045 好きな人にとって大切な人
サユキとフェリトが少し仲よくなった後、身嗜みを整えた俺達は居間に向かった。
改めてサユキを皆に紹介するために。
フェリトはもう済んだとばかりに影の中に入ってしまっているが。
そうして居間に入ると、畳に正座をした母さんとイリュファ、リクルが待っていた。
父さんとセトの姿はない。
父さんがいないのは事後処理のために都市に出かけたからだが……。
「セトは?」
「もう大分日が高くなったからのう。ダンやトバルのところに行ってしまったぞ」
「そう」
まあ、二人に関しては後でいいだろう。
とにもかくにも三人の前に、サユキと並んで座る。
「サユキ」
「うん。えっと、改めてサユキです。雪女の少女化魔物です。よろしくお願いします」
軽く促すと、サユキは自己紹介すると共にぺこりと頭を下げた。
寝ている時もまだ乱れたままだった白銀の長い髪は、俺の手によって綺麗に纏められている。五年以上前にイリュファに教わったやり方だが、しっかり覚えていた。
髪が長過ぎて纏め切れず、セミロングになっている部分が一つのポイントだと思う。
服装は少女化魔物成り立ての頃のリクルとは違い、ちゃんと魔物だった時分に俺と一緒に作った着物が成長した体に合わせて形作られている。雪の結晶の紋様もそのままだ。
憂いも何もない表情も合わさって、本当に可愛らしい。
「よろしくです!」
そんなサユキへと品定めをするような鋭い視線を送る母さんとイリュファを余所に、リクルが元気よく手を上げて応える。
サユキと見比べると、割と似通った幼さがある気がする。
お下げ髪な分だけ外見の印象的にはリクルの方が子供っぽいが。
服装は相変わらず水を纏ったような不定形の衣。
大枠としてはワンピースだが、何だか常にゆらゆらしていて一定でない。
ちなみに今はもう下着はつけている。
衣の屈折度合いが増したので外側からは見えないけども。
「私はリクルって言いますです。スライムの少女化魔物です」
「…………リクルちゃんは、イサクのこと好き?」
「はいです! ご主人様ですから!」
「そっか。じゃあ、友達!」
「はい! 友達です!」
嬉しそうに笑顔を交わす二人。
割と単純思考なところも似ているかもしれない。
「単純でいいわね、リクルとサユキは」
同じことを考えていたのか、呆れ半分羨ましさ半分という感じにフェリトが言う。
二人に比べると割と大人っぽい彼女だが、正直外見と言動の雰囲気だけの感もある。
微妙に言葉が足りないところや、たまに素直じゃないところは妙に子供っぽい。
余談だが、余り影の外に出てこない彼女ではあるものの、服装は一見普通(俺基準)で、半袖のシャツにデニムのホットパンツと非常に動き易そうな格好だ。
ただし、靴は履いておらず裸足だが。
何故一見と強調したかと言うと、この二月のクソ寒い中でも、それこそ雪の降り積もった外に出ようともそのままでいるからだ。
基本的に少女化魔物は元の魔物に特別な逸話がなければ、祈念魔法や複合発露の影響でもない限り、気温などの環境の変化には強いそうだが、見ていてこっちが寒くなる。
それでも彼女が頑なにその服装を保っているのは、元がセイレーンだからか、どうにも両腕と両足が何かで覆われていると違和感があるかららしい。
複合発露で魔物の特徴が現れる時は服も一緒に変化し、破れるなどの実害はないはずなので、完全に個人的な感覚の問題なのだろう。
風を感じるような鮮やかな緑色のサイドポニーと勝気な目も相まって健康的な美しさがあるので、正直もっと影から出てきてその姿を見せて欲しいところだ。
「サユキ、と言いましたね」
と、それまで黙っていたイリュファが重々しく口を開く。
サユキはちょっと背筋を正し、頷いて答えた。
「貴方はイサク様と真性少女契約を結んだ訳ですが、その意味を理解していますか? イサク様の死は貴方の死。貴方は貴方自身が生きるためにも、イサク様を命懸けで守らなければなりません」
吸い込まれるような漆黒の瞳で真っ直ぐにサユキを見据えて、真剣に問うイリュファ。
対してサユキはキョトンとしたように首を傾げた。
「イサクがいない世界なんて何の意味もないです。だからサユキがイサクを守るのは当たり前なのに、何でそんなことを聞くんですか?」
日本家屋でクラシックなメイド服という特異な格好をしたイリュファが相手だからかぎこちない丁寧語を使いつつも、純粋に意味が分からないと言いたげに尋ね返すサユキ。
依存が極まったともフェリトが評した彼女の姿に、イリュファが戸惑いを顕にする。
ストレートで行き過ぎた感のある好意の形。
実際に出くわすと、さすがのイリュファも動揺するようだ。
姿勢が僅かながら乱れ、長い黒髪が微かに揺れる。
「あなたはイサクのことが好きですか?」
「当然です」
それからサユキに逆に問われたイリュファは、即座に背筋を伸ばして即答する。
対してサユキは、そんな彼女の姿に微妙な顔をしながら逆側に首を傾けた。
「嘘じゃないと思うけど、何だか、うーん」
口の中でブツブツと呟きながら、訝しげにイリュファを見るサユキ。
心の内の深い部分まで探ろうとするような視線に、イリュファは少し居心地が悪そうだ。
「サユキ、余りイリュファを苛めないであげて。俺のことが心配なだけだから」
さすがにかわいそうになってフォローを入れる。
イリュファが何か隠しごとをしているのは俺も分かっている。
それにサユキも直感的に気づいたのだろう。
しかし、イリュファは俺が救世の転生者であることを知った上で味方になった最初の存在。特別な仲間だ。その意思に偽りがないことを俺は信じている。
「…………イサクにとって大切な人?」
「そうだな」
サユキの問いに迷いなく首を縦に振るとイリュファは「イ、イサク様……」と感極まったような声を出した。
そんな彼女の様子と俺を見比べて、サユキは一つ頷く。
「イサクの大切な人はサユキも好き」
それから彼女は、ちょっと怖いぐらいの単純さでそう告げた。
余りの変わり身具合に、イリュファは何とも複雑な表情を浮かべて言葉を失う。
が、それ以上何も言わなくなった辺り、一先ずサユキを認めはしたようだった。
どのような形であろうとも。
「な、なあ。イサクよ。妾のことはどうじゃ?」
そこへ母さんが割って入り、恐る恐るという感じで自分を指差しながら尋ねてくる。
何だろう。イリュファに対抗心を持ったのか? 子供に好かれているか心配なのか?
俺が母さんのことをどう思っているかなど言うまでもない話だが……まあ、ちゃんと言うのが親孝行というものでもあるだろう。
「勿論、母さんのことは大好きだよ」
「そ、そうか。うむ」
ホッとしたように言い、嬉しさを隠せずに真紅の目を細める母さん。
炎のような赤い髪のツーサイドアップも軽く弾む。
そんな子供っぽい反応をする上、童顔で幼い体格とアニメのロリキャラのような母さんだが、割烹着を身に纏って家事をしている時はちゃんと母親っぽいとフォローしておく。
「サユキよ。お前のイサクを想う気持ち、重々承知した」
それから母さんは急に真面目な顔を取り繕うと、サユキへと向き直った。
「既に真性少女契約を結んでいる以上、そもそも誰が何と言おうと撤回させられぬことではある。じゃが、母としてもお前を認めよう。今日からお前は妾の娘じゃ!」
「えっと……」
その勢いに戸惑いつつ、「いいのかな?」と確認の視線を俺に向けてくるサユキに頷く。
出自からして親などいたことのない彼女。思うところも当然あるだろう。
「その、お母さん?」
そしてサユキは若干躊躇い気味に、軽く語尾を上げて問うように言った。
「お、おおう。何とも、むず痒いのう」
対して、何故か凄く身悶えし始める母さん。
「もう一回呼んでくれるか?」
「お母さん」
乞われてサユキが今度は普通の発音で繰り返すと、母さんは尚のこと気恥ずかしさと嬉しさが入り混じったような笑顔を見せた。
「どうしたの?」
「う、うむ。娘ができたのは初めてじゃからな」
少女化魔物から直接生まれるのは男のみ。女の場合はどことも知れぬ場所に少女化魔物として発生するため、出会うことは極めて稀。
それ故、少女化魔物の娘と言えば通常息子のパートナーがそれに当たる訳だ。
「……アロンが先じゃと思っていたが」
ちょっとだけ表情を翳らせる母さんだが、その反応に不安そうにする事情を知らないサユキのために、すぐに微笑みを浮かべながら彼女の傍に寄ると頭を撫でた。
「……サユキよ。イサクと仲よくするのじゃぞ」
「うん」
「真性少女契約した少女化魔物の幸せは、常に契約者と共にあるのじゃからな」
「うん!」
「それと……」
母さんはそうつけ加えるように言いながら、サユキを正面から抱き締めた。
「イリュファも言っていたことじゃが、イサクを守ってくれ」
「うん、お母さん!」
嬉しそうに母さんのお願いを受け入れ、自分からも抱き着くサユキ。
何だか本当の親子のような近さがある。
『イサクのことが好きな人は友達』『イサクの大切な人はサユキも好き』
そうした単純ながら確固とした判断基準を持つが故に、気を許した相手には一足飛びで懐に飛び込んでいくのだろう。
そして、そんなサユキだからこそ俺の家族や仲間には受け入れられ(イリュファも半ば押し切られる形で)、数日もすると長年共に過ごしてきたかのように馴染んでいった。






