4 高負荷トレーニング
質のよくなった武具の効果は早くも翌日、発揮された。
本音を言えば、そんな発揮の仕方はしたくなかったが……。
夕方の草原で魔物を探していたら、生臭い臭いがした。
臭いを感じた直後には目の前にゾンビが腕を上げて立っていた。
まずい。
パーティーでならどうということはないが、Eランク冒険者が一対一で戦うのはそれなりに危ない相手だ。この辺の草原では最も強いザコ敵だろう。
だが背中を見せて、そこを狙われるのもよくない。
「はあああぁっ!」
先手を打って、買い替えたばかりの鋼の剣で斬りかかる。
肩に剣が食い込んだ。だが、ゾンビはタフだから、この程度では倒せない。
「グオオオォォッ!」
ゾンビが腕を俺の鎧に叩きつける。
俺の息が少し詰まった。やはり、一撃ごとの威力が強い。
もし鎧を新調してなかったら、はるかにデカいダメージだっただろう。これは【幸運値】とは関係ないが、不幸中の幸いかもしれない。
そのあと、何度か剣を振り下ろした。じわじわ息が乱れる。
そして何度目かの斬撃が――
自分でも驚くほど、きれいにゾンビの首に決まった。
「うおらああああっ!」
ゾンビの首が遠くに吹き飛ぶ。
「はぁはぁ……。これ、クリティカルだよな……」
「ゲーレジェ」では稀に通常の数倍の威力のダメージが入ることがある。
プレイヤー同士のキャラの戦闘で劣勢の側の勝ち目が一切なくなると、途中でやる気が起きなくなるから、そういうシステムがあるのはわかるが、優勢なほうが不運なクリティカルで負けるとヘイトもたまる。
所変わればってやつだな。
クリティカルの確率と【幸運値】の関係は明示されてなかったはずだけど……他社のゲームでは運のステータスが関わるものもある。
となると、「ゲーレジェ」でも関係があるのか?
まっ、クリティカルが出なくても勝てたとは思うけど、そこそこ苦戦はしていたな。
「このステータスで、一人でやっていくのは限界があるな……」
息を整えながら、俺は反省した。
わかっていたことだが、【幸運値】以外のステータスが低いままじゃダメだ。
パーティーをクビになるのも仕方ない。剣士としての使い道がなさすぎる。
ソロで冒険を続けるにしても、またどこかのパーティーに加えてもらうにしても。
剣士として成長できなければ、この先はない。
「これからも高値で売れるアイテムがドロップし続けるなら生活はできそうだけど……そんな人生、嫌だしな……」
わざわざ冒険者という仕事を選んでいるのに、これで堅実にお金を稼ぎ続けるのは空しい。
こんな俺でも、冒険者を始めた頃は、「ゲーレジェ」の有名人である英雄たちにあこがれていたはずだ。
度重なる功績で爵位を得た冒険者もいれば、国家や権力とのつながりを一切断って放浪の旅をしている冒険者もいる。あるいは、そもそも王族なのに魔法や剣を極めて英雄となった冒険者もいる。
俺だって、まだ18歳だ。
成長できる可能性は残されているかもしれない。
◇◆◇◆◇
俺は冒険者ギルドに行って、剣士向けの掲示板に目をやった。
そこにはこんな文言が書いてある。
=====
高負荷トレーニング
対象者 Cランクまでの剣士
受講料 1回目 15万ゴールド
トレーニングを修了すれば大きくステータスが上がります。
ただしハードな内容のため、大ケガを負ったり、死亡するリスクもあります。
受講者には参加前に「命の保証はなくてもトレーニングを受ける」という誓約書を書いていただきます。
=====
「ゲーレジェ」の冒険者ギルドではこの手のトレーニングの手続きができる。
内容は書いてあるとおり。
大きくステータスを上げられるチャンスだが、一方でランダムで大ケガなどを負い、キャラとして戦闘で使えなくなることもある。
なので、キャラを作成すると、とりあえず高負荷トレーニングをさせて、使用不能になったら次のキャラをやり直すという方法が、強いキャラを作る時の王道と考えられていた。
だが、キャラを使い捨てにする発想のほうがキャラを強くできるというのは、ゲームデザインとしてよくない。
少なくとも品はない。そういう批判がサービス開始直後からさんざん出た。
なので、トレーニング2回目は30万ゴールド、3回目は50万ゴールドと金額が上がる仕様になっている。
「ゲーレジェ」はお金を稼ぐのがシビアなゲームなので、何度も何度も高負荷トレーニングをやるぐらいのお金を稼ぐぐらいなら、ほかの方法を探ろうと考えるというわけだ。
それと、高負荷トレーニングを何度もできるのは、プレイヤー本人にケガの危険がないからだ。当たり前すぎることだが。
キャラが死ぬとプレイヤー本人も死ぬアクションゲームなんて怖すぎて誰もやれない。闇のゲームにもほどがある。
なので「ゲーレジェ」の世界で生きている俺は高負荷トレーニングの存在を知っていてもやろうと思わなかったし、パーティーの仲間も冗談でもやってみろと言わなかった。
リスクがあまりにも重すぎるのだ。
足に大ケガでもしようものなら冒険者生命は終わりになりかねない。もはや一発逆転の可能性すら消滅する。
しかし――
今の俺の【幸運値】はカンスト状態。
おそらくだが、ケガの確率ぐらいなら軽々と回避できるのではないか。
しかも、魔物がドロップしたアイテムを売っていけば、複数回の高負荷トレーニングを受ける金額も稼げる。
当然、リスクはある。絶対に大丈夫という確証はない。
そもそも運とはそういうものだ。
必ず成功するなら、それは運ではない。
だが、俺が剣士として大成するには、ほかに選択肢が見つからない。
これまでだって極端に不真面目にやったわけではない。それでもステータスの成長度合いはランダムだ。思ったより成長しない奴なんて腐るほどいる。
「【幸運値】、お前を信じるぞ」
一気に急成長を目指す!
次回は夜21時頃、投稿予定です!
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