050 片道九時間(通常)
さて、ここらでこの国について少しだけ詳しく話そうと思う。
まず、この国の名前はホウゲツ。
建国には異世界から転移してきた英雄ショウジ・ヨスキが深く関わっており、正式には漢字で萌蘖と書くそうな。
勿論、普段はこの世界の共通語であるプレバラル語の文字でホウゲツと書くが。
そんな我が国ホウゲツ。
かねがね少女化魔物に甘い国だという話題は出してきた。
その根本的な理由はショウジ・ヨスキがそういう法律を定めたことにあるが、数百年という月日を経て尚それが維持されている理由は恐らく別にある。
そして、それこそはこの国が有する最大の特異性だ。
他国はそれを以ってホウゲツをこう称する。
少女祭祀国家ホウゲツと。
類を見ない特異性。
即ち、少女化魔物が統べる国である事実故に。
「明日、諸々の手続きが済みましたらセト様達を学園の職員に預け、私達はその間にまず学園長トリリス様にお目通り致します」
学園都市トコハへと向かう列車の中、救世の転生者関連の話なのでセト達に聞こえないように声を潜めながらイリュファが俺に言う。
学園長トリリス様。セト達が入学することとなるホウゲツ学園の長である訳だが、彼女もまた当然のように少女化魔物である。
「その後、奉献の巫女ヒメ様に御拝謁を賜ることになるでしょう」
「……奉献の巫女様か」
イリュファが最大限の敬意を払い、父さんや母さんでさえも畏れ敬う奉献の巫女様。
彼女はご先祖様から直接この国を任された少女化魔物だ。
象徴的な意味合いが強いが、この国のトップと言って間違いない。
つまり、この国が少女祭祀国家と呼ばれる所以たる存在である。
そして正に、少女化魔物である彼女が五百年以上もの間、国の体制を持続してきたからこそ同じ少女化魔物への温情があり……。
それ故に、あれだけの事件を起こしたフェリトやサユキが罪に問われずに済んだ訳だ。
贔屓とも言える形だが、世界全体を見回すと、そうして尚トントンとは言えない程度には少女化魔物の扱いは悪かったりする。
バランスを取ろうとしているとも言えなくもない。
「どんな人なんだ?」
「ヒメ様は非常に落ち着いた方です。聡明で慈悲深く、素晴らしい少女化魔物ですよ。トリリス様は……ええと、その……行動の予測がつかない方ですね」
ヒメ様のことは素直に褒めながら、トリリス様には色々と表現に迷った挙句に褒めているのか分からない言葉を口にするイリュファ。
どうやらトリリス様の方は一筋縄ではいかない人物のようだ。
フェリトの事件の時に彼女を頼るように言っていたことからしても、救世の転生者関連の諸々の事情に通じていることは間違いない。
これから先、長く世話になる可能性がある訳だが……少し不安になる。
そういう話をしていると――。
「ねえ、お兄ちゃん。後どれぐらいで着くの?」
セトが焦れたように傍に来て問いかけてきた。後ろにはダンとトバルの姿もある。
既に列車に乗り換えてから一時間。
最初ははしゃいでいた彼らだが、そろそろ飽きてきたようだ。
「んー……俺も実際に都市までは行ったことないしなあ。イリュファ、後どれぐらい?」
「学園都市トコハまでは、全工程で九時間といったところです。この列車を降りるのは約六時間後、目的地への到着は後七時間というところでしょうか」
「え!? そんなにかかるの!?」
イリュファの答えに愕然としてダンが叫ぶ。
十二歳になったら村を出るということ以外、詳細を伝えられていない彼ら。
元の世界で言う東京近辺にある学園都市トコハの位置も、移動手段がどういうものかも知らなかったのだから、そのような反応になるのも無理もないことだろう。
改めて、この旅の工程を最初から整理してみる。
まずヨスキ村からこの列車が発着する駅まで。
俺達はとある乗り物に揺られ、一時間かけてやってきた。
神が使用した戦車という逸話を持つ祈望之器メルカバを複製、乗り心地に重点を置いて改良されたそれは、この世界に広く普及して最も一般的な公共交通機関を担っている。
ちなみに定員は二十人程度。
言ってしまえば小さなバスみたいなもので、メルカバスなどと呼ばれている。
名づけ親は間違いなく、ショウジ・ヨスキか歴代の転生者だろう。
ただ、その速度は精々時速三十キロと原付程度の速さに過ぎない。
それでも、中世ファンタジーにもよく登場する乗り合い馬車よりは遥かにマシだが。
駅から学園都市までの七時間はこの列車。
先頭の機関車はこれまたメルカバの複製品。メルカトレインと呼ばれている。
こちらは諸々の調整により、時速五十キロから六十キロ程度の速度が出る。
三両編成で二百人ぐらい乗れるので、この世界のバスとは運搬力が桁違いだ。
もっとも、あくまでも列車なのでレールの上しか走ることができないが。
そして学園都市トコハに着いたら、またバスに乗ってホウゲツ学園を目指す。
こちらも所要時間は一時間弱。
山形東京間がこれでは前世の感覚だと不便極まりないが、あのレベルを期待するのは酷というものだろう。むしろイメージよりも遥かに近代的と言っていい。
「走っていった方が速いんじゃない?」
「四百キロ程の道のりを迷わず走っていけるのであれば」
イリュファの言葉に押し黙るダン。さすがに体力が続かないだろう。
俺も父さんを見ていて感覚が狂ってしまっているが、それだけの距離がある村と都市の間を生身かつ短時間で往復できる方がおかしいのだ。
大半の人間は複合発露も、実用に耐え得るレベルの祈念魔法も扱えないのだから。
……休み休みなら、俺も祈念魔法で空を飛んでいけばいけそうな気がするけど。
何ごとも経験だから黙っているが。
「そんな急ぐ必要ないさ。のんびり行こう。たまには悪くないだろ? こういうのも」
ただ、まあ、まだ幼い彼らに余り我慢を強いるのは気が引ける。
風景を見てボンヤリするのを楽しめる性格でも年齢でもないだろう。
折角の初めての旅路。辛い気持ちばかりなのはかわいそうだ。
「ほら、トランプとか持ってきたから」
だから、影の中から旅の定番のそれを取り出して示す。
するとセト達は少し表情を和らげ、俺の傍の座席に陣取った。
所要時間が長い列車は夜行列車の利用者の方が多いため、席は十分空いている。
「では、私はこれで」
そんな彼らを前に、イリュファは一礼すると俺の影の中に入っていった。
セトに配慮したのだろう。
ちなみに他の少女化魔物達全員も俺の影の中だ。
一足早く、俺が適当に入れてきた遊び道具でゲームに興じている。
予備のトランプは勿論、花札、オセロ、将棋、チェス。
内容はともかく、たまには女の子だけで遊ぶのも大切だろう。
あちらに着けば、ランさん達は別行動になる可能性も高いし。
……念のために言っておくと無賃乗車ではない。
乗車券は彼女達の分も買ってある。
「さて、じゃあ何やる?」
「神経衰弱」
「大富豪!」
「ダウト」
俺の問いかけに、セト、ダン、トバルが各々答える。
遊び道具があると分かったことで、すっかり元気を取り戻したようだ。
「まあ、時間はあるから順番にな」
そうして色々なゲームで時間を潰し、途中セト達三人は昼寝を挟みながら、残る六時間の行程を着々と消化していく。
やがて少しずつ日が低くなり、空が赤み始めた頃。
これから短くない時間を過ごすことになる学園都市トコハに、俺達は到着したのだった。






