表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/23

17.一つの世界が終わった日


 獣の世界。

 そこは超巨大な森林がどこまでも生い茂り、山脈が連なる世界だ。

 様々な動物を模した人々が住んでいる。

 そんな世界に龍神様は五龍将と乗り込んだ。


「……ほう」


 獣界へと到着した時、我々の前に姿を見せたのは、万を超える軍勢だった。

 時刻は夜。

 獣族の軍隊が、森の中から爛々とした目を輝かせていた。

 山の山頂にある祠を囲むように。

 まるで、我々を待ち受けていたかのように。


「……」


 当時の我々は、その意味がよくわかっていなかった。

 なぜ彼らが山の周囲に集結していたのか。

 なぜ我々を見て、殺意を向けていたのか。

 考えもしなかった。


 我らは龍族だ。

 戦いの種族だ。

 ただ自分たちに向けられた敵意を、殺意を、そのまま受け取るしかできなかった。


 こいつらは、自分たちの敵だ。

 ルナリア様を殺したんだ。

 だから、こうして集結し、復讐をしにくる我々を迎え撃ったのだ、とね。


 あるいは、もっとよく見れば、獣族の面々の顔が、驚愕に彩られていたのがわかったかもしれない。

 予期せぬ相手が来てしまったかのような、驚愕だ。

 しかしそんなものは、今思えば、という程度の、小さな違和感でしかなかった。


「ルナリアを殺した者を出せ!」


 驚愕に彩られた獣族に、龍神様が叫んだ。

 怒りの声だ。

 我ら五龍将ですら震え上がってしまうほどの声が、獣界の全土に響き渡ったのだ。

 全ての獣族は震え上がった。

 自分が偉大で、強大で、絶対的な相手に睨まれたと知ったからだ。


「知らん!」


 しかし、龍神様の声に震えぬ者もいた。

 龍神様と同格の者。

 そう、獣神だ。


 彼は私が最後に見た時と姿を変えていた。

 双頭の獣であることに違いは無い。

 だが、白い狼には乗っていなかった。

 己の足で立っていた。

 私が会議で見た時は、いつだって白い狼に乗っていたというのに。


「プードリアだ!」


 獣神はその名を聞いて、訝しげな顔をした。


「プードリアは貴様の所だ!」

「消えたぞ!」

「なら知らん!」

「匿うか!」

「言いがかりをつけるか!」

「出さないのなら、世界ごと潰してやる!」

「できるものならやってみるがいい!」


 話にならない、とはまさにこのことだった。

 思えば、ここでもっと冷静に話し合っていれば戦いにはならなかったようにも思えるが……。

 龍神様にしろ、獣神にしろ、その時はすでに対話を望んでいなかったのだ。

 仇を見つけ出して殺す。

 それしか頭になかったのだ。


「いいだろう!」


 龍神様が翼を広げ、獣神が牙をむき出し、互いに構えた。


 戦いが始まった。



---



 三日三晩、五龍将と獣族の軍勢の戦いは続いた。

 しかし、それは戦いといってよかったのかどうか……。


 龍神様が獣神と一騎打ちし、我ら五龍将はその邪魔をするものを片っ端から潰した。


 獣族は屈強な種族だ。

 鋭敏な嗅覚と、夜でも見通せる目を持ち、悪路でも速度を落とすことなく踏破する。

 さらに声を利用した魔法を使う。

 彼らの魔法は敵の耳を揺さぶり、時に死に至らしめることもある。


 しかし、我ら五龍将の相手ではなかった。

 五龍将の体は奴らの爪も牙も武器も通さず、声の魔法を跳ね返した。

 地面を叩けば山が吹き飛び、爪を振るえば森を削り取った。

 一撃で100人単位の獣族が吹き飛び、死んでいった。


 殺戮だ。

 五人の龍族が、数十万の獣族を殺戮したのだ。

 あるいは私達の数がもっと多く、群体としての強さを持っていたなら、彼らもやりようがあったろう。


 獣族は、誰一人として五龍将に傷一つ付けることは無かった。

 戦力に圧倒的な差がありすぎた。

 獣族にも、五龍将のような、神の護衛たる戦士たちがいたが……相手にならなかった。


 そうして我々が獣族を潰している間、龍神様と獣神が戦っていた。

 種族としての格は龍神様の方が圧倒的に上だったが、しかし神としての格は同等。獣神は龍神様に決して引けを取ることはなかった。


 二人はあまりにも速く動いていたため、詳しくどんな戦いだったのかと言われると答えにくい。

 あまりの速度ゆえに、周囲に常に衝撃波が発生、衝撃波によって発生した風が気流を生み、幾つもの竜巻を生み出していた。

 竜巻は血の海となった大地からあらゆるものを吸い上げ、獣界に大木と血の雨を降らせた。


 獣神の主な武器は爪と牙だった。

 かの神は雄叫びを上げながら、目にも止まらぬ速度で龍神様に噛み付いた。

 しかし、龍神様の鱗を貫通するほどではない。


 対する龍神様もまた爪と牙だ。

 獣神を迎え撃ち、爪で切り裂き、拳で殴りつけた。

 しかしこれも、獣神の毛皮を断ち切り、肉に損傷を与えるほどではない。


 互いに決定打が与えられぬ状況。

 しかし、確かにダメージは蓄積していっていたのだろう。


 四日目の朝。

 決着がついた。

 神と神の戦いにしては、早い決着だ。


 私が見た時、獣神は龍神様の肩口にガッチリと噛み付いていた。

 その牙は龍神様の鱗を貫通し、血を吹き出させていた。

 ついに、獣神が龍神様に決定打といえるものを打ち込んだ瞬間だった。


 だが、その決定打こそが、龍神様の望んだものだった。

 龍神様は噛み付いてきた獣神の右の頭と左の頭を掴み、己の体に渾身の龍気をまとわせ、左右に割り開いた。

 引き裂いたのだ。

 真っ二つに。


 龍神様は、真っ二つになった獣神を地面へと叩きつけた。


 凄まじい衝撃と閃光。

 圧倒的なエネルギーの本流が獣界を襲った。

 私は吹き飛ばされた。

 私のみならず、五龍将の全員を吹き飛ばすに十分なエネルギーだった。


「!」


 吹き飛ばされ、地面に打ち付けられ、しかしすぐに起き上がり、飛び上がった。

 そこで私が目にしたのは、巨大なクレーターだった。


「……」


 龍神様はそこからゆっくりとはいでてきた。

 翼を広げ、空へと浮かび上がった。

 そして、全世界へと聞こえるように、叫んだ。

 声にならぬ怒りの雄叫びだった。


「ゴアアアァァァァ!」


 その日、獣界に存在するありとあらゆる生物に、龍族に対する恐怖と憎悪が刻み込まれた。





 龍神様は暴れた。

 暴れて暴れて、暴れ尽くした。

 出てこないのなら、世界ごと潰す。

 その言葉に、一切の偽りは無かった。


 獣界は9割が破壊され、自壊が始まった。

 獣界に生息するほとんどの生物が死に絶えた。


 これならば、プードリアも生きてはいまい。

 そう思えるだけの破壊が行われたのだ。


「……ラプラス、あとは任せる」


 自壊の始まった獣界を見て溜飲が下がったのか、龍神様は龍界へと帰っていった。


 私に、一つの宝玉を手渡してね。

 血塗れの宝玉だ。

 それを手にした瞬間、私はそれが神の力の宿った宝玉なのだと理解した。

 それを使えば『境界』を越えることが可能であることもね。

 仮に神玉としておこうか。

 恐らく龍神様が獣神を殺した時に、抜き取ったのだろうね。


「……」


 神玉を手に、私は困惑していた。

 場を任され、見届けろと言われた所で、一体何をすれば良いのかわからなかった。


 残された人々は、安全な場所を求め逃げ惑っていた。

 しかし、すでに世界が終わろうとしている時に、どこに逃げるというのか。

 見ていて、哀れでしかなかった。


 龍神様の暴れた結果、もはや獣界は滅ぶしかない。

 ならば残った人々を殺して回れというのだろうか。

 いいや、そう命じられてはいない。


 滅びゆく世界の中で逃げ惑う獣族、彼らの心が手に取るようにわかった。

 死にたくはない。生き延びたい。

 でも、世界は刻一刻と滅んでいった。

 私が手を下すまでもなく、彼らの全滅は避けられなかった。


 私は崩壊する世界に飲み込まれ、逃げ惑う人々を、ただ何もせず眺めるよりほか無かった。

 内心にあったのは、疑問だ。


 これほどやる必要はあったのか。

 全てを破壊しつくす必要はあったのか。

 獣神が倒された時点で勝負は付いていたはずだ。

 プードリアがどこへ消えたのかは結局わからず仕舞いだったが、それでも皆殺しにする必要は無かったのではないか。

 もっと別の方法があったのではないだろうか。

 獣族全てが悪いわけではないのだから。


 私はその考えを、必死に振り払ったよ。

 龍神様がやったこと。

 何か深い意味があるに違いない、とね。


 疑うことすら罪だとすら思っていた。


「……やれやれ」


 そんな私に、話しかける者がいた。

 そいつは、いつしか私の背後に立っていた。

 いつからいたのか、いつのまに近づいてきたのか、さっぱりわからない。

 振り返ると、そこには記憶に残らない顔をした神がいた。

 そう、人神だ。


「不憫だねえ」


 人神はまるで、私の内心を見透かしたかのように言った。

 いや、案外、本当に見透かしていたのかもしれない。

 未だに、あの神の力は謎なのだ。


「いくらルナリアを殺した疑いがあるからといっても、全ての民が悪いわけではないだろうに」

「……」

「彼らの大半はきっと、何が起こったのかすらわかっていないのだろうね。

 気づいたら神が死んでいて、気づいたら世界が滅ぶ。

 彼らにあるのは絶望だけだ。何もしてないのに、何も知らないのに……」


 人神は私の後ろに立ち、獣族を眺めながら、私にささやきかけるように言った。

 責められているのかと思った。

 この光景をただ見ていることを。

 この惨劇を止められなかったことを。


 だが、少し違った。

 人神はしばらくして、ぽつりと言った。


「しかし、流石に不憫すぎる……」


 振り返った私に、人神はゆったりと笑いかけてきた。


「龍神には内緒にしておいてくれよ?」


 そういうと、人神はふっと私の前から消えた。

 何をするつもりなのか、どこにいったのか。

 疑問に思っていたが、しばらくして、あることに気づいた。

 逃げ惑う人々が、ある一定の方向へと移動していたんだ。


 ある一定の方向。

 それは龍神様が消えた方向だ。

 まさか龍神様に復讐をするのか?

 しかし、とっくの昔に龍神様は龍界へと帰った。

 世界の境界は超えられない。


 しかし、彼らは確かに向かっていた。

 我々が来た場所。

 世界の境界を越えるための祠へと。


 そして、人々は祠の中へと消えていった。

 神にしか使えないはずの祠の中に。

 いや、神玉があれば、私でも使えるのだがね。


 ともあれ、人神が動いたのさ。

 人神は、残りの獣族たちを救った。

 崩壊する世界から、己の世界……人界へと移動させることで。


「……」


 龍神様は獣族の全てを滅ぼすつもりだったかもしれない。

 私も五龍将として、それに従うべきだったかもしれない。

 人神の行動を咎めるべきだったのかもしれない。

 しかし、私には出来なかった。


 私はルナリア様の仇が討てれば、それでよかった。

 獣界を、これほど破壊するつもりなど無かったのだ。

 だから、人神の行うことを、ただじっと見ていた。

 獣族の最後の生き残りが人界へと移動する、その瞬間まで……。


 正直なことを言うと、私はあの時、感動すらしていた。

 この神は、なんと慈悲深いのだろう。

 自分の世界でも手一杯だろうに、獣族にまでその慈悲を与えるのか。

 獣族は、あるいはルナリア様を計画的に殺したかもしれないのに。


 龍神様のことを悪く言うつもりはない。

 私とて、ルナリア様の死には深い悲しみと怒りを憶えた。

 だが、同時にかのお方には、寛大さと慈悲深さも見せてほしかったのだろう。


 無論、龍神様に直接そういった要求をするつもりはなかった。

 今にしても、当時の龍神様の御心を鑑みれば、半ば仕方のないことだったと思えるしね。


 だがそれでも、私は獣族に一縷の救いを与えてほしかったのだ。

 僅かばかりだが交流を持ち、技術者と龍士の交換を行った獣族に、私は情をもっていたのだ。

 だからこそ、ほんの少しばかりの慈悲を、彼らに。


 そして、それを与えたのは龍神様ではなく、人神だった。

 私は奴のその姿を見て、この神は本当に信じられる者なのだと、何の疑いもなく思ったのだ。

 それが、奴の手だとも知らずにね。


 ともあれ、こうして獣界は滅んだ。



 残ったわずかな獣族は、人界へと受け入れられた。

 生き残ったのはほんの数%だろうが、それでも全世界の住人の内の数%だ。

 正確な数はわからなかったが、決して少なくは無かった。

 それでも人神は彼らを難民として受け入れた。

 逆に言えば、90%以上もの獣族が死んだことになる。

 獣神を含めて。


 六世界、始まって以来の大災害だ。

 しかしそんな大災害も、その後の惨劇の序章に過ぎなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こうしていろんな種族をヒトガミの世界へ移すのが狙いだったのかな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ