第百一話 助言【ステラ】
みんなはニルスとアリシアを和解させるために動いている。
ニルスの不安の元、それが解決すればすべて丸く収まるんだから当然のこと・・・。
ただ・・・アリシアに嫌悪感のある私としては、気に入らない解決方法だ。自分で関係を壊していったくせに・・・そんなの通したくない。
だけど・・・ニルスも和解を望んでいる。
母親の愛・・・たしかにそっちも必要だとは思うけど、できるなら私の愛でニルスを救ってあげたい・・・。
◆
ニルスとミランダが暗い顔で帰ってきた。
なにかあったのかな・・・。
「アリシアと戦ったんだ・・・負けはしなかったけど、勝てもしなかった・・・」
ニルスは私の顔を見なかった。
・・・落ち込んでるわね。
「せっかくチルと修行したのに・・・まだまだ使いこなせてない・・・」
ミランダもいつもの明るさが無い。
かなり効いたのね・・・。
『ヴィクター、そろそろあなたも訓練場でみんなに教えてあげなさい』
『承知しました。雷神の力量を見たいと思っていましたので』
私がヴィクターを行かせたせいなのかな?
・・・どうであっても今の二人は放っておけない。
私が慰めなければ・・・。
◆
「ほら二人とも、明日も頑張れるようにしっかり食べて」
まずはお腹を満たしてもらうことにした。
食べれば気力もある程度回復するはずだ。
「・・・」
「・・・」
食卓が暗い・・・静かすぎる。
・・・何か話そう。
「えっと・・・シロとヴィクターはどうしたの?」
「・・・」
「二人は酒場に行くってさ・・・」
ミランダは答えてくれた。
まずはこっちからかな。
「ミランダの守護は強いよ。ちゃんと鍛えられてる。だから胎動の剣以外は弾けるでしょ」
「そうなんだけどさ・・・」
「守るためにあるならそれでいいと思うよ」
ヴィクターも戦いの中での使い方なんか教える必要は無かったのに・・・。
シロは一人で問題ないから、自分とニルスだけを守れれば充分なのよね。
「たぶん・・・あたしが嫌なんだろうね。・・・みんな必死だから、目に見える人の役には立ちたいって思うんだ」
そう思うのはいいことだけど、ミランダは死守隊だ。前線に出るわけじゃない。
・・・でもこの感じなら寝て起きたら元気になってるな。
「まあ、今よりも使いこなせるようになるのは悪いことじゃないわ。それにまだ時間はあるし、ミランダならできるよ」
「・・・うん、ありがと。明日も頑張る」
ミランダは少しだけ笑ってくれた。
こっちはただ吐き出したかっただけみたい。
だからすぐに気持ちの切り替えができる。
次は・・・。
「ニルス、あなたは負けたわけじゃないんでしょ?スープが冷めるわ」
「ヴィクターさんに余裕が無いみたいに言われた。・・・その通りなんだ。ほぼ毎日顔を合わせてるのに、うまく話せもしない。シロも心配してくれてるのに・・・」
ニルスは目を細めた。
これは今夜うなされるわね・・・。
アリシアは何をしてるの?
ひと月も経ってるのに、すべての動きが遅すぎる・・・。
「ていうかニルスって、旅に出る前にアリシア様と全力でやって勝ってんでしょ?」
ミランダはもう大丈夫って感じだ。
お腹も減ってきたみたいで、ニルスが手を付けていないパンをじっと見ている。
「・・・あげるよミランダ。なんで勝てたか・・・よくわからないんだ。あの時は・・・誰にも負けない気がした」
「元気出しなよ。体洗ってあげるから明日もがんばろ」
「・・・うん」
ニルスはゆっくりとスープを飲んでくれた。
ただ、食欲は全然だ。
あとは安らぎの魔法しかないか・・・。
◆
「ニルス、大丈夫よ。私がそばにいるから・・・なにも心配しないで」
二人でベッドに入った。
なにも不安が無ければ、私を求めてくれるんだろうな・・・。
「まだ、アリシアのことを信用できないんだと思う。・・・普通に話そうとしても力が入るんだ」
「あなたは焦らなくていいのよ。ずっと抱きしめていてあげるから安心して眠って・・・」
唇を重ねた。
これだけで不安を飛ばせてあげられたらな・・・。
◆
「・・・待って・・・すぐに行くから・・・」
ニルスはやっぱりうなされた。
「・・・母さん・・・消えないで・・・」
まだ夢の中のアリシアは動かないのね・・・。
「約束・・・」
頭にくる・・・。
ニルスは私を愛してくれている。
私もニルスを愛している。
それでもまだ足りない。
・・・悔しくてしょうがないけど、アリシアの存在の方が大きいんだろう。
母親のことを忘れて、私だけを見てくれれば・・・。
そう思って動いてきたけど・・・無理そうだ。
だから許せない・・・。
私がとても長い時間をかけなければできないこと、アリシアは簡単にできるはずなのに・・・。
「ステラ・・・」
ニルスが目を覚ました。
「ありがとう・・・また助けに来てくれたね・・・」
「うん、ずっとこうしてるって言ったでしょ?」
「・・・わかっているんだけど。どうしても不安が消えない・・・」
ニルス・・・。
「ジナス・・・勝てるのかな・・・」
・・・わかったわよ。
それが一番いいんでしょ・・・。
ニルスのために・・・。
「ねえニルス、私も・・・アリシアやルージュと話してきていい?」
「・・・オレに確認することじゃない」
私を抱く腕に力が入った。
「大丈夫よ、私はあなたの味方、離れたり・・・しないよ」
「ありがとうステラ・・・」
胸が焦げる・・・体が熱い。
でもまだ・・・あなたは冷えている。
「ルージュはお喋りだから、たくさん話してあげてほしい」
「うん、そうするよ。・・・早くケープが必要なくなるといいね」
毎日髪の毛を隠して出て行かなくてもいいようにもしてあげたい。
ルージュ・・・ニルスの大切な妹だから、私も仲良くなりたいっては思ってた。
アリシアには嫌われてもいいけど、ルージュには気に入ってもらいたいな。
◆
「ミランダ、そろそろ出るよ」
「よーし、今日もやるぞー」
「儂も一緒に出よう」
「僕もそうする。ルージュたちと朝から待ち合わせなんだ」
朝になって、ニルスは少しだけ元気を取り戻してくれた。
帰ってきた時にこの状態だといいんだけど・・・。
「じゃあステラ、行ってくるね」
「うん、頑張ってきて」
「ちょっとちょっと、言葉だけじゃなくってさ。ぎゅっとしてちゅっとしてもやってよ」
「・・・ミランダがいない時にね」
ミランダがずっと元気なら大丈夫かな。
◆
洗濯を終わらせてひと息ついた。
はあ・・・アリシアと話すのはいつにしようかな。
たぶん昼間は訓練場にいるのよね。
ニルスが近くにいる時は避けたいし・・・シロに頼んで来てもらうようにしよう。・・・明日か。
なら今日は調香をしよう。
その日のために、誘惑の香りを完成させないといけないしね。
「・・・ちょっとだけだからね」
「おっきい家だね。それになんかあったかい」
「お花がたくさんあるよ。綺麗」
立ち上がった時、外から子どもたちの声が聞こえてきた。
シロとシリウスと・・・あと女の子だ。
「ミランダとおじいちゃんはいないの?」
「あのね・・・僕もだけど、みんな戦士なんだよ」
「シロは遊んでるよ」
「今日はお昼過ぎに行くの」
なるほど・・・ルージュを連れてきてるのね。
・・・調香はあとにするか。
◆
「あらシロ、お友達を連れてきたの?」
私は研究室を出て、声の聞こえた庭に出た。
四人・・・女の子の一人はセレシュって子かな?
ルージュは髪の毛ですぐにわかる。
「あ・・・こんにちはステラさん」
「よく来たわねシリウス。ふふ、かわいい子たちも連れて」
「・・・」「・・・」
女の子二人がペコッと頭を下げた。
・・・本当にかわいい。
「お邪魔でしたか?」
「大丈夫よ。おうちのことが終わったところだったの。ふふ、みんな仲良しなのね」
「あ・・・まあそうです」
「・・・」
セレシュって子は、ずっとシリウスにくっついている。
将来を考えるといい選択・・・子ども相手に品のないことを考えるのはやめよう。
『ごめんステラ、うちが見たいって言われて断れなかったんだ』
突然、シロの声が頭の中で響いた。
・・・呼びかけ?
ああそうか・・・精霊じゃないけど、女神と繋がりのある私とはできるのね。
こっちからもできたら便利なんだけど・・・。
『平気よ、私もルージュと話したいと思ってたの』
『よかった・・・』
でもせがまれて連れてくるなんて・・・本当に女の子に弱いのね。
『どうせなら来る前に呼びかけなさい』
『ごめん、できるの忘れてた』
・・・そう。
まあいい、気を取り直して・・・。
「そっちのお嬢さんたちは初めて見る顔ね。シロ、紹介してちょうだい」
「あ、そうだね。この人はステラ、僕たちの仲間なんだ。ステラ、ルージュとセレシュだよ」
「・・・」
「・・・」
二人とも私の髪の毛をずっと見てる。
・・・そりゃそうよね。
「どうしたのかな?私の頭になにかある?」
「ルージュと・・・同じ髪の毛・・・」
「ああ・・・たしかにそうね」
うーん、なんて説明しようかな。
まあ、堂々としてればいいか。
「アリシアも同じ色だったわね」
私はルージュに顔を近付けた。
「お母さんのこと・・・知ってるの?」
「知ってるよ。髪の毛似てるねって話したの」
「・・・」
シロが心配そうに見てる。
大丈夫、余計なことは言わないわ。
「でも似てるだけ、そんなに気にしないで」
「うん・・・」
ルージュはなにか聞きたそうだけど、話せるのはこれくらいかな。
「ステラさんは聖女様なんだよ」
シリウスが話題を変えてくれた。
この子は事情を知ってるから気を遣ってくれたんだろうけど、聖女ってことは言わないでほしかったな・・・。
「せいじょさま?」
「どうして・・・ここにいるの?」
バレちゃったら仕方ない・・・。
「私も次の戦場に出るの。戦士さんたちが思う存分戦えるようにしてあげるのよ」
「次で最後って・・・お父さんが言ってた」
「そう、だから私も出てきたの」
ていうか新聞でも発表されてるからいいか・・・。
ここにいるってことだけ秘密にしてもらえればいいし、それはシロがやってくれる。
「セレシュのおうちの絵本で見たことある。ずーっと生きてるって本当?」
ルージュが目を合わせてくれた。
私・・・絵本になってるのか。
「本当よ。これでも三百年以上生きてるの」
「聖女様って・・・なにをした人なの?」
「人間に魔法を教えたのよ」
「魔法・・・すごい」
子どもたちの前で、女神に命じられたから・・・とは言えないわね。
「絵本だと・・・かっこいい騎士と結婚してた・・・」
セレシュはちょっとだけほっぺを染めていた。
「あはは・・・その絵本は間違ってるわね。私は・・・誰とも結婚してないもの」
好き勝手してくれてるわね・・・。
「じゃあ騎士はいないの?わたし会ってみたいな」
「ルージュ、きのうお話ししたおじいちゃんいたでしょ?」
「うん、今度遊んでくれるって言ってた」
「実はね・・・」
シロは少女の夢を壊す気らしい・・・。
それはダメだ。
「シロ、待ちな・・・」
「あのおじいちゃんが騎士だよ」
「え・・・」
間に合わなかった・・・。
「そうなんだ・・・でも、おじいちゃんなのに強いってかっこいいかも」
「本当に強いよ。軍団長さんも勝てなかったみたいだし」
「えー!あんなに大きいのに・・・」
でも傷付いてないみたいでよかった。
もう話を変えよう・・・。
「ねえみんな、せっかく来てくれたから渡したいものがあるの。中に入りましょ」
「え・・・入っていいの?」
「うん、どうぞ」
聖女の話はまた今度、まずは仲良くならなきゃね。
子どもは好きだ。
みんな綺麗な目をしている。
◆
子どもたちを食堂に入れてあげた。
ここの大きいテーブルがいい。
「私ね、自分で石鹸を作ってるの。北部にあるお店でも売ってるのよ。色々あるから好きな香りをあげる」
テーブルにスナフから持ってきた石鹸を全部並べた。
決まったらかわいいので包んであげよう。
「わあ、全部いい匂い。・・・本当にいいの?」
「私もあなたたちと仲良くなりたいの」
「仲良く・・・ありがとう」
ルージュはかわいく笑ってくれた。
ぎゅっとしたいな・・・。
ニルスが大切に想っているのもわかる。
『・・・中にまで入れて大丈夫?』
シロがまた呼びかけてきた。
『ニルスのものは全部寝室にある。ここは大丈夫よ』
『じゃあ・・・任せるからね?』
『ええ、安心なさい』
シロも心配性ね。
大丈夫だから入れたの。
◆
「ステラさん、ボクはこの香りがいいです」
一番最初に決まったのはシリウスだった。
「えーとその香りは・・・夏の風ね。セレシュは決まった?」
「まだ・・・です」
この子もいいのよね。消えかけの街明かりみたいな切ない雰囲気がたまらない・・・。
シリウスのこと好きみたいだし、もっと近付けてあげたいな。
「それならシリウスの選んだこれはセレシュにあげる」
「え・・・どうして?」
セレシュは不思議そうな顔をした。
ふふふ・・・。
「シリウスの好きな香りと同じになれるわ」
耳元で教えてあげた。
「あ・・・」
あっという間にセレシュの顔が赤くなった。
どういうことかわかってくれたみたいだ。
「ごめんねシリウス、セレシュはこの香りがいいんだって」
「いえ・・・それならボクは他のを選びます」
ふふ、それじゃダメだ。
「セレシュ、シリウスのを取っちゃったから彼のはあなたが選んであげて」
「・・・はい」
相手が自分の好きな香りになる・・・こういう手助けはどんどんしてあげたい。
シリウスは明の月には遠くに行ってしまうけど、記憶にはずっと残ってくれるはずだ。
◆
「これがいい・・・」
セレシュもお気に入りを見つけた。
これは・・・。
「いいのを選んだわね。それは未来の音って名前よ」
「香りなのに・・・音?」
「・・・その時に感じた名前を付けただけだから」
二人は決まった。
香りを確かめたくて、もっと近づくようになるかもね。
「ルージュは決まった?」
「うん、迷ったけど・・・これがいい」
ルージュは一つを手に取った。
ええとこれは・・・幸福な季節だったかな?
「ちょっと大人っぽい香りね」
「本当?もっとお姉さんになれる?」
「なれるよ。それは恋を呼ぶ香り、素敵な人と巡り逢えるかもね」
「えへへ・・・」
まだよくわかってなさそう。
・・・アリシアの生娘顔は好きじゃないけど、ルージュのはかわいいから許せる。
◆
「ねえステラさん、わたしたちとおんなじ髪の人っていっぱいいるの?」
石鹸を包んであげていると、またルージュが聞いてきた。
たぶんニルスのことよね・・・。
「んー、どうかな。いっぱいではないけど、割といるんじゃないかしら」
「・・・男の人では見たことある?」
「うん、何人か見たことあるよ」
「・・・ありがとう」
ルージュは寂しそうに俯いた。
会いたいのね・・・たぶん心が呼んでいるんだ。
アリシアのせいでこうなってる・・・仕方のない妹・・・。
「まだ時間はあるでしょ?座ってお菓子でも食べましょうか」
本当はお昼も用意してあげたいけど、シロがいなくなっちゃうからな。
私が送ってあげてもいいけど、ルージュとセレシュの家は行ったことないからわからないのよね・・・。
◆
「みんな、そろそろ帰るよ」
シロが椅子から下りた。
訓練場に行く時間が近付いてきたみたいだ。
「残念だけど、またみんなで来てね。普段私はここにいるから」
昼間ならニルスもいないし、たぶん大丈夫。
「あの・・・そしたら私・・・石鹸作ってみたい・・・」
セレシュが顔を赤くして呟いた。
あ・・・そっか、もっと仲良くなれそうだ。
「あ・・・ボクもやってみたいです」
「わたしも!」
シリウスとルージュも興味あるみたい。
「いいよ、教えてあげる。それなら・・・シロが一日中遊べる日に一緒に来て」
「あ・・・ありがとう」
「ありがとうステラさん」
「ありがとうございます」
なんか楽しみだな。直接誰かに教えたことなかったし、子どもたちとも触れ合える。
「じゃあ予定はまたあとで決めようね。・・・急ごう、遅刻するとミランダに叱られるんだ・・・」
「裁判?」
「それはないと思うけど・・・怒られたくないから」
シロは大変ね・・・。
あ・・・せっかくいるんだから頼まなければ・・・。
「シロ、待ちなさい」
「え、なにステラ。早く行かないと・・・」
シロだけが戻ってきてくれた。
すぐに終わる話だ。
「アリシアに、明日ここに来るように伝えて」
「・・・」
シロの顔が引きつった。
焦りも消えたみたい。
「ケンカ・・・しないよね?」
「助言するだけよ。ああでも・・・叱りつけはするかもね」
「・・・僕も一緒に聞く」
「構わないわ。じゃあ、子どもたちをよろしくね」
シロの心配するようなことにはならない。
私とアリシアが争っても、ニルスの不安が消えるわけじゃないしね。
・・・気に入らない、本当に気に入らないけど・・・これでいい。
時間があれば私だけでニルスの不安を消してあげることはできる。
でも殖の月まで・・・今回はその時間が無い・・・。
母親との和解・・・どうしても避けては通れないみたいだ。




