23 メイドが大出世した
マヒア女神様はいつのまにかその場から姿を消していた。その場にいた誰も気づいてなかった。
「た、隊長、神様が示現なさった時はどうするのが正しいんでしょうか……? 規定にないんですけど……」
「わ、わからん……。とにかく俺は上に取り次ぎに行ってくる……。規定にないことだから罰せられることはないだろ……。とにかく、このままの状態を保持しておけ!」
兵士たちが慌てて状況を協議して、隊長と呼ばれた兵士が連絡のためにその場から消えた。まあ、妥当なところだと思う。
「あの、アルクさん、私はどうしましょう? ひとまず、タイルの上に載ります?」
ポポロが困り顔で俺に聞いてきた。
「いや、やめとこう。余計に混乱させるのは兵士に可哀想だ」
それにマヒア女神様の助けがあったのだからどうにかなるだろうという自信もあった。
約1時間後、現場を離れていた隊長がやってきた。
「王の許可が出た。女神様が降臨しただから、その言葉に従うとのことだ。ポポロというメイドの方も入城を許可する」
俺とポポロは顔を見合わせた。
「無事に済みそうだな。よかった、よかった」
「ほっとしました。ところで、せっかくなので私もタイルに載ってみたいんですが」
「いや、もう不要になったんだから省略していいだろ」
「どういう反応が出るのか気になるじゃないですか。それに純粋に載ってみたいです」
たしかにこんな趣向、ほかに存在しないもんな。
兵士たちも、タイルに載って反応を確認してはいけないというわけにもいかないので、好きにしたらいいと言ってくれた。
ポポロがタイルに載ると、赤い光がタイルの下から現れた。
赤い光はたしかに何か偽っているものがある者に起こる反応だ。正常な反応の青とは違う。
だが、その赤色に禍々しい雰囲気などまったくなかった。
「赤だ……。赤だが、なんと美しい……。可憐なピンク色の薔薇のようだ……」
「私もこんな赤は初めて見ました……。本来、赤が出る時はもっと邪悪な、濃い赤なのですが……」
兵士たちもそのポポロの光に見惚れていた。
タイルから降りると、ポポロはフクロウの姿になった。
姿を見せるよう強要されたわけではないので、これはポポロなりの気遣いであり、礼儀の示し方なのだろう。
「うわっ! 鳥になった!」
「これはどういうことだ!」
「私は元々フクロウなのです、それが人の姿になれる力を身に着けました。悪事など働くことはありませんからご安心ください」
フクロウの姿のまま、ポポロがしゃべる。兵士たちは不思議そうにその光景を眺めていた。
「アルク様御一行をお通ししろ。迎賓館の居室までお送りするように!」
隊長がいい声で叫んだ。ようやく俺たちは先に進めることになった。
◇◆◇◆◇
迎賓館という建物の一室に俺たちは案内された。
マヒア女神様の神殿でもいい部屋を用意してもらったが、またもや貴族みたいな待遇だ。
「こんなにいい部屋ばかりに泊ってると身分を勘違いしそうだな……。一介の冒険者なのに……」
「アルクさんが宮廷御前試合に招待される時点で一介の冒険者ではありませんよ。自信を持ってください」
ポポロは慣れない動きで右手を大きく振り上げた。
「ファイトー! オー!」
「ありがとな。そう言ってもらえると俺もうれしい」
「それに、私はアルクさんに仕えることに決めて本当に良かったと思っています」
人間の姿では珍しく、ポポロが微笑んだ。
「野生のフクロウのままではこんな世界を見ることはできませんでした。ものすごく見聞を深めることができています。人の姿になることも覚えて正解でした。選択肢が広がっています」
「選択肢か。それはたしかにそうかもな」
運がいいというのは使える手札や動ける範囲が広がるということに近い。
「それと、もちろん女神様に感謝しています」
ポポロは窓のほうを向いて頭を下げた。
「だな。俺も感謝しないと。マヒア女神様、本当にありがとうございました!」
一介の冒険者からもっと偉大な剣士になってみせます!
と、貴賓室のドアがノックされた。
なんだろう、お茶でも持ってきてくれたのかな。
ドアの前には神官のような姿の人間が三人立っている。中央に白いヒゲを伸ばした、明らかに高位だろうという人がいる。
「王からの許可を得てまいりました。あの、ポポロという方はいらっしゃいますかな?」
老人が尋ねる。王から入っていいと言われてるなら、丁重に応対しないとな。
「はい、私がポポロですが、どういたしましたか?」
三人の神官がその場にひざまずく。
「我々は王都ボースティンにてマヒア女神様に仕える神官です! 奇跡が起きたと聞いて参上いたしました!」
そうか、マヒア女神様の信仰は王都にも広がってるな!
「奇跡を起こされたポポロ様を俗人として遇することはできません。つきましては、マヒア教会の荘園の一部をお分けいたします! 差支えなければ今後は教会騎士をお名乗りください!」
「教会騎士? あの、私はそれがどのようなものか理解してないのですが」
ポポロはぽかんとしている。
「教会騎士というのは、まあ、教会に所属する騎士身分の存在です。騎士身分は領主階級の下部を構成しますので――早い話が貴族ということです」
一介の冒険者から偉大な剣士になるぞと思ってたら、メイドのほうが先に貴族になった!
ポポロがちらっとこちらを向いた。
「もらっとけ。これもマヒア女神様のお導きだと思う。断ったらかえって失礼だ」
「わかりました。では、謹んでお受けいたします」
この瞬間、メイドの身分が主人より上になったことが確定した。
「貴族ということは地代収入なども出るんですかね。アルクさんにお仕えするための資金ができそうです」
「なんか、矛盾してる気もするけど、とにかくありがとな……」
貴族が仕えてくれるなら、これは俺にとっても幸運でしかない――そう認識しておこう。




