AR43 動き出す宿命と因縁
「リクルの件もあって、君の戦力は随分と充実した。私達の想定を遥かに上回る程に。加えてアスカとラハとムート。彼女達三人の力で【ガラテア】を探し出せる状況になった。この時点で、救世の転生者側の準備は整ったと言える訳だ。
ただ、これは過去の救世からする異常な事態だった。勿論、早過ぎるという意味でね。元々、救世の転生者と【ガラテア】の動向は連動するもの。どちらかの準備が整ったということは、もう一方の準備も整ったということになる。けれど、君は未だ肉体が成長し切っていない。つまるところ、それだけ【ガラテア】が早く準備を終えたことを意味する。それでも今回はギリギリ世界が帳尻を合わせたようだけれど……次の救世は恐らくもっと特異な状況になってしまうことだろう。まあ、君には関係のない……あってはならない話だけれどね。
しかし、いずれにしても――」
***
広間に集まって跪く、千を優に超える操り人形達。
それらをこの仮初のみすぼらしい体で見下ろした私は、機は熟したと判断した。
観測者の心の奥底に秘められた渇望、破滅欲求をこの世全てに蔓延させる。
そのための準備が今ここに整った。
これ以上の遅滞は逆に敵を有利にしてしまうばかりだろう。
何より私自身、この焦がれるような感情をいつまでも抑え続けていられない。
早く全てをさらけ出してしまいたい。だから――。
「アロン。マニ」
私は有象無象の中から青年と少女化魔物を呼びつけた。
近づいてきた二人の表情は虚ろで、感情らしきものは微塵も感じられない。
正に意思なき人形のようだ。
前者はまだ私が世界に発生して間もなく、本格的に活動を開始したばかりの頃。
救世の転生者ではないかと周囲に噂される程に優秀な人間がいると耳にし、リスクを冒してまでホウゲツに侵入して捕らえた貴重な駒だ。
勿論、さすがに一足飛びにチェックメイトといくはずもなく、彼は救世の転生者ではなかったものの、その能力の高さで潤滑にことが運んだ状況も少なくない。
中々に使い勝手のいい道具だったと言える。
後者は最近になって欠けたピースを埋めるように得た存在だ。
悪魔(シャイターン)の少女化魔物マニ。
彼女の複合発露は、正に私のためにあると言っていい程に相性がよかった。
私の滅尽・複合発露〈跪き、人形に隷属せよ〉は任意の対象を操り、更には破滅欲求に染め上げて対象が持つ力を滅尽・複合発露に変質させるもの。
そこに更に滅尽・複合発露化した彼女の力、味方の能力を大幅に向上させる効果を持つ〈魔王統制・蹂躙〉が加われば、救世の転生者に匹敵する力を量産できる。
この力があれば、過去の【ガラテア】達もなし得なかった真の破滅、世界の終焉に今度こそ至ることができるはずだ。
もっと猶予があれば、強制的に真性少女契約を結ばせたこの二人を利用して、かの複合発露を増やすことで盤石な状況にできたかもしれないが……。
現時点でも戦力は十分過ぎる程だと言っていい。
低い可能性に固執して機会を失っては仕方がない。
だから、私は二人が両脇に立ったのを確認してから再び声を発した。
「時は満ちた。今こそ救世の転生者を討ち、本懐を遂げる」
そう重々しく告げた私に応じるように、操り人形達が一斉に顔を上げる。
だが、その行動に彼らの意思は介在していない。
全員、私の滅尽・複合発露の支配下にあるのだから当然だ。
アロンとマニも呼ばれたから来た訳ではなく、私がそう動かしたに過ぎない。
言わば、かつて人間の子供がやっていたという人形遊びの延長のような行為だ。
そう。かつて。
人間は私を恐れる余り、己を模した玩具を全て廃棄し、生産を禁じたと言う。
その上、何らかの共通認識で縛りを作り上げたらしく、誰かに飽きて捨てられた熊のぬいぐるみに宿る形で私は生じる羽目になった。
これは、そんな私のある種の意趣返しでもある。
いずれにせよ、私が口にした言葉は指揮官が兵士を鼓舞するような類のものではなく、あくまでも自分自身と世界そのものに対する宣言だ。
「我が名は【ガラテア】。ドールの人形化魔物【ガラテア】」
このドールとは名ばかりの姿で、私はそのまま己の本質を忘れぬように続ける。
私の本来の姿は、人間の少女を模した球体関節の人形だった。
しかし、どうやらそれはどこかに封じられて隠されていたらしい。
いつの頃からか、その封印が解かれたようで気配を感じるようになったが……。
それは私を誘き出すための罠である可能性が極めて高い。
何より、ボロボロのこの体も弱々しい見た目と若干の動きにくさ以外、能力的な制限がある訳でもない。むしろ本体ではないことが万が一の時の保険にもなる。
だから私は私の使命を優先し、この姿のまま今日この瞬間にまで至ったのだ。
「即ち、観測者の内から吐き捨てられた破滅欲求の化身である」
人形化魔物として発生したその瞬間からそうだった。
使命を果たすために、この身を捧げる。
それ以外の形などあり得ない。
その通りに振る舞うこと以外、考えたこともない。
救世の転生者と相対する位置にいる、観測者を滅ぼし尽くす観測者もどき。
それこそが私という存在だ。
たとえ仮初の体に押し込められようとも、それは何一つとして変わっていない。
「故に、行き場を失ったその願望を成就させるため、これより世に蔓延る観測者を尽く滅ぼし、世界に無の静寂をもたらそう」
誰からも認識されないものは存在しない。ならば、認識する者がいなくなれば世界は存在しないも同じ。変化が意味をなさないその静謐こそ、何よりも美しい。
それを生み出すことだけが私の唯一の存在意義だ。
観測者は誰もがそうした破滅欲求を無意識に有している。
にもかかわらず、その事実から目を背け、挙句の果てに世界に押しつけて蔑ろにし続けてきた。その罪を今度こそ贖わせなければならない。
そして、それこそは観測者にとっての救いにもなる。
「全ての存在に、破滅の抱擁を」
そう全て。等しく全て。尽く殲滅する。余すことなく。
故に元来、私にとって全ては平等に滅ぼすべきもの。
道具として有用なものとて同じこと。そこに特別な感情を抱くことはない。
しかし、一つだけ例外がある。
これまでの幾度となく私の使命を阻んできた者、救世の転生者。
勿論、他の存在と同様に、最終的に彼を滅ぼすことに何ら変わりはない。が、浅ましい観測者の如く強く強く執着していることを私は自覚していた。
ただ単純に破滅をもたらすだけでは飽き足らない。
この激情全てを満たすには、彼の方から私に縋って滅びを懇願してくるぐらいの状況を作り上げなければならないだろう。
それができたなら、どれだけ気持ちが昂るか分からない。
だから――。
「救世の転生者に、最高の愛を」
私は最後にそう抱き締めるように口の中で呟き……。
終末を告げる鐘を鳴らすが如く、眼前の人形達に指示を出した。
***
「この瞬間、君という物語の終わりが始まった訳だ。そう。今この瞬間という真の終局に至るまでの最後の物語が、ね」






