46.ガルデの場合
俺は独り、ギルドハウスでのんびりとしていた。
普段やっている趣味や、この機会にやりたかった趣味などが特にある訳でもないので、手持ち無沙汰といえばそうだが。
「ふう。あいつらが居ないと、この家も随分静かだな」
騒がしさから切り離された静寂の中、俺はセンチメンタルな気持ちになっていた。
スレイドをギルドから追放してしまってから、もう4ヶ月以上。
俺は、あれから色々な経験をしたな、と思い返す。
スレイドが追放後、中級冒険者になった、という話をギルメンから聞いたときは驚いた。
その時に連中は口々に言っていたな。
「そうなんだよガルデ、スレイドの奴なんか最近羽振りがいいみたいでさ」
「なんか、ズルでもしてんじゃねえのか? あいつ」
「ねーガルデ、スレイドと仲良かったじゃん? 訊いてみてよ」
グリウスとレイブンとアズビー。
俺のギルド『黒煙の灯』のメンバーだった連中だ。
グリウスはやや臆病で卑屈だが、腕はそれなりに立つ狩人。
レイブンは気が強く行動力があり、頭も回る盗賊。
アズビーは誘惑の魔法を得意とする女魔道士だった。
俺たちのメンバーとしてスレイドが居た頃は、この3人がよくスレイドを煙たがっていたっけか。
俺としては、アイツの『短時間催眠』はそこまで無能な能力だとは思わなかった、数秒とはいえ、確実に相手の気を逸らせるのだ。だが、他の3人の能力は確かに、スレイドの能力よりは優れていたように思う。
そういう冷静な判断もあり、他の3人の意見が満場一致してしまった以上、スレイドを追放せざるを得なくなったのだが……何度思い出しても、あの判断は軽率だったと思う。
それは、たとえスレイドが『無敵催眠』を得ていなくても、だ。
だから、アズビーが言うような、どういう経緯で中級冒険者までのし上がれたのかを訊くつもりはなく、追放後にわざわざスレイドとリーピアに近付いたのは、純粋に詫びがしたかったからだ。
勿論、3人から言われていた事は頭のどこかにはあった。
何故急に中級にまでなれた?
何か裏があるのでは?
ただ、それを追求するのは、俺の良心が許さなかった。
スレイドを追放した俺が、どの面を下げてそんな恥知らずな事を訊けるというのか。
だから、とっておきの酒を奢り、稀少な珍味を仕入れては差し入れ、俺は罪滅ぼしの気持ちでスレイドと接していた。
恐らく、俺のそういった行動にあの3人は業を煮やしたのだろう。
スレイドに対する凶行に及び、能力の秘密を聞き出そうとし、監禁までした。
俺はあの時、何が何でも止めるべきだったと思う。
あいつらが俺に黙っていた以上、何もできなかった、は言い訳だ。
そういう空気を感じなかったと言えば、嘘になる。
だが、スレイドへの信頼と共に、俺はあの3人に対する信頼だってあったのだ。
信じたかった。
そこまでの事はしない。
裏切られ、失望したような気持ちもあり、俺はあの場で3人を薙ぎ倒して永遠に追放した。
殺しはしなかった。そこまでするのは、流石に俺の良心が咎めたからだ。
今頃あの3人は、この町の冒険者ギルドから登録を抹消され、どこかを放浪しているのだろう。
それから、スレイドが俺を『居眠りドラゴン』に勧誘するという驚愕の行動に出た時は、正直、後ろめたさしかなかった。
スレイドはもう俺にわだかまりはない、といった旨の発言をしていたが、それはいくらなんでも嘘だろう、と思う。アイツ自身にもその自覚は少しはあると思うが、恨んでいない訳がないのだ。
だが、アイツはそれを飲み込んで、俺を信頼する。仲間になってくれ、と言った。
能力の事だって、別に俺に言う必要はなかったと思う。
リーピアの言う通り、2人の間の秘密としてずっと2人だけで共有しておけばよかった。
それでも俺への筋を通す意味なのか、信頼の証としてなのか、アイツは俺に能力を明かした。
それが俺には、嬉しかった。
尤も、穿った見方をすればあの能力でいつでも眠らせて首を落とせる、という考え方も可能だろう。
スレイドは、間違ってもそんな選択をする男じゃないが。
ともあれ、俺が仲間になってからは能力の運用に制限がかかり、逆に足手まといになっている気持ちがずっとあった。だからこそ、俺は俺に出来る最大限のアシストをしようと思った。
そう、あの2人の『普通の』修業がそれだ。
20日間で俺の罪が雪げるとは思わなかったが、俺に出来る事はそれくらいしかなかったからだ。
実際、それはあの2人にとっても良い影響を及ぼせたようで、俺は胸を撫で下ろした。
思えば、あそこでようやく本当の意味での俺の胸のつかえは取れた気がする。
いや、まだかな。
そこから更に、やはりブライアを仲間に加えるまでは、俺は居ないほうが良いのでは? という気持ちはあった。
『ドラゴンの道』では、確かに俺とフリッターがいなければあの2人では踏破しきれなかったかも知れないが。そのくらい、あの道のりは厳しく険しいものだった。『無敵催眠』だけでどうこうできるレベルは、超えていたと思う。
それを超えても俺の中にあったわずかなモヤモヤは、ブライアが加わって決定的に解消できたと思う。ブライアがいる事で、俺たちの関係は『完成』したと言っても過言じゃない。
そこで俺は『完成版』という言葉に激昂したリーピアと、困惑したブライアのやり取りを思い出して、苦笑した。
あれは、大変だったな……その後にもうひとつふたつ、悶着があったし。
リーピアにしてみれば、そもそも仲間なんて要らなかったのだろう。
ずっとスレイドと二人きりで冒険したい。
それがアイツの本音だと俺は思う。
が、スレイドはそういう奴じゃない。
そのスタンスの違いが、あの二人のすれ違いだったのかもな。
俺はそんな風に思って、あの二人がこの旅行でもっとお互いの事を良く知り、今まで以上に仲睦まじくなってくれる事を、祈らずにはいられなかった。
「はは……なんか、父親みたいなことを思っているな、俺は」
まだ27歳だというのに、随分思考が老けてしまったものだ。
俺は自分自身に苦笑し、それから考える。
俺自身の、恋愛感情みたいなものに。
「男女の関係は波風が立たないほうが良い……か」
ブライアは言っていた。
まさにその通りだと俺は思う。
だから、ブライアの女性的な魅力にも、フリッターの騒がしくも楽しい性格にも、特別な感情は抱くまい、と思っていた。
「だが、俺は……」
正直に言ってしまえば、『慎重派』として気の合うブライアとも、『正反対』で凹凸コンビなフリッターとも、どっちつかずの気持ちを抱いていると思う。
そういう気持ちを悟られたくはないので、一切口にしないが。
「……面倒臭いな」
別に俺に選択権がある訳でもないし、ブライアもフリッターもそこまで俺に対して特別な感情はなかろう。うむ、発展の余地などない、これで終わりだ。
そう思って俺は自分の気持ちに蓋をする。
「これ以上のギルド内の色恋沙汰は、真っ平ごめんだな」
俺は散々にギルド内に嵐を巻き起こしたブライアの茶番劇を思い出し、苦笑しながらそう、独り言ちるのだった。
(つづく)
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