17
遅くなりました!
その日の夜、ユナが泊まりに来た。
いつものように美味しいおやつと、今日はお茶も持って来てくれた。秋の夜長のおしゃべりを楽しむ気満々らしい。お盆ごと勉強机の上に置いたメイドさんが頭を下げて帰っていく。
護衛の騎士さん達が、隣の部屋に待機する音も聞こえる。
ユナはそのままベッドに腰掛けた。
「どうだった? 剣術大会」
「うん。すごかった」
表彰式が終わって部屋に帰る頃には当たりは薄暗くなっていた。夕食をとってお風呂に入って部屋に戻っても、まだ興奮が冷めやらず、今夜は眠れそうもないなと思っていたところだったので、ユナが来てくれてありがたかった。
「久しぶりに会えて良かったわね」
「うん.すごく日焼けして逞しくなってたよ。なんだか別人みたいだった」
試合に立つクリスが遠い人に見えたのを思い出す。
休み前まではあんなに一緒にいたのが嘘のようだ。
「寂しくなっちゃったの?」
「……うん」
私はユナに抱きついた。
「変だよね。クリスが騎士科に行けるって聞いてすごく頑張ったし、合格したって聞いた時はすごく嬉しかったのに」
ユナは私の背中をポンポンとしながら黙って聞いてくれる。
「私ね。みんなでクリスの試験勉強していた時、本当に楽しかった。これまで大勢でわいわい過ごしたことがなかったから、楽しいんだと思ってた。今でもみんなとおしゃべりするのは楽しいよ。でも、ここにクリスがいたらいいなって思ってた」
ーーカタン。
しんとした部屋の中にどこかの部屋の物音が聞こえる。
「会いたいのね。クリスに」
ユナの声は大きくはないけどよく通る声だった。私の心にスーッと染み込んでくる。
「うん。会いたい。遠くから見るんじゃなくて、ちゃんと会って、話したいーー」
その時、ガタガタっとどこか近くで大きな音がした。
「え? 何?」
隣の騎士部屋で騎士様が動く音がする。
えーー?
緊急事態でしか開かないはずの続き部屋のドアがガチャガチャと音を立てた。
まさか、誰かがユナを狙って?
「ユナーー!!」
続き部屋のドアが開くと同時に私はユナを庇うようにベッドに押し倒した。
怖くて顔が上げられない。大丈夫きっと騎士様が何とかしてくれるはず。ガタガタ震えながらユナを抱きしめる私に声がかかった。
「エミリ」
えーー?
震えて動かない首を無理やり後ろに向ける。
そこにいたのは、クリスだった。
「え? え? え?」
どういうこと? ここ女子寮だけど。え? さっきの不審者って。
「クリス、ダメよ。こんなところにいたら騎士様に斬られちゃう!」
「早いわよ。クリス・アドラー」
私が慌てて言うのと、ユナが冷静に突っ込んだのは同時だった。
「すみません。待ちきれず……」
「まあいいわ。じゃあ十分だけね。私隣にいるから」
ユナはするっと私の下から抜け出ると、クリスがドアノブを握りしめている続き扉を通って隣の部屋に行ってしまった。
どうやらクリスは、この続き部屋から現れたらしい。
「どういうこと? え? 何で?」
ベッドの上で半分体を起こして、混乱する私の足元にクリスがひざまづいた。
「ユナさんが、呼んでくれたんだ」
ユナが? 私はそろそろと起き上がり、クリスに向かい合うように座った。
「エミリ、ごめん、聞いちゃった。俺に会いたかったって」
「え? あ……」
うそ。聞いてたの?
私は、顔に熱が集まるのを感じた。
「あの、えっとーー」
「俺も会いたかった」
ごめん、俺が忙しくしてたのに。
そう言いながらクリスは床に座りこんだ。
「騎士科に編入したのは良かったけど、やっぱりついていけないことも多くて、周りからの当たりもまあまあ強くて。とにかく休日返上で、補講してもらったり自主練したりして……で、最近やっとみんなに追いついてきたんだ」
「うん」
うん。わかるよ。目の前に座るクリスは、休み明けに会った時よりまたひとまわり大きくなって日焼けしていた。もう、朝晩は冷えることもある季節なのにこんなに日焼けするまで頑張ったんだなってわかる。
「ウェルウッド先生に言われたんだ。騎士科に途中から入ってきて、しかも俺文字読むの苦手で色々配慮してもらうこともあるし、心ないことを言うやつもいるだろうって。そういう奴を黙らせるためには、まずは秋の剣術大会で上位に入ってみろって。それまでは遊びたいとか誰かに会いたいとかぬるいこと言うなって」
そうなんだ。いつも飄々としている印象のウェルウッド先生だけど、さすが騎士科の猛者たちをみているだけのことはあって厳しいことも言うんだな。
クリスが、顔を上げた。
「今日、来てくれて嬉しかった。すぐにエミリだってわかった。俺、秋になってから全然会えなかったし、忘れられちゃったかと思ってたからーー」
「そんなわけないよ!」
思わず大きな声が出て口を押さえた。そんな私を見上げてクリスが笑う。
「うん。あの約束も覚えてる?」
「……町に行く約束?」
私が恐る恐る言うと、クリスが破顔した。
「うん。俺、騎士科に行って勉強を見てもらう口実がなくなっても、ただエミリに会いたいんだ。エミリは?」
どうしよう目頭が熱くなってきた。喉の奥がギュッとなってうまく声が出ない。でも、うんうんと強く頷いた。
「……私も」
声を絞り出した私の頬にクリスの手が伸びる。
そしてーー。
「十分たったわよ」
ビクッとして二人で続き扉を見る。
笑みを浮かべたユナが立っていた。




