21回目 下手に探りをいれるような事をしないのも、大人の智慧なのでしょう 5
思いついたのは単純な事ではあった。
やれる事を組み合わせて、出来るだけ一番効果的な状態を作り出す。
その為の作業といえるものだった。
もっとも、これも魔術が使えるから出てくる手段である。
それが出来るという一点で、トモルは運が良かったと言えるだろう。
魔術を用いていくトモルは、まず周囲の土を次々と盛り上げ、崩していった。
足下からバッタを吹き飛ばしたりしていく事も狙っていた。
しかし、あくまでそれは副次的な効果。
言ってしまえば「ついで」である。
狙いは土を崩す事、ぼろぼろの状態にするのが目的であった。
それに、大半のバッタは飛び跳ねている。
自然とそれが回避行動になっている。
地面に接してる瞬間を狙うのは難しい。
運よく吹き飛ばせることもあるが、狙ってやれる事ではない。
それでも、連続して地面を吹き飛ばしてるから、それなりの数を巻き込めた。
吹き飛ばされて地面に叩きつけられるものが結構いた。
それがそれなりに衝撃だったのか、起き上がれずにいるものもいた。
目が回ったのか、衝撃で平衡感覚を失ったのか。
この時点で、土は柔らかくほぐれていた。
その中に埋まるバッタも出てきていた。
ジタバタと足を動かして脱出しようとする。
完全に土中に封じ込まれたわけではないが、ほぐれた土から逃げ出せないようだった。
もっと能力が高くて、魔術のレベルが高ければ結果は違っただろう。
ほぐれた地面の中にバッタは沈んでいったかもしれない。
だが、下準備としては十分だった。
地面から20センチから30センチほど下まで土は柔らかくなった。
そんな土の上に、魔術で作った水を大量にまぶしていく。
そうして出てきた水はほぐれた土と混ざっていく。
当然それは、泥になっていく。
この時、暴れまわるバッタの動きが幸いした。
水と土を攪拌して混ぜ合わせる形になったからだ。
更にトモルも土をもう一度掘り起こすように動かしていく。
そうして水になじませようとした。
そうして出来上がった泥の中に、巨大バッタは埋まっていく。
そんな泥を避けて、空中に飛び上がるバッタもいた。
それらは魔術の風で吹き飛ばし、泥の中に落としていく。
大量に出てきたバッタは、そんな泥の中でもがくことになった。
難を逃れたものもいたが、それほど多くはない。
トモルでも十分対処可能な数にまで減っている。
それならば、手にした武器で攻撃しても十分に間に合う。
無事なバッタにトモルは、鉈や手斧を打ち込んでいく。
少しずつであるが、バッタの数を減らしていく。
しかし、それはあくまで余録。
本番はここからだった。
土吹き上げて作った泥沼。
その周囲には生い茂っていた雑草もほとんど残ってない。
広範囲に土を吹き飛ばした時に、ついでに雑草も吹き飛んだのだ。
それを確認してトモルは、魔術の炎を作り出す。
そしてそれを、泥に絡まれてもがくバッタに飛ばしていった。
普段なら燃え広がることを恐れて、炎など使わない。
だが、今は回りに燃え移るものがない。
なので、遠慮なく使うことが出来る。
しかも泥という、水浸しともいえる状況。
引火や延焼の危険性は更に低くなっている。
だから遠慮なく炎をぶつけていった。
泥に絡み取られたバッタたちに。
それがバッタの止めになっていく。
逃げる事も出来ず直撃をうけたバッタ達は、体を炎に炙られていく。
体が熱によって膨張していく。
体液が体内で気化しているのだ。
炎に直接当たったバッタは、それでほぼ死滅していく。
泥の中に埋もれてしまったものも無事では済まない。
確かに即死は免れた。
だが、泥の中の熱によって水分が蒸発していく。
それにより、土が固さを取り戻す。
自然と生き埋め状態になっていく。
何とかそこから逃げようとするものもいる。
運よく地面の上に出て、そこから空中に逃げようとするものもいた。
だが、それらはすぐに叩き落される。
吹き付ける魔術の風によって。
その瞬間を見計らうかのように吹き飛ぶ地面によって。
そんなバッタも、トモルが手にした鉈や手斧で粉砕される。
大量にいたバッタは、こうしてほとんどが殲滅されていった。
その様子を行商人の娘は呆然と見つめていた。
数え切れないほど大量にいたバッタが、気づけば全くいなくなっている。
何が起こったのかと思った。
子供の知識や知恵では、目の前の光景を解明する事は出来ない。
ただ、分かってるのは、自分が助かったという事だけ。
命が救われたのだという事を、これもまた理性ではなく直観や本能で察知する。
(助かった?)
なぜ、どうして、という疑問が起こる。
首をまわしてその理由を見つけようとする。
すぐに近くにいる人物を見つけた。
その当事者は、倒れてるバッタにナイフを突き刺して何かを切り取っていた。
モンスターから核を回収してるという事を彼女はまだ知らない。
しかし、彼女もなんとなく理解した。
おそらく目の前の少年がこの奇跡を起こしたのだろうという事を。
(…………)
呆然としながらも少年の事を見つめていく。
まだ意識ははっきりとしてないが、そこには様々な感情が浮かんでるようであった。
恐れであり畏れであり、崇拝のような何かだった。
そういってよければ、憧れに近い何かのようなものだった。
そんな娘を無視して、トモルは核を回収していく。
探知魔術を使って、どこに埋まってるのかも見つけていく。
さすがに少しでも元手を回収したかった。
金もそうだが、魔術にかなりの核を使ってしまった。
少しでも消費した分を取り戻したかった。
核がついたままだと、モンスターが復活する可能性もある。
そういう俗説もある。
本当かどうかは分からないが、用心するにこした事は無い。
急がねばならない。
村のものがやって来るかもしれないのだから。
今回は、かなり派手に魔術を使った。
火も大量に使ったから、それを見てる者がいるかもしれなかった。
多少は閃光も放ったので、それを誰かが見てるかもしれない。
そうした異変を察知したその誰かが、探索にくるかもしれない。
それが来る前に、出来るだけ早く回収しなければならなかった。
だから核の在り処を察知せねばならない。
時間がとにかく惜しい。
また、人間が接近してくるのかも探知していかねばならない。
相手より先に発見し、可能な限り急いで退散するために。
塩梅が難しい。
出来るだけ核を回収して。
なおかつ、誰かが来る前に退散する。
その頃合を見計らうのが大変だった。
だが、下手に手を抜けない。
もしも怪物が復活してしまったら、村が甚大な被害を受けてしまう。
だからといってギリギリまで粘ったら、逃げ出す時間がなくなる。
(くそっ)
無言で舌打ちをする。
別に村が大事だとか、そういうわけではない。
なじみはあるが、最悪、捨てて逃げるくらいの気でいる。
だが、そうしないのは、生まれてから今までの付き合いがあるからだ。
さすがに少しは情がわいている。
それにだ。
(俺の食い扶持がなくなる。
家が傾く)
村の損害は領主である彼と一家に直結する。
それは絶対に避けねばならなかった。
打算的ではあるが、これもまた理由の一つだった。
幸い、核の回収はどうにか終わる。
核を切り取ったことで、モンスターのバッタは完全に消滅した。
少なくとも探知魔術の範囲の中にモンスターはいない。
土の中や、離れたところに生き残ってるものがいるかもしれない。
けど、それはもう諦めるしかない。
これ以上土をほじくり返してでも、というほどの余裕はない。
探知魔術はモンスターではなく、村の方向から接近してくるいくつかの影を把握してる。
おそらく、村の者達であろう。
それらと遭遇するわけにはいかない。
とっとと退散するに限る。
問題なのは行商人の娘だが、少し考えてその場に残す事にした。
連れていっても面倒だし、残しても問題は無いと判断したからだ。
ここでの出来事を目撃されてるが、それでも全く構わなかった。
(その方が好都合かもしれないし)
手に入れたばかりの心理技術がささやいてくる。
人の心理、思い込みというものがどういったものであるかを。
その為には娘を残しておく必要があった。
この際、彼女が真相を話そうと構わない。
出来るならそうしてくれた方がありがたいくらいである。
(それよりも、こっちの方をどうにかしないと)
接近してくる村人の方が、今のトモルには大きな問題だった。
草をかきわけて姿をくらまし、村の者達と鉢合わせしないように移動をしていく。
まだまだやらねばならないちょっとした事があるのだから。




