252 特化
急ぎホウゲツに戻ってアマラさんの工房を再び訪れた俺は、訝しむ彼女に状況を説明すると共に、その証拠として圧し折れた日本刀を差し出した。
「むぅ。よもや、そこまで……」
無残な姿と成り果ててしまった祈望之器布都御魂の複製改良品を前に、険しい顔をしながら呟くアマラさん。
少なくともトリリス様達は、メギンギョルズの複製改良品の力を加算すれば今回も十分対処可能だと考えていたはずだから、再び予測が外れた形だ。
【イヴィルソード】と【リビングアーマー】の時に続いて。
五百年の経験に基づいて出した結論が二度も間違っていた事実は、中々に重く彼女達の肩にのしかかっていることだろう。
「人形化魔物共の強化。これ程とはな」
前回もそうだったが、トリリス様達の計算を大きく狂わせた要因は間違いなく、ここ百年で爆発的に増加したという人口だ。
他に大きく異なる要素はないのだから、それ以外には考えられない。
これに関しては前代と今代の間に起きた出来事であるだけに、その影響を受けた救世に直面するのは彼女達も初めてのことだと言っていい。
なので、さすがにこの見込み違いを責め立てるのは可哀想だ。
しかし、ここから先は、五百年もの時を救世に費やしてきた彼女達すら考えも及ばない事態が待ち受けている可能性が高い。
これもまた始まりに過ぎないのだろうから、その事実はしっかりと受け止めた上で今後の問題に対処していく必要がある。
前世を鑑みると、人口増加のグラフは指数関数的な急激な伸びを示すはず。
本番はまだまだこれからだろう。
今代よりも次代。
俺が心配しても仕方のないことかもしれないが、次の救世の転生者の時代となったら一体どうなってしまうのか想像もつかない。
とは言え、今は一先ず将来の課題よりも眼前の問題だ。
「それで、どうしましょう」
「ううむ、対処療法としては一つ、あるにはあるのじゃがな……」
何故か言葉を濁したアマラさんに首を傾げながら、何はともあれ内容を尋ねるために俺は口を開こうとした。すると、そこへ――。
「あ、やっぱり兄さんだった」
掛け軸の奥にある通路から聞き慣れた声を発しながら人影が出てきたため、一先ず口を噤んでおく。
声の主が誰かは一目瞭然。愛すべき弟、セトだ。
その後ろからは、この工房で彼と共に半ば合宿のようなことをしている弟分のトバルとアマラさんの弟子のヘスさんも続いて出てくる。
ランブリク共和国の割と遠いところにある都市ノースアルに行って帰ってで割といい時間になっていたので、彼らも作業を終えて上がってきたのだろう。
「どうしたの?」
「……少しイサクの仕事に問題が生じてな。実は――」
彼の問いかけに何と答えたらいいものかと俺が思案していると、代わりにアマラさんが逡巡なく答え、更に言葉を続けていく。
そのまま彼女は一応救世の転生者に関連する部分を除き、ほとんど全ての事情を彼らに話してしまった。
いいのだろうか、と内心首を傾げるが、彼女もまたトリリス様達と同じく五百年救世の転生者をサポートしてきた少女化魔物だ。
その辺りの判断は俺より正しいだろう。
そう考えて推移を見守る。
「トバル君、セト君。こういう場合、どうすればいいか、分かるッスか?」
と、アマラさんの説明を受けてヘスさんは、師匠からの一種の課題だとでも判断したのか、授業をするようにセト達に問いかけた。
俺の仕事、ひいては補導員の仕事に関わる話ということで、二人はその質問を実践的な問題として捉えたのかもしれない。
何とも真剣な顔で、我がことのように考え込んでくれている。
それから少しして先にセトが口を開いた。
「もっと凄い祈望之器を探してくる?」
「まあ、可能性はなくはないッスけど……限りなく低いッスね。とりあえず、今回は手持ちのもので何とかするしかないって状況で考えて欲しいッス」
その答えに対し、やんわりと不正解と告げるヘスさん。
セトは将来冒険家になりたいと言っていただけに、ついついそっちの方向で考えてしまったのかもしれない。
複製師からの質問なのだから、この場は複製を前提に考えるべきだろう。
「…………じゃあ、性質を一つのことに特化させる、とか?」
そんなセトに続いてトバルが顔を上げ、問い気味に答える。
対して、ヘスさんは満足げに頷いて口を開いた。
「そうッスね。機能を限定すればする程、概念的な強度も高くなっていくことは割とよく知られていることッス。この場合はそれを利用するのが最善ッス」
そう言えば複合発露も単純化させたり、規模を抑えたりすると威力が増す。
厳密には少し違うかもしれないが、似たようなものと考えてよさそうだ。
そして、それはつまり――。
「対結界に特化するように複製改良するってこと?」
セトの確認に首を縦に振るヘスさん。
やはり、そういうことのようだ。
「そうじゃな。そういう訳で皆、これから皆でモトハへ向かうぞ」
先程までの歯切れの悪い様子とは対照的に、半ば強引な感じに言い放つと立ち上がって部屋を出ていくアマラさん。
まるで弟子と子供達の会話を聞いて、踏ん切りがついたとでも言わんばかりだ。
急展開に弟達共々ポカンとしていると、しばらくしてアマラさんが戻ってくる。
「今、あちらに連絡を取った。間もなく迎えが来る」
そう言う彼女にその目的を問おうと口を開くが、その前に――。
「おう。来たな」
襖を開けて部屋に入ってくる少女が一人。
見覚えがある。転移の複合発露を持つヒメ様直属の部下。
確か悪魔(ガアプ)の少女化魔物のテレサさんだったか。
「準備はよろしいですか?」
彼女は速やかに、恐らく首都モトハへと俺達全員を転移させようとしているようだが、何が何やら分からない。まずは説明が欲しい。
「ちょっと待って下さい。何をしに行くんですか?」
「ヘス達が言っておった通りじゃ。これからオリジナルの布都御魂が安置された場所に行き、そこで対結界に特化した新たな複製改良品を作る」
成程。圧し折れてしまったアレは、前回作ったものという話だったか。
新たに複製改良品を作るには、当然大本となる第六位階の祈望之器が必要。
だから、それがある場所へと向かう。道理ではある。
しかし、それはそれとして……。
「さっき少し渋っていたのは?」
アマラさんの中に既にその案があったのなら、ヘスさん達に事情を明かすまでもなく、首都モトハへと向かえばよかったのではなかろうか。
そんな俺の問いに対し、アマラさんは少し逡巡しながら答える。
「……今回、新たに作り出す複製改良品は、いざと言う時に民の盾となるディームの複合発露を破ることも可能な武器となるだろうからな。少し躊躇いがあった」
ああ、そうか。
俺は救世の転生者として人形化魔物優先で考えているが、少女祭祀国家ホウゲツの中枢たる彼女達はそれ以外にも色々と考えなければならないことが多々ある。
新しい武器を作るということは、下手をすればそれがどこかで奪われ、その切っ先が自分に向けられる可能性も同時に生じるということ。
国を運営する者ならば、そのリスクもまた考えなければならない。
「じゃが、こ奴らのような聡明な者が生まれてくるとすれば、ワシらが忌避したところで誰かが作ってしまうじゃろう。何せ、布都御魂以外にも全てを切り裂くだの全てを貫くだのと言った概念を持つ祈望之器は他国にも存在するからな」
だから、弟子と子供達の会話を以って躊躇を振り払おうとした訳か。
実際、そこまで難解な方法という訳ではなさそうだしな。
改良まで可能な複製師さえいれば、どうとでもなりそうだ。
ならば、リスクを恐れて人形化魔物【コロセウム】の被害を見過ごすよりも、対結界用の複製改良品を作ってしまった方が遥かにいいだろう。
「……もうよろしいですか?」
頭の中でそんな結論を出していると、テレサさんが焦れたように問うてきた。
呼びつけておいて待たせるのは申し訳ない。
「あ、すみません。お願いします」
そんなテレサさんに頭を下げ、そうして俺達は彼女の複合発露によって首都モトハへと転移したのだった。






