039 接近
俺を空間ごと凍結させようとする力の精度は、徐々に高まってきている。
この攻撃は同時に、俺がサユキに近づくのを妨げようともしているようだ。
俺は早い段階で何度も、この円形に展開されている雪の嵐の中心に向かって突っ込もうと試みたが、その度に進行方向に巨大な氷の壁が発生して断念せざるを得なかった。
だから少しずつ。
少しずつ彼女の攻撃を避けながら近づいていく。
「イサク!!」
と、ある一撃の後、父さんが何かを察知したように再び注意を促してきた。
その違和感には俺も気づいていた。
一気に距離を詰めようとすれば、サユキはそれを防ぐように力を発生させる。
少しずつ接近するように進むと攻撃は直に俺を狙う。
その一撃一撃は、視界不良と距離があることによる誤差、それと彼女自身の練度不足で直撃しないだけで、吹雪の中で動く全てを直接行動不能にしようという意思は強く感じる。
しかし、今直前に放たれた攻撃にその意思は乏しい。
「前か!」
だから俺は、咄嗟に前方の空間を跳躍して飛び越えようと地面を蹴った。
次の瞬間、正にその空間が凍りつく。
危うく片足を捕らえられそうになったが、何とか無事着地して同時に再度駆け出す。
やはり、先の攻撃はあくまでも牽制に過ぎなかったようだ。
その差異を隠せない辺り、サユキ自身の戦闘経験の低さが改めて浮き彫りになるが……。
彼女の複合発露はそれを補って余りある程に強大だ。尚且つ――。
「どうやら、周囲を吹き荒れる雪がセンサーのような役割を果たしておるようじゃな」
影の中から母さんが言った通り、この雪の嵐もただ単に侵入者を自分に近づけないためだけに発生させている訳ではないらしい。
まあ、そうした探知能力でもなければ、この視界不良の中で誤差があるとは言え俺達を直に攻撃してくるなど不可能だが。
何にせよ、近づけば近づく程に一層正確に俺の位置を把握し、命中精度が高まっていくのは間違いない。
「相性が、悪いですね」
こうした状況を前に、緊張感を湛えた声でイリュファが言う。
まず、この探知能力を持つ雪の嵐。
あくまでも第四位階ながら、効果範囲が余りにも広過ぎてイリュファの〈呪詛反転〉でも全て跳ね返すことはできない。
一部跳ね返しているものも、氷属性のサユキにとっては涼風も同然だろう。
加えて、流れの乱れは侵入者がそこにいると明確に知らせるものにもなってしまうだろうから、探知を阻害することにもなりはしない。
暴走・複合発露の弱体化には、この領域に突入した段階から影の中から聞こえてきているフェリトの歌声〈不協調律〉共々、微々たるものながら貢献しているだろうが……。
「実際、俺もやりにくかった。それであの様だ」
複合発露や祈念魔法。元の世界にはない力。
これらが複雑に絡み合う戦いでは、位階と相性が勝負を分ける。
遠距離攻撃に乏しい俺達では確かに相性が悪い。
せめてスリップダメージのような特性だけでもなかったなら、父さんもあそこまで追い詰められてはいなかったはずだが。
「イサク!」
「分かってる!」
三度目は母さんからの警告。
先程と同じように、虚実交えた攻撃が来る。
その形が有効だと、暴走状態ながら学習したのだろう。
進行方向を塞ぐような牽制の攻撃が連続する。
サユキに接近する形での抜け道は一方向しかない。
そこを進むと当然その先で狙われるだろう。
俺はそれを嫌い、逆に大きくバックステップすることによって回避した。
しかし、当然のことながらサユキとの距離は開いてしまう。
「イサク、このままじゃ――」
「いつまでも辿り着けない、です」
フェリトとリクルの言う通り、この調子ではサユキの暴走を止めるなど夢のまた夢だ。
とにもかくにも近づかなければ何も始まらない。
だが、このままジリジリ進んでいても、氷が俺達を捕らえるのが先だろう。
「なら、一か八か」
だから俺は、一度サユキが作る雪の嵐から全力で離脱しようとした。
常に彼女に位置を知られている状況から一先ず抜け出すために。
接近を目指していた相手が一目散に逃げ去ろうとするとは思っていなかったのか、虚を突かれたように一瞬俺に対する攻撃が鈍る。
おかげで、難なく陽光差す世界に戻ることができた。
とは言え、状態としては大きく後退した形だ。
「どうするつもりじゃ?」
その選択を敢えて取った俺に、母さんが問う。
「あの吹雪を祈念魔法で吹っ飛ばすんだ」
対して俺は、簡潔にそうした理由を答えた。
「だが、あの吹雪は第四位階の上位に相当する力がある。俺達の複合発露で防ぐならともかく、恐らく祈念魔法では第四位階でも消し去ることはできないぞ」
「分かってる。だから――」
父さんの忠告に頷きながら、俺は雪の嵐の全体像を見渡して改めてサユキがいるだろう中心部とそこまでの距離を確認した。
「フェリト、リクル!」
「分かったわ!」
「はいです!」
先にフェリトを呼び、次にリクル。
その順番で、二人共何をするのか理解してくれたらしい。
そうと示す返事を受け、俺はその場でクラウチングスタートをするような体勢を取る。
「光の根源に我は希う。『纏繞』『同化』『直進』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈日輪〉之〈瞬転光〉」
そして光属性第四位階の祈念魔法を使用し、光を身に纏って同化する。
父さんの複合発露を、第四位階かつ劣化したものながら擬似的に再現するものだ。
その発動を待っていたように、影の中から聞こえるフェリトの歌声の響きが変わる。
彼女の複合発露〈不協調律〉。サユキの暴走・複合発露がもたらすスリップダメージに集中して使用していたそれの効果対象を、元の無差別なものへと戻したのだ。
同時に、重複して使用していた俺とリクルもまた同様にする。
これであの雪の嵐は、第四位階から第一位階相当に弱体化したはず。
とは言え、吹雪を消し去るには至らないし、弱まっただけでは不十分だ。
最も厄介なのは威力ではなく探知能力なのだから。
「火の根源に我は希う。『広域』『炸裂』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈焦熱〉之〈爆裂炎〉」
だから俺は、祈念魔法による最大出力の爆発を前方に向けて巻き起こした。
第四位階の力を有するそれはこの世界の理に従い、第一位階にまで弱められた吹雪を爆風で吹き飛ばしていく。
それによって一直線の道ができる。
遠く、吹き荒れる熱風を厭うように手をかざしているサユキの小さな姿を視認する。
「今だ!」
直後、彼女へと続く道を俺は超高速で突き進んだ。
一瞬にして移り変わっていく景色と共に、視界に映る彼女の姿が徐々に大きくなる。
そして――。
「サユキいいいいいぃッ!!」
成長したその姿を目の当たりにして思わず涙が出そうになるのを堪えつつ、俺はいつか彼女に乞われて名づけたその名前を叫んだ。
それで彼女が正気に戻ってくれるのを願いながら。






