248 聖女選別の開始
スールという名だったらしいユニコーンの少女化魔物とアーヴァンクの少女化魔物パロンを保護し、特別収容施設ハスノハに預けてから数日後。
ホウゲツ学園の敷地の外れに、一夜にして新たな施設が出現していた。
後から聞いた用途と中に入る人数を考えると、かなり大きめな箱型の建造物だ。
勿論、人力の一夜城などではない。
学園長トリリス様の複合発露〈迷宮悪戯〉の産物だ。
このホウゲツ学園を知る人間ならば、その辺のことは重々承知しているため、ただ単に見知らぬ建物ができただけではそうそう驚くことはない。
ホウシュン祭では一度空き地になってから、即座に復活したりしていたし。
しかし、それに合わせて発表された事実により、その当日は学園全体、いや、学園都市全体がてんやわんやの大騒ぎだった。
こればかりは、ことがことだけに仕方のないことだろう。
「……聖女専用の教育施設、か」
今日はその更に二日後。
俺は野次馬もいなくなって大分静かになったその建物の入り口近くで、腕を組みながら一通り全体を眺め、そうポツリと口にした。
「イサク。ここの警備をしているのが俺だからいいようなものの、ここいらをうろうろしていると不審人物として捕まえられかねないぞ」
その呟きに応じ、門の脇に立っていた男性が少し呆れ気味に口を開く。
まだ俺は学園の生徒と見紛う第二次性徴前の子供の姿なので、こうして周囲をうろついているだけなら、そこまで酷いことにはならないと思うが――。
「勿論、ガイオさんがいるのを見つけたから近くまで見物しに来たんですよ」
門番が顔見知りの彼でなかったら、俺もここまで近づいてはいない。
以前、ライムさんが引き起こした大事件の際に知り合ったガイオさん。
彼はウェアタイガーの少女化魔物であるタイルさんと真性少女契約を結んでおり、第六位階の身体強化、真・複合発露〈虎威発現・覚醒〉を使用することができる。
そこを見込まれて、この施設の警備を直接依頼されたそうだ。
他にも。今はシフト外のようだが、シニッドさんもこの仕事を受けているとか。
もしかすると、父さん達にも話が行っているかもしれない。
「ともかく、ここから先は男子禁制だ。許可なく入ったら重罪になるからな」
「分かってますって」
真顔で忠告するガイオさんに、苦笑しながら応じる。
しかし、それは脅しでも何でもなく、本当にそういった法律があるらしい。
聞くところによると数百年前に施行されており、聖女候補とユニコーンの少女化魔物を教育する時にのみ効果を発揮する特別法なのだそうだ。
それでも尚、中に侵入しようとする者がいた場合に備え、主に第六位階の身体強化を持つ少女征服者と少女化魔物を警備に当てている訳だ。
一応、攻撃系など他のの真・複合発露を持つ者も警備に参加しているが、認識阻害を用いた侵入を最も警戒しているため、身体強化を優先しているらしい。
勿論、トリリス様も自身の複合発露を利用して目を光らせているはずだが、警備というものは過剰なぐらいが丁度いい。
いずれにしても、いつもの授業参観の調子で中に入り込もうとすると、俺も普通に「ちょっとよろしいですか?」と肩を叩かれることになるだろう。
まあ、それは余談として。
これは一種の国家事業であるため、その警備員として選ばれるに至ったガイオさん達は国から一定以上の信用を得ていると考えていい。
「タイルさんは中ですか?」
「ああ」
聖女候補とユニコーンの少女化魔物の教育を行うこの施設。
それを取り囲む外壁は二重になっており、外側を男の真性少女征服者が、内側をその真性少女契約相手である少女化魔物が守る形になっていると聞いている。
女好きで男嫌いなユニコーンの少女化魔物に最大限配慮した形だ。
……しかし、本当に。面倒臭い少女化魔物もいるものだ。
まあ、根本的にはそう定義した観測者たる人間のせいだけれども。
「けど、ここで聖女が誕生するんだな……」
後ろを振り返り、専用教育施設を見上げながらガイオさんがしみじみと呟く。
若干誇らしげに見えるのは、たとえ警備という形であれ、正にその一大案件に関わることができたからと見て間違いない。
気持ちは分からなくもない。
実際、聖女候補の誰かがユニコーンの少女化魔物スールと真性少女契約を結ぶことができれば、現状治療不可能な状態異常なども癒やせるようになる訳で……。
その価値というものは計り知れない。
激化することが決定づけられている人形化魔物の脅威への一つの備えとして、それに関わる多くの人々の心理的な負担も若干ながら軽減されることだろう。
勿論、救世の転生者たる俺もまたその一人だ。
人間至上主義組織スプレマシーの長、テネシスの件を抜きにしても。
「そう言えば、お前の弟の友達もここに入ったんだって?」
「ええ、そう言ってましたけど、どこでそれを?」
ふと思い出したように尋ねてきたガイオさんに肯定しつつ、問いを返す。
弟の友達、即ちラクラちゃんは昨日、慌ただしく準備をして施設内にある特別寮に移ったそうだが、ガイオさんとは接点がないはずだ。首を傾げる。
「噂だよ。ヨスキ村からの新入生三人と一緒に飛び級した、特別優秀な女の子がいるって。もしかすると聖女になるのは彼女じゃないかって注目されている」
それは……まあ、セト達と一緒にいれば、よくも悪くも話題になるか。
加えて、いくら女生徒が珍しいと言っても全員が全員、聖女候補としてこの施設に入ることができた訳じゃないようだしな。
特に、今年入学した中ではラクラちゃん一人のようだし、セト達との相乗効果で名が知れ渡ってしまったらしい。
ほんの少し心配になる。
「とは言っても、あくまでも俺達みたいな警備員の間での噂だ。聖女候補の筆頭みたいな話は中にまで伝わっていないはずだから余り心配するな」
俺の表情を読んだように、ガイオさんがフォローを入れる。
しかし、噂というものはどこからともなく伝わっていくものだ。
他の聖女候補の反感を買いかねない。とは言え――。
「そもそも、他人を蹴落とそうなんて奴は聖女になんてなれやしないさ。聖女は能力もさることながら、その心も役職に相応しくないといけないんだからな」
ガイオさんの言う通りだし、余りに目に余る状況になればトリリス様が放ってはおかないだろう。複合発露で状況を把握できるはずだし。
それに、適度な嫉妬は努力の切っかけにもなり得る。
また、ラクラちゃんにとっても、多少の障害は成長の種となることだろう。
平坦な道を歩めればいいというものでもない。
セト達という仲間(と一応、俺という先達)を得て大きく成長したラクラちゃんは、そこから離れた場所で更なる成長を得ようとしているのだ。
それぞれの場所で自分の意思で道を歩み始めている弟達もそうだが、過度な干渉は成長の妨げにしかならない。花に水をやり過ぎると枯れてしまうのと同様に。
そうでなくとも、無理に聖女候補達に関わろうとすれば犯罪者だ。
いずれにしても、ここから先は俺が手を出していい話ではない。
「ともかく、こんなところで油を売っていないで、自分の仕事をした方がいいぞ」
「……ですね。じゃあ、ガイオさん。また今度、飯にでも行きましょう」
「ああ」
そうして一度だけ専用教育施設を見上げながら心の中で、精一杯頑張れ、とラクラちゃんにエールを送ってから、俺は補導員事務局へと歩き出したのだった。






