90話 ご両親のもとへ、到着!
暖かい装いに身を包み、雪景色を見ながら馬車を走らせること早一時間。
ヴィンスの両親が暮らす屋敷の門の手前にある、長く続く階段の周辺に到着した一行は、馬車から降りた。
「ドロテア、この辺りの積雪は屋敷の者が退けてくれているようだが、念の為足元には気を付けろ」
「はい、ありがとうございます……!」
ドロテアは、帽子が入った袋を持ちながら、ゆっくりと地面に足を着けた。自身の息が白くなる様子に、改めてこの地の寒さを実感する。
その場には既に、同行してきた者とは違う騎士たちの姿があった。ヴィンスやハリウェルの姿を見て挨拶をしに来ることから、おそらく彼らはヴィンスの両親と共にこの場に来た騎士なのだろう。
そんな彼らにドロテアも軽く挨拶をした後、目的地である屋敷に繋がる階段を目にした。
(階段としては長いけれど、一段一段はそれほど高くないわね。雪も端のほうに退けてあるから、それほど大変ではなさそう)
とはいえ、油断は禁物だ。ヴィンスの言う通り気を付けないと……と思っていると、後方から足音が聞こえたので振り向いた。
「ドロテア様っ! 長旅お疲れ様でございました……! わぁっ! ポンチョやブーツ、それに耳当てもとってもお似合いですっ!」
「ナッツも、お疲れ様。ふふ、ナッツのセンスのおかげね」
暖かそうなコートを羽織ったナッツは「そんなことは……!」と謙遜しながらも、嬉しそうに尻尾を大きく回している。そのせいで、ナッツの後ろには強風が吹き荒れた。
「ナッツ……! 貴方の後ろにいる騎士様たちがとっても寒そうだから落ち着いて……!」
「……ハッ! つい嬉しくて興奮してしまいましたっ!」
ナッツは寒さに凍える騎士たちに謝罪をすると、再びドロテアの直ぐ側まで駆け寄ってくる。
「そういえば、何を持っていらっしゃるのですか? 代わりにお持ちいたしましょうか?」
ナッツにそう聞かれたドロテアは、首を横に振って、袋の中から薄ピンク色の帽子を取り出し、ナッツに手渡した。
「ナッツ、これ受け取ってくれる? 以前、耳は気温に敏感だって話していたから、この帽子を職人さんに作っていただいたの」
「……!? こ、これって、今陛下が被っていらっしゃるのと同じ帽子ですか!?」
帽子を受け取ったナッツは、自身の手にある帽子と、騎士たちと話しているヴィンスを交互に見やる。ピクピクと動く耳がとっても可愛らしい。
「厳密には耳の形が違うから完全に同じではないのだけれど、ほぼ同じよ。良かったら被ってみてね」
「ぷっきゅーん!! ありがとうございますドロテア様っ! 一生大切にいたします! それでは、早速……! ひゃ〜! これとっても暖かいです〜!!」
ナッツの茶色の耳や髪の毛に、薄ピンク色の帽子は良く似合う。
(喜んでもらえて良かった)
大袈裟なくらいに飛び跳ねて喜ぶナッツの姿に、ドロテアは堪らずくしゃりと満面の笑みを浮かべた。
それからドロテアは、ハリウェルや皆にも帽子を配った。
ちなみに、ハリウェルの帽子はミルクティー色である。他の騎士たちは濃いグレーで、ナッツ以外のメイドたちは白色だ。
「こ、こんなに、素敵なものを……! 私たち全員に……!」
皆が喜ぶ姿はとても嬉しかったのだが、ハリウェルが感動のあまり泣き出しそうになった時は、少しだけ焦った。
「お前たち、準備が整ったなら行くぞ」
「「「ハッ……!」」」
帽子を装着後、見る見るうちに荷下ろしが終わったため、屋敷に向かうため階段を上ることになった。
約三分の一の数の騎士は、屋敷に不審者が侵入するのを防ぐため、事前に警護していた騎士たちとともに階段の下で待機だ。
ドロテアはヴィンスの両親に渡す用のワインをハリウェルに、帽子をナッツに任せ、ヴィンスの隣を歩いていく。
すると、ヴィンスが前を見ながらドロテアに声をかけた。
「屋敷に滞在する三日間、できるだけお前が気を遣わなくて済むよう配慮するつもりだが、苦労をかけることもあるだろう。……悪いが、よろしく頼む」
「お気遣いありがとうございます。これでも案外、精神面は弱い方ではないと自負していますので、ご安心を。……妹の尻拭いのおかげで、諸々鍛えられております」
「ふ、それは確かにな」
とはいえ、一切緊張をしないわけではない。
ヴィンスの両親とは将来的に家族になるのだから、できるだけ好印象を持ってほしい……。そう、思えば思うほど、心臓の鼓動は速くなった。
(けれど、大丈夫かしら……)
ドロテアは事前に、ヴィンスに両親はどのような性格なのかと尋ねた時のことを思い出した。
──『母上は美しい人だが、淡々とした様子が他人に怖がられることがある。父上は強面でのかなりの無口。更に、何を考えているか分かりづらい』
多少は二人の情報が欲しいと思って質問したものの、聞いたことを少しだけ後悔した。
(だって、どちらとも親しみやすい性格とは言えないのだもの……)
せめて、片方がディアナのようにフレンドリーな性格であってくれたなら、どれだけ気が楽だっただろうか。
(……って、だめよ、ドロテア! 今からマイナス思考になっては。話してみると案外盛り上がるかもしれないしね。それに……)
ヴィンスは約五年前、両親が『レビオル』に移ったすぐの頃、ディアナに頼まれて、彼女とともに一度だけこの屋敷に訪れている。
そして、それ以来両親には会っていないらしい。
約五年もの間、家族と顔を合わせていないのなら、ヴィンスの情報にも多少の変化があるかもしれない。
「……なんにせよ、頑張ります!」
「無理はしなくて良いからな。……もしも、ドロテアが少しでも嫌だと思ったら、すぐに王城に戻ろう。滞在の条件など、知ったことか」
「だ、大丈夫ですから! 私はそんなに弱くありませんし、折角の機会ですから、ヴィンス様のご両親と少しでも距離を詰められたらなと思っています」
「……分かった」
過保護に愛されるのは嬉しいが、今回ばかりは甘えるわけにはいかない。
ドロテアが改めて頑張らないと……と意気込み、階段の最後の段を上りきる。
すると門番が門を開いたのと同時に見えた、褐色色をした味のある屋敷に、ドロテアから感嘆の声が漏れた。
「わあ……っ、素敵……」
褐色色の屋敷の精巧な作り、所々に積もった純白の雪、細やかな細工が施された窓ガラス。そして──。
「えっ」
屋敷の玄関の前に立つ、二人の男女。
美しい瑠璃色のドレスに身を包んだ女性と、黒い軍服のような装いの男性。
どちらも漆黒の耳と尻尾を有している。男性のそれはヴィンスやディアナと酷似していて……。
「遥々いらっしゃい、ヴィンス」
「……よく来たな」
まさか、ヴィンスの両親が出迎えてくれるなんて思ってもみなかったドロテアは、素早くパチパチと目を瞬かせた。




