第九十八話 寄り添い【アリシア】
シロと話せたことで、前向きな気持ちになれた。
一人で勝手にあの子の心を想像していたが、まったく意味の無い時間だったな・・・。
最初からこうやって動いていれば・・・。
いや、どうしようもないことを考えるのはやめよう。
あの子とまた家族になれる未来・・・それだけを見ていくんだ。
◆
「なんだか毎日楽しいの」
ベッドの中、ルージュがいつにも増して甘えてきた。
みんなと遊んでいる時は仕切り屋さんで頑張っているが、友達の姿がなくなるとすぐ私に抱きついてくる。
「友達が増えたからか?」
「うん、ずっとこうだといいのにね・・・」
寂しそうな声には理由がある。
『ボクね、次の明の月にお母さんのいる所に行って、一緒に住むことになったんだ』
シリウスは、あとふた月で引っ越すと言っていた。
どうやら家庭の事情らしい。
「ルージュ、離れたとしても友達だろう?」
「うん、だからそれまでいっぱい遊ぶんだ」
「そうしてあげるといい。楽しい気持ちで送り出してあげるんだ」
私ができなかったこと・・・。
あの子はテーゼを出る時、楽しい気持ちではなかったはずだ。
「お母さん・・・おやすみなさい・・・」
「おやすみルージュ、愛しているよ」
歩き疲れたのか、今日はすぐに眠ってしまったな。
もっと子どもたちと触れ合いたいと思い、二日続けて訓練場に行かなかった。
戦うことは好きで楽しいが、こういう日も悪くない。
戦場が終わったら、もっとルージュたちと一緒にいてあげられるだろうな。
子どもたちをよく見ていると、もっと知りたくなってくる。
戦えればいい、そう考えていた昔の私はどこに行ったんだろう。
・・・いや、こんなことよりも今はルージュの友達のことを考えたい。
セレシュは前よりも少しだけ喋るようになっていたし、シリウスは弱々しいが優しい男の子だった。
シリウス・・・できれば家のことも知っておきたいんだが・・・。
『シロ、シリウスの家はどこにあるんだ?父親にも挨拶をしておきたい』
『え・・・それは・・・できないんだよ。お父さんが生まれは隠してくれって言ってる。でも遊ぶのは、僕と一緒ならいいよって許してくれてるんだ』
教えてくれなかった。
どことなく気品があるし、服もいいものを着ている。
かなり裕福な家だということしかわからない・・・。
『その父親はまともなのか?まあ・・・私に言われたくはないだろうが』
『え・・・まとも・・・だね。ちゃんとシリウスに好かれてるお父さんだよ』
父親か・・・ケルトとニルスはどんな話をしていたんだろう。
ニルスは「父さん」と呼んでいた・・・。
どのくらい一緒にいたんだ?精霊鉱の話を聞いた時はどう思ったんだ?
・・・たしかミランダは、ニルスと一番長いとルルから聞いた。
なにかそのことを知っているかもしれない。
・・・よし、次はミランダだな。
◆
ルージュをシロに預けて訓練場に来た。
どこにいるんだろう・・・。
「さて・・・ニルス、手合わせ願う」
「ミランダ・・・もう飽きたの?瞑想はちゃんとしないとダメだよ」
二人はすぐに見つかった。
ミランダはいつもニルスと鍛錬をしている。
一人になるのを待たないと誘えないな・・・。
「ふふ・・・アリシア様、ニルス君が気になるんですね?」
ティララが私の横に並んだ。
「息子がよその女の子と仲良くしてるのがおもしろくないんですか?」
「・・・ティララ、スコットと走ってこい」
「え・・・俺も・・・」
「早く行け」
ティララはいつもからかうように言ってくる。
・・・気にならないわけがないだろう。
「あたしも風神とか雷神みたいな二つ名が欲しいなあ」
「風神・・・オレは認めてない。変な呼び方はやめてよ」
「あたしも欲しいなあ。風神ニルス・・・」
「北の魔女ミランダ・・・う・・・」
ニルスが殴られてしまった。
躱さないのは気を抜いているからなのだろうか?
それともミランダになら殴られてもいいと思っている?
・・・それほど深い仲?
「あ、アリシア様だ。ほらニルス、挨拶しなよ」
ミランダに気付かれてしまった。
・・・見過ぎたか。
「・・・おはようございます。アリシア隊長」
ニルスは座ったまま、目を細めながら言ってくれた。
「あ、ああ・・・おはようニルス・・・」
「・・・」
息子から名前で呼ばれる・・・よくないことだとはわかる。
だが、私のせいだから注意もできない。
「・・・あのさ」
ニルスが立ち上がった。
顔は、私に向いている・・・。
「・・・きのうとおととい、シロが楽しかったって言ってた」
ニルスが私に近付いてくる。
どうしたというんだ・・・あまり寄られると顔が熱くなる・・・。
「シロは・・・あなたが朝に焼いたパンがおいしいって・・・。だから・・・お礼って言うか・・・」
ニルスは鞄から小さな包みを取り出した。
・・・礼?
「そろそろ寿命だって・・・シロから聞いた」
「あ・・・アリシア様、早く開けてください」
受け取ると、ミランダが急かしてきた。
「あ、ああ・・・」
包みを開けると、中には手袋が二対入っていた。
シロから・・・。
『お願い・・・手袋は買わないでおいてほしい。約束できる?』
ああ・・・そういうことだったのか。
ニルスが私に・・・。
「一日おきに交換して・・・陰干し・・・だったな」
「あ・・・ありがとう。・・・大切にする」
「・・・使えよ」
今日はダメだ・・・。これをつけたら興奮してミランダを誘うどころじゃなくなる。
夜に一人の時だな・・・。
「それと・・・これはルージュに・・・渡してほしい」
ニルスはまた別の包みを取り出した。
「・・・ルージュに?」
「中には・・・手袋と襟巻きが入ってる。宵の月になれば寒くなるから・・・必要になったら渡せばいい」
私だけではなく、ルージュにも贈り物を・・・。
今ならもっと話せるのではないか?
でも、なにを話そう・・・。ルルから勝手なことをしたらこじれると言われているし・・・。
「渡したからな・・・ミランダごめん、今日は・・・家に戻るよ・・・」
「え・・・ちょっと・・・」
ニルスは訓練場を出て行ってしまった。
なにも言わない私に嫌気がさしたんだろうか・・・。
「んー、どうしよう・・・誰か守護の得意な人探すしかないか・・・」
ん・・・今ミランダは一人だ。
なら、逃がすわけにはいかない。
「あの・・・よかったら私と一緒にどこか行かないか?」
「え・・・アリシア様と・・・いいんですか?」
「私は・・・ミランダとも仲良くなりたい」
「わあ、やったあ。行きます!」
おお、思った以上に喜んでくれている。
・・・はしゃぎ方はシロとあまり変わりないな。
「どうする?食事でも、鍛錬でも、散歩でも、なんでも付き合うよ」
「誘ってきたのアリシア様じゃないですか・・・」
「・・・どうしたらいいか」
「そうですね・・・じゃあ一緒に歩きましょう。おいしいお店発見したんで、教えてあげます」
本当に元気な娘だ。
私にもその明るさを分けてほしい。
◆
「あそこです。ミルクを使った冷たいお菓子を出してくれるんですよ。さあ、入りましょう」
ミランダは「ミルクの王」と書かれた看板を指さした。
シロの時と同じで、私が引っ張られてしまっている。
・・・ニルスはいつもこうなのだろうか。
「昼前にお菓子か・・・」
「ニルスは気に入ってましたよ」
「・・・行こう」
あの子が好きなものも知っておきたい。
◆
店の中に入った。
甘い香りでいっぱいだ。子どもたちは喜びそうだな。
「お好きなテーブルへどうぞ」
「はーい。アリシア様、あそこにしましょー」
ミランダが奥の席を指さした。
あまり大きな声で名前を呼ばないでほしい・・・。
「え・・・雷神の・・・」
店主に気付かれてしまった。
「そうそう、おいしいですよって言ったら食べてみたいって」
「感激です・・・」
「気に入ったら娘を連れてきたいんだってさ」
「お、お任せください」
勝手なことを・・・。
『この子は強い、きっと活躍できます』
待てよ・・・あの時の私も同じだったのではないか?
『絶対に前線に置くべきです!』
きっとそうだったんだ。
私のせいで、ニルスはなにも言えなくなってしまった・・・。
あの子の顔も確かめずに、勝手な熱を吹いていただけ。
こういうことか・・・わかった気がする・・・。
◆
「いかがでしょうか?」
「ああ・・・おいしいよ。今度、娘とその友達も連れてきたい」
「ありがとうございます」
出されたものは本当においしかった。
ニルスが気に入っている・・・それを聞いていたからもあったのだろうな。
「ねえ、これもう一つ食べたいから追加で」
「かしこまりました」
「あと紅茶のおかわり欲しいな、むちゃくちゃ熱いやつ」
ミランダはたくさんのお菓子に囲まれて幸せそうだ。
まだ手を付けていない皿もあるのによく食べるな。
だから胸も大きいのだろうか・・・。
「ど、どうしました?」
視線に気付かれてしまった。
「いや・・・ずいぶん入ると思ってな」
「いやー、もうすぐ戦士の報酬が入るんで贅沢してもいいかなーって」
あ・・・言うのを忘れていた。
今日も出させるわけにはいかない。
「ミランダ、今日はお礼もしたかったんだ。ニルスと一緒にいてくれてありがとう」
「へ・・・」
「ここは私が出す。遠慮せずに好きなものをどんどん頼んでくれ」
「ありがたいですけど・・・でも、あたしは頼まれて一緒にいるわけじゃないですよ」
シロにも言ったが、それが嬉しい。
二人ともニルスが好きだから一緒にいてくれている。
「それに、ニルスはあたしをずっと守ってくれてましたから・・・お礼を言うのは・・・あたしです」
ミランダは、はにかみながら髪の毛をいじりだした。
可愛げと色気・・・体つきも私より女性らしい。
戦士の男たちも揺れる胸をよく見ている・・・。
そういえば・・・ニルスが同じくらいの女と話していたことはあっただろうか?
すぐ思い当たるのはルル、セイラ、ティララ、ジーナさん、イライザさん、エイミィさん・・・みんな年上だ。
私はあの子のそういう時間も奪っていたのかな・・・。
毎日アカデミーから帰れば私と鍛錬をしていた。
・・・実は誰かに誘われたこともあったかもしれない。
あの子は優しいから、断って帰るのも辛かったのではないだろうか・・・。
自慢じゃないが、ニルスはそこらの男よりはずっと見た目がいい。
女どもが放っておくなどあるだろうか?
女・・・今はミランダやステラと一緒にいるが、どんな関係なんだろう・・・。
「ミランダはニルスと男女の仲なのか?」
疑問が言葉になって出てしまった。
どうであっても、私に口を出す権利はない。ただ、知っておきたかっただけ・・・。
それに・・・ケルトの家にあったベッドの匂い、ミランダの香りはそれに残っていたものと似ている気がする。
「あはは、そういうのではないですよ。男とか女とかは、あたしとニルスの間ではないですね」
ミランダは食べる手を止めた。
・・・男女の仲ではないということか?
「ニルス、シロ、ステラ、ヴィクター・・・みんな大切な仲間です。困ってたら一緒に悩んだりして、元気がない時は笑ってくれるまで寄り添ったり・・・そんな関係ですね」
ミランダは目を瞑り、私の知らないこれまでの旅を噛み締めながら教えてくれた。
本当に男女という境界は無く、それを超越した強い絆のようなものがあるんだろう。
・・・寄り添うか。
『あの子の悩みはたくさんある。・・・ルージュがお喋りできないこと、あんたどう考えてんの?』
『ニルスから相談されなかった?ちゃんと寄り添ってあげられたの?』
私がしてあげられなかったこと・・・。
「だから、ニルスはけっこう笑ってますよ」
私の知らないニルスがまた・・・もっと話を聞きたい。
次はなにを聞こうか・・・。
◆
「ふふ、アリシア様はニルスのことが気になってしょうがないって感じですね。あんまり話さなかったんですか?」
質問を考えているとミランダが笑った。
『今さらやりたいこと・・・よく聞けるな。普通の親はアカデミーを出る頃にしっかり子どもと話すって聞いた。オレにその機会は・・・無かった』
・・・ああ、何も話してこなかったよ。
「本当にダメな母親だった・・・。あの子のことをなにもわかってあげられず苦しめたんだ」
ニルスともっと話をしていればと今でも悔やんでいる。
「せっかく戻ったんですよ。話せばいいじゃないですか」
「・・・簡単ではないのだ。私はあの子に拒まれるのが恐い・・・」
シロからニルスのことを聞いても、まだそれはある・・・。
『今さら・・・母さん?』
あれが・・・恐い・・・。
「本当は旅も引き止めたかったが拒絶されたら・・・そう考えると送り出すしかなかった」
「・・・」
「あの子の残していった日記を見て、心を理解したつもりだった。でも・・・目の前にすると言えないんだ」
「・・・」
ミランダの顔が強張った。
・・・初めて挨拶をしてくれた時、ずっと私を『尊敬していた』と言ってくれたが、幻滅してしまっただろうか。
「・・・シロから、ニルスが夜にうなされる話は聞きましたか?」
「うなされる?」
シロからその話は聞かなかった。
あの子は、そうなっているのか?
「はい、その時はあたしが抱きしめたり、シロが安らぎの魔法をかけていました。今はステラが毎晩寄り添ってあげています・・・」
だからあの子のベッドにミランダの香りがあったのか。
これを私に話すということは、あの子が苦しんでいる理由は・・・。
「それは、私に関係しているんだな?」
この話も聞くのが恐い・・・。
「そうです・・・母さん見捨てないでとか、自分は臆病者じゃないからとか、もっと強くなるからとか・・・」
私は胸を押さえた。
辛い・・・。
ニルスは、日記を書いた頃のままなんだ。
「・・・あの子から事情は聞いているのか?」
「・・・はい」
「ミランダは私を尊敬していると言ってくれたな。ニルスの話を聞いてもそう思うか?」
「・・・」
答えづらいことを聞いてしまった。
でも正直に話してほしい。臆病な私を奮い立たせるために・・・。
「・・・さっきも言いましたが、あたしにとってニルスは特別な存在です。たとえアリシア様であっても言いたいことは言わせてもらいます」
私はミランダから目を逸らさずに頷いた。
「あたしはアリシア様を強い女性として、今でも尊敬しています。ただ、他の部分・・・経験のないあたしから言われるのは気に入らないかもしれませんが、母親としては見習いたいと思いません」
「・・・その通りだミランダ。母親・・・その資格があるとは思えない。だから・・・あの子に拒まれたらなんて考えてしまうんだろうな」
「でもニルスの言葉は、アリシア様・・・お母さんからもっと愛してほしいっていうものですよ」
愛して・・・私もそうだ。
ニルスから愛してもらいたい。
本当はもっと早く気付いてあげていればよかったのに・・・どうしようもなくなり、ケルトに託すことしかできなかった。
ケルト・・・あ・・・これも知りたい。
ハリスという男がすぐに消えなければ聞けたこと・・・。
『戦場は・・・いくら勝ち続けても終わりませんよ』
そういえば、あの男はなにかを知っていたのだろうか。
・・・これも今考えたって仕方ない。
『あなたはその約束を理由に、ニルス様から逃げているだけなのでは?』
『ケルト様はそれを望んでいました。裏切らないでいただきたい』
そう、それをしなければいけない。
「あの子は・・・父親のことをなにか言っていたか?どのくらい一緒にいたとか、どんなふうに思っているとか」
「んー・・・一年と半分くらいって聞きましたよ」
そんなに一緒にいたのか・・・。
たしかにハリスも『しばらく』と言っていたな。
「お父さんは、ニルスがうなされた時は寄り添ってあげていたみたいですよ。剣も大事にしてますし、大好きなのは見てればわかりますね」
そうだろうな、ケルトはとても愛のある人だった。
旅立たせるしかできなかった私と違い、しっかり向き合ってあげたんだろう。
・・・だから精霊鉱を使った。
『ケルト・・・私を恨みながら死んだんじゃないかな・・・』
『最後の精霊鉱は、私への当てつけのた・・・』
・・・絶対にそういう感情じゃない。
すまないケルト、私は大きくなった不安に煽られてとんでもないことを考えてしまっていた。
大丈夫・・・これからは疑わないよ。
「ニルスは寂しがりだから、旅に出たら仲間をまず見つけろって教えてもらったみたいですよ。だからあたしが誘った時、とっても嬉しそうな顔をしてました」
「・・・あの子にはなにか感じたのか?」
「いえ・・・最初はアリシア様の息子っていうのと、お金もたくさん持ってるから付いて行こうとしただけです」
正直だな・・・裏表があまりないのだろうか。
「あ、でも話すうちに付いてきて良かったって思いましたよ」
「いやいいんだ。私にとっては、どんな理由でもあの子と一緒にいてくれるのが嬉しい。ありがとうミランダ」
「ふふ、じゃあお得な情報も教えますね。・・・ニルスって、夜はなんだか素直になること多いんですよ。暗いと話しやすいんですかね」
「夜・・・覚えておくよ」
きっかけはどうであれ、ニルスを気に入ってくれていることは事実だ。
そして、私との仲直りを願ってくれている。
ニルス、いい仲間と出逢えたな・・・。
◆
「ねえ、これおいしいね」
ミランダが新しい皿を持ってきた店主に話しかけた。
「心を込めて作っていますから。アリシア様、新しいお茶をお持ちしましょうか?」
「ああ、頼むよ」
「お待ちください」
ミランダが食べ終わるまで店は出れそうもない。
お菓子はおいしいが、さすがに同じくらいは食べられないな・・・。
「あ・・・そういえば、胎動の剣にはお父さんが魂の魔法で思いを込めたって聞きました。聖戦の剣もそうなんですか?」
ミランダはなにかを思い出したように言った。
「その通りだ・・・私も大切にしている。ケルト・・・あの子の父親を感じるんだ」
栄光の剣もそうだ。
胎動の剣も、持たせてもらった時に感じたな・・・。
『その剣は父さん・・・一緒に旅に出たんだ。だからオレは寂しくない』
ああ・・・わかるよニルス、私たちの持つ剣はケルトだ。
「アリシア様、ニルスから手袋をもらってましたよね」
いつの間にかミランダの顔がにやけていた。
ティララと似た感じだな・・・。
「あ、ああ・・・嬉しかったんだ・・・できれば使わずに取っておきたい・・・」
「ふふふ・・・。その手袋は、アリシア様に渡すためにニルスが注文して作ってもらったものです。だから使ってあげた方がいいですよ」
ああ・・・その気持ちも嬉しいな・・・。
「それと、ニルスは魂の魔法をお父さんから教わってるんです。アリシア様に渡したものと、ルージュへの贈り物の最後の仕上げは、ニルスが思いを込めました」
「・・・そうなのか?あの子の思い・・・」
「ちょっと今はめてみてくださいよ。ニルスとお揃いですよ」
「お揃い・・・」
私はニルスから貰った包みを開けた。
さっきはすぐにしまったが、とてもいいものだ。
「さあ・・・」
「あ、ああ・・・」
私は一つを取り、右手に被せた。
『母さん、忘れないで・・・』
・・・ニルス?
思いが右手から流れ、私の心を揺らした。
・・・暖かい、ずっとつけていたい。こんなにあの子の思いが込められているんだな・・・。
「ちょ・・・アリシア様・・・こんなところで泣いちゃダメですよ」
気付くとミランダが私の涙を拭いてくれていた。
ダメだ・・・止まりそうもない・・・。
「え・・・ア、アリシア様・・・どうされました?」
紅茶を持ってきた店主にまで見られてしまった。
どうしよう・・・。
「あ・・・これ!これがおいしすぎて泣いちゃったみたいなのよ」
「え・・・そ、そうなのですか!」
「そうそう、雷神が泣くほどだよ。この店の名物になるかもね。とりあえず・・・お茶置いて下がって」
「はい・・・ありがとうございます」
店員まで泣きそうな声を出している。
でまかせにしても言い過ぎだ・・・。
◆
「どう・・・ですか?ニルスの気持ちはわかりましたか?」
落ち着いた頃、ミランダが聞いてくれた。
「ああ・・・私の心では収まりきらない・・・」
「よかった・・・。あたしは早く和解してほしいんですけどね」
「私もだ。努力しよう・・・」
思いはこんなに伝わってくる。
でもなぜだろう、まだ直接話すのは・・・恐い。
「今って、どうしようと思ってるんですか?」
「ルルがどうしたらいいか教えてくれた。・・・まずは親としてあの子の仲間にお礼を言って話を聞けと」
「ならそうしましょう。あとは、ステラとおじいちゃんですか?」
「そうだ。ステラ・・・彼女は少し気になる。・・・嫌われているように感じる」
あと二人・・・ヴィクターは大丈夫だと思うが、聖女だけがなんだか不安だ。
・・・それでもあの子のために話をしに行くつもりだが。
「ステラですか・・・ルルさんからはなにも聞いてないんですか?」
「ああ、直接聞けということなんだろう」
本当は、全部自分で考えて動かなければいけなかった。
だからルルには聞けない。
「じゃあ、あたしからは一つだけ教えます。・・・さっきアリシア様が言っていた男女の仲、ニルスとステラはそれに近いですね」
ああ・・・そういうことか。
「だから私に冷たい目をしているんだな・・・」
「でもニルスを苦しみから解放してあげたいって気持ちは同じです。だから話は聞いた方がいいですね。たぶん・・・ステラにしか話していないこともあるはず、協力してくれれば心強いんですけど・・・」
ミランダは「たぶん無理だろう」という顔をしていた。
ステラはニルスを想ってくれている。
おそらく私が感じた敵意のようなものは間違いではないのだろう。
ミランダやシロと違って厳しい言葉をぶつけられるかもしれない。
でも、乗り越えなければならない。あの子を大切に思っているからこその敵意だからだ。
それに・・・全部自分で招いたことだからな・・・・。




