042 ずっと一緒にいるために
「イサク、イサクうぅ!」
長年離れ離れだった時間を取り戻そうとするように、正気を取り戻したサユキが俺に抱き着いて全身を押しつけてくる。
既に暴走状態から解き放たれ、事態は収束した。
俺の左手が凍結から解放されたように、恐らく氷の彫像と化していた人々や氷漬けとなった諸々もまた元に戻っていることだろう。
父さんの右手も回復したようだ。
五体無事な姿が、一緒に俺の影から出てきた母さん達と共に視界の端に映っている。
もうサユキの暴走・複合発露から俺を守る必要はなくなった以上、窮屈な影の中にいる意味はない。
しかし、俺としてはもう少しだけ影の中にいて欲しい気持ちもあった。
「ううむ。こういう時、どのような顔をすればよいのか分からぬな」
「確かに」
母さんがほんのり恥ずかしそうにしながら、ガッツリこちらを見ている。
隣では父さんも困ったように苦笑いしている。
当然父さんの視線の先にも、サユキに強く抱き着かれている俺の姿がある。
二人共、今この光景だけでなくサユキを正気に戻そうと必死に説得したり、口づけしたりしたところから通して見ている訳で……。
……正直、俺もどう反応すればいいか分からないよ。母さん、父さん。
両親にこんな赤裸々な場面を目撃される経験なんて、前世を含めてないし。
加えて――。
「仕方のないこととは言え、イサク様にあのようなことまで! ぐぬぬ……」
「はわあ、参考になりますです」
「す、少しぐらい慎みを持ちなさいよ!」
三人の仲間達も。
イリュファはいつか見た残念な状態になっているし、リクルは興味深げに目を輝かせているし、フェリトは顔を赤くして人差し指をこちらに向けながら声を大きくしている。
ちょっと勘弁して欲しい。
割と大変な思いをしたのだから。
……いや、無茶な手段に出て大きな心配をかけてしまったことを考えるとトントンか。
甘んじて受け入れるしかないか……。
「ほら、サユキ。いつまでもくっついてたら、顔も見えないじゃないか」
ギャラリーには文句を言えないので、サユキに諭すように言う。
「やだ! 絶対放さないもん!!」
対して子供のように駄々を捏ねる彼女に、俺は思わず微苦笑してしまった。
別れの日も似たようなことがあったことを思い出し、懐かしく感じて。
「今ちょっと離れたって、もうずっと一緒だから」
優しくそう言っても尚、サユキは頑なにしがみついたまま。
そんな彼女の様子を見て、今更ながらに気づく。
そして強く理解した。
きっとサユキが暴走したのは命の危機に陥ったこと以上に、二度と俺に会えないと思ったからだったのだろう。多分、自惚れではなく。
そんな彼女は、もしまた俺と引き離されたら同じように暴走する。
もしも俺が死ねば、間違いなく誰かに討伐されるまで暴走し続ける。
多くの被害を出し、多くの人間に憎まれながら死んでいくに違いない。
種族が異なり、寿命が違う以上、このままでは確実にそうなるだろう。
「なあ、サユキ」
だから、それを避けるため、俺は自分の言葉を証明しようと柔らかく呼びかけた。
ことここに至ってはギャラリーの存在は無視する。
俺が抱く多少の羞恥心なんかよりも遥かに大事な話だ。
そんな真面目な雰囲気に気づいてか、彼女は顔を上げて俺の目を見た。
それを受けて口を開く。ストレートに問う。
「俺は人間だから、いつかは死ぬ。そうなった時、一緒に死んでくれるか?」
「え?」
一瞬、理解が追いつかないのか呆けた声を出すサユキ。
しかし、彼女はその意味をちょっとの間だけ考えると、真剣な顔と共に口を開いた。
「……うん。サユキは、たとえ死んだってイサクとずっと一緒にいたい」
真っ直ぐな視線にハッキリした言葉。本心からのものと分かる。
「そっか。分かった。なら、新しい約束をしよう。サユキ」
「新しい、約束?」
「そう。死んでもずっと一緒っていう約束。この世界が保証してくれる約束だ」
そして俺がそう言うと、サユキはパッと花が咲いたような笑顔を見せた。
「する! 約束する!」
「じゃあ、俺の言葉をよく聞いて、よく考えて、誓えるなら誓いますって言うんだぞ」
しっかり言い聞かせるように言うと、彼女はより真摯に頷いた。
俺の言葉に耳を傾け、その意味をよく理解しようとするように。
「ここに我、イサク・ファイム・ヨスキと少女化魔物たるサユキとの真なる契約を執り行う。サユキ。汝は我と共に歩み、死の果てでさえも同じ世界を観続けると誓うか?」
「えっと……うん。誓います!」
俺に言われた通りにその意味を噛み締め、しかし、欠片も躊躇いなく答えるサユキ。
「あ……」
瞬間、彼女は認識が開かれたが如く目を見開く。
それから心底嬉しそうに、幸せそうに愛らしく微笑んだ。
ここに彼女との真性少女契約は結ばれた。
これにより彼女は人類に依存した少女化魔物ではなく、一人の観測者としての俺にのみ依存した唯一無二の存在となる。
故に俺が死ねば、彼女もまた死ぬ。
それが世界の定めたルール。誰も侵すことのできない約束だ。
「これで、本当にずっと一緒にいられるんだね」
直感的にそれを悟ったのだろう。
彼女は確信を得たことで安心したのか俺から少しだけ体を離す。
「ああ、ずっと一緒だ」
俺がそう答えると、サユキは感極まったように僅かに涙を湛えた笑顔と共にもう一度抱き着いてきた。
しかし、それは……先程までの決して放すまいとするようなものとは違う、互いに温もりを分かち合うような柔らかい抱擁だった。






