227 鳥系同士
「えええええええっ!?」
ホウゲツ学園の敷地内にある嘱託補導員の事務局に響き渡る驚愕の声。
その主はここの受付兼警備員であり、尚且つ俺と真性少女契約を結んでいるサンダーバードの少女化魔物ルトアさんだ。
その視線の先には、今回の依頼の中で仲間になった三大特異思念集積体が一体、ジズの少女化魔物たるアスカの姿がある。
真性少女契約を結んでいる大切な仲間であるルトアさんには、新しくできた仲間を紹介せねばと他に人がいないタイミングを見計らって訪れたのだが……。
「ジ、ジ、ジズの少女化魔物様!?」
「はい。アスカと申しまする」
「ひ、ひえっ……」
自身の問いに軽く肯定したアスカを前に、妙な悲鳴を上げるルトアさん。
彼女は何故か涙目で、俺に助けを求めるような目を向けてくる。
更にはカタカタと体を震わせている。
「面白い御仁でするな」
そんなルトアさんを前に、アスカはまるで珍妙な生き物を見るような興味深げな表情を浮かべながら彼女にスッと近づくと、その肩の辺りをツンツンと突いた。
「ふ、ふえええええええぇ……」
対してビクゥッと背筋を伸ばし、またも情けない声を上げるルトアさん。
割と臆病な部分がある彼女だが、さすがに反応が過剰な気がする。
一応、恐らくトリリス様経由で、俺がジズの少女化魔物と真性少女契約を結んだということは伝わっているはずなのだが……。
「あの、ルトアさん。一体どうしたんですか?」
「あうあう……ど、どうもこうも、ジズと言えば鳥系の魔物の王様、いえ、神様みたいなものなんです! 弱虫な私が前に立っていいような方ではないんですよ!」
首を傾げながら問うた俺に対し、半分怒ったように叫んだルトアさんは自分を観察するようにジッと見詰めるアスカに気づくと亀のように縮こまった。
そのまま蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。
「そ、そんなになるぐらいですか?」
確かに、このアスカは三大特異思念集積体の一体として遜色ない強さを誇り、暴走状態の姿もまた正に空を司るという肩書きに相応しい威容だった。
けれども、それを目の当たりにしていないルトアさんがここまで恐縮してしまうとは思わなかった。
いや、まあ、彼女の眼前にいるアスカの目力は大分強いけれども。
それはそれとして。
ルトアさんの言い分を聞く限り、これは少女化魔物となっても尚残る、魔物としての本能、生態のようなものなのだろうか。
それなら悪いことをしてしまった。
引き合わせるにしても、もっと風貌とか性格とか色々と情報を渡した上で事前に連絡するなど、段階を踏んで心の準備をさせてあげるべきだったのかもしれない。
「すみません、ルトアさん。驚かせてしまって」
「い、いえ、イサク君が悪い訳では」
そう言いながらも、及び腰のままチラチラとアスカを見るルトアさん。
折角仲間になったのだから、なるべく仲よくして欲しいところなのだが……。
さすがに本能レベルで怖がっている彼女に無理をさせたくはない。
「ルトア殿」
この場はアスカにも謝って今日は辞去した方がいいかと考えていると、横から彼女がそう呼びかけ、またルトアさんがビクッと姿勢を正した。
一瞬、やんわり窘めようかと思ってアスカの方へと視線を向ける。
しかし、彼女は先程悪戯をした時とは打って変わって極めて真剣な表情を浮かべていたので、俺は一先ず様子を見守ることにした。
「確かに私はジズの少女化魔物ではありますが、今現在、空の支配者たる存在は主様に他なりません。私はあくまでもルトア殿と同じく主様のものでありまする」
「も、もの。イサク君の……」
アスカの率直な物言いに、顔を赤くして身をよじるルトアさん。
二人をもの扱いするのは言葉の綾にしても余り好ましいとは思わないが、とりあえずルトアさんはその評に嫌がってはいないようだ。
見た感じ、羞恥心が先立って恐怖心が微妙に遠退いている雰囲気だ。
「いえ、同じく、は語弊がありまするな。私よりも遥か先に主様と真性少女契約を結んだ御方でありますれば、先輩として敬うのが筋というものでございましょう」
「ふえ?」
真っ直ぐに本心を告げるように言ったアスカに、ルトアさんは戸惑ったような顔をしながら、正面にある圧の強い薄緑色の瞳を思わずという感じに見詰め返す。
「主様が使われたルトア殿の真・複合発露〈裂雲雷鳥・不羈〉の速さに敵わなかったことと言い、同じ鳥系の魔物に由来した少女化魔物としても尊敬に値しまする」
「そ、そんな、私は……イサク君が凄いだけで……」
アスカの称賛を受け、別の意味で恐縮するルトアさん。
目線を逸らし、俯いてしまっている。
鳥系の魔物の頂点とも言うべき存在を目の前にして、またぞろ彼女の悪い癖が出てしまっているようだ。
「いやいや、ルトアさんがいなかったら俺はその力を使うことすらできないんですから、もっと自信を持って下さい。それに……前にも言った通り、ルトアさんが戦いの場にいないことで精神的な助けになっている部分もあるんですから」
「イサク君……ありがとうございます」
まだ本調子とはいかずとも嬉しそうに応じたルトアさんは、少々ぎこちない感じながらもアスカの方に向き直って再び正面から目と目を合わせた。
それから深々と頭を下げて口を開く。
「えっと、アスカさん。すみません。怖がったりしてしまって」
「いえ、構いませぬ。それが普通でありますれば」
対してアスカは、全く気にしていない風に軽く答えた。
生まれながらに三大特異思念集積体としてある彼女だけに、そういった態度を取られることは当たり前と捉えているのだろう。
「しかし、今は同じ御方を主と仰ぐ者同士でありますれば、気安く接して欲しいのでありまする。つきましては、アスカと呼び捨てて下さいませ」
「それは……」
恐れ多いという感覚が残っているようで、ルトアさんは戸惑い気味に俺を見る。
アスカのこれは素の発言に間違いないが、いい具合に歩み寄ってくれたような形になっている。なので、丁度いいチャンスだろうと俺はルトアさんに頷いた。
それを受け、彼女は勇気を出そうとするように一つ頷き返してから口を開く。
「え、ええと、アスカ」
「はい。よろしくお願い致しまする、ルトア殿!」
「は、はい。よろしくお願いします」
やはりアスカの笑顔は威圧感が強いが、それでも口調の真摯さを感じ取ることができるぐらいにはルトアさんも落ち着くことができたようだ。
一つ頭を下げてから顔を上げた彼女の苦笑気味の表情が微妙に引きつっているところを見るに、完全に慣れるにはまだまだ時間がかかりそうではあるが……。
さすがに本能的な畏怖というものは、会って早々に全て抑え込めるものではないだろう。そう考えると、これでも十分以上にうまくまとまったと言える。
後は時間もたくさんあるし、少しずつ仲を深めていければいい。
とりあえず最低限の目的は果たせたと言ってよさそうだ。
「じゃあ、ルトアさん。今日のところはこれで帰ります。急に来て、仕事の邪魔をしてしまってすみませんでした」
「いえ、今は暇でしたから。また来て下さい、イサク君」
割と普段の調子に戻ったように言うルトアさんの姿にホッとしつつ、補導員事務局の出入り口へと体を向ける。
「あ、すみません、イサク君。忘れてました」
と、その背中に声をかけられ、足をとめて振り返る。
「イサク君にトリリス様から連絡があってですね」
そう切り出したルトアさんについ一瞬警戒してしまうが、声の感じに緊急事態とか大事な仕事とかの重い雰囲気はないので緊張を解く。
と言うか、重要な案件なら、そもそも忘れるようなことはないだろう。
俺はそう判断し、肩の力を抜いて彼女の言葉に耳を傾けた。
「ええとですね。七月に入ったら――」
幕間 4→5了






