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97話 見つけたのは白い天使でした

 

 それから暫くして、どちらからともなく腕を離した。

 帰ろうと言ったのはヴィンスだったか。それとも、ドロテアだったか。


 ヴィンスの昔の話で頭がいっぱいだったドロテアは、覚えていない。


「ドロテア、手を」

「あ、はい」


 話してスッキリしたのか、ヴィンスの瞳からはやや影が消えたように見える。

 休憩の効果か、呼吸も整ったヴィンスはドロテアの手を繋ぎ、ずんずんと森の出口の方に歩き始めた。

 因みに、雪崩から逃げるために走った方向は偶然出口に近かったので、わざわざヴィンスが木の頂点に飛んで辺りを確認する必要もなかった。


(それにしても、ヴィンス様のお話には驚いたわ……)


 ヴィンスの言うように、狼化の条件が手記と同じだと確信を得るまでは、軟禁という選択肢を取ることは理解できる。

 もちろん、当時のヴィンスは辛かっただろうけれど……。


 しかし、アガーシャとデズモンドがヴィンスに対して寄り添わなかったことに関しては、疑問を抱かざるを得なかった。


両陛下(あのお二人)が何の理由もなく、ヴィンス様に寄り添わないような方たちには思えないのよね……)


 アガーシャたちと会話をしたり、観察したりして分かったことはごく僅かだというのに、ドロテアはそう思えてならなかった。


(……私に、何かできることはないかしら)


 ヴィンスのために、彼を幸せにするためにできることは何なのか。

 ドロテアが俯きながら必死に頭を働かせていると、白い地面が僅かに赤くなっていのを目にした。

 しかもその赤色は、ドロテアたちの進路方向に向かって続いている。


「これは……血?」 

「どうした、ドロテア」

「ヴィンス様、それが……」


 雪に付着している血痕らしきものをヴィンスに説明しようとしたところ、自分たちの数メートル前に倒れている動物を見つけたドロテアは、急いで駆け寄った。

 しゃがみ込み、その動物をジッと見つめる。


「この子、もしかして白いプシュ……!? ととと、とんでもなく可愛いわ……! って、足を怪我をしているじゃない……っ」

「キュウ……」


 体長は約二十センチ。全身を白い体毛に覆われた、細長いフォルム。控えめな耳に、先端だけ黒い、ふわふわな細い尻尾。真っ黒で愛らしい瞳。

 更に、この「キュウ」という鳴き声は、間違いなくプシュのものだ。


「プシュ? プシュとは褐色色ではないのか?」


 追いかけてきたヴィンスに、ドロテアはコクリと頷く。


「はい。通常は褐色色をしているのですが、『レビオル』に暮らしているプシュは、雪に馴染むように体毛が白くなるのです。白いプシュに出会えるのは奇跡だと言われているほどで、実は見てみたかったのです……! まさか、こんな形で見つけることになるとは思いませんでしたが……」

「キュウ……キュウ……」


 プシュは弱々しい声で鳴き、恐怖に染まった目でこちらを見ている。


 プシュは本来、警戒心も気も強い動物だ。

 人間や他の動物を見つけると、これでもかと威嚇をしてくると図鑑には書いてあったが、現時点ではその様子はない。

 威嚇する元気もないほどに、足の怪我が痛いのだろうか。


「可哀想に……。他の動物に襲われたのでしょうか」

「自然界ではままあることだな。弱肉強食の世界だ」

「……そう、ですね」


 困っている人がいたら助けてあげたい。何か力になってあげたい。ドロテアはそんな思いが強い人間だった。


 しかし、相手は自然に暮らす動物だ。弱い動物が淘汰されるのは自然の摂理であって、簡単に手を出していいものではない。


(けれど……)


「キュウ……キュウ……ッ」


 こんなにも弱っているプシュを、ドロテアが放っておけるはずがなかった。


「ヴィンス様、この子を一時的に保護してはいけませんか……? プシュは人間に害を及ぼすような菌を持ってはいませんし、元気になったらすぐにこの森に返しますから……!」


 ドロテアが意を決して懇願すると、ヴィンスは微笑を浮かべた。


「……分かった。ドロテアは弱ったものを放っておけるような性格ではないしな。それに、プシュはかなり希少な動物だ。両親も許可するだろう」

「ありがとうございます、ヴィンス様……!」

「……だが、いくらそいつが可愛かろうと、懐いてこようと、あまり触り過ぎるなよ。……ドロテアには、俺の耳と尻尾があるだろう」


 少し頬を赤らめて話すヴィンスは、どうやらヤキモチを焼いているらしい。贈った耳付き帽子を被っていることもあって、可愛らしさは二倍……いや十……百倍だ。


「ふふ。心得ました。けれど、あまり触りすぎるな……ということは、多少ならば構わないということですか?」

「…………ほう。そんなふうに揚げ足をとるようなら、王城に戻ってからみていろ。これでもかと可愛がってやる」


 ヴィンスのキリリとした金色の目と、ずしりと響くような低い声は、本気の現れだった。


「じ、冗談……! 冗談ですよ……! さ、まずはプシュを抱いてあげなくては……!」


 無理やり話を変えたドロテアは、乱れた呼吸を整える。

 そして、しゃがみこんだ姿勢のまま、プシュの目の前に両手を差し出した。


「私は敵じゃないからね。大丈夫、大丈夫だよ。屋敷に戻って、怪我を診てもらおうね。」

「…………。キュウッ!!」


 プシュは一瞬目を吊り上げると、大きな鳴き声をあげた。

 そして次の瞬間、ドロテアの左手の中指をガブッと噛んだのだった。


「……っ」

「ドロテア……! 大丈夫か……!」

「は、はい。一瞬でしたから、血も出ていませんよ」


 おそらく足の怪我で力が入らなかったのだろう。ちょっと強めの甘噛み程度だった。

 プシュをギロリと睨めつけるヴィンスを、ドロテアは落ち着かつかせる。

 それからドロテアは、もう一度プシュに両手を差し出した。


 ヴィンスに睨まれて怯えているのか、それとも噛まれたというのに再び手を伸ばすドロテアに呆れているのか、プシュは「キュ……? キュ……?」と困惑の声を出している。


「……大丈夫、大丈夫だよ。絶対に傷付けたりしないからね」


 そんな中、ドロテアは先程よりもゆったりとした口調で、微笑みながら言葉にする。


「キュウ……」


 プシュに言葉が通じるわけはない。

 しかし、ドロテアに敵意がないことは通じのか、プシュはもう、ドロテアを噛むことはなかった。


「ヴィンス様、見てください! プシュが……!」

「……ああ」


 怪我をした足を庇うようにして、ずりずりと体を這わせながら、プシュはドロテアの両手のひらの上に乗る。


 ドロテアはゆっくりと手のひらを自身の顔に近付け、至近距離で白いプシュを見つめた。


(プ、プシュが私の手の上に〜! 可愛すぎるわ……!)


 雪の上にいたために表面はひんやりしているのに、その奥にある温かな体温。

 綿毛のような細くて柔らかい白い毛。ツンツンとした手足の爪。

 ピクピクと動く耳ゆらゆら揺れる白と黒の尻尾。

 つい指で撫でたくなるひげに、愛らしいぱっちりおめめ……。


「本当にかわいいでちゅね……! 早くお屋敷に戻って、手当てしまちょーね……!」

「キュウ!」

「ひゃぁ! 今お返事ちてくれたの!? お返事ちてくれたのよねプシュちゃん! ハァ……本当にかわいいでちゅねぇ……」

「……ドロテア、少し落ち着け」

「……ハッ! 失礼しました」


 その後、ヴィンスの声がけにより冷静さを取り戻したドロテアたちは、馬で屋敷に戻った。


 その際、プシュは自らドロテアのポンチョに入り、胸元から顔だけをひょっこり出した。

 暖を取りたかったためかもしれないが、プシュが警戒心を解いて甘えてくれたこと、またそのポジショニングの可愛さに、ドロテアは「可愛い可愛い可愛い……!!」と連呼するほかなかった。


 ヴィンスが面白くないと言った顔をしていることには、ドロテアは気付かなかったけれど。

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