109回目 双方の立場がもたらす決裂 2
「いつからダンジョンはお前らのものになった?」
トモルの声が冒険者を圧倒する。
怒鳴ってるわけでもないのに。
「ダンジョンを壊すな?
面白いな、モンスターをはびこらせたいのか」
更に声が重なる。
「ダンジョンを残してモンスターを吐き出させるつもりか?
何考えてんだテメエら」
静かな、怒りをたたえた声。
そして圧倒的な圧力。
それが冒険者に襲いかかる。
誰も何も言えなくなっていた。
「そんな連中の事なんざ、どうでもいい」
聞いてる冒険者は飲まれていく。
トモルの静かな圧力に。
言ってる事の正しさとか、そういうものはどうでもいい。
そもそも、トモルの声などもう聞こえてない。
ただ恐怖に震えて、トモルが過ぎ去っていくのを待っていた。
ここに人間の本性があらわれている。
人間とは理や道に従うものではない。
まず、己のしたいことを基準に物事を優先する。
そして、それから利害を考える。
まずは生死に関わる部分から。
そして、よりよく生きるために利益を。
更に、周囲の人間や集団、社会で有利になるかどうか。
物事の善し悪しをもとに考えるのはその後である。
実際、怒鳴り声を上げた連中がそうだ。
トモルの言い分も状況も考えてない。
ただ自分の都合を考える。
それを通す為に理屈をつけていた。
そんな彼等は、圧倒的なトモルの存在感を前に震えた。
恐怖で何も言えなくなった。
己の生命の危機を感じた。
言ってる事など聞いてない。
その理非など考えてもいない。
ただ、命に関わる危機が目の前にある。
そのことだけに心を奪われていた。
それは妥協や打算の一種である。
下手に何か言うと命に関わる。
だから何も言わない、言えない。
ただ恐ろしい存在が通りすぎてくれるのを待つ。
その為の沈黙だ。
それはトモルも理解していた。
だから、言っても意味がないとは思った。
それでも言うだけ言っておこうとも思った。
無駄だとしても、言わねば何にもならない。
「勝手にダンジョンをテメエらのもんにしてるんじゃねえ。
テメエらのもんでもない場所で俺が何しようと、俺の勝手だ」
その声は決して大きくはない。
目の前にいる連中に届いてもいない。
だけど、威圧するには十分だった。
言ってる内容はこの際どうでもいい。
相手の理解力も期待してない。
どうせ何を言っても通じないとは思った。
そんな知能、期待してもいない。
ただ、これが威圧になり、相手が黙ればそれで良い。
それくらいの事しか期待してない。
実際、言われてる者達はがトモルの言葉を理解してない。
ただ、ひたすらに自分の都合を優先している。
そんな彼等が何か言うとすれば、「何言ってんだ」となる。
彼等には彼等の都合があり、それをもとに行動している。
それに反してるものなど、考慮もしない。
例え、見て聞いて触れて感じていても、決して受け入れる事は無い。
それが怒声をあげた冒険者達である。
聞く気がないというか、聞く能力がそもそもない。
そう考えた方が妥当だ。
そんな冒険者達にトモルは何も期待してない。
だから、話し合いだと望んでない。
ただ、自分にひれ伏して従えばいい。
それだけしか求めなくなった。
代表格の冒険者のように、話の分かる者はともかくとして。
「で、何が言いたいんだ?」
トモルの声は続く。
「お前らの都合は分かった。
それで何が言いたいんだ?」
静かに声は続く。
応えられる者はいない。
怖くて口を開けない。
そこにトモルは更に言葉をかけていく。
「テメエらの都合なんか知るか。
俺はダンジョンを破壊する。
破壊して、この辺りの安全を確保する。
それがイヤだってんなら、お前らもモンスターとして殺す」
その言葉だけは冒険者達も理解出来た。
命に関わる事だからだ。
「ダンジョンを守ろうとしてんだ。
そんなのモンスターと同じだ。
生かしておく理由はない」
その声に、冒険者は震えが止まらなくなる。
歯が鳴り始めた。
「それがイヤなら、失職でも飢え死にでも何でもしろ。
さっさと死ね」
そう言って話を終える。
トモルはダンジョンに向かう。
冒険者の事など見向きもしない。
攻撃してきたら反撃するつもりでいたが。
そういった動きもなかった。
なので、そのままダンジョンに入っていった。
もう冒険者がどうなろうと知った事ではなかった。
話が通じない者と付き合ってるほど暇でもない。
出来るなら手駒にしたいが、それが出来ないならもう用はない。
ただ、邪魔なだけだ。
そんな冒険者を見限って、トモルはダンジョンの奥に向かう。
中枢を破壊するために。
もう冒険者の路銀などを考えてやる必要も無い。
さっさとこのダンジョンを破壊して、次のダンジョンに取りかかる事にした。
「さっさとやるか」
今更だが、下手に冒険者に気をつかうんじゃなかったと思う。
そんな事せずに、さっさとダンジョンを潰してしまえば良かった。
そうすれば、イヤでも冒険者達は動き出すのだから。
「失敗したな」
そう反省をした。




