23回目 下手に探りをいれるような事をしないのも、大人の智慧なのでしょう 7
「ここです」
翌日、トモルが向かった先は、村からそこそこ離れた所にある森の中だった。
適度に開け、木の根っこによる凸凹もない。
一人で素振りをしたり型を行うなら、それほど問題もない空間になっている。
「なるほどな」
やってきたトモルの父と何人かの村人は頷いていく。
確かにそこはトモルの稽古場に思えた。
地面は踏み固められたのか、固くなり草も生えてない。
木刀や固い枯れ枝などで打ち込んだとおぼしき木もある。
その木の表面は樹皮が剥がれており、幾分窪んでもいる。
そのせいで立ち枯れしたのか、木の枝も幾分枯れている。
トモルに大分やられたのだろうと思わせた。
少なくともそれが昨日今日で出来る事でないのは明白である。
どのくらいの期間やっていたのか分からない。
しかし、稽古を禁止してからも頑張っていたのが伝わってくる。
「これは……」
現場検証でついてきた兵士も感心している。
「なかなか頑張ってますな」
「そうか」
「はい。
ここまでやるとなると、かなりの努力が必要ですよ。
お坊ちゃん、大したものです」
かつてトモルに稽古をつけていた男が裏付けをする。
「これが毎日外に出ていた理由か」
領主である父も、ついてきた他の者達も納得していく。
同時に、昨日も同じようにここに来ていたのだろうと誤解していく。
毎日のようにトモルが稽古に励んでいたにしても、昨日の行動と結び付ける理由は何一つないのに。
しかし、モンスターと戦っていたというよりも信じやすい事実が目の前にある。
ならば、荒唐無稽な事実よりも、ありえそうな絵空事を優先するのが人情だ。
ここに行商人の娘の言葉はかきけされる事となった。
話に決着をつけた事で、大人達は今後の事について話し合っていく。
理由は不明ながら、モンスターが増えてきたのは確かである。
その対策をしなくてはならない。
とりあえず村人に警戒をするよう伝え、少数の兵士達による探索も検討されていく。
必要ならば冒険者を雇って広範囲にわたるモンスター退治も視野に入れていった。
国の支援もあって、辺境にいる貴族の所領には兵士が割合多く配置はされている。
いるのだが、それだけでは人手が足りない。
なので、一時的な戦力増強として冒険者が雇われる。
特別珍しい事ではなく、こうした依頼を渡り歩いて食いつなぐ者もいる。
だが、そこはどうしても慎重になっていく。
依頼となるとどうしても金がかかる。
モンスター退治という危険な仕事を頼むので、報酬も高くなりがちだ。
それでも一般的な力仕事とさして差はないのだが、依頼する側からすると結構な痛手になる。
なので、貴族ならば極力兵士を用いて、現状を凌ごうとするものでもある。
モンスター退治の依頼は基本的に領主が依頼するものだ。
当然、領主の持ち出しになる。
モンスターの規模が大きく、放置すると国家としての損失もあり得るなら、国の出動もあるのだが。
滅多にそんな事は無い。
そういった事を踏まえて。
領主を始めとした村の主な者は、とりあえず兵士達に巡回してもらう事にした。
これが一番負担の少ない方法なのでやむを得ない。
(助かるわあ……)
トモルとしてはありがたい話だった。
(冒険者が常駐するなんて事になったら面倒だったからなあ)
一番恐れていたのはそれである。
もし機転を利かせる者がいて、そんな事を言い出したらどうしようかと思った。
そうなってしまったら、今まで通りにモンスターを倒しにいけなくなる。
一番避けたいところだった。
経験値稼ぎはモンスターを倒すに限るのだから。
ただ、あくまで目先の問題としてである。
(将来はなあ……)
今は自分の経験値稼ぎがある。
だから冒険者は邪魔だ。
だが、先々の場合は話が変わってくる。
もしこの領地の実権を得られたら、冒険者を呼び込みたいとは思っていた。
何せ辺境も辺境の僻地である。
モンスターを撃退するための人手は常に必要だった。
でなければ田畑の拡大も出来ない。
それどころか、現状維持も難しい。
特にトモルの生まれた柊領は、目立った産業が無い。
これといった埋蔵資源・鉱山もなく、何か優れた技術があるわけでもない。
特産品などありもしない。
そんなド田舎にあって、多少なりとも発展を見越すならば、田畑の拡大以外に無い。
田畑を増やし、養える人を増やし、増えた人間がもたらす労働力で更に拡大を続けていく。
単純な話ではあるが、これが何も無い辺境が裕福になる手段だ。
そしてそれが出来るだけの土地が目の前にある。
これが大きな、そして唯一の利点と言える。
開発・開拓が終わった国の内部地域では出来ない事だ。
その為にはモンスターを撃退し、安全な場所を拡大せねばならない。
兵士の人数が足りない現状では、冒険者で穴を埋めるしかない。
とりあえず十数人くらいで良い。
それだけの人数がモンスター退治に出回ってくれれば、この近隣の被害はかなり減少する。
それらを賄う費用についても、ある程度は考えていた。
冒険者を養うのではなく、彼等に稼がせる方向で考えていた。
何せモンスターはそこらにいる。
食い扶持に困ることはないだろう。
十分な稼ぎにはなるだけの数がいるかどうかは分からないが。
だが、思ったほど稼げないというなら、最低限の生活基盤を用意すればよい。
簡素であっても良いから、宿舎と食事くらいはこちらで用意する。
衣服や装備品などは冒険者達に賄ってもらうが、寝床と食い物だけはこちらで用意していく。
それだけでも冒険者としては十分なはずだ。
聞けば彼等の生活水準はそれほど良いものではない。
行商人などから聞いた話であるが、生活環境はトモルの所の兵士達より劣る場合が多いという。
また、収入もそれほどではなく、大半が低収入にあえいでいるという。
具体的な数値は不明であるが、行商人の見立てでは手取り5万円を超えるかどうか(日本円換算)というあたりらしい。
これらは衣食住という最低限の経費を差し引いて残る分だ。
ここから更に武器や装備品の修理に、薬などの消耗品も捻出しなくてはならないという。
全部が全部というわけではないが、だいたいの冒険者はそんなものであるという。
(だったら……)
とトモルは考えた。
宿舎と食事を用意するだけでも、彼等の負担は大幅に減る。
かなり低額の安宿を使ってしのいでるが、冒険者はこれらにもそこそこの金額を支払っているという。
ここの負担が無くなるだけでもかなり大きな意味があるはずだった。
念のために聞いたところ、宿泊費が一泊1000円(日本円換算)ほど。
食事が一食で1000円(日本円換算)であるという。
一日の生活費は、一泊三食として4000円相当(日本円換算)になる。
一ヶ月30日として、12万円が生活にとられている。
この部分がなくなるだけでも、彼らの負担は大きく削る事が出来る。
(まあ、食事は全部出すのは無理にしても)
朝食と夕食分くらいは出すとして。
あるいは基本的な食事(ご飯と味噌汁と漬け物)は無料で、おかずや総菜を有料にするとしても。
ここの値段をおさえる事が出来れば、冒険者への訴求力になるのではないかと思っていた。
これなら売り上げそのものは減っても手取りはそれほど変化がない。
もしかしたら今までより楽になる可能性があった。
(計算通りにはいかないだろうけど)
それでも大きな利点になるはずだった。
冒険者からすれば、稼ぎのほとんどが自分の手に残る事になるのだから。
生活の余裕は違ってくる。
もちろん、稼いだ分から税金は払ってもらうが、それは今までも同じだ。
この世界というかこの国の税率は30パーセント。
この税金を差し引いても、手元に残る金は今まで以上になる。
たぶん、それほど悪い話にはならないはずであった。
(うちの手取りも増えるし)
領主の息子として、実家の財政事情の好転は求めてやまないものだった。
それに、冒険者が常駐する事で需要が生まれていく。
装備品や消耗品だけでなく、食事の提供も商売になり得るようになる。
行商人も売り上げを上げる事が出来るので、持ってくる商品が増える可能性が出てくる。
もし規模が拡大するようになれば、それこそ冒険者が産業となる可能性があった。
そうなるためには何十人という冒険者が常駐しないといけないが、それだけの必要性は十分になる。
少し遠出しなくてはならないだろうが、この近隣にモンスターは広く分布している。
それらを倒し、村の周辺を安全するためには結構な人数が必要になる。
消費者がそれだけ増えれば、金や物もそれなりに動くようになる。
この辺境が大きく躍進するきっかけになるかもしれなかった。
十年二十年という時間は必要になるだろうが。
ただ、あくまでも先の話である。
今すぐというわけではない。
悠長に構えてる間にモンスターが押し寄せてきたら大変だが、この先どうなるかは分からない。
それよりも今は、冒険者がいる事で自分の行動が阻害される方が問題だった。
(あと少しくらいはレベルを上げておきたいし)
この年齢でここまでレベルを上げてるだけでもかなりのものである。
だが、優位性は出来るだけ大きくとっておきたい。
この先、こんな風にレベルを上げる機会がなくなるかもしれないのだから。
やれる事はやれるうちにやりきっておきたかった。
(あと2年か3年は今のままでいきたい)
それだけあれば、あと2つ3つはレベルを上げられるはずだった。
上手くいけば4つくらいはいけるかもしれない。
その機会を失いたくはなかった。
だから大人達の今回の決定は、トモルにとってはまずまずのものだったといえる。
そんな風に考えてるトモルの頭には、行商人の娘の事は消えていた。




