049 旅立ち(のお供)
「ううぅぅ! イサクぅ、セトぉ!!」
号泣である。
早朝。十二歳になる年の四月に村を離れて学園都市トコハに向かう掟に従い、俺の弟のセトと従弟のダン、友人のトバルが今正に旅立とうとしているのだが……。
「うぐううううぅ!!」
母さんが凄いことになっていた。
涙は滝のように溢れ、鼻水も垂れっ放し。アニメの過剰表現みたいな泣き顔だ。
ちなみに俺の名前まで呼んでいるのは、俺もまた三人のお供として都市に向かい、そのまま彼らの傍で見守る役目を仰せつかったからだ。
既に掟は達成しているが、都市に行ったことがないということで例外的に。
俺も都会デビューする時が来た訳だ。
「母さん、母さん。俺は時々戻ってくるからさ」
「じゃがぁ、じゃがあぁ!!」
収拾がつかない。
母さんがこの有り様なせいで、一番の当事者で本来一番に寂しさを感じるはずのセトが逆に冷静になって困ったように母さんを見ているぐらいだ。
総出で見送りに来ている村人達も呆れ顔だ。
とは言え、気持ちは分からなくはない。
掟によれば、一度村を出た子供は少女化魔物のパートナー(つまり真性少女契約を結んだ相手)を得ない限り、村に帰ることは許されない。
その上、親との接触も禁じられている。
セトはまだよく分かっていないが、これが今生の別れになる可能性もあるのだ。
加えて、行方不明のままになっているアロン兄さんの件もある。
母さんが取り乱してしまうのも当然のことと言えるかもしれない。
ただ、交通機関の時間もあるし、余り出立が遅れても困る。なので――。
「あー、えっと……そうだ。前に俺が作った写真、サユキとツーショットの奴、覚えてるでしょ? ああいうのをたくさん作るからさ。セトの成長が分かるように」
もので釣って何とかなだめようとする。
果たして、それは効果があったようで……。
「…………ほ、本当じゃな?」
「勿論」
俺が力強く頷いて確約すると、母さんはようやく落ち着いてくれたようだった。
「それは是非俺も見たいな」
そのやり取りを受け、父さんが母さんの隣で言う。
最低数年はセトと会えなくなるため、父さんも見送りのために村に戻って来ていた。
母さんの醜態を完全放置していたのは、兄さんの時に既に同じ経験をしていて自分ではどうしようもないと諦めているからに違いない。
「イサク、セト達を頼むぞ」
「ああ、うん。それは勿論。ただ………イリュファも俺についてくることになる訳だけどさ。母さんが家に独りぼっちにならない?」
「そうならないよう、なるべく一緒に仕事をするようにするつもりだ。だから、イサクとは都市で度々会うことになるかもしれないな。掟があるからセトには会えないが」
「……そっか」
なら尚のこと、俺は別にしんみりする必要はないな。
俺は兄として弟や弟分達が健やかに暮らせるように気をつけよう。
……皆、母さんのせいで今この場で感情を出すことができずにいるから、村を出てから一気に寂しさやら悲しさが襲ってくるかもしれない。
その時はちゃんとフォローしてやろう。
「ヴィオレ。ダンをよろしくな」
「分かってる。アタシに任せなよ」
ちょっと離れたところでは、トバルの両親であるエノスさんとクレーフさんが、トバルと少女契約をしているヴィオレさんに頭を下げていた。
ダンの両親のアベルさんとルムンさんも同様に、ランさんとトリンさんに息子のことを重ね重ねお願いしている。
さすがに母さん程取り乱してはいないが、皆一様に真剣だ。当然だろう。
「皆、本当にこの村に馴染んだわよね」
その様子を前に、影から出ているフェリトが微笑んで言う。
近しい境遇にあり、共に村で過ごした三人には特にシンパシーを感じているに違いない。
「そう言うフェリトちゃんもね。あんな多くの村の人の前に顔を出してるし」
そんな彼女の顔を、定位置のように俺の隣にいるサユキが悪戯っぽく覗き込む。
「ま、まあ、合計すると五年も経ったしね。さすがに村の中ぐらいなら外に出られるわ」
「寝る時は未だに影の中だけどねー」
「そ、それは、もう慣れちゃったんだから仕方ないでしょ! その、他のところで寝ようとすると落ち着かなくて眠れないのよ」
からかうように続けるサユキを、顔を真っ赤にして睨むフェリト。
こちらはこちらで姉妹のように馴染んでいる。
「リクルちゃんの寝相が悪くても?」
「もうそれは諦めてるわ」
「うぅ、ごめんなさいです」
深く嘆息するフェリトに、リクルが申し訳なさそうに謝る。
サユキやフェリトが俺と一緒の部屋で寝ているのを見ると急に寂しくなったらしく、この五年の間に彼女もまた俺の影の中で眠るようになっていた。
寝相が相当悪いそうだが、それでも追い出さない辺りフェリトも口調程悪くは思っていないようだ。
「皆さん、そろそろ出発しませんと間に合いませんよ」
と、イリュファが手を叩いて注意を引きながら言う。
それを合図に各々の家庭で、両親と旅立つ子供が最後の抱擁を交わし始める。
お目付け役みたいな俺には視線だけ。対して俺は頷いて返す。
こちらはこれで十分だ。
「じゃあ、行ってきます」
そしてセトとダンとトバル。主役三人とついでに俺も声を揃えて言い、歩き出す。
意図的に作られた結界の隙間から村を出て、振り返って手を振りながら進んでいく。
そうして俺達は、学園都市トコハへの旅を始めたのだった。






