14.岩山の鬼ごっこ
「じゃ、お手並み拝見っス」
「ああ」
僕らはゴクリ……と息を呑む。
ガルデとフリッターさんはお互いににらみ合い、決闘のような空気を醸し出していた。
僕らも身構え、三方からフリッターさんを取り囲んで緊張している。
……実のところは、そんな不穏なものじゃないんだけれど。
時を遡る事、数十分前。
◆◆◆
「アタシを仲間にするなら、それなりに強くないとやっぱ認められないっスね」
「だろうな。アンタもA級冒険者なんだろ? 俺たちも、同格だと認めさせれば良いわけだ」
ガルデは僕たちが狙っていた獲物を華麗に仕留めたレンジャーであるフリッターさんに『仲間になってくれ』と言い出した。その思惑はハッキリとは分からないが、恐らくこんなところだろう。
本来の目的である『岩飛び兎』の捕獲はこの状況だとほぼフリッターさんに独占される。
しかも、さっきの僕とリーピアの迂闊なナイショ話は、フリッターさんの耳に届いてしまった。
そこでガルデは考えたのだろう。
決闘という体でなら、僕たちの『無敵催眠』を発動させても後ろめたさはない。
『闘ってるうちに』彼女を気絶させたのだ、と誤認させておけば良いだけだ。
彼女から獲物を直接奪う形にはならないが、実力で勝った、という事なら彼女も仲間にならざるを得ないだろう。
また、あわよくばそのまま、僕たちの能力についての理解者の一人……即ちギルドメンバーになってもらおうと考えているのだと思う。
口に出すとさっきみたいにまた、フリッターさんの地獄耳に聞き咎められる恐れがあるので僕もリーピアも何となくそうなんじゃないか、と想像しているだけだが。
そうして、フリッターさんとの交渉の結果として『ガルデと僕とリーピアの3人がかりでも良いから、フリッターさんを捕獲できれば勝ち』という条件の元、決闘めいた戦いは始まった。
◆◆◆
「いいっスか? さっきも言ったけど、あくまで形式としては『鬼ごっこ』の範疇っス。機動力が最優先の条件なので、アタシに有利な分、多少の暴力行為は許しますが、著しい武力を用いた制圧攻撃はナシっスよ?」
「ああ、重々承知している」
「うん」「大丈夫」
僕たちは頷き合う。いつ『無敵催眠』を発動してもいいよう、僕たちの意思疎通はしっかりしなければ。第一、『無敵催眠』を使うとガルデまで眠りに陥ってしまうのだから。
ベストタイミングは、ガルデが彼女を捕らえる瞬間だろう。
出来れば、もみくちゃになったドサクサに紛れて岩か何かにぶつかって気絶……という『シナリオ』が望ましい。
「んじゃ、よーーーい……」
フリッターさんが合図をする。弓を上空に強く引き絞り……放つ。
「ドンっス!!」
ビシュッ!!
鋭い矢が上空に飛んでいき、そのまま天高く飛んでいた『黒ハゲタカ』を射抜く。
流石レンジャー。洒落の利いた『合図』に僕は感心しつつ、彼女を追い詰めるように慎重に近づいていく。
リーピアとの距離は3mほど開けているがすぐに近づいて同時発動できるよう意識を持つ。
岩場なので下手をするとガルデもフリッターさんも頭をぶつけてしまう。
それは避けねばならないので、発動タイミングは重要である。
尤も、普通に3人がかりで捕らえられればそれが一番良いのだが、まず無理だろう。
『無敵催眠』を用いた戦略は、必須である。
「えらくジリジリとにじり寄るっスね。そんなのんびりしてていいんスか?」
ニヤッとフリッターさんは笑う。と、その刹那。
シュバッ!!
目にも映らぬ動きとはこの事である。僕よりも更に小柄なフリッターさんは、その俊足で地を蹴ると、あっという間に僕とリーピアの視界から消え……なんと、ガルデの背後に回っていた。
「ぬっ……!」
「背中がお留守っスよ」
ちょん、と指先で軽く小突くフリッターさん。
ガルデはあまり動きが素早いほうの戦士ではない。とはいえ、全身を筋肉に包まれたその頑強な肉体の瞬発力は、己の間合いにおいては相当なものである。そのガルデをして、まるで子供扱いのスピード。
「やるな……!」
ガルデはニヤッと笑いながら彼女を捕まえようと手を伸ばす。しかし彼女の動きはまるで捉え切れない。
「遅いっス!」
しゅるしゅる、とガルデが伸ばす腕を掻い潜りフリッターさんは余裕の笑みを浮かべる。
「は、速すぎる……!」
「なんて、すばしっこいんだ……!」
その動きを目でギリギリ追い切れるかどうか、といった感じで僕たちは手出し出来ずにいた。
ただ2人でフリッターさんの逃げ回る道を塞ぐのが精一杯である。
「……リーピア、僕が合図したら、分散しよう。ワザと隙を見せて、僕らのほうをすり抜けて来るように誘導しよう」
「オッケー」
僕らは流石にこれはフリッターさんにも聴こえまいと言うくらいの小声で相談する。
フリッターさんもガルデとの追いかけっこに夢中で、今の声は聴こえていなかった様子。
「ほらほら、鬼さんこちらっス! 時間制限も忘れないで下さいっスよ!?」
「ああ!」
フリッターさんの提示した時間制限は5分。
そこまでに捕らえ切れないなら、仲間にする話はナシだ。
既に2分が経過。ガルデも目まぐるしく動き回りつつ、僕たちが『無敵催眠』を発動させるタイミングをうかがっているようだ。
「今だ、リーピア!」
「オッケー!!」
僕らはワザと派手で素人めいた動きで散開する。ガルデが彼女を牽制している背後、両側からフリッターさんを追い詰めにかかる。その隙間を通り抜けて逃げろ!と言わんばかりの露骨な誘導だが、フリッターさんは興が乗った、という感じの表情で笑う。
「ヘタクソな陽動っスね! でも乗ってあげます!」
ガルデが彼女を捕らえようとする腕をあしらって、くるりと背後に回り込み、更にこちらの開けた『隙間』に飛び込んできた。
そして一気に走り抜けていく。
フリッターさんが走り抜けた先には、『岩飛び兎』が僕らを遠巻きに見つつ、ぴょこぴょこと飛び跳ねていた。彼女の俊足に対応しきれず、兎どもはアワアワと慌てている。
「今だ、スレイド! リーピア!」
僕らは、叫ぶ。
「「無敵……催眠!!」」
ピカッ!!
強い閃光が辺りを包む。そして、僕とリーピアを残して、その場にいる全ての存在は深い眠りについた。
倒れる事を予測して受け身を取っていたガルデ以外は、したたかに岩場に身体をぶつけてしまう……はずだったが、そこは僕たちが考えた『シナリオ』通りだった。
そう、『岩飛び兎』。
ヤツらのフワフワの身体は、さぞ良いクッションになる事だろう。
僕たちが『無敵催眠』を発動させたとき、フリッターさんの走り抜けた先には、丁度いい緩衝材があった、という訳である。
「すー……すー……」
「……きゅぅ……」
すっかり意識を喪失したフリッターさんと兎どもを見て、僕らはハイタッチする。
「「やったね!!」」
こうして、僕らはフリッターさんとの『鬼ごっこ』に、何の犠牲も伴う事なく平和に勝利したのであった。
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