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第35話 帰郷

 ミランの兵士たちに見送られながら、花咲く街道を一行は進んだ。カルドナの護衛のお陰か、危険な目に合うこともなく山を下ると、ほどなくして遠くに大きな湖が見えだした。


「フィル! あれが王都ね!?」


 山に囲まれた湖の畔にたくさんのオレンジの屋根が見える。その中心にはこじんまりとした城があって、高い尖塔には三角の旗がはためいている。

 ミランの王都よりもずっと小さくまとまっていて、なんだか可愛らしい印象だった。


「そうだ。ミランよりずっと小さいだろ?」

「可愛い街……。湖の対岸にある……、あれが神殿?」

「ああ」


 遠目では小さな建物にしか見えないが、太陽の光を反射して白く輝いているように見える。

 フィルとノアを見ると、二人は目を細めてその景色を見ていた。


「懐かしい?」

「……そうだな……。とても……懐かしいよ……」


 フィルが感慨深く言うと、エディーナの手を握った。

 山道は徐々になだらかになり、街道も広くなってくると、ポツポツと人の手が入った景色に変化してくる。森を切り開いて狭い畑や果樹園が広がり、その先には民家も見えだした。


「あんなにボロボロだった街が……っ……」


 それまでずっと冷静だったノアが、目を潤ませて呟く。


「お義母様……」

「18年の間に、皆が頑張ってくれたのね……」


 ノアが嬉しそうに窓に顔を近付けると、ちょうど馬車が王都の入口に差し掛かった。

 ミランのように高い隔壁はなく、街道脇に徐々に家が増えだして、門のように作られた二本の柱を越えると、道の両脇には色々な商店が並びだした。

 道を歩く人々がこちらの馬車に気付くと、誰かが大きな声を上げた。


「王妃様と殿下がお帰りになったぞ!!」


 わっと歓声が上がり、たくさんの人が馬車を追い掛けて走り出す。

 街道から街中に入って、速度を落として進んでいたため、あっという間に人だかりができた。


「皆、笑顔ね」

「そうだな」


 歓迎されないかもしれない。そんな杞憂は必要なかった。

 誰もがこちらに笑顔を向けて、「おかえりなさい!」と呼びかけてくれている。

 温かい声に大通りは溢れ、3人は笑みを交わした。

 城の前の広場で馬車が停止し、フィルがドアを開けて姿を見せるとワッと歓声が上がった。


(すごい声……。本当に皆、フィルやお義母様が帰ってくるのを待っていたのね……)


 フィルに続いてノアが馬車を降りると、さらに歓声は増す。エディーナはその声を聞きながら自分も馬車を降りた。

 目の前に聳える城は、街と一体となっていて、城壁などで隔離されてはいない。白い壁にオレンジの屋根は、他の民家と同じ造りで、まるで民との隔たりがないような印象だった。

 広場には少し高い場所があり、そこにフィルとノアが上がる。エディーナは遠慮して手前で立ち止まったのだが、フィルが手を差し出してくれた。


「エディ、君も」

「う、うん……」


 緊張しながら段を上がりフィルの手を取ると、フィルはエディーナの手を握ったまま話しだした。


「皆、私のことを覚えてくれていたんだな」


 フィルが声を張ってそう言うと、集まった市民たちは口々に「もちろんです!」と答える。


「18年前、7歳だった私はミラン王国へ母と共に亡命した。それは父である国王と兄の願いだったが、私はミランへ行ったことを、本当に後悔している。皆が命がけで戦っているのに、自分だけが安穏と過ごすなど許されないと思っていた。エシレーンが負け、皆がどれほど辛い毎日を過ごしているか、考えない日はなかった」


 しんと静まり返る中、全員がフィルの言葉を真剣な表情で聞いている。


「今回、カルドナ帝国のイザーク皇太子が私を探し、エシレーンに帰国する手助けをしてくれた。エシレーンはカルドナの支配を抜け、独立する」


 その言葉に、市民たちは驚きの声を上げた。少しの間ざわざわとざわめきが起こり、そしてまた静かになった。

 それを待ってまたフィルが口を開く。


「本来は私が自ら立ち上がり、エシレーンを取り戻すべきだったのだろう。だが今、情けなくも私はカルドナの力を借りることを決めた。それはできるだけ早く国を取り戻し、皆にエシレーンを返してやりたかったからだ。こんな頼りなく情けない男が国王でも、皆は納得してくれるだろうか」


 フィルの問い掛けに、市民たちから盛大な歓声と拍手が沸き上がった。

 その温かい返答に、フィルは噛み締めるように頷く。


「皆、ありがとう。必ずエシレーンを良い方向に導くことを約束する。そして、皆に紹介しておこう。私の王妃となる――」

「フォルトゥナ様だ!」


 市民たちの視線がエディーナに向けられると、皆が口々に「フォルトゥナ様が帰ってきて下さった!」と叫んでいる。


「え……」


 エディーナが戸惑っていると、フィルは笑ってエディーナを前に出させた。


「我が国の聖女フォルトゥナは、残念ながら亡くなった。この者はその娘、ルシア・セラノだ。新たな聖女として、そして私の王妃として共にエシレーンを支えていってくれる」

「ルシア様! お帰りなさい、ルシア様!!」


 その優しい声に、本当に嬉しくて涙が溢れた。

 この国が本当の故郷なのだと、自分がいるべき場所なのだと実感したエディーナは、また体中が温かくなる。


『エディ、杖を持って!』


 ノクスの声が聞こえて、エディーナが髪から簪を抜くと、光を纏ったノクスが簪の周囲をくるくると回った。

 すると強い光を放ち簪が背の高さよりも長い杖に変化する。そしてその先端に竜の姿のノクスが取り付くと、銀の美しい飾りとなった。


「竜の杖……、聖女様だ……、新たな聖女様だ!!」


 歓喜の声が上がる中、エディーナは笑顔をフィルに向けると、もう一度フィルの手を握った。


「私はエシレーンに帰ってきました。これからは皆さんと共に、この国で生きていきます!」


 エディーナが声を上げると、広場は温かな歓声と拍手で満ちた。

 こうしてついに生きる場所を見つけたエディーナは、フィルと共にエシレーンで新しい人生を歩みだしたのだった――。

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