第百四話 目標【ニルス】
あいつ・・・なんでずっと見てるんだ?
帰ったんじゃなかったのか?
まさか・・・恨まれてんのかな・・・。
・・・たしかにさっきはやりすぎたんだよな。
「臆病者」って言葉で、集中できなくてイラついてしまった。
手は抜いたけど、周りに誰もいなかったら加減はしなかったかもしれない。
「ニルス!他に気を向けるな!」
アリシアの拳が、オレの腹にねじ込まれた。
この人、きのうまでとは違う・・・やたらと指摘が多い。
まるで昔に戻ったような感じだ。
・・・父さんはもっと優しく教えてくれたぞ。
◆
「・・・仕切り直そう」
昼の鐘が鳴り、アリシアは剣を納めた。
周りを見ると戦士たちの数が減っている。
・・・ミランダたちはオレを置いて食堂に行ってしまったらしい。
「昼明けにまた来い」
「・・・当然だ。あなたに勝たなければならない」
「そうだな・・・だから、私から教えられることはすべて伝えよう。少し休息を取れ」
アリシアは鍛錬場から出て行った。
言われなくても休むよ。
・・・きのうまでは黙っていたくせに。
自分の体に違和感がある。
今日で三日目、それは大きくなっていた。
踏み込む時、斬りかかる時・・・力が緩む、そして一度引いてしまうことがある。
これはいったいなんなんだろう?
◆
「・・・あれが雷神なんだな。やべー女」
さっき気絶させた男が近寄ってきた。
ずっと見られていたのは知ってる。
ていうか、気まずいから話しかけてくるなよ・・・。
「・・・帰れって言ったけど、聞こえてなかったんだな」
「ついさっきから戦士になったんだ。最後の戦場までにお前を超える」
「そう・・・好きにすればいい」
たぶんウォルターさんだな。
帰らせないで勧誘したのか。
「じゃあ、今日から同じ戦士だな。オレはニルス・クライン。・・・名前は?」
「・・・ティム」
「家族の名前は?オレは教えたぞ」
「・・・スウェード。お前にだけだからな」
ティムは目を逸らしながら教えてくれた。
戦士になるならべモンドさんにも言わなきゃいけないだろ・・・。
「オレをずっと見てたけど、じっとしてるよりも誰かに教わった方がいいよ。君より強い人はいくらでもいる」
「教えは請わねーんだよ。全部我流だ。お前の動きはこれからずっと見させてもらう」
「あっそ・・・頑張ってね。・・・あと、動きが大きいから見切られるんだよ」
「・・・お前に勝つまでやるからな」
暇な奴・・・お腹減ったし食堂に行こ。
あれ・・・ていうかアリシアも食堂に行ったんじゃないのか?
『行くぞ』とかは無いんだな・・・。
「待てよ、どこ行くんだ?」
ティムの声が背中に当たった。
「食堂だよ・・・戦士なら自由に使える。いくらでも食べていいんだ」
「・・・案内しろ」
「教えは請わないんだろ?自分で探せばいい」
「なら・・・勝手に付いてくよ」
どっちにしろ一緒じゃないか・・・。
◆
食堂に入ると、ミランダとシロが二人で座っていた。
アリシアたちとは別だったか・・・。
「あ、ニルスとティムだ。もう仲良しじゃん」
近付くとミランダがからかってきた。
・・・無視しよ。
「ニルス、その人誰?」
「新しい戦士だよ。どうしても入りたいって言ってたんだ」
シロだけに話した。
「おい・・・」
「あたしは無視したくせに・・・」
静かにしてくれよ・・・。
食べ終わったら少し休みたいんだ。
「つーかなんでガキがいるんだ?ここに入れんのは十二からって聞いてる。こいつはどう見てもそれ以下だ」
ティムはシロを指さした。
まあ、そう思うのは仕方ない。
「む・・・僕は大人だよ。それにシロって名前もあるからね」
「はあ?どう見てもガキじゃねえかよ・・・うわ!なんだ・・・」
ティムの右手が氷で包まれた。
怒らせるようなこと言うから・・・。
「シロさんごめんなさいって謝ったら消してあげる」
「・・・シロサンゴメンナサイ」
「あはは、あんたは一番下。あたしのことはミランダ様って呼びなさいよ」
「うるせー女だ・・・お前生まれ北部だろ?」
お前も騒がしい奴だけどな。
・・・もういいや。
三人で盛り上がってるし、オレは料理を貰ってこよ・・・。
「あ・・・待ちなよニルス。一緒に行って、ここの使い方教えてやんなよ」
離れようとした時、ミランダに腕を掴まれた。
なんでオレが・・・。
「僕もおかわり欲しいから行く」
よかった、シロに任せよう。
◆
「お・・・ニルスはゴロゴロお肉のシチューにしたんだね」
「そうだよ・・・」
「おー、ニンジンよけてもらったんだ?あ・・・キビナでもそうしてたよね」
「やってくれるんだから別にいいでしょ・・・」
料理を貰って、ミランダの所に戻ってきた。
「シロは甘芋のパイか。ティムは・・・厚切りお肉とキノコの炒め物ね。あ、パンを三つも・・・ミルクも二本取ってる。これはよくないなー」
「え・・・いいんだろ?おいシロ」
「うん、大丈夫だよ」
ここの説明は全部シロがやってくれた。
早く食べてしまおう・・・。
「じゃあいただきまーす。あ・・・ねえねえ、ニルスとはもう仲良しなんだよね?」
シロはティムに興味が湧いたみたいだ。
「・・・」
「ねえ、なんで無視するの?」
「・・・」
答えたくない質問だからなんじゃないかな?
「あれー?引きずらないんじゃなかったっけ?」
ミランダもからかい出した。
「・・・もうお前らとは食わねー」
「ダメでしょ。新人で年下なんだよ?そうだ、あんた明日からはあたしの配膳係ね。疲れ方とか顔をよーく見て、これが食べたいんだろうなってもの持ってきて」
「・・・」
容赦しないのか。
・・・かわいそうな奴。
◆
「じゃあな・・・」
「明日からよろしくねー」
「・・・」
ティムは早々に食事を済ませて出て行った。
やな奴かと思ったけど・・・オレは普通に接してあげよう。
「今度ね、みんなでステラに石鹸の作り方を教わるんだ」
シロがルージュたちの話を始めた。
休もうと思ったけど、これは聞いておかないといけないな。
「ステラからも教えてもらったよ。・・・でも、勝手に連れてきたらしいな」
「あ・・・ごめんね。ルージュに僕が住んでるところ見たいって言われて・・・。でも、ちゃんとニルスの気配が無いのは確認したんだよ。それに、ステラも大丈夫って言ってたし」
「断れなかったんだね。やっぱりシロは女の子に弱いんだよ」
ミランダが今度はシロをからかい出した。
あんまり言ってやるなよ・・・。
「な・・・ニルス、どう思う?」
「ステラも言ってたけど、シロは優しいだけだよ」
「そうだよね、ありがとうニルス。そうだ、ティムに訓練場を案内してあげよー」
シロは少しだけ照れた顔で食堂を出て行った。
これに関しては、人が何を言おうと自分が正しいと思っていればそれでいい。
ていうか、女の子に弱くて困ることが無いなら気にしなくていいんじゃ・・・。
◆
「ねえニルス、あっち行こうよ」
食事を終えたミランダが遠くのテーブルを指さした。
ウォルターさんとアリシアたちが一緒にいる・・・。
「・・・やだ、動きたくない」
「あっそ。ウォルターさーん!こっち来てみんなで話そうよー!」
ミランダはアリシアたちに大きく手を振って呼びかけた。
「ミランダ・・・」
「動きたくないんでしょ?」
「余計なことを・・・」
「あら、訓練場で他の戦士と話してなにか問題ある?」
魔女め・・・。
「あれれ・・・来ないのかな?」
アリシアもオレを見て移動しようか困っているみたいだ。
「そういや二人でやってたのに別々に来たんだね」
「向こうは一緒にいたくないんじゃないかな・・・」
「・・・あんたは一緒にいたかったってこと?」
「別に・・・来るみたいだね」
ウォルターさんがアリシアの腕を引っ張っている。
嫌がってるなら別にいいのに・・・。
◆
「さあ、どうぞどうぞ」
「・・・」
ミランダがオレの隣に移動して、アリシアはオレの正面に座った。
居づらいな・・・。
「どうしたミランダ、今娘の将来のことを話してたんだ。・・・な?」
ウォルターさんがアリシアの肩を叩いた。
「将来?」
「可愛い娘をどっかの男の所にやりたくないって話だ」
あんまり好きな話じゃないな。
・・・まだ早いかもしれないけど、セレシュやルージュがどうしたいかが重要だ。
「アリシアは、あんまり縛り付けずにしっかり話せって言うんだよ」
ふーん・・・今はそんなふうに思ってるのか・・・。
「・・・オレにはそうしなかったけどな」
「あ・・・」
アリシアの体が固まった。
別にもう気にしていない。でもなぜか口から出る。
「バカ!」
肘でわき腹を打たれた・・・。
「あはは・・・でもさ、セレシュはシリウスが好きらしいじゃん」
ミランダは誤魔化し笑いをして、何事もなかったかのように話を続けた。
助かったよ・・・。
「エイミィも言ってた・・・。けどよ、シリウスはどこの子なんだ?シロに聞いても教えてくれない。お前らは知ってんのか?」
王はシリウスを王子として育てる気はないと言った。
シロはその気持ちを汲んで、何度聞かれても黙っているみたいだ。
「わかんない・・・でもシロが連れてるし、心配いらないと思うよ」
「オレもわかりません。ただ・・・ずっと友達が欲しかったとは聞きました」
「まあ、いい子なんだから大丈夫だよ」
ミランダもわかってるから黙ってくれている。
「それよりさ、大人になったシリウスがセレシュを迎えに来たらどうすんの?」
「・・・うちから出てくのは考えたくないな。・・・でも、あいつが今のまま大人になっていれば任せてもいい。たぶんセレシュを悲しませたりはしないだろうからな」
ウォルターさんは優しい微笑みを浮かべた。
シリウスなら大丈夫だ。
あのまま曲がらずに育ちそうだし・・・。
「アリシア様はどうなんですか?ルージュが、好きだって男の人を連れてきたら」
「・・・あの子がそれでいいなら、できるだけ口を出さないようにしようとは思うが・・・正直、男を近付けたくはない」
「ニルスはどうなの?」
「別に・・・ルージュが幸せならそれでいい。ただ、オレもシロとシリウス以外の男は近付けたくないな」
信頼できそうな者なら別だ。
今のところはこの二人か・・・。
『今の戦いを見ていました。俺に剣を教えてください!!』
ああ・・・あの子も大丈夫そうだ。
真っ直ぐないい目だったな・・・。
◆
「そろそろ戻る。ニルス、続きだ」
時の鐘と共にアリシアが立ち上がった。
さっき言ってしまったことは気にしていないみたいだ。
ていうか、戻る時は誘うんだな。
戦いに関することだからか?
今の自分がアリシアに負けるとは思えない。
でも勝てる自分も見えない。
だから、もっと強くならないと・・・。
◆
「今日はここまでだ。明日も・・・強くなりたいなら来てくれ。私は・・・待っている」
「・・・そう」
晩鐘が鳴り、少しだけ冷たい風が吹いた。
「あの・・・私は厳しいだろうか?」
アリシアの雰囲気が変わった。
「別に・・・」
戦いとは違う気遣い・・・。
今日は本当にどうしたんだ?
なんで急にこんなことを言ってくれるようになったんだろう・・・。
「そうか。あ・・・ニルス、ルージュはステラから貰った石鹸を喜んでいた。きのうの夜は、たくさん泡を作って羊のようになっていたんだ」
「・・・そう」
だから・・・なんだよ・・・。
「それだけだ・・・」
「・・・そう」
本当にそれだけなら、その悲しそうな顔はなんなのか・・・。
・・・どうして、聞けないんだろう。
「・・・お前はまだ私に勝つことはできない。私もお前に勝つことはまだできない」
アリシアは悲しさを残したまま微笑んだ。
オレはどんな顔をしているんだろう・・・。
「だから・・・なに?」
「共に・・・強くなろう。お互いを・・・目標に」
「・・・そのつもりだよ」
暖かい・・・なのに疑いが晴れない。
だから恐くて何も聞けない。
オレから「さよなら」を言ったけど、離れてしまったあとも心はあなたを呼んでいた。
それなのに臆病な自分は、あなたが近付いてくるのを待つだけ・・・どうしたらいいんだろう。
あなたに勝てれば、なにか変わるのかな・・・。




