051 学園都市トコハとホウゲツ学園
「セト、ダン、トバル。ぼんやりしてると邪魔になるぞ?」
七時間に及ぶ列車の旅を終え、一時間弱バスに揺られた後。
その過程で既に都市の光景に目を奪われていた彼らだったが、立派な学園の校舎を目の当たりにして完全に立ち尽くしてしまっていた。
目を見開き、口をあんぐりと開けている。
どこからどう見ても、お上りさん以外の何者でもない。
「お、お兄ちゃんはよく驚かないね」
「あんちゃんも初めてなんでしょ? 都市に来るのも」
「見るもの全部、村とは全然違うのに」
「ん、まあ、そうだな。……一応、それなりに感動はしてるぞ」
何せ十七年振りに洋風な気配が強い建物の実物を見たのだから。
勿論、現代の建築物と同じものという訳ではないが。
大正時代の都心という感じで、中々にいい雰囲気があった。
夕焼けの中だったから特に。
ただ、さすがに見知らぬものへの驚きは乏しい。
その感情に関しては、むしろメルカバスやメルカトレインの方が大きかった。
何せあれらは使用者の思念によって操縦され、ハンドルなどは存在しないのだ。
更には燃料もない。
強いて言えば、人の思いや概念を燃料に駆動していると言うべきだろう。
いずれにせよ、俺を心底驚かせる景色があるとすれば総じて元の世界にないものか、この世界では二度とお目にかかれないだろうと諦めていたものぐらいのものだ。
「ま、単に大っぴらに驚かない程度には年を食ってるだけだよ」
前世で重ねた年月も含めて。
それはともかく。
セト達が最も驚いているもの。彼らがこれから通うことになるホウゲツ学園の偉容。
その大きさと広さは、元の世界を基準にしても相当なものだ。
田舎の村にしては、いや、田舎だからこそか? 結構な豪邸(庶民基準)が多かったヨスキ村だが、それは結局のところ住居レベルの話。
それこそ彼らにとっては初めて見る巨大な建造物だろう。
実際、祈念魔法や複合発露などの実技教育への使用にも十分耐え得るそれは、世界最大の学校施設とのことだ。
しかも、嘘か真か。全体が第六位階相当の祈望之器と化しており、如何なる攻撃でも破壊することはできないらしい。
……それを聞いた時、ちょっと後で試してみようかなと思ったのは内緒だ。
「それより、入寮の手続きだけでもしないと。ここまで来て野宿は嫌だろ?」
「あ、そうだった」
思い出したようにセトが言い、三人共我に返ったように視線を校門に向ける。
何をしに来たか思い出したようだ。
それから案内の表示に従って管理棟に行く。
「寮は三人部屋だって。よかったな」
そこで入寮の手続きを代行し、後ろで見ていた三人を振り返って笑いかける。
おあつらえ向きという感じだ。
学園側で配慮してくれたのかもしれない。
「ランとトリンは?」
「ヴィオレも」
「少女化魔物は別。女子寮……じゃなくて少女化魔物寮の方だ」
そっちも三人部屋。やはり、こちらの顔触れを完全に把握しているようだ。
まあ、掟で必ず(俺は例外だが)村の子供が学園に入学することになっているのだ。
大人の誰かが報告していてもおかしくはない。
イリュファがトリリス様に伝えた可能性もある。
別に気にする程の話ではないが。
一先ず、これで度は一段落と言っていいだろう。
「後はとりあえず学食で晩飯食って、荷解きしたら今日はもう寝た方がいい。昼寝はしたけど、疲れてるだろうからな」
「お兄ちゃんはどこで寝るの?」
と、セトが微かに不安げに尋ねてくる。
ダンやトバルも同じような視線をこちらに向けていた。
「この敷地の別のとこにある寮を用意してくれてるみたいだから、そこでな」
職員寮とのことだ。
さすがに彼らを見守るだけで日銭を稼げる訳ではないので、実は学園で仕事をさせて貰うことになっている。内容はまだ聞いていないが。
「影の中に入れておいた荷物をセト達の部屋に置いたら、そっちに行くよ。明日、時間になったら迎えに行くから、ちゃんと起きるんだぞ」
それから俺は、そう柔らかい声で指示を出した。
しかし、三人共頷くことなく、特にセトは少し逡巡したように視線を動かす。
「お兄ちゃん……今日は、その……」
「セトが一緒にいて欲しいって」
「不安だから」
セトは恥ずかしいのか最後まで言い切れず、ダンとトバルが引き継ぐ。
ただ、ダンもトバルもセトを出しにして言っているが、同じ気持ちではあるようだ。
三人共、いざ俺達が傍から離れるとなると、寂しさやら新しい生活への恐れやらが急に心の内に湧き上がってきたのだろう。
……もしかしたら、村を出る時に母さんが泣き喚いたせいもあるかもしれない。
ならば息子として、そして何よりも先達としてフォローすべきだろう。
「分かった。規約がどうなってるか分からないけど、確認してみる」
言ってすぐに管理棟の人に確認を取る。
すると、一日だけ、家族ならばと許可が出たので、夕食の後ランさん達と別れてから俺は学生寮に三人と一緒に向かった。
そうして荷解きをして軽く生活用具を配置すると、皆ほとんどすぐに眠気に襲われる。
初めての長旅だけに、思った以上に疲労が大きかったのだろう。
「お兄ちゃん、お休み」
せがまれてセトと一緒のベッドに入り、安心した表情で眠りにつく弟の頭を撫でる。
顔立ちも相まって、天使のような寝顔だ。
しかし、明日からは時に厳しく突き放すことも必要になってくるに違いない。
他ならぬ彼ら自身のために。
「……お休み、セト」
起こさないように小さな声で言い、俺もまた目を閉じる。
ちなみにサユキ達には今日だけだからと謝って、影の中で眠って貰った。
フェリトとリクルはいつものことだが。
いつも俺と一緒に寝ているサユキも、俺が大切にしている家族は大切だからと我慢してくれた。イリュファもお願いすれば頷いてくれた。
後で埋め合わせしておこうと思う。
そして翌日。
俺達はランさん達と合流してから朝食を食べ、それから再び管理棟に向かった。
「じゃあ、三人共。ちょくちょく様子を見に行くからな」
そこでホウゲツ学園の職員に三人とランさん達を預けながら言う。
学園生活に関する詳しい説明を行い、その後で軽く現時点での実力を見るとのことだ。
勿論、今更入学試験ではない。
ヨスキ村出身なら、もとい複合発露持ちなら試験なしで入学できるのだから。
「では、私達はトリリス様にご挨拶に行きましょう」
彼らの姿が完全に見えなくなったのを見計らい、イリュファが告げる。
こちらはこちらで新たな生活が始まるのだ。
気を引き締めていかなければならない。
特に、最初に相対する相手は彼女の言葉によれば一筋縄ではいかない人物。
悪印象を持たれないようにしなければ。
そう考えつつ、先導するイリュファについていく。
ご先祖様が携わったからか、元の世界の学校を思わせる部分が散見される校舎。その中を歩いていくと少し懐かしさも感じる。
そんな気持ちを抱きながら進んでいくと、やがて俺達は学園長室の前に辿り着き――。
「ここです。くれぐれも気をつけて下さい」
そこで、失礼のないように、という感じでもない妙な言い回しをイリュファがする。
その理由が分かるのは直後のことだった。
学園長室のドアを三度叩くと、返事もなく勝手に扉が開いた。
正にその瞬間……。
「な、何だ?」
視界が唐突に移り変わり、校舎の雰囲気とは全く異なる石造りの廊下が目に映った。
レトロゲームに登場するような迷宮の如き空間。
「トリリス様……やはりですか」
それを前にして、イリュファは諦めたように深く嘆息したのだった。






