115 依頼の理由とランブリク共和国の実態
ランブリク共和国。元の世界における中国から南アジア一帯に広がる国家。
少女祭祀国家ホウゲツの隣国であり、しかも同じくショウジ・ヨスキが建国に関わった国でありながら、その実態はホウゲツ国民には余り知られていない。
海外との交流がほぼない、近くて遠い謎の国というのが一般的な扱いだ。
さて、そんなランブリク共和国。実際にはどのような国なのか。
依頼書の備考に書いてあった俄か知識を披露したいと思う。
特に、この世界とは切っても切れない存在である少女化魔物の扱いについて。
その観点から言わせて貰うと、これがまた非常に特異的だ。
この国では基本的に、人間と少女化魔物は別々に街を作って暮らしている。
住み分けをすることで軋轢のない共存を目指す、というのが基本方針らしい。
正直なところ、机上の空論でしかないような気がするが……。
それでも数百年もの間、この体制を維持できている事実が確かにある。
この国を外敵から守っているとある方法と併せて考えると、何者かの意思を感じざるを得ない。ホウゲツ国民がランブリクに無関心であるかのような状態も含めて。
「すみません、イサク様。取り乱してしまって」
そんな国に降り立ち、最初に出会った少女化魔物。
俺が今回受けた緊急依頼をサポートしてくれる案内人であるアグリカさん。
まずは彼女から詳しい事情を聞かなければならないが、さすがに国の出入口で延々と立ち話をするのは具合が悪い。
と言う訳で現在、俺達は一先ず入国管理局で手早く手続きを済ませると、ランブリク共和国最大の港街ポーランスのカフェ的な店に入っていた。
そこで木製の丸テーブルを挟んで向かい合った彼女の第一声が、前述の謝罪だった。
「いえ、大丈夫ですよ」
酷く恐縮したように頭を下げる女の子の姿を前に、逆に申し訳なくなりながら言う。
件の少女化魔物ロジュエさんと親しい関係にあると思われる彼女。
そんな間柄にある相手が暴走してしまったということであれば、早期の解決を望んで前のめりになってしまうのは無理もない。
俺としても、なるべく早く彼女の望みを叶えてあげたいところだ。
しかし、暴走した少女化魔物を暴力に依らず鎮めるには、そんな状態に陥ってしまった原因を知らなければ始まらない。
「では、改めて……アグリカさん。ロジュエさんが現在どういう状況にあって、そもそも何が原因なのか、お教え願えますか? 確実に依頼を完遂するために」
「……はい。最初から全てお話し致します」
逸る気持ちをグッと堪えるように頷くアグリカさん。
彼女としても、焦って仕損じたくはないはずだ。
「ロジュエは一年程前に私達の街、ストレム自治区のサウセンドの近くで倒れているところを発見された少女化魔物です」
前世の感覚で聞くと大事件だが、これは少女化魔物に関して言えばよくあること。
さすがに十七年以上この世界で過ごしていれば、驚きはない。
サウセンドがどの辺りにあるのかは分からないが、ロジュエさんはその近郊で魔物から進化したか、最初からその形で誕生した少女化魔物と考えて間違いなさそうだ。
ストレム自治区というのは、少女化魔物が暮らす領域のことだろう。
「私達の街では新しく住人となった少女化魔物には世話役をつけて自立まで導くのですが……丁度世話をしている子がいなかった私があの子の担当になったんです」
そうなると友人関係と言うより、母娘とか姉妹に近い関係か。
成程。あれだけ必死になるのも理解できる。
「私は複合発露が果樹の発育に適したものなので果樹園を営んでいるのですが、ロジュエにはその手伝いをして貰いながら過ごしていました」
トレントの少女化魔物であるアグリカさん。確かに果樹園は天職だろう。
そして、そこにロジュエさんが加わった日々はきっと幸せだったに違いないと、話を続ける中でふと過ぎった彼女の優しい表情から見て取れた。
同時に、どれだけロジュエさんを大事に思っているのかも。
「そんなある日、ロジュエは人間側の都市で宝石が高額で取引されることを知り、複合発露を用いて作った宝石を交易商人に売るようになりました」
カトブレパスの少女化魔物にして、宝石化の複合発露を持つと言うロジュエさん。
自立を目指すというのであれば、自分の能力を活かすのが手っ取り早い。
当然の流れとも言える。
……正直、よくない流れにも感じるし、事実そうなってしまったのだろうが。
「私に恩返ししたい。そう言ってロジュエは笑っていました。本当に優しい子でした」
徐々に徐々に、アグリカさんは悲痛な面持ちになっていく。
目にも涙が溜まり始めている。
幼い少女の形をした存在のそんな姿を目にしていると、俺も胸が締めつけられる。
「……恐らく、目立ち過ぎたのでしょう。そんなあの子の複合発露を得て金儲けをしようとした人間がいたようです」
大体話が読めてきた。
どの世界、どの社会にも異分子は存在するもの。
国の方針として住み分けをしているにもかかわらず、欲に駆られて愚かな真似を実行に移してしまった馬鹿がいたという訳だ。
「ある日、果樹園で作業していた私は金で雇われた少女化魔物に拉致され…………気づくと捨て置かれていたので逃げ出したのですが、その時にはあの子は暴走していました」
大方、犯人達はアグリカさんを人質にして言うことを聞かせようとしたのだろう。
だが、それを知って逆上したロジュエさんの暴走・複合発露によって宝石化させられてしまった、と。アグリカさんが逃げ出せたのは、そのおかげという訳だ。
わざわざアグリカさんを人質にしなければならないような奴らが、第六位階の攻撃に対処する術なんて持っているはずがないしな。
「伝え聞いたところによると、サウセンドは今ほぼ全域が宝石化しているそうです」
「……と言うことは、アグリカさんは別の場所に監禁されていたということですか?」
「はい。このポーランスの近くの小屋に」
アグリカさんが無事だったのは不幸中の幸いと言うべきだろう。だが――。
「私が拉致なんてされなければ、ロジュエもこんなことには……」
彼女は自分を責めるように俯く。
私のせいでと口にしていたのは、その辺りが理由か。
だが、複合発露が果樹の育成に適したものだとするとアグリカさんは戦闘力がないに等しいだろうし、そもそも悪いのは犯罪をしてまで金儲けをしようとした犯人達だ。
アグリカさんが悔いなければならない道理はない。
「すぐに警察に助けを求めたのですが、ランブリク共和国としては対処のしようがないと言われました。それでもガルファンド島の二の舞にはしたくないという考えがあり、すぐにロジュエの命を奪うという選択肢は取られずに済んだようですが」
「成程。それでホウゲツに依頼が」
「はい。本来、海外との交流はほとんどないランブリク共和国ですが、ショウジ・ヨスキに建国された国同士ということでホウゲツとの繋がりは少しあるそうなので」
依頼書の備考から得た俄か知識を参照すると、その繋がりは少しどころか本当にか細い糸みたいなもののようだが。
実際、ランブリク共和国は半ば鎖国状態にあり、唯一入国管理局が設置されていて昔の日本で言う出島に近い役割を持つポーランス以外では人的な交流も皆無。
そんな細い糸をわざわざ手繰る羽目になったのだから、ロジュエさんの事件は余程の緊急事態だったと言うことができるだろう。
ちなみにポーランスは、別々に暮らすランブリク共和国の人間と少女化魔物が例外的に交易を行う場所でもあり、少ないながらも少女征服者もいるとのことだ。
まあ、その彼らが対処できなかったから、お鉢が回ってきた訳だが。
いずれにしても、ここまでの話で大まかな状況は理解できた。
後は、これからどうするかだ。
「それで、ロジュエさんのところへ連れていって欲しいとのことでしたが……」
「はい。私が声をかけるのが、あの子を元に戻す最も可能性がある方法でしょうから」
それは確かに。アグリカさんの話を聞いた限りでは、俺もその通りだと思う。
少なくとも他人が説得するよりは、余程成功の確率は高い。
「警察に不可能と断じられた、危険な依頼ですが……」
続けて、酷く申し訳なさそうに言って視線を下げるアグリカさん。
自分を守りながら第六位階の攻撃を掻い潜って相手に近づけ、という難題を押しつけていると考えているのだろう。
実際、EX級の依頼なのだから、並の少女征服者には酷な仕事だ。しかし――。
「……成程。つまり今回の緊急依頼は、ロジュエさんに声が届く距離までアグリカさんを連れていくだけの簡単なお仕事、ということですね」
萎縮する彼女を前に、俺はわざと冗談めかした軽い口調でそう告げた。
こんな時でさえ相手を慮る心を持った女の子。
そんな彼女が救いたい相手。
人外ロリコンにして救世の転生者たる俺が、二人に助けの手を差し伸べるのは至極当然のこと。むしろ進んでそうさせて欲しいぐらいだ。
だから、アグリカさんはこれ以上、苦しまなくていい。
そんな風に申し訳なさそうにする必要はない。
「か、簡単って。今のロジュエは見たものを宝石化する第六位階の攻撃系複合発露を持つんですよ!? この国の少女征服者は早々に諦めた無理難題なんですよ!?」
対して、驚きで目を見開いて声を大きくするアグリカさん。
ちょっと素っぽいところが出ていて、無意識に表情が僅かに緩む。
ロジュエさんを助け出せば、もっと元気な様子を見せてくれるに違いない。
心からの笑顔を見せてくれれば、何よりの報酬だ。
しかし今は一先ず。その心から少しでも不安が払拭されるように。
「まあ、任せて下さい」
信じられないという顔をするアグリカさんを前に、俺は不敵な表情を作って言いながら胸を叩いたのだった。






