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Our Story  作者: NeRix
水の章 第三部
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第九十六話 あなたは【ルル】

 「もうすぐひと月になりますけど・・・」

ミランダが訓練場でのことを報告しにきてくれた。


 「二人だけじゃ無理ですね」

王様たちとの話し合いも終わって、ニルスがやっと鍛錬に集中できるようになった。

それから七日も経つのに、まだ親子の距離は縮まらない。


 まったく・・・。



 「食堂にアリシア様がいると一番遠くの席に行くんですよ。逆にニルスが先にいるとアリシア様もそうします」

ミランダはちょっとだるそうに酒瓶を開けた。

まあ、一番近くにいるんだから当然か。


 「呆れるわね・・・ニルスにお昼でも作って持っていけばいいのに」

「周りの人たちは気を遣ってくれてます。スコットさんが一緒に食べましょうって言ってくれたり、ティララさんが走りに行こうって誘ってくれたり。まあ、そうなっても二人の会話は最小限ですけど」

スコットとティララも気疲れしてるだろうな。

 「あ・・・あとニルスの奴、アリシア隊長って呼ぶんですよ。せめてお母さんて呼べば変わる気もするんですよね」

「それはアリシアが悪いからニルスを責めないであげてね」

あの子が「母さん」と呼べないのは仕方ない。

 

 『戦場で家族と呼ぶな』

あの母親は、言葉の通り「戦場だけ」でのつもりだった。

ニルスはそれを割り切れるほど強くはなかったのに・・・。

 

 さあて、どうしようかな・・・。

まずは親としてやることやらせるか。

どうせ動いてないんだから・・・。


 「ミランダ、アリシアからニルスのことを聞かれたりしないの?」

「いえ、まったく・・・。あたしからもなんか話しかけづらいです」

ほらやっぱり。

 「シロくんも鍛錬の時に一緒にいることあるんでしょ?そこでなにか話してる?ルージュたちと昼間遊んであげてるから助かってるはずよ」

「シロも話してないですね。すまないっては言ってくれるみたいですけど・・・」

「ちゃんとお礼も言えてないのね・・・」

なに考えてるんだろ・・・。「シロ君いつもありがとうね」とか、お礼になにかおやつをあげたりとかないもんかしら。


 「あたしも訓練場に通ってるからルージュとまだ話せてないんですよね」

「そろそろひと月、もう昏の月になる。・・・明日アリシアに来るように言ってちょうだい。ルージュとはその時に話せばいいわ」

「おお、動くんですね」

「ニルスは絶対連れてきちゃダメよ」

少し母親を叱らないといけない。

娘も隠し事をされてるのはかわいそうだ。



 どう言うかを考えているうちに一日が過ぎて、あっという間に夕暮れ時になった。

酒場の灯がまだ薄く見える時間・・・。


 「セレシュが最近ずっとニコニコしてくれてるんだ」

「シロくんありがとね。今日はこの人が出すから好きなものを遠慮なく頼んで」

ウォルターさんとエイミィさんがシロくんをもてなしている。

きっとミランダが誘ったんだろうな。


 「なんか遊んでてお礼言われるのも変だね。セレシュはシリウスから花冠を作ってもらった時もニコニコしてたよ」

「シロ・・・ダメ・・・」

「その話は聞いてなかったわよ。あ・・・もしかしてシリウスくんのこと好きになっちゃったのかな?」

「あ・・・セレシュが赤くなってる」

セレシュとルージュも一緒だ。

あっちをミランダに任せれば、アリシアとじっくり話せそう。


 「二人がルージュとセレシュね。シロからかわいい子だって聞いてたからあたしも話してみたかったんだ」

「なんか楽しい人だねセレシュ」

ミランダは明るい子だから、子どもにもすぐ好かれそうだし。


 「・・・」

セレシュは恥ずかしいのか、ルージュの耳になにか吹き込んでいる。

 「あれ・・・セレシュはコソコソ話が好きなのかな?あたしも秘密の話好きだよ」

「セレシュはお姉ちゃんのおっぱい大きいから触ってみたいって」

たしかにそう思うよね・・・。

ニルス・・・あれに包まれて何もしなかったのか・・・。


 「な・・・まあ触っていいよ。そしたら、あっちの大きなテーブルで話そっか。あ、ウォルターさんは見るだけね。まあ・・・いっつも見てるみたいだけど」

「え・・・あなた、ミランダをそういう目で見てたの?」

「おかしなこと言うな!」

「あはは、おかしい。ほら、セレシュも笑ってるよ」

「じゃあ、あっちでミランダ裁判を開廷しまーす。みんなでおじさんが有罪か無罪かを決めよー。あ・・・有罪なのは決まってるんだった」

ああ・・・あたしもあっちがいいな。


 「なにが裁判だよ・・・。それだったらエイミィだってシロに裸見せてたろ」

「でもそのおかげで、訓練場に毎日行けるようになったじゃない」

「・・・そういうことすんなら先に言っとけって話だよ」

「なにあなた、シロくんに嫉妬してるの?せっかく剃り師いらずにしてくれたのよ」

エイミィさんもやってもらったのね・・・。


 『本当にいらないの?あとから欲しくなっても遅いからね。よく考えて決めた?』

『いらない』

『・・・ニルスのためだからね。裸になって・・・』

『ありがとうシロくん。同じ気持ちだから安心して』

本当に剃り師いらずになった。

だから・・・エイミィさんにもちょっと教えただけ・・・。


 「ていうか、最近奥さんのこと触ってあげてんの?」

「そういえば無いわね・・・」

「おい、余計な話すんな」

「ちょっとちょっと、もう有罪じゃん。まあやるけど・・・ほら、被告はそこに座って」

ミランダは一度振り返って、あたしに目で合図をくれた。

ありがと・・・しばらくお願いね。



 あたしの目の前には、このひと月まったく動かなかった母親がいる。


 「ルル・・・話とはなんだ?」

アリシアはカウンターでずっと待っていた。

さて・・・まずはどんなつもりか聞かせてもらおう。


 「ニルスのことしかないでしょ。もう戻ってひと月、なにか話せたの?」

情報は全部聞いてるけどね。

 「・・・私は・・・ニルスに嫌われているんだ・・・」

アリシアは俯いてしまった。

まったくこのお母さんは・・・。


 「ニルスがそう言ったの?」

「・・・見ていればわかる。・・・この間、訓練場を四人で出て行くのを見た」

「一緒に住んでるんだから当たり前でしょ?」

「ミランダ、ステラ、シロ・・・みんなに囲まれてとても楽しそうな顔をしていたんだ。・・・私が話しかけてもあんな顔はしない」

この間までは話せただけで嬉しそうだったのにもうダメか。

自分にだけは向けない顔を見てしまって、恋心みたいなおかしな感情は打ち砕かれたみたいだ。


 まあ、本当に恋だったのかはわからない。

母親として接することが恐い。じゃあ女としてなら・・・ってことなのかもな。

 でも、あの子が求めているのはお母さんだ。

だから早く母親に戻れ・・・。


 「ニルスは私を見てくれないんだ・・・。実は憎まれているのかもしれない・・・」

アリシアは不安を零し始めた。

仕方ない、まずは全部吐き出させるか・・・。

 「憎んでるわけないでしょ」

「嫌なことばかり考えてしまう。ケルト・・・私を恨みながら死んだんじゃないかな・・・。ニルスには、なにか言っていたかもしれない・・・」

「あのさ・・・もう一度会いたかったって教えてもらったんでしょ?恨んでたんならその指輪はなんなのよ?」

「・・・」

おかしくなってる・・・。


 「・・・わからなくなってきたんだ。最後の精霊鉱は、私への当てつけのた・・・」

「アリシア!!」

これは言わせてはいけない。

 「そんなつもりで死ぬわけないでしょ!」

「・・・」

「二度と言っちゃだめ。思うこともしちゃいけない」

「・・・うん」

大声を出してしまったけど、騒がしくなってきたおかげでルージュには気付かれなかったみたいだ。

 ここまで後ろ向きになってたなんて・・・。

もう本題に入ろう。


 「さっきニルスは楽しそうだったって言ってたでしょ?それは仲間たちがみんないい子だからだよ。・・・あ、おじいさんもいるわね。話しかけてみた?」

「入る余地がない・・・」

わかってたけどなんかイライラしてきたな。

あんたが恐い顔で見てるからミランダもシロくんも近寄りにくくなってんのよ・・・。

 「きっと寄り添ってくれる仲間ができて、あの日記に書いていたことも薄れていったんだろう・・・。もう私は必要ないのかもしれない・・・」

すぐ後ろには酒瓶がある。

これをおもいっきり頭に振り下ろしてあげたい気分・・・。だけど、抑えないとな・・・。


 「アリシア、真面目に答えてね。あなたはニルスの何?」

「・・・」

「こんな簡単なことも答えられないの?」

「・・・」

自信も失くしてる。

もう一歩踏み込めばいいだけなのに・・・。


 「ニルスがあなたのことをどう思ってるかは仲間に聞いてみなさい」

「しかし・・・」

「いい?これは必ずやりなさい。ニルスはきっとみんなにあなたのことを話してる。諦めるのはそのあとになさい」

「・・・うん。でも、どうやって話しかければ・・・」

アリシアは弱々しく手を合わせた。

知らない人が見たら、これが雷神だなんて誰も信じないわね。


 「どうやってって・・・あんた訓練場で顔合わしてんでしょ?一緒にいることないの?」

「・・・ある。でも・・・うまく話せない」

「話しかけはしてるの?」

「・・・私からはない」

はいはい、ぜーんぶ知ってますよ。

 「さっきウォルターさんたちもやってたでしょ?シロくん、いつもルージュと遊んでくれてありがとう・・・とか、そういうことをまずしなさい。当たり前のことだし、話すきっかけになるでしょ?セレシュにはできてるんだからやりなさい」

「・・・ルージュは、シロやシリウスと遊んでいて楽しいと言っている」

「そうでしょうね。息子の仲間で、娘とも仲良くしてくれてる。お礼を言わないのは変よ。ほら、ミランダはもう仲良くなってる」

向こうのテーブルは楽しそうだ。

いつの間にか他の戦士たちも集まっている。


 「皆さんはどう思いますか?」

「ウォルターは有罪だな」「昔のアリシアもそんな目で見てた」「わたしはお尻をよく見られてる気がします」

・・・最初から聞きたかったな。

 「ふふふ、圧倒的に有罪の声が大きいわね。ミランダ裁判で無罪になった人はいないのよ」

「セレシュ、ルージュ、俺はそういう人間じゃないって知ってるよな?」

「でも・・・ミランダ裁判は・・・有罪だって」

「この魔女が・・・子どもの前で変なこと言いやがって・・・」

有罪で決まりみたいね。

 あたしは小指と親指を立てて女給たちに「酒を注げ」の合図をした。

まだ盛り上がりそうだ。


 「はいはい。償いは、そうねえ・・・今ここで奥さんに愛してるって言いなさい。君しか見てないよって抱きしめるの」

「あ、それなら私も許してあげるわ。早く言って」

ちょっとかわいそう・・・。

 「おい、早く言え」「奥さんが待ってますよ」「普段は強気なんだから、こういう時もそうですよね」

「お父さん・・・お母さんのこと嫌いなの?」

「・・・違うぞセレシュ、ただ・・・」

「娘に変な心配かけさせてんじゃないっての。ほら、奥さんの顔ちゃんと見て」

あっちを見たいから、先にアリシアを終わらせよう。


 「彼女、明るくていい子よ。ニルスの初めての仲間って言ってた。あの元気に、ニルスは何度も助けてもらってると思う」

「私も・・・そう思うよ。とてもいい子だ」

「それにあなたを尊敬してるって聞いたよ。だからきっと助けになってくれるわ」

「・・・わかった。まずはミランダとシロに聞いてみよう」

背中は押した。

あとはもう一度聞かなければいけないことがある。

 「アリシ・・・」

向こうから歓声が上がった。

く・・・聞き逃した・・・。

 

 「まったく・・・大恥かかせやがって・・・」

「あれー、家族なんだから愛してて当たり前よねー」

「やめろ・・・」

「それを言うのが恥ずかしいだなんて。ちょっと変じゃないかなー」

ミランダはこっちを意識して言った。

・・・いい子だ。母親は気付いたかな?


 「・・・」 

アリシアは目を閉じている。

これでわからなかったら、お酒飲ませてあっちに突き飛ばしてやろう。

 「どうしたの?」

「愛している・・・私もそうだ・・・ニルスに伝えたい・・・」

よかった、ポカンとしてたらどうしようもなかった。


 「アリシア、もう一度聞くわね。あなたはニルスの何?」

「私は・・・あの子の母親だ。愛していて当たり前なんだ・・・」

「はい、よくできました。じゃあまずは親として、息子の仲間にお礼を言ってくるのよ。みんなから話を聞き終わったら、あたしに報告しに来なさい。昏の月が終わるまで待つわ」

「・・・うん」

アリシアは胸を押さえた。

これはちゃんとやるな。


 「今・・・行った方がいいかな」

「ここではやめなさい。それと、一人ずつの方がいいと思うよ」

「・・・わかった」

ここまで道を作ってあげないとダメだったみたいね。


 ニルス、お母さんはやっと動く気になったよ。

あなたが抱えている不安、早く無くなるようにあたしも頑張るからね。

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