066 第六位階直接攻撃への対抗策
「そう言えば、この補導依頼。よく残ってましたね。基本、早い者勝ちなんですよね?」
水精の少女化魔物が待つ小川へ向かう途中、ふと疑問に思って尋ねる。
今は暴走しているらしいので過去形になるだろうが、比較的脅威度が低かった少女化魔物なのだから、我先にと補導員が殺到していても不思議ではないと思うのだが。
「旨みが少ないからな」
「旨みが少ない?」
「脅威度Cは脅威度Dに比べると急激に難易度が高くなる。何せ、補導の対象が攻撃を仕かけてくるんだからな」
それは……確かにそうかもしれない。
事務局でのルトアさんの説明によれば、脅威度Cは戦闘系の複合発露を持つ少女化魔物の中では最低ランクという話だった。
CとDの間には決して超えることのできない壁があると言っていいだろう。
恐らくは補導員の階級においても。
「だってのに、報酬は脅威度Dに毛が生えた程度だ。Bからは大幅に上がるんだがな」
「……成程」
それじゃあ脅威度Cは旨みが少ないと言われても仕方がない。
「けど、何でそんな感じに?」
「脅威度Cの少女化魔物だけを狙って温く稼いでた奴らが昔いて、問題になったせいらしい。とっととB級になって脅威度B以上の少女化魔物を補導しろってことだろうよ。そもそも、脅威度Cの少女化魔物なんぞ命に関わる被害が出ることの方が稀なんだからな」
今回も当初の被害は悪戯レベルだったが、脅威度Cの場合は大体そんなもののようだ。
行政としても、より被害が出る方を何とかして欲しいのは当然だろうし、そういう方向に制度が変わっても不思議じゃない。
そうすることで素質のある補導員は積極的に上のランクを目指すようになり、社会の脅威となる少女化魔物の補導が促進されるはずだから。
結果としてC級ギリギリの補導員はリスクと報酬を天秤にかけ、安全に稼げるD級以下を狙う傾向が強くなってしまうとしても。
「そう言う訳で、いつまで経っても脅威度Cの少女化魔物の依頼書が残るなんてことはザラでな。こうしてC級スタートの補導員の研修に利用される始末だ」
「それで賄えるんですか?」
「いや、全部は無理だ。持ち回りで指示されて、手の空いている補導員が対処する」
まあ、そんなとこか。
いくら被害が少ないとは言っても、完全放置という訳にもいかないだろうし。
少し面倒臭そうな顔をしているところを見るに、シニッドさんも経験があるに違いない。
「ただ、今回の少女化魔物は暴走しちまったからな。脅威度A相当になってるはずだ。本来、研修の相手としちゃ不適当なんだが……」
言いながらチラッと俺を見るシニッドさん。
研修を中止するか問うているようだ。
「少女化魔物も苦しんでるはずです。早く助けないと」
「……ま、お前の場合、研修が終われば即A級補導員だ。それに俺もいるからな。対象の様子を見てから判断しても遅くはねえだろう」
シニッドさんの言葉に頷く。
あくまでも元は脅威度Cの少女化魔物。
いくら暴走・複合発露を使用してくるとは言っても、余程のことがなければ極端に攻撃方法が変わる訳でもない。
同じ第六位階、真・複合発露を有していれば、対処は不可能ではないはずだ。
「……いたぞ」
そして村の奥、林と言うほどでもない木々を抜ける直前。
小川が一望できる位置の木の陰でシニッドさんが立ち止まり、俺もまた足を止める。
身を隠しながら目を凝らすと、川の中心にその少女はいた。
水属性を示す自然な青色の髪の毛は身長よりも遥かに長く、水面で川の流れに従ってゆらゆらと揺らめいている。それだけなら神秘的な光景とも言えるが……。
暴走していることを示すように周囲をねめつける青い目。
疑心暗鬼に陥った少女のようで痛々しい。
「これまでの情報を統合すると、水を生成して放つタイプの複合発露が、暴走したことで村の子供の腕を切り落とす程の威力を持つようになったと考えられる」
超高圧で水を射出するウォーターカッターのような感じになっているのだろう。
暴走・複合発露。第六位階であることを考えると中々に脅威的だ。
「やれるか?」
「はい。大丈夫です」
「どう対処する? 言っとくが、暴走した今サユキの力で凍結させるのは不適当だぞ」
「分かってます」
俺が行うのは、あくまでも補導だ。討伐じゃない。
ただ単に氷漬けにして封印しても、この少女化魔物は救われない。
それでは意味がない。
「まあ、見てて下さい」
尚も視線で問いかけてくるシニッドさんに、不敵に笑ってみせながら答える。
それから俺は静かに自分の影へと視線を落とした。
「リクル」
「はいです!」
小さな俺の声に応え、リクルが待ってましたと言うように影の中から飛び出てくる。
同時に、彼女は複合発露〈如意鋳我〉を使用して俺と同化した。
続けて俺は己の複合発露〈擬竜転身〉を使用し、竜人の如き姿へと変じる。
「イリュファ、フェリト。相手の攻撃の妨害を」
「承知致しました」
「まあ、焼け石に水だけどね」
それから俺の指示にイリュファは影の中から慇懃に応え、フェリトは苦笑気味に言った。
実際、多少威力に減衰はあっても相手の複合発露の位階に変動がある訳ではない。
それはつまり――。
「……万一第六位階の攻撃が命中したら、その状態じゃ致命傷になりかねねえぞ」
リクルのバフがあるとは言え、〈擬竜転身〉の身体強化では精々第五位階中位程度。
第六位階の攻撃を防ぐことはできない。
「本当に対抗策があるんだろうな?」
事前情報で、当然この状態までは想像できていただろうシニッドさんが訝しげに問う。
ちょっと勿体ぶり過ぎたか。これ以上は失望されかねない。
「ここからが真骨頂ですよ」
あの少女化魔物には悪いが、いくら暴走していても極めて単純な攻撃系複合発露。
それを相手に不確定要素を残すような戦い方は、ハッキリ言って先が思いやられる。
将来を見据えて弱点への対処は、常に考え続けている。
その成果の一つがこれだ。
「我流・氷鎧装」
イメージを確かなものとするためにつけた名を口にし、それと同時にサユキの真・複合発露〈万有凍結・封緘〉を発動させる。
それによって周囲が凍りついていき、俺を覆うように氷の鎧が形成されていく。
勿論、俺自身は凍結してはいない。
〈擬竜転身〉で最低限の体温は保っている。
「こいつは……」
その状態の俺に一瞬驚き、それから表情を引き締めて全体を観察するように視線を動かすシニッドさん。射抜くような目を向けられるのは、ちょっと居心地が悪い。
「確かに、これなら攻撃は防げるだろうが、動けるのか?」
「問題ないです」
証拠を見せるように腕を上下する。
その動きに合わせ、氷の鎧もまた追随するように変形した。
「……見た目以上に制御は難しいはずだ。お前も、規格外にも程があるな」
常時変形し続ける訳だから、理屈で制御しようとすると難易度は極めて高い。
だが、そこはそれ。
前世のファンタジー知識を持つ俺にとっては、そこまで困難ではない。
同じ力を持っていてもサユキにはまだ無理だが。
ちゃんとイメージできてさえいれば不可能という訳ではないので、俺の戦い方を見続けていれば、いずれ彼女もできるようになるかもしれない。
「では、行きます。いいですね?」
「ああ。それなら文句はねえよ。行ってこい。俺は後ろに控えてる」
シニッドさんはそう言うと、複合発露を発動して人狼形態になる。
戦力的には問題ないとは言え、初めての補導なので緊張感がない訳ではない。
だが、この状態の彼が後ろにいてくれるなら不安感は全くない。
「必要があったら、サユキにも頼ってね」
「分かってる。けど、サユキは切り札だから、とりあえず中で応援しててくれ」
「はーい」
聞き分けよく、楽しげに返事をするサユキ。
そんな彼女に軽く苦笑しながら頷く。
それから俺は、木の陰を出て水精の少女化魔物へと近づいていく。
感知能力は低いらしく、少し接近してようやく相手はこちらに気づいたようだった。
殺気立ったように表情を歪めながら、俺へと右手の人差し指を向け――。
「っと」
次の瞬間、その先端の辺りから細く研ぎ澄まされた水流が放たれる。
咄嗟に回避すると一筋の線が空中に描かれ、少し先で水飛沫と化して散らばった。
元の世界の物理法則を考えると、空気抵抗で俺の位置に至る遥か前にそうなっていてもおかしくはないはずだが……。
その辺りは祈念魔法や複合発露特有の現象と言うべきだろう。
「……一応、威嚇のつもりか」
避けなければ、アンドリューと同様に右腕に命中していた。
それが偶然ではないと示すように、更に二度、三度と同じ位置を彼女は狙ってくる。
恐らく、それ以上近づくなという意思表示だろう。
彼が右腕だけで済んだのは、その段階で逃げ帰ってきたからに違いない。
威嚇なら当てるなよ。とも思ってしまうが、命中させて威力を見せなければ単なる水鉄砲に思われる可能性もなくはない。
ポーズではなく、確実に脅しつけるという目的の上では不可欠だったのだろう。
まあ、俺はそんなこと関係なく突き進ませて貰うが。
補導には演出も重要ということで、ゆったりと余裕を見せるように歩いて接近していく。
すると、今度は威嚇ではなく、俺の心臓を狙い撃つように水流が迫る。
対して俺は氷に覆われた右手を突き出し、掌でそれを受け止めた。
「……よし。いけるな」
ウォーターカッターの如き水流は氷を削ることなく、俺の掌で砕けて飛散する。
予想通り。問題なさそうだ。
更に、表面の温度を一気に下げてやると水流が急速に凍っていく。
「ウ、ウゥ」
彼我の中心近くまで氷が成長したところで相手は戸惑ったように呻き、放水をやめた。
棒状の氷が押さえを失って落ち、地面に当たって砕けて消える。
その間に歩みを進め、少女化魔物との距離を詰める。
「人間……川ニ……近ヅクナ」
と、彼女はそう俺に対して強烈な敵意を向けながら告げた。
土精の少女化魔物とは違い、こちらは言葉を話すことができるらしい。
……彼女が何を望んで、何故暴走してしまったのか。
村人が何か手がかりとなる言葉を聞いていないか調べてくればよかったな。
「ココカラ消エロ!」
そんなことを考えていると、少女化魔物は叫びながら今度は掌をこちらに向けた。
とほぼ同時に、そこから水流ではなく球形の水の塊を数発撃ち出してくる。
大きさはハンドボール程度。水であるはずなのに、見た感じ異様に重そうだ。
これもまた暴走・複合発露。その産物。
水の球とは思わず、砲弾か何かと認識した方がいいかもしれない。
とは言え――。
「そんなものか?」
それらは手で防御するまでもなく、胸元を覆う氷に阻まれて砕け散った。
申し訳ないが、救世の転生者としての使命を帯びた身。
このようなところで苦戦していい立場にはないのだ。
だが、そろそろ格の違いを見せつける演出も十分だろう。
「さあ、補導を始めようか」
そして俺はわざとらしく無防備に、再び水精の少女化魔物へと近づいていった。






