33.月明かりの照らす部屋で
「ねぇ……スレイド……」
「リーピア……」
僕たちは、宿に泊まっていた。2人で。同じ部屋に。
ドキドキと胸の鼓動がお互いに伝わり合うくらいの距離で、僕たちは触れ合う。
「……い、いいよ……」
顔を真っ赤にして目を軽く逸らした彼女を前に、僕は……
◆◆◆
半日前。
「よく似合うじゃない、若草色のミニスカート」
「そ、そう? へへ、活動的なスタイルが身に付いてるから、どうしてもスカートは躊躇しちゃうわ。でも、こういうお洒落で動きやすいのって良いわね」
くるん、とリーピアは楽しそうにコーディネイトを鏡に映していた。
「トップスも同系色で合わせてみる?」
「ううん、それも良いけど、青系とか良いかなぁ……でも私の髪の毛が薄赤だから、コーディネート的には……」
あれこれとリーピアの着る服を物色する。
リーピアと共に何軒かの服飾店を見て回り、僕らはショッピングを楽しんでいた。
「お客さん、それ今年の流行なんですよ。何せこのご時世だからね、少しでも明るい色をって女性に人気でね……」
店主が、ちょっぴり黄色がかった緑のような、パステルカラーの服をお薦めしてくる。
胸元のリボンが可愛らしく、襟元には軽いレースがあしらってある。主張は控えめながらも、結構フェミニンなデザインだ。
「どうかな、スレイド?」
「そうだね、ボトムスの若草色との相性も良いし、普段はボーイッシュな服装が多いリーピアには、珍しくて良いと思うよ」
リーピアは薄赤色の髪をボブ・ショートに刈っており、程よく日に灼けた健康的な肌、普段の戦闘服もあちこち剥き出しのアクティブ……というか、言ってしまえば男の子みたいな恰好をしている事が多いので、見た目の可愛らしさに比べると、意外と女の子っぽさの足りない感じではあった。
なので、たまに見せるリーピアのこういう可憐な格好は、僕には新鮮でとても良かった。
過剰なほどにフレアやレースをつけたロリータ・ファッションのような可愛さとは違い、派手さはないが。
「えへへ、じゃあこれ買っちゃおうかな。おじさん、お会計お願いします」
「はいはい、ありがとうございます」
リーピアは顔を綻ばせ、嬉しそうに早速店でその服に着替えて、いつもの戦闘用衣装は袋にしまい込んだ。僕は少し重そうなソレに手を伸ばし、
「持つよ」
と言うが、
「んーん、良いよ」
とあっさり辞される。
頼り甲斐がないと思ってるのかな? いや、まぁリーピアはそういうトコ、あんまり頼りすぎないタイプか。
それから僕たちは食事に向かう。
いつもの酒場……なんて感じじゃ、流石にデートにはムードがないから、って事で、普段は入らないようなちょっと高価なレストランに向かう事にした。
「お金大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。A級いくらこなしてると思ってんの」
いや、僕が心配したのは手持ちの話であって貯金じゃないんだけど。
「財布には1万Manielは入れてあるから」
「お、おおう……そりゃ大丈夫だね」
この町は王都ベルロンドよりいくらか物価が安い。宿代1泊が素泊まりで300Manielくらいなので、1万もあれば30泊は余裕で泊まれるくらいのお金だ。いくら高級なレストランだろうと、それだけあれば十分だろう……。
「っていうか、スレイドは手持ちそんなにないの?」
「あまり多く持ち歩くの不安なんだよ。スリや強盗に遭うと困るでしょ」
僕はそんな風に言うが、リーピアは笑った。
「あはは。そんなのに出くわそうが無敵催眠で眠らせちゃえばいーじゃない」
「半径50m以内の町の人全員昏倒させる気? 街中じゃ使えないでしょ。もう」
まぁ、短時間睡眠の方でどうにか出来なくはないかな。
相変わらず数秒しか持たない能力だけど、そのくらいの用途には使えなくもない。
「それにしても、色々変わったわよね」
不意に、リーピアがそんな事を言う。
色々? とは?
生活とかかな?
「色々は色々。私とスレイドが出会って、パーティ組んで、色んな敵を倒して、ギルドまで結成して、ガルデやフリッターやブライアを仲間にして……なんか、遠くまで来ちゃったなぁ、って感じ」
「何、昔が懐かしいとか言うの?」
僕は笑うけれど、リーピアは真剣に、しみじみと言う。
「ううん。別に昔を思ってセンチメンタルになってるって訳じゃないんだけどね。ただ、やっぱりこうしてスレイドと恋人同士になって、デートしてるなんて……未だに信じられないなぁ、って」
「現実だよ」
そう、僕とリーピアは、まぁ、ちょっとロマンチックさは足りなかったけど、ちゃんとお互い『好き』を言い合えて、こうして恋人同士になれたんだから。
「これがね……目を醒ましたら、ぜぇんぶ夢だったりしたら、怖いなって思うのよ」
「夢……」
それは、どうしてだろう?
「何でかな? 良く分かんない。私たちの能力が『催眠』を操るモノだから、変に意識してるだけなのかもね」
ふぅん。僕には良く分からないな。
「こうしてリーピアと一緒に楽しく過ごせている日々が、泡沫の夢だとしたら……まぁ、それはそれでいい夢だったな、って僕は思えるよ」
「夢にしないでよ。現実なんでしょ」
違いない。
僕とリーピアはそんな益体もない会話をしながら、町をそぞろ歩く。
やおら、リーピアが熱を込めた声音で言う。
「ね……今日は、本当に、ギルドハウスに……帰らないでいようか?」
僕は一瞬ドキリとするが、そうしても良いよと言った手前、狼狽えるのもカッコ悪い。
出来るだけ余裕を見せて、僕は言った。
「そうだね。外の宿にでも泊まって、ゆっくりしていこう」
リーピアはそこまで真っ直ぐに返されると思わなかったか、ボッと顔を赤くして、それから。
「う……ほんと、決める時は決めるんだから……」
などと言うのだった。
◆◆◆
3時間前。
「あっ、このお肉美味しい……すっごく柔らかいわ」
「何のお肉なんだっけ? 虹色トカゲじゃないよね、この柔らかさ」
僕たちは夕食のため、いつもよりずいぶん高価なお店に入った。
とはいっても、事前予約が必要な程に敷居の高い店という感じではない。
瀟洒な内装、落ち着いた雰囲気、気のいい老夫婦の経営する、こぢんまりとしながらも非常に品の良い飲食店だった。
「それは痺れドラゴンですよ」
老夫婦の、お婆さんのほうがお冷を継ぎ足してくれるついでに、僕に教えてくれる。
「痺れドラゴン……あ、以前にガルデがくれた肝臓の」
「あぁー。でもドラゴンじゃなくて、海洋生物なんじゃなかったっけ?」
「よくご存じで。南大陸の近海でたまーに採れる珍味なんですよ。海蛇の一種でね」
僕たちはお婆さんの解説を聞きながら、その柔らかな肉料理に舌鼓を打つ。
じわりと染み渡る肉汁に優しいスパイスと甘辛いソースの味が効いており、しつこくなく、かつ旨味が凝縮されているという素晴らしい味だった。
虹色トカゲのワイルドな肉厚さとも、肝臓の痺れるような味とも全く異なる味わいを出している。
「下拵えに秘密があってね……おっと、これ以上はナイショね」
お婆さんは片眼を瞑って口に指を当てる。
「あはは、解説ありがとうございます。とても美味しいです」
「ホント、今度はギルドの5人で来たいわね」
僕らはそうして夕餉の時間を、静かに楽しく過ごすのであった。
◆◆◆
1時間前。
とある宿の一室。
2人で1つの部屋を取ろう、というのは自然に決まった。
何の衒いも恥ずかしさもなく、僕たちはいつもよりちょっとお高めの宿の一室で食後のひと時を雑談を交わしながら過ごしていた。
やがて話題も尽きた頃、リーピアが言った。
「お風呂、先行ってくるわ」
「うん」
僕は促す。
宿に併設された浴場へは、1人1人交代で行こうと言っていた。
まぁ、リクラスタは治安の良いほうの町だからあまりない事ではあるんだけれど……宿主の不在を狙う、不埒な輩もいるにはいるからね。
後、何気に浴場が混浴だったので、あらぬ誤解というか、つまらないトラブルを避けたかったのだ……。
僕は1人になった部屋で、少しだけ落ち着かない気分だった。
「……いよいよかぁ」
これから起こることを想像すると、そこそこ興奮はしていた。
リーピアは8つも年下の女の子だから、僕がしっかりしなくちゃ。
というか、なんだろう。お互い初めてになるのかな? どうなんだろう?
雰囲気的に、リーピアは一度もそういう経験があるようには見えなかったけど。からかってくるのも、背伸び感が凄かったし。
まぁ、僕も人の事は言えないんだけどね。
「あ、いけない、本当にドキドキしてきちゃった……」
僕はソワソワして、ベッドに寝転ぶ。
「はぁー……」
やがて、コンコン、コンッとドアがノックされる。
僕は慎重にドアに近付く。一応、ノックの仕方は伝えた通りだけど、万一にも暴漢という可能性は否定できないからね。しかし「スレイド、私よ」という声が聞こえたので僕は安心してドアを開けた。
「ふぅ、さっぱりした。良いお湯だったわよ。あと、今なら誰もいないから」
「ありがと。さっさと入ってくるよ」
そうして僕は浴場へ向かい、禊をする。
◆◆◆
20分前、浴場にて。
「うう……大人しくしろよ」
僕は自らの身体の一部分を見て凄く情けない声を上げる。
でも、期待しちゃってるんだからしょうがないよね……。
男としての生理的反応に気恥ずかしくなりながら、僕は手早く身体を洗って入浴を終えた。
僕たちの部屋に戻り、ノックして声をかける。
「リーピア。戻ったよー、僕だよ」
ガチャリ。
ドアが開き、そこには。
「うん、待ってた」
なんと、身体のラインがハッキリ分かるほどの薄布を一枚だけ纏った状態で、リーピアが待ち構えていた。
「ちょっ、ちょっと、ぼ、僕以外だったらどうしたのさ」
「大丈夫よ」
素早く後ろ手にドアを閉め、僕は部屋の鍵をかけた。
ドキドキする。
そんな扇情的な格好で、からかい半分じゃなく本当に僕を誘惑してくるリーピアも、初めてだったからだ。
「あ、あのさ、リーピア」
「恥ずかしいから、明かりは消してね」
先手を打たれ、僕は慌てていたが、冷静にリーピアは呟いた。
僕は言われるがままに蝋燭の灯を消す。
フッと火が消えると、月明かりだけになる。
そして、しゅるっ……と肌に纏っていた薄布をはだけていくリーピア。
静かな衣擦れの音に、僕は心臓が早鐘を打つのが分かる。
はらり。
部屋の外から漏れるうっすらと蒼い光に照らされ、そこには今度こそ見紛う事なく、生まれたままの姿でリーピアが立っていた。
「スレイド……こっち、来て」
ベッドに彼女は横たわり、僕を誘う。目つきは薄っすらと細まり、いつもの快活な彼女はどこにもいない。しっとりと濡れた瞳が、情欲をそそってくる。
ごくり、と僕は息を呑む。
「う、うん……」
そのまま僕もベッドに向かうと、ぐい、と腕を引かれた。
「わっ」
どっ、とベッドに倒される僕。そして、服を優しく脱がされる。
「ちょ、ちょっとリーピア……」
「脱がなきゃ、出来ないでしょ」
自分で脱ぐよ、と言おうとしてもリーピアの圧がそれを許さなかった。
僕はされるがままに衣服をはだけさせられていく。
な、なんか、子供みたいで恥ずかしいな……。
僕は微妙にズレた羞恥心を煽られた。
やがて僕も全裸にされ、お互いが一糸纏わぬ姿になる。
「じゃ……なんていうか、その……よろしく、ね」
リーピアは先ほどまでの淫靡な空気がやや薄れ、気恥ずかしそうに目を泳がせつつ、そう言った。
「……うん」
そして僕たちは、ゆっくりと近づき……キスした。
「ちゅ……んっ……」
「んん……」
お互いの舌を絡ませ合う濃厚なディープ・キス。
こないだみたいな茶番劇の延長じゃない、本気のキスだ。
お互いの恍惚とした表情を見て、昂っていく。
……やがてリーピアが僕の下半身の猛りに気付いたようで、顔を赤くした。
「わぁ……」
「……あんまマジマジ見ないで……」
僕は気恥ずかしくなり、リーピアは笑う。それからわずかに不安そうに言った。
「大丈夫かなぁ」
「ちゃんと優しくするよ。僕も初めてだし」
するとリーピアはくすっと笑う。悪戯っぽく。
「そうなんだ。じゃあ、経験豊富なリーピアお姉さんがリードしてあげなきゃね」
「見え見えの嘘だねぇ」
僕は笑い、リーピアはムクれた。
「経験ないほうが良いの?」
「関係ないよ」
僕は正直に答える。
それから、僕らはどちらからともなく抱きしめ合い……その夜、『恋人』としての儀式を、静かに終えるのだった。
(つづく)
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