第九十九話 まさか【ミランダ】
二人のことを一番知っている人が近くにいて助かった。
そのおかげで、アリシア様がニルスに少しずつ近付いている気がする。
ルルさんの作戦通りって感じかな。
『ニルス、アリシアの料理はとってもおいしいね』
『・・・そうだね。あの家で出されるものはみんなおいしいよ』
『ニルスは卵のスープが好きって言ってたよね。僕はね、アリシアが作るパンが一番好き。朝はお砂糖入れたミルクとパンだけでおいしい』
『・・・』
シロから料理の話をされた時、ニルスは「食べたいな」って顔をしていた。
こっちも、本当はもっと近付きたいって思ってるはずだ。
『あとね、アリシアの手袋はもう寿命なんだって。別にふかーい意味は無いけど、まだ新しいのは買わないでって言っちゃった』
『・・・』
『ニルスになにかしろって口出ししてるわけじゃないからね。僕はアリシアと話したことを教えただけだよ』
『そうだな・・・ありがとうシロ』
シロのおかげで、おみやげを渡すきっかけが作れた。
『渡したからな・・・ミランダごめん、今日は・・・家に戻るよ・・・』
ニルスは照れてすぐに帰っちゃったけど、かなり嬉しそうな感じだった。
『ああ・・・私の心では収まりきらない・・・』
貰った方もだ。
少しずつ・・・少しずつ・・・。
じれったいけど、これが一番近道なのかもな。
◆
「あれ、あんたルージュと一緒じゃなかったの?シリウスとかと遊んでんのかと思った」
お昼過ぎ、家に戻って談話室に入ると、シロが一人でお菓子を食べていた。
友達はいいのかな?
「シリウスはお勉強の日。ルージュはセレシュのとこ、アリシアにも言ってあるから大丈夫だよ」
「遊ばないの?」
「・・・ミランダのせいだよ」
「へ・・・」
あたしのせいで遊べない・・・なんで?
「ルルさんが女給さんたちに喋っちゃったから・・・。このあと行かないといけない」
「ああ・・・まあまあ・・・」
「ねえ・・・僕、剃り師さんのお仕事取ったりしてない?本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ。稼げる商売だし、ちょっと減ったくらいじゃなんとも思わない」
嘘ではない。他のとこに変えたのかな・・・とか、あのお客さん最近来なくなったな・・・くらいだ。
「むしろあんたもお金取ったら?」
「お菓子くれるから別にいい・・・。ねえ、なんでみんな口止めしたのに喋るの?」
「自慢したくなるんだよ。女はそういうもんなの。ちなみに絶対秘密って言葉は、あって無いようなもんだね」
「そうなんだ・・・」
シロは遊ぶ時間が減ってちょっと怒ってるっぽい。
あたしのせいでもあるし、これ以上広めたらシロはやらなくなるって脅しとくか。
「そうだ、ニルスは?」
話を変えよう。女給さんたちだけで止まるようにすればいいんだもんね。
「お部屋、一人でいるよ」
「へー・・・」
何してんだろ?もしかしてまだ落ち着かないのかな。
「おみやげ渡せたんだよ」
「うん、聞いた。嬉しそうだったよ」
「だよね」
あたしは話しながらシロの前にあるお菓子を見ていた。
訓練場に通ってるせいか、お腹がすくのが早い気がする。
さっきいっぱい食べたのに、もう欲しくて仕方ない。
「・・・はい、お菓子あげる。セレシュがお母さんと一緒に作ったのをくれたんだ」
シロはあたしの視線に気づいたのか、食べていた焼き菓子をくれた。
・・・甘い紅茶の味がする。
「ありがとう・・・そういえばシロの周りって女の子ばっかりだよね。メピル、バニラ、ルージュ、セレシュ・・・あ、シリウスは男の子か」
なんだかモテてるし、ちょっとからかってみたくなった。
「え、なんか変?」
「別に変じゃないよ。ねえねえ、もしみんなから結婚してって言われたらどうする?」
「・・・は?僕は精霊だよ。それにメピルは分身だから結婚とかあるわけないでしょ。しかも僕に生殖機能は無いしかわいそうだよ」
そんな話聞いてない。体のことじゃなくて、気持ちを聞きたかったんだけど・・・。
「いやいやそうじゃなくって、言われたらどうするの?」
「・・・いじわるだね」
ここまでか。
かわいい困り顔も見れたし、これ以上はやめと・・・。
「・・・シロ、ルージュが好きなの?」
気配無く風神が現れた。
部屋から出られるくらいには落ち着いたみたいだ。
「に、ニルス!いつの間に・・・」
「そんなことより、ルージュが好きなの?」
「な、なにが聞きたいの・・・」
もう終わろうと思ったけど・・・ニルスに詰められたらシロはどうするんだろ?
「今聞こえてきて気になったんだ。ルージュがシロを好きだって言ったらどうする?」
「どうするって・・・。ぼ、僕は女神様と一緒だ。みんな等しく愛してるよ」
シロは焦り出した。
うわあ・・・もっと困らせたい・・・。
「あたし思うんだけどさ、シロって女の子に弱いよね」
「え・・・そうかな」
「お願いされると断れないでしょ?」
「ん、なんか・・・うまく言えないけど・・・」
「あたしとステラにも弱いよね」
「む・・・そんなことないよ!」
シロの声が大きくなってきた。
そろそろ髪の毛を凍らせてきそうだからここまでね。
「ちょっと静かにして、集中できないでしょ」
奥の部屋の扉が勢いよく開いて、カリカリした顔のステラが出てきた。
王様たちとの話し合いが済んでからは、ずっと研究室で香りを作っている。
「もう・・・あら、シロいたの?」
「あ・・・うん」
「ちょうどよかったわ。お昼から曇ってきて洗濯物がまだ乾いてなさそうなのよ。取り込んで乾かしてほしいの。・・・で、綺麗にたたんでみんなの部屋に持っていって」
ステラはシロにお手伝いを命じた。
シロはどうするかな?
ここで負けたらさっきの話を認めることになっちゃうよね。
「く・・・ステラ、僕忙しいんだ!それにお風呂掃除とか、空気の浄化とか、えっと・・・ミランダの下着のシミ抜きもやってるでしょ!」
余計なことまで・・・でもよく言ったよ、男の子だね。
「あら、毎日遊んできてなに言ってるの?お・ね・が・い・ね」
「・・・はい」
負けた・・・。
「シロ、気にすることないよ。頼られてるんだ、むしろいいことだよ」
「ニルス・・・うん、洗濯物持ってくるね」
シロは部屋を出て庭に向かった。
あの子はニルスにも弱いな。
◆
「シロはたしかに女の子に弱いみたいだけど・・・」
ステラも「少し息抜き」って、談話室の椅子に座った。
「やっぱりそう見える?」
シロは乾かした洗濯物をたたんでいる。
「優しいだけよ。それにシロが一番好きなのは、その子たちじゃなさそう」
ステラはシロが誰のことを好きか知っているみたいだ。
「え・・・誰?」
シロは思い当たる人がいないって感じね。
「シロが一番好きなのはニルスでしょ?」
「それは・・・」
なるほど、たしかにそうかも。
「へえ、気持ちは女の子だったんだ。だから友達も女の子が多いのね」
「オレはなんて言ったらいいんだ・・・」
「あのね・・・君たちの恋愛感情とは違うんだけど・・・」
シロは呆れた顔であたしたちを見てきた。
なんでも本気に捉えちゃって、まだまだ子どもね。
◆
「ねえねえ、みんなにお願いがあるから聞いてほしいの」
ステラが紅茶を淹れてくれた。
息抜きはまだ必要みたいだ。
「あたしたちに?」
「うん、ニルスにはもう話したんだけど・・・」
ステラは恥ずかしそうな顔で座った。
なんだろ・・・。
「私ね・・・戦いが終わったら一度スナフに帰るんだ。ヴィクターと二人で・・・」
「帰る・・・なにするの?」
「ちょっとやることがあって・・・。それでね・・・えっと・・・ニルス、お願い」
「あはは、言えばいいのに」
二人だけでいちゃつくな・・・。
「ステラは迎えに来てほしいんだって」
「迎えに・・・」
「もう一回・・・経験したいなって・・・」
ステラは幸せそうに笑った。
なるほど、よく考えたら初めてスナフを出れたんだもんね。「もう一回」って気持ちもわかる気がする。
「わかった。でも、ただ迎えにいくのもつまんないよね」
「迎えにきてくれるだけでいいんだけど・・・」
「いや、考えとくよ」
「ふふ、ありがとうミランダ」
どんな感じがいいかな・・・。
まだ時間あるし、ステラが喜びそうな感じにしてあげよう。
「・・・僕、もう出るね。お城の学者さんの所にも行くから夜はいらない」
シロが真顔で立ちあがった。
話に入ってこなかったな・・・。
「シロ、帰ったら用意してあげるから言ってちょうだい。遅くても気にしなくていいからね」
「・・・うん、行ってきます」
あれ・・・もしかしてあたしのせいなのかな?
本当は楽しく話してたかったけど、女給さんのとこ行くから寂しくなった?
ごめんシロ・・・。
「私も息抜きできたし、もーどろ」
ステラも立ち上がった。
罪悪感・・・口止めは早めにしに行こう・・・。
◆
シロとステラがいなくなって、談話室にはあたしとニルスの二人きり・・・。
「ねえ、アリシア様さ、手袋喜んでたよ」
だから伝えることにした。
どんな反応してくれるかな?
「・・・なにか言ってた?」
お、気にしてる気にしてる。
でも、教えるのはここまで・・・。
「自分で聞きなよ。あのあとつけてくれたんだよ。・・・込めた思いは、ちゃんと伝わったはず」
「まだ・・・どうしていいかわからないんだ」
ニルスは胸に手を当てた。
大丈夫だよニルス、アリシア様は距離を詰めようと頑張ってる。
その時が来たら、あとは受け止めてあげればいいだけ。
「・・・ルージュにも渡してくれたかな?」
「それは知らない。ていうか、寒くなったら渡せって自分で言ったんじゃん。その通りにするつもりだと思うよ」
「ああ・・・そういえば言ったな。・・・あ、イナズマの輝石を渡し忘れた・・・」
恥ずかしがってカッコつけるから・・・。
「ねえねえ、新しい香りを作ったからちょっと嗅いでみて」
ステラがまた研究室から出てきた。
アリシア様の話も終わったし、付き合ってあげるか。
「まずはミランダ、どう?この香り」
ステラが小瓶の蓋を開けた。
うわ・・・なんか受け付けないかも。
「・・・あたし苦手だな」
「ふんふん、たしかに私もこの匂いが体に付くのはいや。じゃあニルスは?」
「・・・嫌いじゃないけど、なんか変な気持ちになってくる」
「なるほど・・・もうちょっとね。あとは私やミランダが気にならないようにすればいいのか・・・。あ・・・ヴィクターにも一応聞いておこ」
ステラはおじいちゃんのいる庭に出て行った。
毎日楽しそうだな・・・。
「昼間はずっとああなのかな?」
「そうみたいだね。戦士全員の治癒と支援・・・大丈夫かなっても思ったけど、あの感じなら余裕なんだろうね」
たしかにそうだ。魔法の力は精霊と変わらないって聞いたし、なにも心配なさそう。
◆
時の鐘が鳴った。
次で夕方・・・もう出よっかな。
「さてと・・・じゃあ、あたし今日はアリシア様の家に泊まるから」
帰ってきたのは、着替えを用意するためだった。
手袋のことも伝えられたし、そろそろ向かおう。
『ルージュはミランダとまた遊びたいと言っていた。よければ泊まりにきてほしい。・・・今日でもいい』
『え・・・じゃあ今日行きます」
昼間に誘ってもらえた。
ああ嬉しいな、アリシア様に気に入ってもらえたってことだよね。
ルージュもいい子だし、けっこう楽しみだ。
「そうなんだ・・・」
ニルスはちょっと寂しそうだ。
来たいのかな?
「じゃあ、一緒に行く?いや、あんたの場合は帰るか」
「・・・」
「ただいまって言って入ってけばいいよ」
「・・・ルージュとたくさん話してあげてほしい」
ニルスは切ない顔で笑った。
まあ、わかってて聞いたんだけどね。
ここで「じゃあ、そうしよう」ができるんなら、今の状態にはなってないわけだし・・・。
◆
「なんか不思議なとこですよね。静かだし、本当にテーゼ?って感じです」
アリシア様の家に着いた。
広い野原の中にぽつんと一軒だけ・・・。
「誰もこの近くに家を建てない・・・。区長も、ここはこのままでいいと言っているらしい」
「そうなんですか・・・」
街の人たちは、このだだっ広い野原を「雷神の土地」って呼んでいる。
だからなんじゃないかな・・・。
「お母さんがうるさいからだよ。それにビリビリするし」
「誰もいないからやっているだけだ。苦情がきたらやめるんだがな・・・」
アリシア様は毎朝叫んでいるらしい。
「うるさい」なんて言えるわけないじゃん・・・。
テーゼは大きい、外れのここじゃなくても土地はある。
それに市場までちょっと遠いし、不便なのもあるんだろうな。
◆
「ルージュは毎日これが食べられて幸せだね」
「うん、おいしいよ」
「二人ともありがとう・・・」
アリシア様の作った料理は本当においしかった。
ちゃんと愛がこもっているからなんだろうな・・・。
ニルスとステラのもそうだ。
だからまた食べたいって思う。
◆
お風呂も使わせてもらった。
さすがに傷痕は見せられないから一人でだけど・・・。
あ・・・ステラの石鹸持ってくりゃよかったな。
「セレシュはね、たぶんシリウスのこと好きなんだよ。わたしにはなんでも教えてくれるのに、そのことだけは話してくれないんだもん」
ルージュはお風呂を済ませて出てきてから、ずっと止まらず話し続けている。
アリシア様とニルスは、普段物静かだけどこの子は違う。
とってもお喋りで、顔もコロコロ変わるから見てて飽きない。
「シリウスもセレシュのこと好きなの?」
「きっとそうだよ。セレシュと手を繋ぐとモジモジしてるもん。わたしの時はならないんだよ」
子どもでもそういうとこって見てるんだな・・・。
「ミランダが来てくれてよかったなルージュ」
「うん、ねえお母さん。今日はミランダと一緒に寝てもいい?お母さんが寂しかったらやめる」
「かまわないよ。じゃあ先に・・・ルージュ、愛しているよ」
アリシア様がルージュを抱きしめた。
たしかニルスに、自分みたいにはするなって言われたのよね。つまり、ニルスにはこういうことはしてあげてなかった・・・。
「じゃあ、部屋に案内する。ルージュ、ミランダも鍛錬があるんだ。あんまり遅くまで起こしていてはダメだぞ?」
「はーい。じゃあミランダをごあんなーい」
ルージュがあたしの腕を引っ張った。
これはすぐ寝そうにないな・・・。
◆
階段を上がって二階に来た。
部屋は二つだけみたいだ。
「じゃあお母さんおやすみ」
「ああ、おやすみルージュ」
「あれ・・・それなに?」
「・・・新しく買った手袋だよ」
アリシア様は、ニルスに貰った包みを持っていた。
あれつけて寝るのかな?
もしかして、そのためにあたしを誘った?
泣いちゃうもんね・・・。
◆
「ここがお客様のお部屋でーす」
通されたのは、机と棚とベッドしかないさっぱりとした部屋だった。
壁にはニルスとアリシア様のと似た装飾の剣が飾られている。
「ここはしょさい?なんだけど、ベッドもあるんだよ。お母さんはたまにここでお昼寝してるの」
まあ・・・ニルスの部屋だよね。で、飾ってあるのは栄光の剣。
ニルスが自分のかわりってことで置いてきたって言ってたな。
「ねえルージュ、あの剣のことは聞いたことある?」
「え・・・あれはね、死んじゃったお父さんが作ったんだって。使わないの?って聞いたら、お母さんより強い人がいたら渡すって言ってた」
当たり前だけど真実は教えてないか。
・・・持ち主はもう決まってるのよね。
「あとね、ここの飾りだけ取れそうだから包帯を巻いてるんだって。壊れたらお母さんが怒ると思うから、わたしも触らないようにしてるの」
たぶんそれは嘘だな。
包帯の巻かれている場所は、他の二本と同じで何か言葉が刻んであるはずだ。ルージュに見られるとまずい内容だからああしてるってことか。
「あ、それとね。・・・ここの鍵はお母さんが失くして、開かなくなっちゃったんだって」
ルージュは机の引き出しをガタガタ鳴らした。
ニルスの何かが入ってるんだろうな・・・。
「ねえミランダ、わたしまだ眠くない」
あたしが机を見ている間に、ルージュはベッドに座っていた。
今のを将来男にも言うようになるのかな・・・何考えてんだあたしは。
◆
「どうルージュ?こうするとかわいく髪がまとまるんだよ」
もう寝るだけなんだけど、ルージュは全然横になってくれなかった。
困ったな・・・遅れたらニルスになんか言われちゃうかも。
いや・・・「ルージュが」って言えば許してくれるか。じゃあ・・・もう少し付き合おう。
「わあ、お姉さんみたい。もっと教えて」
この子はアリシア様みたいに美人になりそうだ。
もし男がどんどん寄ってきたらニルスはどう思うかな?
「なんかお姉ちゃんができたみたいで嬉しい」
「あたしも妹ができたみたいで楽しいよ」
あたしにはお姉さんたちがいたからな・・・。
髪のまとめ方とか、化粧なんかも聞けば喜んで教えてくれた。
・・・よし、あたしもルージュにとってそんな人になろう。
◆
「リスちゃんは寂しがりやです。でもそれを誰にもわからないように隠していました。わたしね、大好きな人のお手紙をずっと待ってるんだ。あなたたちにしか教えてないんだからね。ニルスとルージュは、秘密のお話を教えてもらいました。その人はどこにいるか知ってるの?ニルスが聞いてみました・・・」
ベッドには入ったけど「まだ明かりは消しちゃダメ」って言われた。
「うん、知ってる。リスちゃんは恥ずかしそうに笑いました。それなら会いに行って大好きだよって言ったほうがいいよ。ルージュはリスちゃんの勇気が出るように言いました。いいの、待っててって言われたし、わたしから行くのは恥ずかしいんだ・・・」
まさか読み聞かせをすることになるとはな。
せめて明かりが消えれば・・・。
◆
「お母さんにお兄ちゃんが欲しいって言ったことあるんだ」
やっと明かりが消えてくれた。
けど・・・まだお話は続く、次はニルスのことらしい・・・。
「え、お兄ちゃんならもう・・・」
あ、やば・・・隠してるんだった。
眠くなってきてたけど、ちょっと目が覚めたな。
「お母さんの子は、わたしだけだから無理なのは知ってるんだけどね。・・・その時、お母さん泣きそうな顔をしたの。だからもう言わないんだ」
暗闇だし、ルージュはあたしの焦りには気づいてないみたいだ。
それにしても健気な子・・・本当はいたって知ったら泣いて喜ぶだろうな。
「お兄ちゃんがいたら一緒に遊びたいの?」
「んー、手を繋いでほしい・・・ふふ、やっぱりミランダのおっぱいはお母さんよりおっきくて柔らかい・・・」
ルージュはあたしの胸に顔を埋めた。
・・・泣かせるわね。こんないい子なんだから会いにきてあげればいいのに・・・。
「たまに見る夢でね、顔はわからないけど優しい男の人がわたしを抱っこしてお話をしてくれてるの」
ルージュがちょっとだけ胸から離れた。
夢ね・・・。
「なんで顔はわかんないんだろうね」
「なんでだろ・・・でもその夢が見れたらとっても幸せな気持ちになるんだ。だからお兄ちゃんが欲しいって思うようになったんだよ」
きっとそれは実際にあった記憶だ。
ニルスは、この家を出るまではそうしてたらしいからね。
・・・お兄ちゃんに関してはなんにも言えない。
どうしよっかな・・・。
「その夢の人は、お兄ちゃんじゃなくてルージュの運命の人かもね」
「え・・・そうなのかな・・・でもわたし・・・」
適当言ってみたけど変な反応だ。
もしかして、好きな男の子はもういるってことかな?
「あ、気になってる男の子がいるんでしょ?シロ?シリウス?」
「男の子じゃないけど・・・いる・・・」
ニルスから逸れた。
これなら余計なことを話さなくて済みそう。
「もしかして年上かなー?戦士の人とか?」
「・・・友達にしか話してないけど、秘密にしてくれるなら教えてあげる」
「もちろん、誰にも話さないし、からかったりもしないよ」
ニルスには教えてあげるかもしれないけど・・・。
「この前・・・戦場の前の日に、お母さんにお花を買ってあげようと思って内緒で大通りに行ったの」
ルージュは小さい声で話し出した。
戦場の前の日って、あたしたちがテーゼに来た日か。
「どうしてお花をあげようと思ったの?」
「セレシュが教えてくれたんだ。戦いとか、旅に出た人が必ず帰ってくるおまじない・・・お母さんが帰ってこなかったらいやだから。あと喜んでくれると思って・・・」
なるほど、愛か。
ニルスと同じで思いやりを持ってる。
「じゃあ、その時に出逢ったんだね。話しかけられたの?」
「えーとね、最初はぶつかってごめんなさいしただけ。そのあと道に迷って裏町に入っちゃったんだ。そしたら・・・知らないおじさんにさらわれそうになったの」
え・・・いや待て、これは出逢いの話だから・・・。
「えっと・・・もしかして、そのぶつかった人がルージュを見つけて助けてくれたの?」
「うん・・・でも助けてもらうまでは恐かった。・・・誰もいない家に連れていかれて、服を脱いでって言われたの・・・」
この話・・・アリシア様とニルスにしていいのかな?
その知らないおじさんを探して殺しに行くかもしれない。
・・・最後まで聞いてから決めるか。
「家に入ってきたお兄ちゃんを、おじさんは危ない人だよって言ってた。だけどわたしはお兄ちゃんを信じたの」
「かっこよかったんでしょ?」
「・・・うん」
かわいいな。でも現実的な正解は、どっちも信じないでその隙に逃げる・・・だけどね。
「嘘だったんだけど、わたしのこと妹だって言ってくれたんだ。おじさんの顔がもっと恐くなってて、ずっとお兄ちゃんにくっついてた」
そいつもよく面倒なことに首突っ込む気になったわね・・・。
「抱っこされて外に飛び出したんだけど、おじさんも追いかけてきたんだ。でもね、お兄ちゃんが睨んだらすぐに帰った」
殺気を当てたのかな?だとしたら戦士?
「それでそのあとは、一緒にお花屋さんに行ってくれたの。けど、買おうとしたお花はあと二つだけだったんだ。一つだけ残ったらかわいそうだから、どっちも買いたかったんだけど・・・お金が足りなくて・・・えへへ、買ってくれたんだ」
安心させてから・・・そんな奴もいるんだけどな。
「歩いてる時はずっと手を繋いでくれてたんだよ。ずっとこうしてたいなって思って、お城を見に行きたいって言ったらいいよって」
「なんかいい感じね。名前は聞かなかったの?」
とりあえずこの子は無事に帰ってきてるから本当にいい奴だったんだろうな。もし戦士だったら見つけて連れてきてあげたい。
「楽しくて忘れてたんだ。でも、わたしとお母さんと同じ髪の毛の色だったんだよ」
「え・・・」
冷や汗が出た。
「あとね、その人を信じようって思ったのは、かっこよかったのもあるけど、目元がお母さんとそっくりだったんだ。それとね、持ってた剣がうちにある二つと似てたからなの」
「へえ・・・そうなんだ・・・」
まさか・・・。
「帰りもおうちの前まで一緒に来てくれたんだ。でもお別れしたくなくってね・・・」
・・・ここまで一緒にきた?
「お兄ちゃんは旅人だって言ってた。また会える?って聞いたら、風がわたしに吹いたらって。だから二つ買ったお花を一つあげたの・・・また会えるようにって」
「おまじない・・・だよね」
「うん。そしたらね、お母さんみたいにぎゅっとしてくれた。・・・なんでかわかんないけどわたし泣いちゃったんだ。胸のあたりがふわふわしてたの」
あーあ、絶対ニルスだ。
・・・戦場の前の日に一人で出かけてたし。
ああ・・・なんか戻った時は妙に嬉しそうな顔してたわね。それに花も・・・。
ルージュ、それ夢の男と同じ人だよ・・・。
「ルージュ、そのことはお母さんに教えた方がいいよ。きっと喜ぶ」
「なんで喜ぶの?」
「あ・・・えっと・・・そうじゃなくて・・・あ、そうそう、アリシア様は知り合いが多いでしょ?ルージュが会いたいって言えば、その人のこと探してくれるよ。見つかるかはわかんないけど・・・」
あの野郎・・・こういうことは話しときなさいよ。バカ・・・ふざけんな・・・。
「そっかあ!じゃあ話してみる。あ・・・でもさらわれそうになったことは黙っててもいいかな?」
「そこは言わなくてもいいと思うよ。また会えるといいね」
「会うっていうか・・・お兄ちゃんのお嫁さんになりたい」
ルージュは、またあたしの胸に顔を埋めた。
あ・・・なんか面倒なことになるかも・・・。
こっちはしーらない。




