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ロリコン村の転生英雄~少女化した魔物達の最強ハーレムで世界救済~  作者: 青空顎門
第6章 終末を告げる音と最後のピース

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297 リクルの異変と……

 ラクラちゃんの外出につき合って弟達のところを巡ってきた日の夜。

 職員寮の自室でイリュファ手作りの和風な夕飯を食べ終えた後、テアと一緒に主に彼女の大好きな花札で皆と遊んでいると……。


「な、何だ?」


 突然、何かが割れたような甲高い音がして、全員驚きと共に顔を上げた。

 響きの具合からして、職員寮の外から聞こえてきたとか外的な力によって窓が割れたとかでもなく、純粋に部屋の中だけで発生したことが分かる異音。

 そこまでは認識しつつ、一体何事かと音の発生源へと視線を向ける。


「…………リクル?」


 すると、洗ったばかりの食器を何枚も床に取り落としたような状態で、呆然と立ち尽くしている彼女の姿が目に映った。

 ご近所さんも気づくぐらいの大きな音を立てたにもかかわらず、自分が粗相をしたことにさえ気づいていないようで反応がない。

 足下に散らばった食器の破片は彼女の足にも当たっているはずだが、全く見向きもしない。焦点の合っていない視線をどこかに向けたままだ。


「リクル。一体、何をしているのですか?」


 そんな彼女に対し、戸惑いの色を声に滲ませながら問いかけるイリュファ。

 詰問するような言葉の内容とは裏腹に、その口調と表情からは食器を割ったことを叱ろうというような意図は全く感じられない。

 まあ、当然だろう。

 割とそそっかしい面もあるリクルだが、長年イリュファの下で見習いメイドのような立場で家事を学んで実践してきた彼女が雑な仕事をする訳がない。

 その程度の信頼はあるし、そうでなくとも今のリクルの状態は尋常ではない。

 ある意味で師匠とも言える存在の声すら全く届いていない様子なのだから。

 イリュファが困惑しているのも理解できる。


「リクル?」

「…………え? あ、あっ、す、すみません、です」


 更に繰り返し呼びかけたイリュファが肩に手を置いて軽く揺すったことでようやく我に返ったらしく、リクルは状況を認識してペコペコと謝り出した。

 それから大慌てで割れた食器の破片を片づけようとし始め――。


「痛っ」


 無造作にそれを拾った際に指を切ったのか、彼女は顔をしかめた。

 しかし、その程度は身体強化が機能していれば問題ないはずだが……。

 どうやら、祈念魔法も今の意識の空白の合間に解除されてしまったようだ。

 ヨスキ村で長く過ごしたリクルは、俺達と同様に常時身体強化を保つように教え込まれている。なので、余程のことがなければそんな状態になるはずがない。

 逆に言えば、余程のことが彼女の身に起こっているということになる。

 だが、何にしても怪我を放置している訳にはいかない。


「リクル、大丈夫か?」


 言いながら、すぐさま彼女の手を取って祈念魔法で治療を施す。


「うぅ、すみませんです……」


 すると、リクルはそう恐縮したように言ってから深く俯いてしまった。

 そのまま黙り込む彼女に、強引にでも問い質した方がいいだろうと口を開く。


「何があったんだ?」

「い、いえ、何でもありません、です」

「何でもないってことはないだろ。最近、ずっと調子が悪そうだぞ?」


 アクエリアル帝国から帰ってきてからというもの、ついさっきまでの状態程ではなかったが、時折急に上の空になることが何度もあった。

 自分の内側に深く沈み込んでいってしまっているような、あるいは、どこか遠いところに意識が飛んでいってしまっているような。

 相反する印象を受ける不可思議な気配を、その時のリクルは湛えていた。

 そんな彼女の様子に、俺は得も言われぬ焦燥感を抱かされてもいた。


「教えてくれ。何か悩みがあるのなら、俺はリクルの力になりたい」

「ご主人様……」


 いつもよりも強い要請に対し、一層申し訳なさそうな表情を浮かべるリクル。

 彼女は僅かに目を逸らすが、一身に集まった視線を感じ取って何も言わずには終われないと観念したのか、小さく息を吐いて口を開いた。


「その、やっぱり私、ご主人様のお役に立ちたい……です」

「リクル、それは――」

「ご主人様が言いたいことは分かっていますです。昔の私がフェリトさんやサユキさんを救う力になれて、そのことが今に繋がってるってことは」


 何度か繰り返した俺の言葉を先回りして言ったリクルは、そこで一旦言葉を区切ると「けど」と前置いてから絞り出すように続けた。


「私は、今、ご主人様の力になりたいんです」


 必死さの見て取れる顔。もどかしさに苛まれていることがハッキリと分かる。

 こうも辛そうに思い悩む彼女を目の当たりにして、俺は自分がこれまでずっと聞こえのいい言葉で諭したつもりになっていただけだったことに気づいた。

 優しさを履き違えた受容が逆に彼女を追い詰めていたのかもしれない、と。

 そう考えて後悔する間にも彼女の吐露はとまらない。


「なのに、私は何も変わらないまま。今日、ラクラさん達を見て……皆、目標に向かって一生懸命に頑張ってるのに、私は何をしてるんだろうって」


 今日一層様子がおかしくなっていた理由の一つは、どうやらそれだったらしい。

 確かに、彼女達のひたむきな姿は俺でも眩しく思うぐらいだ。

 己の停滞に本気で苦しんでいる者にとっては、毒にもなり得るかもしれない。


「こんな私じゃ胸を張ってご主人様の傍にいられない……です」


 そしてリクルは、一層沈み込んだように顔を伏せてつけ加えた。


「リクル……」


 そんな彼女を前にして、イリュファが気まずそうに呟く。

 リクルと同じく俺と真性少女契約(ロリータコントラクト)を結ぶことができずにいる彼女は、何か思うところがあるのかもしれない。


「……リクル、私も役立たず? イサクの傍にいる資格がない?」


 サユキの独白を横で聞いていたテアもまた、不安げな声と共に呟くように問う。

 彼女は彼女で、自分自身の状態と照らし合わせてしまったようだ。


「え? ち、違いますです。テアちゃんは……」


 対してリクルは顔を上げて慌てたように否定すると、そこで一度複雑な感情を押し殺すように言葉を詰まらせてから、小さくない引け目を声に滲ませて告げた。


「テアちゃんは、ただそこにいるだけで確かな意味がありますです。世界にとっても、ご主人様にとっても。大きな使命も強い力もない私とは全く違いますです」


 最凶の人形化魔物(ピグマリオン)【ガラテア】の肉体として。

 確かに、ただ無事でいるだけで彼女は役目を果たしていると言えなくはない。

 しかし、そうした社会的な意義だけが存在の価値の全てではない。決して。


「テアがここにいる切っかけは確かにそうかもしれないけど、それだけだったらこうして触れ合う必要なんかないだろう? 俺達は、テアと一緒にいたいから一緒にいるんだ」

「イサク……」


 俺がテアの頭を撫でながら言うと、彼女は安心したように体の力を抜いた。

 これぐらい素直に受け取ってくれるといいのだが。


「……リクルも同じだ。俺の役に立つとかそんなことは二の次でいい。大事なのは自分がどうしたいか……いや、本当は何を求めているのか、だ」


 彼女の「役に立ちたい」は、本質的には「役に立たなければならない」だ。

 根底にあるのは自惚れでもなく、俺達と一緒にいたいという気持ち。

 それが歪んで変質した結果の、役に立てなければ一緒にいることはできないという強迫観念染みたものに他ならない。


「俺はリクルと一緒にいたい。役に立つとか立たないとかは関係ない。リクルは俺の傍にいるのが都合がいいから、一緒にいるのか?」

「そ、そんなことありませんです! 私は、私だって、ご主人様のことが大好きですから。ずっと一緒にいたいです! ……でも、でもっ」


 俺の言葉をハッキリと否定しながらも、それでも尚どこか受け入れられない部分があると告げるように頭を左右に振るリクル。

 恐らく。セトのトラウマが彼を構成する一要素となったように、長年の悩みは既に彼女の一部となってしまっているのだろう。

 頭では理解することができても、どうしようもないのだ。

 ならば、それらしい言葉を重ねても仕方がない。

 彼女自身が納得できなければ、その心が晴れることはないに違いない。

 そもそも「役に立たなければならない」と焦るのは少々危険な状態にしても、純粋な「役に立ちたい」はそこまで否定しなければならない感情でもない。

 そこまで立ち返ることができさえすれば、一つの解決とも言えるはずだ。


「……分かった。なら、一緒に考えていこう。一人で悩まずに。リクルが望む形をどうやれば満たせるのかを。そして、前みたいに戦いの中でも俺を助けてくれ」

「は、はい! です」


 リクルの意をくみ取っての折衷案。

 対して彼女は、幾分か曇りの晴れたような安堵の笑みと共に頷いて応じた。

 とりあえず、今日のところは落ち着いてくれたと見てよさそうだ。

 しかし、根の深い問題であるだけに、どういった方向性になるにせよ、何度も何度も堂々巡りのようになりながらも少しずつ改善していく以外にない。

 心というものは厄介なもので、論理的に正しければ問題が即座に解消されるとは限らないのだから。加えて、現実には望んだ解決だけが訪れるとは限らない。

 それでも時間をかけて接していけば、いつかは改善していってくれるはずだ。

 そう少し楽観的に考えていたが――。


「………………リクル?」


 翌朝、目が覚めると部屋の中にも影の中にもリクルの姿はなく、あると思っていた時間は陽炎の如く失われてしまったのだった。

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