207 同行者とマナプレーン搭乗、出発
「けど、マナプレーン、か。少し楽しみね」
「いや、別に遊びに行く訳じゃないぞ。あくまで仕事なんだから、気を引き締めないと」
「…………学園長達じゃないけど、イサクはもっと心に遊びがあってもいい気がするわ」
翌朝。俺は約束の時間に合わせて学園長室へと向かう途中。
フェリトの気楽な言葉に軽く注意すると、そう呆れたように言った彼女に嘆息される。
その反応はちょっと心外だ。
「いや、俺はそんな堅物のつもりないんだけど……」
そもそも人外ロリコンな時点で、どう考えても硬派を気取るのは無理というものだ。
なら軟派な人間なのか、と問われたら否定したいところではあるけども。
「そうは言うけど、時間が空けば基本的に訓練だし、遊びに行くってなっても大体セト達とか他の誰かのためだし。もう少し自分のために時間を使ってもいいんじゃない?」
「うーん……」
少なくとも弟達に関してはそれこそが自分の喜びでもあるし、ルトアさんやレンリとのデートにしても、別の目的はあれ、俺自身も十二分に楽しませて貰っていたのだが……。
とは言え、フェリトも俺のためを想って言ってくれている訳だし、こんなことで頑なになって否定するのは思慮が足りないというものだろう。
俺が自発的に気分転換することで彼女(とトリリス様達)が納得するとのなら、たまにはそうするのもいいかもしれない。
…………ただ、まだ時代的に娯楽にそこまで多様性がないんだよな。
俺としては、未だに魔法的な力を使って色々試行錯誤する方が楽しいぐらいだし。
こういう部分は、文明の段階が異なる前世を持つ弊害なのかもしれない。
「まあ、何にせよ、その辺は帰ってきてからだな」
事前情報を聞いた限り、物見遊山気分のまま終われるような仕事という印象はない。
やはり、まずは依頼を完遂することを優先すべきだ。
そう思いながらフェリトに言葉を返した頃には学園長室の前。
一つ息を吐いて気持ちを切り替えてからノックし、それから返事を待って中に入る。
ウインテートで俺をサポートしてくれる同行者を連れてくる、という話だったが……。
「あれ? ライムさんに……ルシネさん?」
扉を開けてすぐに彼らの姿が目に入り、俺はトリリス様達への挨拶も忘れて思わず問い気味に二人の名前を口にしてしまった。
ライム・クラフィス・ヨスキ。
同じヨスキ村出身でアロン兄さんの同い年の親友。
行方不明になった兄さんこそ救世の転生者だと思い込んでいた彼は以前、真性少女契約したルシネさん達と共に狂化隷属の矢を利用し、決して小さくない事件を引き起こした。
動機は、無理矢理にでも戦力を増強して最凶の人形化魔物【ガラテア】に対抗するため。
最終的には本物の救世の転生者である俺の手によって捕らえられ、勘違いを正されて深く反省した上で、それぞれ刑務所と特別収容施設にて罪を償っていたはずだが――。
「同行者って、お二人なんですか?」
トリリス様達に軽く挨拶をした後、改めて彼らに視線を向けながら問う。
収監されているはずの二人が外に出てきているのは、有用な複合発露を持つ犯罪者に刑期を減らす引き換えに問題解決を依頼する特別労役の一貫と見て間違いない。
ならば、彼らが同行者と見るのが自然だ。
「その通りだゾ」
果たしてトリリス様は肯定の意を示し、それから続けてディームさんと共にこの件に彼らが同行する理由を説明し始める。
「今回、関係者には救世の転生者が同行することを伝えてあるのです……」
「ジズが出現する空域を突っ切る強行軍だからナ。人員の不安を和らげるためなのだゾ」
ここまでは前置きか。
当然ながらジズ云々の情報を隠したまま人員を運搬する訳にはいかないし、それは仕方がないことだろう。と言うより、その辺りは依頼者が当然見せるべき誠意だ。
そうでなくとも、何も知らないところに突然マナプレーンが襲われたりしたら、パニックが起こって一層悪い事態に陥りかねないからな。
報連相は大事だ。
「とは言え、救世の転生者の正体を大っぴらに明かす訳にはいかないからナ。ライム達には、救世の転生者の姿形が人員の記憶に残らないように精神操作して貰うのだゾ」
成程。二人の真・複合発露〈千年五色錯誤〉を利用する訳だ。
ならば、後々のことを特に気にすることなく、救世の転生者として力を振るうことができるだろう。実にありがたい。ありがたいのだが……。
ただ、同行者と聞いて俺が思っていたのとちょっと違う。
「ライムさんってウインテートに行ったことがあるんですか?」
「いや、ない。ルシネもな」
「それがどうしたのだ?」
「いえ、その、昨日トリリス様達から同行者は俺の補助をしてくれると聞いて、アチラに滞在中のサポートかなと思ったもので。海外に泊まりがけは今生では初めてですから」
ルシネさんの問いに答えると、二人は納得したような表情を浮かべた。
そして、ライムさんが口を開く。
「一応、それも今回の俺達の役割に入っているぞ」
「え、でも、ウインテートに行ったことはないんですよね?」
「特別収容施設の施設長から、ルシネがウインテートに滞在しているとある人物の視界とやらを見せて貰ったからな。ある意味、下見をしたような状態にある」
アコさんの複合発露〈命歌残響〉の力か。
それによってスパイ的な存在の記憶を読み取り、ルシネさんに見せたのだろう。
名前と顔さえ知っていれば、たとえ離れていたとしても情報を読み取ることができる訳だから、やはり破格の複合発露と言うしかない。
これを利用すれば、あるいは転移可能な地点も易々と増やせそうだ。
当然、その辺は他国も想定しているだろうし、それだけにしっかりと国際的なルールを順守しているポーズを取ることは必要不可欠に違いない。
……転移と言えば、ライムさんはルシネさんの他にもう一人、転移の複合発露を持った少女化魔物と真性少女契約を結んでいたはずだが――。
「そう言えば、パレットさんはどうしてます?」
「転移の複合発露持ちは海外には行けないからな。特別収容施設で留守番だ」
「名目上は私達に対する人質、というところだな」
ルシネさんはそうつけ加えるが、ウラバ大事変の時には三人揃っていたはずだし、彼女達は己を省みて模範的に罪を償っている訳だから人質などなくても実質的には問題ない。
どちらかと言うと、ライムさんがウインテートに行くためだろう。
パレットさんが封印の注連縄の中にいないと、彼女と真性少女契約中のライムさんも転移の複合発露を使える状態になって海外への渡航ができなくなるはずだから。
まあ、何はともあれ、知り合いが同行してくれるのは心強い限りだ。
精神干渉の力も、一度食らったことがあるだけに信頼できるし。
「全体的な流れについてもライム達に伝えてあるからナ。ウインテートへの道すがらにでも聞いておいて欲しいのだゾ」
と、ライムさん達との話が一段落ついたと見てか、トリリス様が纏めにかかる。
続いてディームさんもまた口を開き――。
「暴走するジズの補導も勿論重要ですが、癒しの力を持つ祈望之器アスクレピオスが盗まれるのは、社会にとって非常に大きな損失なのです。イサク、よろしく頼むのです……」
「分かりました。任せて下さい」
そう言って頭を下げた彼女に俺は、胸を叩きながら応じた。
そして、ライムさん達と共に学園長室を離れ、この世界に転生して初めての長旅の出発地点たる湾岸地区のマナプレーンの発着場を祈念魔法を用いて空から目指す。
「ライムさん。荷物、俺の影の中に入れておきましょうか?」
「申し出はありがたいが、やめておく。と言うか、イサクもなるべく荷物は外に出しておいた方がいいぞ。余りに影の世界が広いと救世の転生者と疑われ易くなる」
「精神干渉で記憶を改竄できるとは言っても、常識外れの行動は慎んだ方がいい」
確かに。二人の言葉に納得と共に頷く。
下手をすると、小さな親切大きなお世話にしかならないな。
ライムさんの忠告に従ってイリュファに着替えなどを適当に鞄に詰めて貰い、二人と同じように割と大きく膨らんだそれを背負うことにする。
同じく常識外れのヨスキ村出身のライムさんだが、やはり都会暮らしの経験が段違いに多いおかげだろう。ちゃんと世間一般の普通を把握しているようで頼りになる。
なるべく二人に相談し、自重して行動しよう。
そう己に言い聞かせながら空を翔けていき、やがて目的の発着場に至った俺達は件のマナプレーンの前に降り立った。
「結構大きいんだな……」
その場で一旦、それを見上げながら呟く。
大きさとしてはジャンボジェット並だが、また何とも不思議な形だ。
鳥を模していることだけは分かるが、どうやら羽らしき部分にも座席があるようだ。
まあ、思念の蓄積という航空力学の範疇にない力で飛ぶ訳だから、極論座席だけだったとしても恐らく飛びはするのだろうし、前世の飛行機の形状は必要ないのかもしれない。
さすがに座席型は余りに疑わしい形なので、速度や安定性は全くなさそうだけれども。
「行くぞ、イサク」
「あ、はい」
ライムさんに促されるままタラップの下で身分証を提示し、席に案内される。
どうやら基本的に個室らしく、他の人員の姿はない。
全体での顔合わせやブリーフィングはウインテートで行うらしい。
「席に着いて、シートベルトを締めてお待ち下さい」
そうして客室乗務員の指示に従い、シートベルトつき高級そうなソファに座って少し待っていると、しばらくして窓の外の景色が動き始める。
前世の飛行機とは異なり、この巨体がまずその場で緩やかに浮かび上がっていく。
「おおっ」
それを前にして俺が感嘆の声を上げる間にグンと加速がかかり……。
こうして、ウインテートへと向かう空の旅が始まったのだった。






