第百話 どうしたら【アリシア】
「憧れてた人と一緒に歩けるって、なんか不思議な気持ちですね」
ミランダが私の横で笑った。
「私は・・・そういう気持ちがわからないな」
きのうはうちに泊まって、朝も一緒に食べた。
ニルスともこういうことができる日が来るといいな。
ミランダとも仲良くなれた。
彼女もシロも、私とニルスが近付くのを望んでくれている。
もっと・・・もっと早く話しかけていればよかった。
お礼を言うのはあと二人。
ニルスだけではない、ルージュのためにも急がなくては・・・。
◆
ミランダと二人で訓練場に入った。
まだニルスは・・・来ていない。
「へー・・・泊まったんだ」
「はい」
「朝びっくりしただろ?」
「あー・・・まあ」
ティララとスコットも来ているのに・・・。
「アリシア様、愛する息子が来ましたよ。おーい、ニルスくーん!」
ティララがニヤニヤしながら手を振った。
次からかってきたら腹を殴ろう・・・。
◆
ニルスが近付いてきた・・・が今日は一人ではない。
「あ・・・師匠、やっと来ましたね」
「いつ来たって一緒じゃろ。儂はニルス殿と同じくステラ様の死守、いつもと変わらんからな」
聖女の騎士も来てくれた。
ちょうどいい、この人も私を悪くは思っていないようだから話しかけよう。
・・・ニルスが離れたら。
「ていうか・・・そのお話のおじいさんみたいな喋り方はなんなんですか?」
「俺も気になってました。昔は普通に話してましたよね?」
ティララとスコットは嬉しそうだ。
子どもの頃から鍛えてもらってたらしいから当然か。
「え・・・なになに、おじいちゃんそれ作ってたの?」
「・・・」
「たぶんそうだよ。まず自分のこと儂って言わなかったし」
「俺でしたよね?」
そうだったのか・・・。
「黙れ・・・ナツメはかわいいと言ってくれた」
「なるほど、ナツメさんに構ってほしくて始めたんですね」
「・・・」
「ちゃんと愛してますね」
ナツメ・・・妻か?
聞きたいけど、話に入っていけない・・・。
「お前たち・・・それ以上儂を愚弄するなら、二度とスナフの土を踏めないと思え・・・」
「・・・」「・・・」
ティララとスコットが黙った。
それほど恐いのか・・・。
「まあまあ、お話はこれくらいで・・・おじいちゃん、あたしと瞑想する?」
「いや、今日は・・・アリシア殿」
ヴィクターが私の顔を見てきた。
そっちから来てくれるのはありがたい・・・。
「ニルス殿に教えた剣を見せていただきたい」
ヴィクターは槍を包んでいた布を外した。
どうやら私に戦えと言っているらしい。
「どうされた?」
「・・・わかりました。お相手しましょう」
先に話したかったが仕方ないな。
・・・聖女の騎士、どのくらい強いんだろう。
「儂はもうそこまでの体力は無い。加減してもらえると助かる」
言葉は弱気だが、気配が変わった。
・・・鳥肌が立つ。
「・・・見た目には騙されません」
「厳しいのう・・・」
わかる・・・恐ろしく強い。
こんな時なのに・・・楽しみだ。
◆
「これくらいでいいかのう・・・」
「・・・充分です」
距離を取って向かい合った。
「では・・・」
ヴィクターは槍を構えた。
長く重そうだが、軽々と持っているところを見ると本当に加減は必要なさそうだ。
「ヴィクターさん、あんまり無理をしないように・・・」
ニルスがヴィクターを気遣っている。
・・・私も言われたいな。
「平気じゃよニルス殿、雷神には興味があった。それに、ただの遊びじゃ」
「わかりました・・・」
ニルスはヴィクターとの話が終わると、私の手元を一度だけ見てくれた。
同じ手袋、ちゃんとつけているよ。ありがとう・・・。
「あれが聖女の騎士だってよ」「すげー、やべー気配だ」「目閉じてたら爺さんだってわかんねーな・・・」
気付けば戦士たちに囲まれていた。
まあ、みんな興味があって当然か。
◆
「ゆくぞ・・・」
ヴィクターが踏み込み、一瞬で間合いを詰められた。
やっぱり・・・なにが「加減しろ」だ・・・。
「ニルス殿は耐えたがどうかな?」
槍が振り下ろされようとしている。
ニルスは耐えた?これは・・・私には無理だ・・・。
「・・・そこは違う所か」
躱させてもらった。
受け止めたら膝が砕けてしまう。
「まだ終わらんぞ・・・」
ヴィクターはすぐに槍の軌道を変え、避けた私を払いに来た。
・・・これも受けてはダメだ。
おそらく力は私と同じくらいある。それに速い・・・紙一重で避けては反撃に出れないな。
「躱すだけか?・・・攻めてきてもいいんじゃよ」
「・・・いいでしょう」
躱す、避ける、たしかに好きではない。
なら・・・突きの極意ならどうだ!
「おお!それができるのか・・・いい腕じゃ!」
ヴィクターは私が動くと同時に槍を払い、剣を弾いた。
バカな・・・反応された・・・。
「・・・これで終わりではない!」
「おお・・・」
突きの勢いのまま体ごとぶつかった。
さすがによろけてくれたな・・・このまま斬り上げる。
ティララが近くにいる、すぐに治るだろう。
「な・・・」
「ふう・・・よくわかった。ここまででいい」
私の剣は、素早く戻された槍で受け止められた。
「まだ勝負はついていない!」
「遊びじゃからの・・・」
久々に体が熱くなってきたところだった。
ここまで高揚したのはいつぶりだろう?
まだ打ち合っていたかったな・・・。
「・・・今日はもう充分じゃな。ニルス殿、儂は軍団長と話してくる」
「わかりました。退屈ならいつでも来てください」
「えー、師匠も一緒に鍛錬しましょうよ」
「そうですよ。同じ目標を持って励みましょう」
スコットとティララは残念そうだ。
「おい爺さん、そんな強いんなら俺たちにも教えてくれよ」「次は勝たなきゃならない」「あんたに近付けば死者も減りそうだ」
見ていた戦士たちも引き留めた。
動かずとも指導をしてやればいいのに。
「騒がしいのう・・・今日は雷神の実力を見に来ただけじゃ。それに疲れた・・・通してくれ」
ヴィクターは私を見て微笑み、奥に歩いていった。
疲れたか・・・わかりやすい嘘を・・・。
◆
「アリシア様、師匠はどうでしたか?」
「あの人、昔はもっと厳しい感じだったんですよ」
スコットとティララは少し興奮していた。
どうと言われても、あれで終わってはな・・・。
ただ、あと十歳くらい若かったら絶対に勝てない気がする。
「まあ・・・とても強い人だ。・・・だが、どうやら手を抜いていたようだな」
ニルスの時はどうだったんだろう?
あの子は最初の一撃を耐えたらしい。
足腰は私よりも強いようだ。
「ニルス、アリシア様どうだった?」
「別に・・・強いよ」
「最後までやったらどっちが勝ってた?」
「・・・アリシア」
ニルスとミランダの会話が聞こえてきた。
私のこと・・・ふふ、なんだかいい気持ちだ。
「師匠・・・俺たちとやりたくないのかな?」
「どうかな、そんなことはなさそうだけどね」
「アリシア様からお願いすればいてくれそうだよな」
「あ・・・たしかに」
スコットとティララが私を見てきた。
そうだ・・・今騎士は一人、追いかけなければ。
「わかった、私が話をしてくる。二人は・・・ニルスたちと鍛錬をしていてくれ」
「はい、お願いします」
べモンドさんの所に行くと言っていた。
走ればすぐ追いつく・・・。
◆
「アリシア殿・・・どうなされた?」
間に合った。
随分ゆっくり歩いていたんだな。
「いえ、あの・・・ニルスのことでお礼がしたい」
「ニルス殿の・・・儂はなにかしてあげた憶えはないのう」
「共にいてくれている」
それだけで感謝しなければならない。
「ふむ・・・食堂にでも行こう。軍団長と話そうと思ったが、雷神と語らいたくなった」
「ありがとうございます」
やはりこの人は、私に悪い印象を持っていないようだ。
「では、案内しておくれ」
「はい・・・なにを・・・」
振り返ったところで尻を揉まれた。
「雷神の肉付きを確かめたくなっただけじゃ」
「・・・おかしな意味ですか?」
「心が汚れているからそう思うんじゃ」
なんだこの男は・・・。
「じゃが、よくわかった。たしかにアリシア殿では、儂の槍は受け止められんな」
「尻でわかるのですか?」
「わかる。さあ、行こう」
「・・・はい」
真実はわからないが、警戒はしておこう。
◆
「酒は置いていないのか・・・」
「ええ、当然と言えば当然ですが」
「酒もタダかと思ったんじゃがのう・・・」
ヴィクターは食堂の様子を見て肩を落とした。
あるわけがないだろう・・・。
「仕方ないのう。帰りはルル殿の酒場にでも寄るか」
「よく行くのですか?」
「たまにな・・・あそこの女給たちは愛想がいい・・・」
酒ではなく、触りに行ってるのではないか?
◆
「そこに座ろう。さすがに昼前は少ないのう」
二人で向かい合って座った。
静かに話せるから少ない方がいい。
「儂にも息子がいる。今八つじゃ、花の月生まれでな」
ヴィクターは優しい声で話し出した。
八つか・・・遅くにできたんだな。
さすがに連れてきたりはしなかったようだ。
「・・・ニルス殿がそのくらいの時はどんな少年じゃったか聞きたい」
「え・・・」
「憶えておらんのか?」
「・・・そんなことはありませんよ」
ニルスが八つの時・・・よく憶えている。
「私が鍛え始めた頃です。・・・旅人になりたいと話してくれました」
「そうか・・・小さくとも夢を持つ時期ということじゃな」
「私は・・・忘れてしまっていました。・・・本当はそのために鍛えていたはずだった」
強くなっていくあの子を見ていくうちに、いつの間にか共に戦場に立つことを考えてしまった。
そしてあの子の夢が見えなくなってしまい・・・。
『ニルスは、自分から戦場に出たいって言ったことあるのか?』
確かめもしなかった・・・。
「・・・ニルス殿とは馬車でよく話した。いつからか、戦場では・・・という言葉が出てきていたと」
「はい・・・今ではその時の自分を絞め殺してやりたいほど後悔しています」
「・・・悔やんでも仕方がないこともある。それよりも、今のニルス殿と向き合った方がいい」
言う通りだ。
そうしたくて、あなたたちと話している。
「それにそこまで自分を責めることはない。その時のあなたでなければ、ニルス殿は今の強さにはならなかった」
「あの子は・・・強いですか?」
「強いが・・・アリシア殿の方が上じゃな」
「バカな・・・二年前ですが、私は全力で戦って負けている」
ニルスにはテーゼに留まってほしかった。
だから、あの時は一切手を抜いていない。
「自分でそう思っていても、心に迷いがあれば剣が鈍る・・・」
「・・・私に迷いがあったと?」
「おそらくその時のニルス殿は、旅人になれる解放感で迷いが一時的に晴れていたんじゃろう。・・・アリシア殿は揺らいでいたのではないか?」
・・・そうかもしれない。
留まってほしい気持ちと、そうすることでまた縛り付けてしまうかもという二つの思いがあった。
そしてなにより・・・気持ちよくなかった・・・。
「今のニルス殿には、迷いや不安、焦り・・・そういうものがある。これは本人もわかっていることじゃな。・・・はっきりとは言えんが、おそらくジナスには勝てん」
「ミランダやシロからも聞きました。もう・・・わかっています。原因は私です・・・」
それでもニルスは戦うと言っている。
なにがあの子を動かしているんだろう・・・。
『その理由はたくさんある。一つは僕のため・・・他はニルスに直接聞いてほしい』
理由のすべては、この人も含めた仲間たちはみんな知っているんだろうな・・・。
「わかっておったか。・・・次がダメなら命はないじゃろう。アリシア殿はそれでいいのか?」
「いいわけがない!!」
・・・何人かが私たちを見た。
人がいるのを忘れてたな・・・。
「・・・迷惑になりそうじゃな。続きは酒場でどうじゃろうか?うまい酒を注いでくれれば、もう少し語らってもいい」
「取り乱して申し訳ありません。・・・そうしたいです」
「楽しみができたのう。・・・どれ、弟子たちを鍛えに行くか。アリシア殿も一緒に来なさい」
ヴィクターは立ち上がった。
「気が変わったのですか?」
「酒場が開くまで暇じゃからな」
そうだな、気持ちを切り替えて夕方まで鍛錬に励もう。
◆
「スコットさんは、以前より断然強くなってますよ」
「でもニルスにはまだ勝てそうもない」
スコットたちは、私の言いつけ通りにニルスたちと一緒にいた。
「あ、おじいちゃんとアリシアだ」
シロも来ていたようだ。
五人が私たちへ目を向けている。ニルスも・・・。
「儂が鍛えて・・・いや、鍛え直してやろう」
「え・・・さっきはもう充分って」
「気が変わった。次は負けられんのじゃろ?」
ヴィクターの気配がまた変わった。
おっとりとした老人は、どこかに行ってしまったみたいだ。
「実戦が一番いい。シロ殿、戦える人形は何体まで出せる?」
「えーとね・・・簡単な命令を出して、勝手に動くのなら百くらい。一体ごとに精密な動きをさせるなら三十かな」
「ドラゴンや巨人も出せるんじゃろ?」
「うん」
人形・・・今まで魔族だと思っていた者たち。
シロも作れるのか。
「ジナスは千体出せるようじゃが、シロ殿は無理なのか?」
「無理ではないよ、全部は動かせないってだけ。ジナスは女神様から一番多く力をもらってるからできるんだよ」
「わかった。まあ・・・三十はまだ多い。十、いや十五出してくれるかな?」
「うんいいよ」
シロが手を前に出すと、輝く氷の兵隊が一瞬で現れた。
シロが精霊だということはみんな知っている。
ただ、こういう力までは私も知らなかった。
「スコット、ティララ、ミランダ殿の三人は人形と戦ってもらう。ミランダ殿は二人と敵の動きを見て結界を張り、無傷で終わらせるのが目標じゃ」
「おお、こういうのはやっておかないとダメよね。頑張るぞー」
「二人の動きを見て、攻撃の時だけ結界を解く。呼吸を合わせなければできん。それが戦いで通用するということじゃ」
いい鍛錬だ、人形なら緊張感も戦場と同じだろう。
「おお、あれが精霊の力か・・・」「魔族と似たものを氷で作れるのね」「頼めば俺たちもやらせてくれるのかな?」
周りの戦士も気になって集まってきた。
「おぬしらも鍛えてほしければ儂の所に来い。シロ殿がいる時は魔族を模したものと戦うこともできる。ドラゴンや巨人もじゃ」
「げ・・・僕にも予定があるんだけどな・・・」
「シロ殿がここに来る日を伝えておけばいい」
次は一丸とならなければダメだろう。
ほぼ前線で固めるから、こういう鍛錬はみんなやりたいはずだ。
「師匠、説明が途中ですよ。私たちは何をすればいいですか?」
「ミランダ殿を守り、人形と戦え。お前たちの動きが鈍ったら他の戦士と入れ替える。・・・シロ殿、ミランダ殿を殺すくらいで操ってほしい」
「わかった」
そっちは四人だけか。
私とニルスだけ余ってしまったな・・・。
「ヴィクターさん、オレは・・・」
「いつもは適当な戦士と組んでいるようじゃが、今日からはアリシア殿とやってもらう」
え・・・私とニルスが・・・。
「アリシアと・・・」
「鍛錬で余計なことは考えなくていい。・・・ここに彼女以上の戦士はいない、ジナスを倒すんじゃろ?」
「・・・はい」
ニルスは頷いた。
そんな・・・私はニルスと戦うなんて・・・。
「アリシア殿、息子の強さを信じてあげなさい。殺す気でいかなければ話にならん」
「・・・やってみよう」
できるだろうか・・・あの子の強さを信じる・・・。
◆
「・・・行くよ、アリシア」
ニルスが胎動の剣を私に向けた。
この子はやる気だ・・・。
「アリシア殿、全力でいい。ニルス殿は勝たなければならん、一番力になれるのはあなただけじゃ」
それなら・・・あの子のためなら・・・。
「来いニルス!!」
「・・・」
私の声と共に、ニルスが跳んだ。
以前よりずっと速い・・・躱してはすぐにやられるな。
私もぶつかり、跳ね返してやる!
「・・・相変わらずだ。力はまだ・・・勝てないか」
「充分強いぞ・・・」
受け止めはしたが押し返せない。
まるで地に根を張る大木だ。
それよりも、ニルスの顔が目の前にある・・・。
「だが、ここから・・・どうする?」
「別のやり方もある・・・」
ニルスは力を抜き、後ろへ跳んだ。
私も追わなければ・・・。
なんだか・・・楽しい。
この子ともっと触れ合いたい。
戦いならそれができる・・・。
◆
休憩を挟みながら戦い続け、いつの間にか夕方になっていた。
前とは違う。体が熱い、甘い痺れも何度か・・・。
「決着はつかずか・・・ニルス殿、儂とやった時はもっと余裕があった。今日はどうされた?」
「はあ・・・はあ・・・。同じように・・・やったつもりです」
何度もぶつかったが、お互い致命傷を与えることはできなかった。
ニルスは強い・・・本当に強い・・・。
「アリシア殿を倒すことができなければ話にもならんぞ」
「はい・・・もっと強くなります」
ニルスは立ち上がり、私に背を向けた。
その背中には、憤りや悔しさが見える。
「そっちはどうじゃ?」
「実戦だとまだまだですね。ミランダは多数の敵との経験が無い、俺の攻撃も何度か張られた結界に阻まれました」
「ごめんなさい・・・」
ミランダは珍しく暗い顔をしている
なかなか難しいみたいだな。
「まあ気にすんなよミランダ」「そうそう、頑張ろうね」「シロ、次はドラゴンを頼みたい」
戦士たちはみんな満足しているようだ。
「今日はもう帰ろう。儂はアリシア殿と酒場に行くが、ニルス殿たちはどうする?」
「オレは・・・帰ります」
「あたしも・・・今日は飲む気にならない。・・・帰ろニルス、ステラがなにか作ってくれてるよ」
二人とも落ち込んでいるな。
ニルスは私のせいだろうけど・・・。
「僕は行く。ねえ、ルージュをセレシュの所から連れてきてもいい?」
「シロ・・・頼んでいいのか?」
「うん、じゃあ酒場で待っててね」
シロだけは元気だな・・・救われる。
◆
「いいルージュ?アリシアはおじいちゃんとお話があるんだって。だから僕と一緒に食べようね」
「わかった。じゃあ、お魚が食べたい」
シロはルージュと一緒に奥のテーブルに行ってくれた。
来てくれて助かったな。
「シロ殿は儂らより生きているとは思えんの」
「そうですね、無邪気でとてもかわいい。自分の子にしたいと思うこともあります」
「アリシア殿もか・・・シロ殿にはなにかそういった魅力があるのかもしれんな」
この人も同じことを思っていたか。
たしかに不思議な子・・・精霊だったな、元々不思議じゃないか。
「ヴィクターさん、今日も高いお酒ですか?」
ルルが注文を取りに来た。
少し距離を空けているのは、触られるのを防ぐためなんだろうな。
「・・・」
「ちょっと、聞こえてないんですか?」
「ん・・・おお・・・最近耳が遠くなってな。もっと近くで話してくれんか?」
「嘘つかないでください・・・」
・・・間違いないようだ。
◆
「決着がつかず、ニルスはどう思ったでしょうか?」
私はヴィクターに酒を注ぎながら尋ねた。
早くあの子の話を聞かせてほしい。
「自分の力量をしっかりと認識したはずじゃ。・・・これから伸びる、心配はいらん」
「迷いはどうでしょうか?」
ニルスは強がっている気がする・・・。
「あるに決まっている。あれは迷いを払うためではなく、ただの鍛錬じゃ」
なにか考えがあるわけではなかったのか。
たしかに、鍛えなければいけないからな。
「あなたと戦った時は、もっと余裕があったと言っていましたが・・・」
さっきの言葉は気になっていた。
私と戦う時は違ったのだろうか?
「儂との時は戦いを楽しんでいたぞ。次はどう来る?と幼い顔で向かってきていた。今日のアリシア殿はそうじゃったな」
「楽しんでいた?」
今一つ信じられない。だとしたらなぜあの子は苦しんだんだ?
「おそらく本質はアリシア殿に近い。・・・闘争を楽しいと思っているんじゃ」
「しかしあの子は苦しんだ。それは考えられない」
闘争を楽しむなら、旅には出ていないだろう。
「わかっておらんのか?ニルス殿は戦場が嫌いなんじゃ」
「戦場・・・たしかに聞きましたが・・・」
「深いところまでは踏み込んでいないようじゃな。・・・あの場所は異常だとニルス殿は言っていた」
たしかに普通ではない場所だが・・・。
「喰われた者への気遣いは無く、ただ残った武器が使えるかだけを考えている戦士。周りで聞こえる怒号や悲鳴、得体のしれない魔族と戦っている自分、染み付いた血の匂い、それらが恐かったと・・・聞いたらすぐに教えてくれたぞ?」
ヴィクターはグラスを空けた。
ニルスが恐いと思っていたのは、戦いではない・・・。
『・・・あっ、もしかして服に付いてる血の匂いかも。子どもは敏感だって言うし・・・。とりあえず体洗って着替えてみて』
ああ・・・そうだった。
『おとなしいからけっこう繊細な子なんだよ』
赤ん坊のあの子は、血の匂いを嫌った。
全部・・・最初から教えてくれていたんだ・・・。
「ニルス殿は、力試しは好きだと・・・これも聞いたら教えてくれた。アリシア殿もたくさん聞いてみたらいい。それをしてこなかったのなら、自分には関心はないんじゃないかと思われても仕方ない」
「・・・たしかにそうです。いつの間にかあの子が変わってしまったと勝手に思っていました。しかし、私が寄り添わなくなっただけなんですね・・・」
なぜ忘れていたんだろう。
あの子はどんな時でも、聞いたことはちゃんと答えてくれていたじゃないか・・・。
「・・・食堂での続きじゃが、息子が死ぬのは嫌じゃろ?」
「はい」
「ニルス殿も同じじゃ。戦場で再会した時、危なかったらしいのう?」
あの子と再会した時・・・。
『世話の焼ける人・・・』
ああ・・・あの時か。
ニルスが現れなければ私は死んでいたんだろうな・・・。
『諦めただろ・・・』
とてもきつく抱いてくれた・・・。
「命を救われました。あの子はルージュが悲しむからだと言っていましたが・・・」
「母親が心配で助けに来たとは恥ずかしくて言えんじゃろ」
そうだと・・・いいな。
『ニルス様は、母親を助けないといけない・・・そう言っていました』
ロイドも言っていた。
これも聞けば教えてくれる?
・・・ニルスの口から聞きたいな。
◆
「なるほど・・・いいことじゃな」
ヴィクターに今の状況を話した。
色々と教えてもらったから、こちらも話さなければならない。
「はい、親としてまずやるべきことでした。あとは・・・ステラだけです」
「ふむ・・・ステラ様は普段家にいる。ニルス殿のいない昼間に行くといい」
たしかにニルスが訓練場にいる間は大丈夫そうだな。
よし・・・あと一人・・・。
「・・・儂はそろそろ眠くなってきた。・・・シロ殿、一緒に帰ろう」
「うんわかった。ルージュ、また今度ね」
「またねシロ。おじいちゃんも今度遊ぼうね」
ルージュがヴィクターに微笑んだ。
「そうじゃな。では、その時は昔話をしてやろう」
「どんなお話?」
「木の実を天まで積み上げたリスの話じゃ」
「おもしろそう。そしたら、セレシュとシリウスもいる時にお話ししてね」
ヴィクターもルージュによくしてくれるようだ。
また酒をごちそうしなければいけないな。
「ルージュ、私たちも帰ろう」
「うん、じゃあ途中までおじいちゃんたちと行こうね」
「なんだ、じゃあまた今度はあとでだね」
少し遅くなってしまった。
早く帰ってルージュを寝かさないとな。
◆
「ねえお母さん、わたし嘘ついてたことあるの・・・」
明かりを消してベッドに入ると、ルージュが私の胸に顔を押し付けてきた。
・・・真面目な声だ。ちゃんと聞いてあげよう。
「どんなことだ?」
「一人でお留守番した日があったでしょ?」
あったな、戦場の前日だ。
「お母さんにあげたお花・・・お出かけして買ってきたものなの・・・」
「ルージュ・・・一人で外に出たのか?」
突然の告白に冷や汗が出てきた。
やはりさせるべきではなかったな・・・。
「ごめんなさい・・・喜んでほしかったの」
「ルージュ・・・」
これは叱った方がいいのだろうか?
約束を破ったのは事実だが、その理由を知ってしまっている。
『これね、風で飛んできたの。えっとね・・・お母さんにあげる。明日は戦いに行くんでしょ?必ず帰ってくるおまじないなんだって』
セレシュに教わったとも言っていたな。
この子は私が帰って来なかったら・・・それを思って一人で花を買いに行った。
『また咲くかな?』
たしかこの間、種を庭に埋めていたな・・・。
「ルージュ、正直に言ってくれてありがとう。今回だけは許そう・・・でも次からはちゃんと言うんだよ」
「うん・・・ごめんなさい」
悪いことをしたとちゃんとわかっている。
気持ちを汲んであげることも必要だろう。幸いなことに、なにも無かったようだからな。
だが、次に嘘をついたらその時はしっかりと注意しなければ・・・。
「それでね・・・お母さんにお願いがあるの」
ルージュは甘えた声を出した。
謝った後のお願い・・・なにか欲しい物でもあるのだろうか。
「どんなお願いか聞いてからだな」
「・・・お花を買いに行ったときにね、道に迷っちゃって・・・その時に助けてくれたお兄ちゃんがいたの。えっと・・・お金が足りなくて、お花も買ってもらったんだ。それに・・・お昼とお菓子も・・・。だからもう一回会って・・・ちゃんとお礼を言いたいの。えっと・・・探してほしい」
・・・誰かに迷惑もかけていたのか。
助けてくれて、そこまでしてくれたのなら私も礼を言わなければいけないな。
「そうだな、ルージュを助けてくれた人なら母さんもお礼がしたい。みんなに聞いてみよう」
「ありがとうお母さん。そのお兄ちゃんは、旅人って言ってたんだ」
「それだけではわからないな・・・」
旅人はテーゼに何人も来る。・・・ニルスたちもそうだ。
多すぎるし、もうここを出ているかもしれない。
・・・探すのは難しそうだな。
「名前は聞いていないのか?」
「わたしの名前は教えたんだけど、お兄ちゃんのは聞くの忘れちゃったんだ・・・」
余計厳しいな、それじゃあ見つからない。
「でもね、見たらすぐにわかるよ。だってわたしたちと同じ色の髪の毛だったもん。それに、目のところはお母さんとそっくりだった」
「え・・・」
心臓が大きく揺れた。
まさか・・・まさか・・・。
「あとね、背も高くてカッコよくて・・・そうだ、お母さんのと似てる剣を持ってたんだ・・・探せる?」
「そうだな・・・母さんも・・・頑張って探してみるよ・・・」
「あれ・・・お母さん泣いてるの?」
「いや・・・そうじゃないよ・・・」
誤魔化すためにルージュを強く抱いた。
間違いない、それはニルスだ・・・。
ニルス・・・ルージュと会ったのか・・・助けてくれたんだな・・・。
それに、あの花はお前からでもあったのか・・・。
『正直、あなたに任せるのはとても不安だ。まだ喋れないし・・・』
『ルージュ、早くお兄ちゃんて呼んでほしいな・・・』
ルージュと何を話したんだ?
今話してくれているように「お兄ちゃん」と呼んでもらえたのか?
『・・・なるべく一人にするな』
酒場で言われたこと・・・そういう意味もあったんだな。
ごめんなさい、ニルス・・・。
「お母さん・・・苦しいよ・・・」
「あ・・・すまないルージュ」
力任せに押さえ付けてしまっていた。
ルージュが会いたいのは本当のお兄ちゃん。
「明日連れてきてあげよう」と言えたらどんなに楽か・・・。
「ミランダにも話したの。そしたらお母さんに頼むといいよって」
「そうだな・・・母さんもそのお兄ちゃんと話してみたいよ」
「あのね・・・わたしね・・・そのお兄ちゃんのお嫁さんになりたい・・・」
「お嫁さん・・・」
涙が一気に引いた。
ニルス・・・どうしたらいい?




