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真面目だけが取り柄の特待生は、自由なおぼっちゃまに憧れる  作者: 四葉ひろ


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番外編 友のデートと俺の弱み 3

 たわいもない話をしていたら、風船を持ったキャスが戻って来た。ファミルとアンナとは別れたようで、帰りは一人だ。行きと同じように橋の上で手を振る。


 ーーその時。

 急に、強い風が吹いた。春先にはよくある突風だが、風にあおられた風船がキャスの手を離れた。


 キャスが、風船を追う。そしてーー。


 「キャス!!」


 橋に向かって駆け出す。

 キャスが橋の欄干の隙間でバランスを崩した。柱と柱の間隔が広く、子どもだと簡単にすり抜けてしまう。キャスの体が、橋の外側に出た。下は川だ。生物の観察などにも使うこの川は小川と言っても結構な深さがある。キャスではおそらく足がつかない。

 落ちるーー!!

 しかし、キャスは奇跡的に、欄干の柱の下の方にしがみついた。

 

 俺は全力で走った。

 間に合わない。キャスの手がズルズルと下がっていく。


 クリスが俺を追い越して走っていく。くそ! 俺も鍛えておけばよかった。


「ジャクソン!」


 クリスが叫ぶ。騎士科の同級生らしい男が橋の向こう側にいた。死角になっていて、キャスのことは見えないようだ。


 その時、ついにキャスの手が離れて下の川に落ちた。

 ドボンと音を立てて落ちたキャスは、衝撃で気を失ったのかぷかぷかと川を流れていく。心臓が嫌な音を立てて、息ができない。前に進みたいのに、全然進まない。


 ジャクソンと呼ばれた男が、瞬時に状況を把握して橋の欄干から飛び降りた。川辺に着いたクリスも走ってきた勢いのまま川に飛び込む。

 二人はバシャバシャとキャスに近づく。ジャクソンが流されていくキャスに追いついて抱き上げた。クリスも追いつき二人で岸まであげる。


「キャス!」

 俺は近付いてキャスを抱きしめた。ぐったりして動かない。青白い顔をして、ーー息をしていない?

 俺は頭が真っ白になった。

「キャス! キャス!」

 頬を叩く。


 エミリが俺の腕に触れた。

「ガイ君、下ろして! 水を吐かせなきゃ」

「嫌だ。キャス! キャス!」

「おい! ガイ!」


 クリスがキャスを俺から引き離そうとする。嫌だ。連れて行かないでくれ!


「ガイ!」

「っつ!」


 クリスが俺の腕を捻り上げた。

 落ちそうになるキャスをジャクソンとか言う奴が抱き止めてエミリに渡す。エミリはキャスをうつ伏せにすると口に指を突っ込んで、背中を叩き始めた。


「おい、やめろ!」

 俺はもがくが、クリスに羽交い締めにされて動けない。


「ゴボゴボ、っうぅ、っう、うえーん!!」


 水をゴボゴボと吐いたキャスは、大きな声で泣き出した。ほうっとエミリが腰を下ろす。


「アンナ、ストール貸して」

 いつの間にかやって来ていたファミルがアンナのストールでキャスを包むと抱き上げた。

「頭を打っていると危ないから、気をつけて」

 そう言うエミリにうなずく。

「医務室に連れていく。来れるやつから一緒に来て」


 すぐさま俺は立ち上がって着いていこうとする。けど、足が震えて立ち上がれない。


「クリス、私は大丈夫だから、ガイ君と来て。アンナちゃん」

「うん。一緒に行くよ、エミリちゃん」

 二人がファミルの後を追う背中を見つめる。

 

「ほら行くぞ」

 クリスが俺を支える。何も言わずに反対側をジャクソンが支えてくれた。

 

 



 医務室のベッドで眠るキャスを見つめる。


 すぐに水を吐かせたのが良かったらしく、医務室での診断では特に命に別状はないと言われた。落ちた時に強く水面に打ちつけたせいでおそらく打身の症状が出るだろうということで、念のため今日は医務室に泊まることになった。

 

 ショックで大泣きしていたキャスだったが、診断が終わる頃には泣き疲れて眠ってしまった。

 俺は手を握ってやることしか出来ず、今も見ているだけだ。

 父親のファデスは大慌てでやってきたが、その頃には落ち着いて眠っていたキャスを見て安心したようだ。皆にお礼を言った後、今は着替えの用意や宿泊の手配なんかをしにいっている。


「どうだ。落ち着いたか?」

 クリスが病室に入ってきて俺の横に座る。


「ああ。すやすや寝てるよ。打ち身のせいで熱が出るかもしれないと言われたけど、今のところ大丈夫そうだ」

「ほら」

 クリスがお茶の入ったコップを差し出す。受け取ろうとして、自分の手がひどく震えていることに気づいた。俺の手を見たクリスがコップを口元に持ってくる。

「はい、あーん」

 俺の口に付けたコップを傾ける。何口か俺が飲んだのを確認してコップをサイドテーブルに置いた。

「何? いつもエミリにしてもらってんの」

「ばーか」

 俺の軽口は驚くほど情けない声だったけど、クリスはただ笑っていつものように答えた。

「エミリが落ち込んだ時はユナさんがこうしてくれるんだってさ。はい、あーん」

 口元に出された果物を反射的に食べる。

「は。ユナとエミリの真似? 俺たちで? ははっ……」

 笑ったつもりだったのに涙がこぼれた。

 俺は両手で顔を覆った。

「……俺、なんにも出来なかった。キャスを全く守れなかった」

 ぽんぽんとクリスが俺の背中を叩く。


「まあ、そういうもんなんじゃねえの。俺もさ、もしエミリが同じことになったら足がすくむわ。今日と同じように動けたかはわかんないな」


 そして、ふっと笑った。


「ちゃんと婚約者が大事なんだなあ。なんでお前に浮いた噂ひとつないのかわかったわ」


 たぶん嘘だ。クリスはエミリが溺れてもちゃんと助けられる。でもその優しさが心に沁みた。

 はあと息をついて体を起こす。


「そうだな。俺はキャスが世界で一番大事なんだ。……笑えよ」

「なんで?」

「七歳だぞ」

「でも十年後は十七だし、二十年後は二十七だろ」

「なんだそれ」

「どうせ赤ん坊の頃から大事なんだろ? じゃあ七歳関係ないじゃん」

「……めちゃくちゃだな」


 俯いた拍子に涙がこぼれ落ちた。

 そうだ。九歳の誕生日、親父に連れて行かれたファデスの家でベビーベッドに眠るキャスに初めて会った時から、俺の世界で一番はキャスなんだ。大事に大事にしてきた。

 小さい頃はよかった。目一杯キャスを可愛がる俺を周りは微笑ましく見守ってくれていた。

 学園に入ってからだ。自分はおかしいんだと思うようになった。クリスやエミリ、ファミルやアンナ、政略の意味の強いユナの結婚相手だって俺たちと二つしか違わない。みんな楽しそうに青春してる。俺だって友人たちといるのは楽しいさ。


 でもーー。

あと一話です。長くてすみません。今日中には。

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