142回目 久しぶりに見た顔ぶれは以前と変わりなく
子供達からすれば、トモルは英雄である。
タケジという嫌な奴を撃退してくれた存在だ。
だからこそ、子供達の中でトモルは別格になっていた。
彼等の気持ちを言い表すならば
「トモル(若様)は凄い人だ」
という事になる。
そんなトモルに憧れを抱いたり、崇拝に似たような気持ちを持つ事にもなる。
それがあるから、トモルとの間に距離を置く事にもなった。
あるいは、見上げるような存在として近づきがたいと思うようにもなっていた。
だが、決して嫌ってるわけではない。
自分達より格上の存在であると認めてるからこそ、仰ぎ見るという形で距離をとってしまってるだけだ。
だからトモルが帰ってきたのを見て、快く迎えていく。
「なあ、貴族様の学校ってどんななの?」
「こことは違うの?」
「どんな事を教えてもらってるの?」
彼等からは次々に質問が寄せられる。
それらにトモルは当たり障りのない事を答えていく。
当然であるが、実際に学校でやってる事は口にしない。
正直に、
「学校をサボってモンスターを倒しに行ってる」
などと言っても信じてもらえないだろう。
なので、ごく普通に授業を受けてるという事にして、適当な事を口にしていく。
「授業はなあ。
おぼえる事が多くて大変だよ。
試験もあるし」
「へえ」
「それに、寄宿舎だと先輩とかいるから。
それに従わなくちゃいけないし」
「はあ、大変なんだ」
「あと、色々と当番もあるから。
それをこなすのもね。
勉強もしなくちゃならないから、どっちも手を抜けないし」
「なんか、凄く面倒そう」
「本当に面倒だよ」
嘘である。
そういった面倒のほとんどを実力で叩き潰している。
本来ならばそれらは確かに面倒な事として存在はしていただろう。
だが、それらがトモルの負担になる事はない。
負担というか手間なのは、トモルにとって都合のよい状況を保つ事の方だ。
その為に同級生やら教師やら学校関係者やらに働きかけてる方が大変である。
「学校って言っても、楽しい事なんて何にもなかったよ」
「うわあ……」
「大変だ……」
トモルの嘘に子供達は素直な反応を示していった。
それを見てトモルは、少しばかり良心の呵責を憶えた。
騙してしまって申し訳ないと。
そうして話していると、その中の一人が後ろにいた者を前に押し出してきた。
「ほら、いつまで後ろにいるの」
「お待ちかねの若様だぞ」
そうして無理矢理押し出された者は、「え、あ、う」としどろもどろになっていく。
なぜだか俯いてしまってるその女の子は、「あ、あの」と言いつつもそれ以上言葉を進める事が出来ないでいた。
それを周りの子供達はニヤニヤと面白そうに見つめている。
「ほら、どうしたの。
若様が帰ってきたんだよ」
「いや、でも、その」
「まったくしょうがないな」
言いながら別の者が喋っていく。
「こいつ、若様がこっちに来なくなってからずーっとふさぎ込んでるんだよ」
「毎日ため息吐いてたもんね」
「そんなこと……!」
無いと言いたいのだろう、件の俯いた女の子はそう言って顔を上げるが、すぐに俯く。
それを見て周りの者達は、苦笑気味に笑っていく。
「まあ、そういうわけで。
若様のお帰りを待ってる奴がここにいるので」
「だから、若様からも何か一言」
何が「だから」なのか分からないが、トモルからの一言が欲しいのだろう。
挨拶くらいならとトモルは気楽に考えて、
「ただいま」
と声をかける。
本当に何気ない一言だ。
だが、それで相手には充分だったらしい。
「……おかえりなさい」
そう言っておずおずと顔をあげてくる。
その顔を見てトモルはようやく思い出した。
目の前の相手が誰だったのかを。
「……うん、ただいま、サエちゃん」
かつてタケジを叩きのめした後に礼を言いに来た娘だ。
そのサエは、トモルの声に何度も何度もうんうんと頷いていく。
「よかったな、サエ」
「若様からのお言葉だぞ」
からかい気味の声が周囲から上がる。
それを聞いてサエは、更に俯いてしまった。




