で三日目、それは大きくなっていた。

 踏み込む時、斬りかかる時・・・力が緩む、そして一度引いてしまうことがある。

これはいったいなんなんだろう?



 「・・・あれが雷神なんだな。やべー女」

さっき気絶させた男が近寄ってきた。

 ずっと見られていたのは知ってる。

ていうか、気まずいから話しかけてくるなよ・・・。


 「・・・帰れって言ったけど、聞こえてなかったんだな」

「ついさっきから戦士になったんだ。最後の戦場までにお前を超える」

「そう・・・好きにすればいい」

たぶんウォルターさんだな。

帰らせないで勧誘したのか。


 「じゃあ、今日から同じ戦士だな。オレはニルス・クライン。・・・名前は?」

「・・・ティム」

「家族の名前は?オレは教えたぞ」

「・・・スウェード。お前にだけだからな」

ティムは目を逸らしながら教えてくれた。

戦士になるならべモンドさんにも言わなきゃいけないだろ・・・。


 「オレをずっと見てたけど、じっとしてるよりも誰かに教わった方がいいよ。君より強い人はいくらでもいる」

「教えは請わねーんだよ。全部我流だ。お前の動きはこれからずっと見させてもらう」

「あっそ・・・頑張ってね。・・・あと、動きが大きいから見切られるんだよ」

「・・・お前に勝つまでやるからな」

暇な奴・・・お腹減ったし食堂に行こ。


 あれ・・・ていうかアリシアも食堂に行ったんじゃないのか?

『行くぞ』とかは無いんだな・・・。


 「待てよ、どこ行くんだ?」

ティムの声が背中に当たった。

 「食堂だよ・・・戦士なら自由に使える。いくらでも食べていいんだ」

「・・・案内しろ」

「教えは請わないんだろ?自分で探せばいい」

「なら・・・勝手に付いてくよ」

どっちにしろ一緒じゃないか・・・。



 食堂に入ると、ミランダとシロが二人で座っていた。

アリシアたちとは別だったか・・・。


 「あ、ニルスとティムだ。もう仲良しじゃん」

近付くとミランダがからかってきた。

・・・無視しよ。


 「ニルス、その人誰?」

「新しい戦士だよ。どうしても入りたいって言ってたんだ」

シロだけに話した。

 「おい・・・」

「あたしは無視したくせに・・・」

静かにしてくれよ・・・。

食べ終わったら少し休みたいんだ。


 「つーかなんでガキがいるんだ?ここに入れんのは十二からって聞いてる。こいつはどう見てもそれ以下だ」

ティムはシロを指さした。

まあ、そう思うのは仕方ない。

 「む・・・僕は大人だよ。それにシロって名前もあるからね」

「はあ?どう見てもガキじゃねえかよ・・・うわ!なんだ・・・」

ティムの右手が氷で包まれた。

怒らせるようなこと言うから・・・。


 「シロさんごめんなさいって謝ったら消してあげる」

「・・・シロサンゴメンナサイ」

「あはは、あんたは一番下。あたしのことはミランダ様って呼びなさいよ」

「うるせー女だ・・・お前生まれ北部だろ?」

お前も騒がしい奴だけどな。

 ・・・もういいや。

三人で盛り上がってるし、オレは料理を貰ってこよ・・・。


 「あ・・・待ちなよニルス。一緒に行って、ここの使い方教えてやんなよ」

離れようとした時、ミランダに腕を掴まれた。

なんでオレが・・・。

 「僕もおかわり欲しいから行く」

よかった、シロに任せよう。



 「お・・・ニルスはゴロゴロお肉のシチューにしたんだね」

「そうだよ・・・」

「おー、ニンジンよけてもらったんだ?あ・・・キビナでもそうしてたよね」

「やってくれるんだから別にいいでしょ・・・」

料理を貰って、ミランダの所に戻ってきた。


 「シロは甘芋のパイか。ティムは・・・厚切りお肉とキノコの炒め物ね。あ、パンを三つも・・・ミルクも二本取ってる。これはよくないなー」

「え・・・いいんだろ?おいシロ」

「うん、大丈夫だよ」

ここの説明は全部シロがやってくれた。

早く食べてしまおう・・・。


 「じゃあいただきまーす。あ・・・ねえねえ、ニルスとはもう仲良しなんだよね?」

シロはティムに興味が湧いたみたいだ。

 「・・・」

「ねえ、なんで無視するの?」

「・・・」

答えたくない質問だからなんじゃないかな?


 「あれー?引きずらないんじゃなかったっけ?」

ミランダもからかい出した。

 「・・・もうお前らとは食わねー」

「ダメでしょ。新人で年下なんだよ?そうだ、あんた明日からはあたしの配膳係ね。疲れ方とか顔をよーく見て、これが食べたいんだろうなってもの持ってきて」

「・・・」

容赦しないのか。

・・・かわいそうな奴。



 「じゃあな・・・」

「明日からよろしくねー」

「・・・」

ティムは早々に食事を済ませて出て行った。

やな奴かと思ったけど・・・オレは普通に接してあげよう。


 「今度ね、みんなでステラに石鹸の作り方を教わるんだ」

シロがルージュたちの話を始めた。

休もうと思ったけど、これは聞いておかないといけないな。


 「ステラからも教えてもらったよ。・・・でも、勝手に連れてきたらしいな」

「あ・・・ごめんね。ルージュに僕が住んでるところ見たいって言われて・・・。でも、ちゃんとニルスの気配が無いのは確認したんだよ。それに、ステラも大丈夫って言ってたし」

「断れなかったんだね。やっぱりシロは女の子に弱いんだよ」

ミランダが今度はシロをからかい出した。

あんまり言ってやるなよ・・・。


 「な・・・ニルス、どう思う?」

「ステラも言ってたけど、シロは優しいだけだよ」

「そうだよね、ありがとうニルス。そうだ、ティムに訓練場を案内してあげよー」

シロは少しだけ照れた顔で食堂を出て行った。

 これに関しては、人が何を言おうと自分が正しいと思っていればそれでいい。

ていうか、女の子に弱くて困ることが無いなら気にしなくていいんじゃ・・・。



 「ねえニルス、あっち行こうよ」

食事を終えたミランダが遠くのテーブルを指さした。

ウォルターさんとアリシアたちが一緒にいる・・・。


 「・・・やだ、動きたくない」

「あっそ。ウォルターさーん!こっち来てみんなで話そうよー!」

ミランダはアリシアたちに大きく手を振って呼びかけた。

 「ミランダ・・・」

「動きたくないんでしょ?」

「余計なことを・・・」

「あら、訓練場で他の戦士と話してなにか問題ある?」

魔女め・・・。


 「あれれ・・・来ないのかな?」

アリシアもオレを見て移動しようか困っているみたいだ。

 「そういや二人でやってたのに別々に来たんだね」

「向こうは一緒にいたくないんじゃないかな・・・」

「・・・あんたは一緒にいたかったってこと?」

「別に・・・来るみたいだね」

ウォルターさんがアリシアの腕を引っ張っている。

嫌がってるなら別にいいのに・・・。


 

 「さあ、どうぞどうぞ」

「・・・」

ミランダがオレの隣に移動して、アリシアはオレの正面に座った。

居づらいな・・・。


 「どうしたミランダ、今娘の将来のことを話してたんだ。・・・な?」

ウォルターさんがアリシアの肩を叩いた。

 「将来?」

「可愛い娘をどっかの男の所にやりたくないって話だ」

あんまり好きな話じゃないな。

・・・まだ早いかもしれないけど、セレシュやルージュがどうしたいかが重要だ。


 「アリシアは、あんまり縛り付けずにしっかり話せって言うんだよ」

ふーん・・・今はそんなふうに思ってるのか・・・。

 「・・・オレにはそうしなかったけどな」

「あ・・・」

アリシアの体が固まった。

別にもう気にしていない。でもなぜか口から出る。

 「バカ!」

肘でわき腹を打たれた・・・。


 「あはは・・・でもさ、セレシュはシリウスが好きらしいじゃん」

ミランダは誤魔化し笑いをして、何事もなかったかのように話を続けた。

助かったよ・・・。


 「エイミィも言ってた・・・。けどよ、シリウスはどこの子なんだ?シロに聞いても教えてくれない。お前らは知ってんのか?」

王はシリウスを王子として育てる気はないと言った。

シロはその気持ちを汲んで、何度聞かれても黙っているみたいだ。

 「わかんない・・・でもシロが連れてるし、心配いらないと思うよ」

「オレもわかりません。ただ・・・ずっと友達が欲しかったとは聞きました」

「まあ、いい子なんだから大丈夫だよ」

ミランダもわかってるから黙ってくれている。


 「それよりさ、大人になったシリウスがセレシュを迎えに来たらどうすんの?」

「・・・うちから出てくのは考えたくないな。・・・でも、あいつが今のまま大人になっていれば任せてもいい。たぶんセレシュを悲しませたりはしないだろうからな」

ウォルターさんは優しい微笑みを浮かべた。

 シリウスなら大丈夫だ。

あのまま曲がらずに育ちそうだし・・・。


 「アリシア様はどうなんですか?ルージュが、好きだって男の人を連れてきたら」

「・・・あの子がそれでいいなら、できるだけ口を出さないようにしようとは思うが・・・正直、男を近付けたくはない」

「ニルスはどうなの?」

「別に・・・ルージュが幸せならそれでいい。ただ、オレもシロとシリウス以外の男は近付けたくないな」

信頼できそうな者なら別だ。

今のところはこの二人か・・・。


 『今の戦いを見ていました。俺に剣を教えてください!!』

ああ・・・あの子も大丈夫そうだ。

真っ直ぐないい目だったな・・・。



 「そろそろ戻る。ニルス、続きだ」

時の鐘と共にアリシアが立ち上がった。

さっき言ってしまったことは気にしていないみたいだ。


 ていうか、戻る時は誘うんだな。

戦いに関することだからか?


 今の自分がアリシアに負けるとは思えない。

でも勝てる自分も見えない。

だから、もっと強くならないと・・・。



 「今日はここまでだ。明日も・・・強くなりたいなら来てくれ。私は・・・待っている」

「・・・そう」

晩鐘が鳴り、少しだけ冷たい風が吹いた。


 「あの・・・私は厳しいだろうか?」

アリシアの雰囲気が変わった。

 「別に・・・」

戦いとは違う気遣い・・・。

 今日は本当にどうしたんだ?

なんで急にこんなことを言ってくれるようになったんだろう・・・。


 「そうか。あ・・・ニルス、ルージュはステラから貰った石鹸を喜んでいた。きのうの夜は、たくさん泡を作って羊のようになっていたんだ」 

「・・・そう」

だから・・・なんだよ・・・。

 「それだけだ・・・」

「・・・そう」

本当にそれだけなら、その悲しそうな顔はなんなのか・・・。

・・・どうして、聞けないんだろう。


 「・・・お前はまだ私に勝つことはできない。私もお前に勝つことはまだできない」

アリシアは悲しさを残したまま微笑んだ。

オレはどんな顔をしているんだろう・・・。


 「だから・・・なに?」

「共に・・・強くなろう。お互いを・・・目標に」

「・・・そのつもりだよ」

暖かい・・・なのに疑いが晴れない。

だから恐くて何も聞けない。


 オレから「さよなら」を言ったけど、離れてしまったあとも心はあなたを呼んでいた。

それなのに臆病な自分は、あなたが近付いてくるのを待つだけ・・・どうしたらいいんだろう。


 あなたに勝てれば、なにか変わるのかな・・・。

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