9
それから三週間後、二人で勉強し始めて初めての定期考査がやってきた。
「エミリはやっぱりすごいわねえ。人に勉強、教えながらこの成績」
成績優秀者が張り出された掲示の前でユナがため息をつく。
「そうかな。でも人に教えるのってすごい勉強になったの」
「そう。よかったわね」
ユナがふふっと笑った。
でも、勝負はこれからなのだ。
「やっぱり剣術と体術以外追試だった!」
「まあいつものことじゃんか。俺は会計学だけだぜ」
「お前、商人の息子がそれでいいのか?」
「まあまあ二人とも。クリスもエミリちゃんに教えてもらったんだし、秘密兵器を持ち込んでいい科目もあるし、なんとかなるわよ」
普通科側の広場に行くと、クリスとガイ君とアンナちゃんが既に待っていて、ワイワイとやっていた。
アンダーソン先生が口頭試問を許可してくれたおかげで、他の科目の先生の何人かも、口頭試問や窓あきの文字隠しカードの持ち込みを許可してくれたのだ。もちろん、許可してくれなかった先生もいる。でも私は、これで、科目同士に明らかに成績の違いが出れば、それを元に残りの先生を説得しようと思っていた。
「じゃあ、クリス。口頭試問の科目と、カードを持ち込んで良い科目と、普段通りに受けないといけない科目に分けて対策しよう!」
「ごめんな、エミリ。試験終わったばかりなのに」
「勉強しようって言ったの私だし。もう少しじゃない」
「……うん」
クリスは、目を潤ませて頷いている。拝まれそうな勢いだ。
アンナちゃんが立ち上がって、スカートを整えた。
「じゃあ、私たちは、そろそろ帰るね」
「うん。またね、アンナちゃん」
「お、やってるね」
「ファミル」
ファミルがノートを覗き込んでいた。いつの間にきたの?ファミルって、どこにでも現れるなあ。
ノートから目を上げると立ち上がったアンナちゃんに声をかける。
「アンナ帰るの? じゃあ、途中まで送るよ」
「え……、えっと、ガイも一緒だから、大丈夫です」
そっか、ファミルとアンナちゃんて幼なじみなんだよね。
アンナちゃんの言葉に立ち上がりかけたガイ君の袖をクリスが引っ張る。
「ガイは、エミリに試験の結果みてもらうんだろ」
「そうだった」
「そうだったね」
そういえばそう言う約束したね。
「じゃあ、アンナは俺が責任を持って送ります」
ファミルが、勿体つけて礼をする。
「うんよろしく〜」
クリスは、さして興味も無いように手をひらひら振った。
「え、えっと」
アンナちゃんはなんだか慌てているけど、じゃあ行くよと言ったファミルに逆らえないらしく、こちらを振り返りつつも大人しくついていく。
ファミルは、こちらを振り返ることもなく去っていった。何しに来たのと思うような速さだった。
結局、その日は、クリスのテスト対策をして、ガイ君の試験結果を見た。ガイ君は、とにかく問題文を読み飛ばしていることがわかったので、何を聞かれているかに線を引くように伝えてみた。いたく感謝された。これで次のテストで点数が上がればいいけど。
帰り道、最近クリスは遅くなると寮の近くまで送ってくれるようになった。反対方向なのに悪いなと思うけど、一緒にいる間は勉強の話ばかりしているから、こうして歩きながらたわいも無い話ができるのはやっぱり楽しい。だから、クリスが親切なのをいいことに甘えてしまっている。
今日は、さっきから気になっていることを聞いてみることにした。
「ねえ。アンナちゃんとファミルって」
「あ、気づいた?」
クリスはなんてことのないように言う。
ユナに鈍い鈍いと怒られる私だけど、あれは流石に気づいた。普段紳士で空気を読みまくるファミルは戸惑う女性を無理に送ったりしない。自分の主張を通す時もおちゃらけた雰囲気で断れないように持っていくことはあってもあんな風に有無を言わせない感じを出すこともない。
私が普通科の校舎に通うようになってから、時々普通科でファミルを見かけたのも、同じ理由かも。
「あの二人は、ファミルの片想いっていうか。俺から見ると多分両思いだと思うんだけど、アンナは付き合うのを拒否しているんだよね」
「なんで?」
「アンナは俺んちの隣の分領の出身って言ったじゃん。でもアンナは領主の娘じゃなくて、そこの家令っていうか、執事長の娘なんだ。俺んちとか、隣の領主の息子くらいなら身分差も大丈夫なんだけど、ファミルはさらにその主である侯爵家の嫡男だからな。いくらなんでも、男爵家を主人とする平民の家令の次女が嫁げる家じゃないっていうのが理由だと思う」
「そうなんだ」
そっか。貴族って大変なんだな。アンナちゃんいい子なのにな。いつも紳士で強引なことをしないファミルがあんな風に振る舞うのもみたことなかったし。
「でも、俺、ファミルならなんとかすると思ってるんだよね。アンナも何ならうちの養女になってもいいんだけどな。まあ、うちも代々続いてるって言っても所詮男爵家なんで次期侯爵様と身分的にどうかと言われると微妙なんだけど。でもファミルが頑張るならできる限りの協力はするつもり」
そう言って、クリスはにっと笑った。
確かに。ファミルって人を見る目は確かだから、ファミルが選んだ相手なら、少しくらい障害があってもうまくいって欲しいなと思う。
「まあ、俺も人の応援してる場合じゃないんだけどね」
「そうだね! 追試がんばろう!」
「……ますます、がんばろう」
「なんで元気ないの?」
「いえ! 頑張ります」
何故か大袈裟にしょんぼりしたクリスがおかしくてあははっと笑って、私たちは、夕暮れの道を寮まで帰った。




