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Our Story  作者: NeRix
水の章 第三部
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第九十五話 治癒隊【ニルス】

 テーゼに来て二十日が過ぎた。


 今日は次の戦場について、大地奪還軍の各隊長を呼んでの会議が開かれる。

どう説明するかは、きのうまでにオレ、シロ、ステラ、べモンドさん、王とその臣下たちでよく話し合った。

王にも確認を貰って、あとは伝えるだけだ。


 

 「次の戦場に勝利すれば大地はすべて返され・・・戦いは終わる」

べモンドさんの言葉で、会議室の中がどよめいた。

大丈夫・・・大丈夫なはずだ。


 「そちらに座っている白い髪の男の子は、精霊の王シロ殿だ。シロ殿は大陸を巡り、人間の友を多く作ってきた。・・・ニルスもその一人だ。魔族はどうか知らないが、我々はもう争いを起こす心配は無いと神に進言してくれたのだ」

べモンドさんは堂々と続けた。

この話し方なら通るな・・・。


 『ではこれで説明しよう』

『ええ、問題ないと思うわ。ジナスがどうこうって話をすべて省いてだと、こうするしかない』

信仰についてはこれでどうにかなる。

誰が何を信じているかを確認する手間も省ける説明だ。


 「それはありがたいが、こちらに付くのはなぜだ?人間に友を作ったと言っていたが、精霊は中立ではないのか?」

隊長の一人がべモンドさんを睨んだ。

大丈夫、出てきそうな疑問もすべて考えてある。


 「それは僕から説明する」

シロが立ち上がった。

 「人間と魔族の争いは、ほんの些細な種族の違いから生まれた。みんなの教わった歴史だと原因は曖昧な感じになっているけど、どちらの種族が優れているか・・・そこから争いが始まった」

ちゃんと胸を張って話せている。


 「・・・精霊と人間も違う種族だ。でも僕は、君たち人間が好きだから関っていきたいと思ったんだ。その中でニルスは一番暖かかった。戦場を終わらせたいって願いを聞いて、こんなに優しい人がいるなら大丈夫なんじゃないかなって」

「それで神に?」

「うん。僕が話した時、神様は仰った。本当に絆が作れるのであれば、協力し勝利をおさめてみろと。それができたら人間の戦場は終わりだ」

頑張れシロ・・・。

 「・・・境界や魔族はどうなる?」

「魔族も大地は必要だ。神様は、そっちは別な方法で試すと仰っていた。境界はしばらくそのままにするらしい」

まあ、少し苦しいけど・・・。

 

 「それなら戦う必要は無いだろ。魔族と話し合いの場を設ければいい」

また別の一人がシロを見つめた。

協力を頼んでいたウォルターさんだ。最後の戦場だけは隊長として出ることになっている。

 「たしかにそうだな」「死者を出さずに済むのが一番だ」「仲良くしろってことならできるだろ」「話の通じる相手なのか?」「あいつら声出さないよな。言葉が違うんじゃないか?」

色々な意見が飛び始めた。

大丈夫、それを潰すために言ってもらったんだ。


 「戦場は人間と魔族の両方が望んだんだ。神様はどっちにも大地を返すつもりだったんだよ」

「そうなのか?」

「向こうにはそんなことしなくていい・・・お互いがそう言った。これはあとから公表されるけど、戦場は神様じゃなくて君たちが始めたんだからね」

神がそれを受け入れたから戦いが始まったことにした。


 「どこかで誰かが歴史から消したんだと思う。王様たちが総出で書庫を探したけど、その記録は残っていなかった・・・よくないよね」

「なるほどね・・・」

「それと・・・魔族側はこれを望んでいない。神様の目的は、向こうの考えを改めさせるためでもある。だから勝利は必要なんだ。種族を越えての絆を見せて、それには未来を拓く力がある・・・これを示さなければならない」

「・・・歴史をしっかり学べって言ってきた教官を殴りたくなってきたよ」

これは未来のために必要なこと。

バカバカしい歴史はあったけど、それを繰り返さないようにと・・・子どもたちに教えていくためだ。


 『ただのその場しのぎになりませんか?』

『いや、他に帳尻を合わせるような説明はないだろう。それに境界はしばらく残るんだろ?』

『うん、境界を一気に解き放つのはまずい。海が押し寄せてくるからゆっくりやらないとダメだ』

『問題はないでしょう。この筋書きで通るはずです』

不安な所は何度も口に出して確認した。

 そして王と臣下たちも認めてくれたからこうやって説明できている。

嘘をついているわけだけど、本当に戦場は終わる・・・真実にするんだ。


 『戦場が終われば、独立を望む者たちが出てくる可能性がある。私はそれを防ぎたい』

王は心配事でいっぱいだった。

 『どうして?僕は気にしなくていいと思うけど』

『争いの元となりうる。分かれずに決着する方法を考えていきたい』

民の分裂を極力防ぐためには、それをさせないようにする理由が必要だった。

だから絆、みんなで手を取り合って未来を作っていけるように・・・。


 「戦わずに済めば良かったのだが、やるしかないのだ。顔も知らない先祖の後始末になるが、次に勝利できれば戦場は終わる!世界のことよりも目の前の戦いについて考えてもらいたい!このことは明日以降から人々に知れ渡る。我々戦士への期待も高まる・・・次は何としても勝つのだ!私たちで終わらせようじゃないか!!」

べモンドさんの熱弁で、質問や反論が消えた。

この人が言うから説得力が生まれる。


 「疑問があるものはこのあと個別に来てくれ、すべて答えよう」

これでひと段落だな。やっと鍛錬に入れる・・・。


 「続けて、次の戦場の編成についてだ」

ああそうだ、まだあった・・・。



 「前回の敗戦は、開戦早々に治癒隊をドラゴンに壊滅させられたことが原因だ。五百・・・死守隊の力が足りず、多くの戦死者を出してしまった・・・申し訳ない」

べモンドさんが立ち上がり頭を下げた。

 別に死守隊どうこうじゃない。ジナスは前回そうするつもりだったけど、予定が変わって今回になっただけ・・・。


 「もう気にするなべモンド、戦場に出る以上その覚悟はあったはずだ」

「その通りだ。死は常にある」

「直前での辞退も受け入れているだろ?出たんならそういうことだ」

みんなはべモンドさんを責めるつもりは無い。

荷の重さをわかっているからだ。

 でも口には出さないだけで、死んだ人たちに対して無関心ってわけでもないと思う。

・・・オレがそうだからだ。


 戦死者の名簿の中には、知っている名前がたくさんあった。

頭を撫でてくれた人、オレとルージュが使っていた乳母車をくれたという人、たまにお菓子をくれた人・・・。

 みんな覚悟して出てはいたんだろうけど、死にたいなんて感情は無かったはずだ。

 ただ、死んだとしてもべモンドさんを恨んではいない。

それだけは本当のことだから、みんなの言うようにそこまで責任を感じることは無い。


 「・・・慰めに感謝するよ。だが、治癒隊のほとんどが戦死した事実は変わりない。現在待機兵も含めて、素質のある戦士は六十三名・・・厳しい数字だ。これから抜ける者もいるだろう。おそらく前線の割合が多くなる」

べモンドさんは顔を上げて話を続けた。

本当は百人以上必要だ。それが約半分・・・治癒領域が大幅に狭まる。


 「その通りだべモンド、そして死力を尽くしても無理が出てくるな。・・・待機兵に戦場の様子を伝えた者も多い、これから抜ける戦士は少なくないぞ。金より命、そう考える方が普通だ」

「入る者も増えるんじゃないか?最後の戦場になるなら英雄になろうと志願する者もいるはずだ」

「治癒の素質がある者がか?入ったとしても、使い物になるかは別の話だ」

「・・・医者を引っ張ってくるのはどうだろう?」

会議室がざわめき出した。

まあ、これも解決済み・・・。


 「・・・静かにしてくれ。お前たちの言う通り、おそらく残るのは血の気の多い前線の者たちがほとんどだ。・・・それでもやる」

「・・・ふざけているのか?回復は各々でやれ・・・そう言っているのか?」

イライザさんが今まで聞いたことのないくらい恐い声を出した。

そりゃ怒るか・・・。


 「そうではない、治癒は一人で担ってもらうことになった」

「・・・」

オレの隣に座っているシロが拳を握った。

 「どうしたシロ?」

「ううん・・・なんでもないよ。ちょっと退屈だなって思っただけ」

「この説明で終わりだ。もう少し待っててね」

「・・・うん」

退屈か・・・。

たしかに、話し合っていたオレたちはこの先を知っているからな。



 『治癒隊・・・これが一番問題だ』

この話は、何日もかかった。

話し合いっていうより、知恵を出すために黙って考えている時間が大半だったな。


 『王にも協力してもらって、大陸中の素質のある者を集めるとか・・・』

『ニルス、それは現実的ではない。全員が戦場に出たいのなら話は別だがな・・・出たいのならすでに集まっている。・・・金と交渉が必要だ。それでも多くはないだろう』

オレの案はすぐに捨てられた。


 『軍団長さんは王様にニルスなら大丈夫って言ったみたいだけど、こういうこととかも何か考えがあったんじゃないの?』

『すまないが無策だ・・・』

『呆れた・・・。あんまり考えない人なんだね。・・・本当はジナスだけ倒せればいいんだけどな』

ジナスの元へ行くために戦場の勝敗は関係ない。

どちらにしろ終わりの声が聞こえた時にシロが気配を探るからだ。

 もちろん死者は少ない方がいい、だから大地を返してもらって終わりという筋書きを作った。

 そのため、戦場の勝利は絶対条件だ。信仰とか、独立とか、そういう面倒なのが無くても、勝って終わりの方が説得力があるからな。


 『だから精霊の王の知恵も借りたいのだ。シロ、なにかいい手はないだろうか?』

『王様も考えてなかったのか・・・。うーん・・・僕が治癒や活力を使えればいいんだけどね。そしたら千人でもいける』

輝石もあるから精霊の力は際限なく使える。ただ、シロは治癒を扱えない。


 『それなら、シロが守護の結界を一人一人にかければいいんじゃないか?』

『できるけど・・・守護は敵から身を守るだけじゃない。いわば箱をかぶせるようなものだ。千人・・・一人一人の攻撃と守りを把握して付けたり外したりは僕には無理』

『結界ごと斬りかかれるのは胎動の剣を持つニルスだけか・・・』

べモンドさんは、ミランダの結界を聖戦の剣で斬れるか試させたけど無理だったと言う。

 たぶん・・・栄光の剣でもできない。すべてを斬り裂けるのはこの剣だけだ。


 『守りに徹するのはどうかな?僕が大きな結界を作って迎え撃つ』

『今回の負けは・・・その結界を破る者がいたからなんだ。ドラゴンを駆り、上空から何かをされた。守護は薄氷のように砕け・・・そこに火球だ』

固まるのが逆に危険な可能性も出てきた。


 『ジナスが出ていたのかもしれない・・・もしくは・・・分身・・・あ!!ニルスがやられた時・・・一度だけ姿を見た。銀髪の女の人・・・たぶんあれがジナスの分身だ。それなら結界を破れる力を持っていても納得がいく』

『・・・やはりぶつかるしかないようだな』

『僕はそいつがいるなら・・・あんまり前に出たくはない』

精霊同士の攻撃はお互いに通る。それはジナスの作った人形も分身も、シロを傷付けられるということだ。

決戦の前にシロになにかあってはいけない。


 『やらなきゃいけないなら僕がやるしか・・・』

シロに頼るかって話もあった。

 ジナスに気付かれてでも、シロが人形をすべて凍らせる。

死者も出さずに済むから、いい方法ではあるんだけど・・・。

 『シロ、まだ時間はあるよ』

『その通りだ。一番重要なのはそのあとだからな』

奥の手は、本当に何も浮かばない時まで使わないことになった。


 『また一から考えるか・・・』

だけど、どうにもいい手が浮かばなかった。

 もっと猶予があれば大陸を巡って人を集めてこれるけど、ジナスは次の戦場にオレの姿が無ければルージュを殺す。

そんな時間と余裕はない・・・。


 『・・・』『・・・』『・・・』『・・・』『・・・』『・・・』

そして沈黙が続いた。

毎日集まってはいたけど、ついきのうの夜まで・・・。



 『・・・ニルス・・・ルージュは大丈夫よ。それに・・・戦士たちも』

解決策が生まれたのは、本当にきのうの夜だった。

窓の外が月明かりだけになった頃・・・。


 『・・・千人の治癒と支援・・・私が引き受けましょう』

ステラが光を放つような言葉を口にしてくれた。

 『ステラ様・・・できるのですか?』

『ええ、できるわ・・・ニルスのために・・・やる』

『ステラ!!!』

反対の意思があったのはシロだけだった。


 『シロ、どうしたの?あなたもわかっているでしょ?その後の戦いのためにあなたは温存しないといけない。そして・・・私にしかできない』

『でも・・・』

『次は負けられないのよ?いい案が出ない以上私が動けばいいだけ』

『・・・ダメだよ』

シロは悲しそうな顔をしていた。


 『シロ、ステラが引き受けることが不満なのか?』

『ん・・・別に・・・』

『そう、なにもないわ。私は女神から作られた聖女よ。シロと同じように無尽蔵に魔法を使える。軍団長さん、治癒と支援は私がやる。他は前線でかまわないわ』

ステラの言葉に偽りは無さそうだった。

だけど・・・どうして今まで黙っていたんだろう。


 『ステラ様、なぜ隠していたのですか?』

べモンドさんも疑問を抱いていた。

 『特に意味は無いわ。この問題だけで十日以上・・・みんなが困り果てた頃に言おうと思っていただけ』

『・・・そうでしたか』

『気を悪くしたかしら?』

『いえ、感謝します』

深い意味は無かったらしい。

じゃあ、シロがあそこまで声を張ったのはどうしてなんだろう?


 『シロ、なにか問題があるの?』

『・・・』

聞いてみたけど、シロは俯いたまま答えてくれなかった。

 『不安なことがあるなら言ってほしいな』

『あの・・・』

『ジナスが心配なんでしょ?』

かわりにステラが答えた。


 『ジナスは、確実に私の存在に気付く。千人を一人で癒しているんだから当然よね。その時になにかしてこないか・・・そういうことでしょ?』

『・・・その可能性があるなら、ステラに頼むことはできない』

『大丈夫よ。ジナスの決めた掟を破っているわけではないでしょ?肩を持つわけではないけど、なにかしてくることはないと言い切れるわ。・・・だからシロ、心配しないで』

ステラはシロを自分の胸に抱いた。


 『軍団長さんもニルスも安心して。シロは誰よりも今回に賭けている。だから敏感になっているだけよ』

『そうか・・・シロ、気を遣えなくてごめん』

『・・・大丈夫』

シロはステラをぎゅっと抱きしめていた。


 少しだけ違和感みたいなものがある気がする。

ただ・・・それの正体が何なのかは、言葉にできなかった。



 「訓練場にはいらしていたから姿を見たことのある者も多いだろう。この方は・・・不死の聖女ステラ様だ」

「初めまして戦士のみなさん、ステラと言います。・・・王家のしるしが入った証明もあるので、疑う方にはお見せできます」

事情を知らない人たち全員が絶句した。

口を開けたまま固まった隊長も何人か見える。


 「・・・」

アリシアは何を考えているのか俯いていた。

まあ・・・知ってたからな。


 「聖女様が・・・」「髪色が似ていたからアリシアの家族かと思ってたよ」「騎士に勝たずに会えるとは・・・」

少しずつ声が聞こえてきた。

それぞれの疑問や思いは、抑えきれずに口から出てきている。


 「説明をさせてくれ、この方は不死の聖女で間違いはない。今回の勝利の鍵だ」

「王から直接頼まれたので、私も最後の戦場に参加します。戦士全員の治癒、それと活力での支援を私が引き受けます。勝利を手に入れましょう」

ステラは大勢の前で堂々と言い切った。


 『ただ、私も完全無欠っていうわけじゃない。例えば、取れちゃってどこかに行った手足はどうにもならない。治癒は再生ではないから・・・』

『それは今までと変わりありません』

『あとは・・・ドラゴンの炎に焼かれたり、首が取れてたり、ぐちゃぐちゃになってるのも無理ね。蘇生させても苦しむだけ・・・ああでも、戦場で死ぬと大地に飲み込まれるんだったわね』

一人で全員の治癒ができるだけで助かる。


 ・・・焼かれながら治癒をかけられるとどうなるんだろう?

熱くて痛いけど死ねないって感じなのかな?・・・なんか鳥肌が立つ。


 『ただ・・・できるだけ強い人に出てほしい』

『承知しました。各隊長への説明が済み次第、選出を始めます。すでに意志の固まっている者たちには死に物狂いで鍛えていただきましょう』

色々とうまくいく・・・ステラに感謝しないとな。


 『ステラ、ありがとう』

『お礼は言葉だけじゃなくて・・・ずっと抱きしめて眠ってほしいな』

きのうは本当にそうした。

・・・幸せな夜だったな。



 「聖女の治癒・・・ほぼ前線なら次は問題なく勝てるんじゃないか?」「戦場を終わらせた戦士、なんて名誉なことなんだ」「勝って帰れば英雄だぜ?」

大きな希望が見えて、各隊長たちの熱気が上がってきていた。

アリシアはどうなんだろう・・・。


 「・・・」

視線を向けると目が合った。

 「・・・」

・・・すぐ顔を背けられた。

 やっぱり、オレのことを見てくれはしないんだな。

この二十日間はずっと話し合いでなにもできなかったのもあるけど・・・。

あの人は、何を考えているんだろう・・・。


 『ああそうか・・・臆病者は必要ないんだったな・・・』

『・・・オレとは口を聞きたくないんだな。顔も上げない・・・』

なんであんなこと言っちゃったんだろうな・・・。

でも・・・どうして答えてくれなかったんだろう?


 『あ、あの・・・おかえり、ニルス』

素直に嬉しかった。

・・・だけど、本当にそう思っていたのかな?

 『ルルは大切な友達だからな。目の前でお前に冷たくできるわけがないだろう』

人形はオレの記憶から読み取った言葉を吐いた。

アリシアの意思じゃないから、オレの思い違いかもしれない・・・でも、実はその通りなのか?



 「では各隊、あと十日・・・昏の月までに待機兵を集め、戦士の選出を頼む。その間も鍛錬は怠るな。いいか、次の戦いで最後にする・・・必ず勝つのだ!!!解散!!!」

みんな興奮した様子で部屋を出て行った。

ふー・・・これでオレも鍛錬に集中できる。

 ああ・・・ミランダを一人にさせてしまっていた。

でも、今日以外はウォルターさんが付き合ってくれていたらしい。

 

 「あの・・・ニルスは、どの隊に入るのでしょうか?」

アリシアはまだ部屋に残っていた。

オレたち以外がいなくなるのを待っていたみたいだ。


 「・・・ニルス、ミランダ、シロ殿、ヴィクター殿はその後の戦いのために消耗させるべきではない。よって、ステラ様の死守だ」

「・・・わかりました」

アリシアは一度もオレの方は見ないで部屋を出て行ってしまった。

なんだよ・・・オレに聞けばいいだろ・・・。



 「ごめんニルス、今日はシリウスたちと遊ぶんだ。明日は一緒にいるよ」

会議室を出ると、シロが謝ってきた。

シリウス「たち」ってことは・・・。


 「気にしなくていいよ。ルージュも・・・一緒?」

「うん、今日はみんなで時の鐘の塔に行くんだ」

「そうか・・・これでおやつを買ってみんなで食べて」

「ありがとうニルス。じゃあ、夜にどんな感じだったか教えてあげるね」

シロはルージュのことをいつも話してくれる。

夜が楽しみだ・・・。


 「王様とか学者さんたちとの話はもう終わるの?」

「うーん・・・もう少しかかるかも。あ・・・でも大丈夫だよ。イナズマたちに呼びかけて、どこまで話すかはちゃんと決めたから」

「シロは大忙しね」

「僕、疲れとかないし」

・・・羨ましいな。


 「じゃあ、僕もう出るね」

「あ・・・ちょっと待って。アリシアとは話した?」

いつもルージュのことは聞いていたけど、そっちは無かった。

ただ・・・少しだけ気になっただけ。

 「え・・・ちゃんとは話してない。ルージュのことすまないって言われたくらいかな。なんか恐い顔で見られるからあんまり近付かないようにしてたの」

「そうか・・・ミランダはどうかわかる?」

「ミランダも近付きづらいって言ってたよ。だからまだなんじゃないかな」

「・・・わかった。じゃあ子どもたちを頼んだよ」

オレの仲間にもあまりいい印象は持っていないみたいだ・・・。



 「ニルス、今日は鍛錬していくの?」

一度外へ出てきた。

今はステラと二人きり・・・そうだ、あのことを聞いてみよう。


 「そうするよ。ミランダを待たせてるからね。それと・・・うまく言えないんだけど、ちょっとだけ気になることがある。・・・君が全員の治癒にあたること、本当に心配ないんだよね?」

言いようのない不安がステラとシロの周りにある気がする。

なにかあるなら話してほしい。


 「何もないわ。シロが心配し過ぎなだけよ」

いつも通りの明るい声・・・思い過ごしなのかな。

 「信じていいんだよね?」

「ええ、私はあなたに嘘をつきたくないもの」

これもいつも通りだ。

 けど・・・やっぱりなにか嫌なものを感じる。勘違いなら・・・それでいいんだけど。


 「あ・・・それと、言い忘れてたことがあるんだ・・・」

「なに?」

「戦いが終わったあとなんだけど・・・私は一度スナフに帰ることになると思うの」

ステラはちょっとだけ寂しそうな顔をした。

なんだ・・・。

 「大丈夫、一緒に行くよ」

「えっとね・・・別々がいいんだ。私だけ帰る」

「どうして?」

「知りたい?」

いじわるな顔だ。「知りたい」って言ってほしいんだな。


 「あ・・・」

周りには誰もいなかったから抱きしめた。

 「教えてほしいな」

「あはは・・・えっとね・・・迎えに来てほしいから。もう一回そういうの・・・経験したいんだ」

「ふふ、じゃあそうする。屋敷の前で大声で呼ぶよ」

「・・・ありがとう」

ステラの腕がオレの背中に絡みついてきた。

いつも通り・・・なのかな?


 「・・・じゃあ今日はお肉のパイを作って待ってるね。食後は冷やした果物を用意してみんなで食べよっか」

「わかった。ミランダにも言っておくよ」

「鍛錬頑張ってね」

ステラは鼻歌まじりで帰っていった。


 ・・・心配し過ぎなのかな?

いや・・・自分のやるべきことから逃げたいだけなのかもしれない。


 オレはアリシアとちゃんと話さなければならない。

だけど、うまくできる気がしない・・・。

 だからそこまで心配ないようなことまで深く考えて、本当にやらないといけないことを遠ざけようと・・・逃げようとしている。

臆病者・・・それじゃダメなのに・・・。



 「絵本とかのありえない話がよくないんだよね。街の普通の女の子が、お城の夜会に呼ばれるわけないんだからさ」

「お前も憧れたことあんのか?」

「え・・・あたしはそんなことなかったな」

「そうか。・・・夜会に行く白馬車をじーっと見てんだよ。かわいそうでさ・・・」

ミランダは鍛錬場でウォルターさんと話していた。


 「功労者の宴で、王城に連れてったことはあるんだ。でも夜会がいいって・・・」

「まあまあ、その内現実知るよ。そうやって大人になってくんだから」

「・・・悲しい顔させたくないんだよ」

「過保護すぎ・・・」

実はいつもこんな感じで、鍛えたりはしてないのか?


 「あ・・・ニルスだ。ウォルターさん、今日からもういいよ」

ミランダがオレに気付いて立ち上がった。

・・・ちょっと失礼だな。

 「おい・・・感謝の言葉はどうしたよ。・・・まだまだだけど、戦えるようにしてやったんだぜ?そこらのひ弱そうな男には絶対負けねーくらいにな」

「ん・・・ありがとうウォルターさん」

「それはそれで気持ち悪いな」

「でしょ?だから許してね」

軽口を言い合える仲になったらしい。

そりゃ何日も一緒にいればそうか。


 「ニルス、ミランダの結界は視野の外からの攻撃にはもろい。そこらへん鍛えてやれ」

「わかりました」

「あー・・・チルとの修業の時は全部正面からだったからなあ。見えないところからの攻撃って集中力使うし・・・実戦かな」

「大丈夫だよミランダ、まだ時間はある。間に合うさ」

そう、時間はまだある。

オレにも・・・。



 昼になって、三人で食堂に来た。

えっと・・・ニンジンが入ってないのは・・・。


 「ねえウォルターさん、アリシア様っていっつも恐い顔してない?」

テーブルに座るとミランダが話し始めた。

・・・シロも言ってたな。

 「ああ、まだ慣れてないのか。あんなもんだよ」

「ほんとに?なんかさ、そろそろ挨拶だけじゃなくて話しかけてみたいんだけど、なんか近付きづらいんだよね」

「それもいつも通りだから気にすることない。なあニルス?」

・・・そうだったかな?

昔はもっと柔らかい顔をしていた気もする。

 

 「・・・お、噂をしたらアリシア様だ。・・・こっち来るぞ」

ウォルターさんは、にやけながら入り口の方を見た。

ああ、本当だ。少し目付きが鋭い。



 「あの・・・ニルス・・・」

アリシアはオレの横で止まった。

・・・何を言われるんだろう。


 「・・・なんでしょうか、アリシア隊長」

「バカ・・・」

ミランダがオレの脇を肘で突いてきた。

わざとじゃない・・・なぜか口から出てしまうんだ。


 「いや・・・鍛錬をするなら・・・私たちとどうかと・・・」

「え・・・それって、あたしもいいですか?」

「あ、ああ・・・ニルスは・・・どうだろうか?」

アリシアの顔は赤くなっていた。

なんなんだ・・・あなたはよくわからない。


 「オレは・・・気が向いたら・・・」

「そ、そうか。私たちはいつも・・・」

「知ってる。変わってなければだけど・・・」

「変わっていない・・・気が向いたらでいい」

アリシアは早足で食堂を出て行った。


 『なら食べたら一緒にやろう』『まずは訓練場の外周だな』

オレはたぶん・・・こういう言葉を待っていた。

枯れていたはずの期待は、まだ根が生きているってことなんだろう。


 「ちょっとニルス、せっかく誘ってもらえたのになんであんなこと言うのよ?」

「今日じゃなくてもよさそうだった・・・」

「・・・ミランダ、なんか言ってやれよ」

「・・・ひねくれもの」

オレのパンがいつの間にか消えていた。

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