87話 『レビオル』について
ヴィンスの両親のもとへ挨拶に行くことが決まった次の日。
ドロテアはヴィンスや文官たちの仕事を手伝いながら、その合間に目的地である『レビオル』について調べていた。
「『レビオル』──ある程度のことは知っているつもりだけれど、改めて調べておかないとね」
自室のソファに腰掛けたドロテアは、『レビオル』についての記述がある本に目を走らせる。
『レビオル』とは、レザナードの最北端の都市のことだ。
(確か、ヴィンス様のご両親は、五年前──ヴィンス様が王に即位したのとほぼ同時に、『レビオル』に移ったのよね)
というのも、『レビオル』が、隣国『アスナータ』との国境に位置しており、この二つで日々睨み合いが行われているからであった。
どうやら『アスナータ』に住む人々は獣人のことを酷く嫌っており、何かといちゃもんを付けてくるらしいのだ。
今はまだ国境にいる騎士同士の口喧嘩で済んでいるみたいだが、何がきっかけで争いに変わるかは分からない。
そのため、ヴィンスの両親は騎士の一部を引き連れ、牽制のために『レビオル』に住むことにしたようだ。レザナード前国王夫妻がいる土地に、敵は下手なことはしないだろうと。
そんな『レビオル』だが、山々に囲まれた土地で、温暖なレザナードで最も寒い地域である。
ここ数年で急激に寒さが悪化し、一年に三ヶ月ほどは雪が降り積もることもあるらしい。
しかし、その気候のおかげもあって、レザナード国内では『レビオル』でしか見られない珍しい植物が存在するという。
(甘い樹液が出る、クヌキの木! 数日間は屋敷に滞在させてもらえるみたいだから、一日くらいは山や森に行って、クヌキの木を探してもいいかしら……?)
サフィール王国にもクヌキの木はなかったので、ドロテアは図鑑や本でしか見たことがなかった。
挨拶がメインであることは重々承知しているが、知的好奇心が旺盛なドロテアは、もし直に見られるなら見たい。……いや、なんなら触ってみたい、と思わずにはいられなかった。
(『レビオル』に行ってからのことは、ヴィンス様にまた相談してみましょう)
それに、ドロテアが山や森に行きたい理由がもう一つ。
『レビオル』の山や森の魅力はクヌキの木だけでなく、多くの動物が生息している。
その中でもドロテアが是非見てみたいのは、プシュという動物だ。
見た目はとてもオコジョに似ていて、普段は山野の地肌に溶込むような褐色をしているのだが、『レビオル』では雪に紛れる白色になるらしい。
(白いプシュ、見てみたい……。絶対に可愛いに違いない……)
何にせよ、『レビオル』に向かうのならば、暖かい服を用意しなければ。
(生地が分厚いドレスはもちろん、コートかポンチョ、足元が冷えないようにブーツもいるかしら。あ、それに手袋も)
王城から『レビオル』までは、馬車で約二日の道のりだ。
どの辺りから寒くなるかは分からないため、コート類は馬車内に持ち運んで置くほうが無難だろう。
「ナッツ、貴女も『レビオル』には一緒に行ってくれるのよね? 冬用の服や靴なんかの用意しておいてもらえる?」
ドロテアは本から視線を持ち上げ、斜め前に位置するナッツに問いかけた。
「はいっ! もちろんです! 『レビオル』でもドロテア様のお世話をさせていただきますっ! 暖かい服装の準備もお任せください!」
「ふふ、ナッツがいてくれるならとっても心強いわ。それに、いつもありがとう」
「ぷっきゅーーんっ! どこまででも着いていきますドロテア様!」
ぶりんぶりん! 尻尾を大きく揺らすナッツに、ドロテアはついつい顔が綻んでしまう。
(ああ、なんて可愛さなの……。尻尾に顔を埋めたい……って、また私ったら!)
ドロテアは自らの欲望を吐き出さんと、「ゔ、うん!」と咳払いをしてから、会話を続けた。
「ハリウェル様を含めた騎士の皆様も護衛で着いてきてくれるみたいだから、かなりの大所帯になりそうね」
「はいっ! あ、ドロテア様、ディアナ様のことは既にお聞きになりましたか?」
「ええ。ディアナ様は、『レビオル』に行けなくなってしまったのよね」
というのも、『レビオル』に出発する約二週間後のその日に、ディアナは先約を入れてしまっていたそうだ。
仲の良い令嬢の誕生日パーティーだそうで、断るわけにはいかなかったという。
そのため、一日遅れて『レビオル』に向かい、合流するつもりらしい。もちろん、ラビンも一緒に来るようだ。
「ディアナ様はさておき、問題は手土産に何を持っていくか、よね」
「このナッツ! ドロテア様がご指示くだされば、何でもご準備しますからね……!」
「ええ、ありがとう……。もう本当にありがとう」
茶色のふわふわの耳をピンッと立てて、胸の前で両拳をギュッと握り締めるナッツの可愛らしさにも感謝しつつ、ドロテアは改めて手土産について考えてみる。
(寒い地域に出向くのだから、手土産は暖かいもののほうが良いわよね……。あ、そうだわ)
ヴィンスやディアナに確認してからになるが、ワインはどうだろう。ただのワインではなく、ホットワインに適したワインをいくつか持っていけば、喜ばれるのではないだろうか。
(この辺りではホットワインはあまり飲まれないけれど、『レビオル』のような寒い地域ならホットワインは人気のはず。アルコールの度数の高いもの、低いもの、それこそ最近売り出されたアルコールのないものもや、甘みの強いものも持っていけば……)
更に、ホットワインによく合うスパイスやハーブ、フルーツを持っていっても喜ばれるかもしれない。
どれも荷馬車の場所を取らないし、二日の馬車の旅で腐るようなものでもないから、運搬の問題もないだろう。
(ヴィンス様もワインは好まれるし……うん。良いかもしれない)
しかし、これだけでは些か物足りない気がする。
せっかくヴィンスの両親に会うのだから、もう少し特別な手土産を準備したい、のだけれど。
(コートやブーツは持っているだろうし……そもそもサイズがあるものはあまりね……)
と、すると、無難なのはマフラーだろうか。
肌触りが良く、保温性が高いマフラーを選べば、それほど嫌がられるということはないはず。デザインもシンプルなものを選べば……。
(でも、普通に考えて、マフラーは既に持っているわよね……。とはいえ、他の防寒具といっても……って、あれ? そういえば、獣人の皆さんの耳や尻尾って……)
はたと疑問に思ったドロテアは、ナッツに問いかけた。
「ねぇ、ナッツ。ナッツ……というか獣人さんたちのお耳や尻尾って、暑さや寒さはどう感じているの?」
「そうですね……。一概には言えませんが……基本的には、温度に対して耳は敏感で、尻尾は鈍感、でしょうか?」
……つまり、獣人たちの耳は寒さを敏感に感じ取るということ。
「ありがとう! ナッツのおかげで、良いものが思い付いたわ!」
「うふふっ! お役に立てて何よりですっ! もしお手伝いできることがありましたら、何なりとお申し付けくださいね!」
それからドロテアは、様々な種類の毛糸の準備や、とある職人に連絡を取ってもらうようナッツに指示をした。
ナッツはお仕着せからメモとペンを取り出し、ササッとそれにメモをすると、「そういえば」と口を開いた。
「昨日から早速、ルナさんが王宮メイドとして働き始めたようですよ。大変優秀だそうで、それはもう執事長が大喜びだそうです!」
「……! 本当? 良かった……。教えてくれてくれてありがとう、ナッツ」
事前にナッツには、ルナが王宮メイドとして働き出すかもしれないことと、そうなった際は知らせてほしいと伝えてあった。
けれど、セグレイ侯爵家の不正が分かってから、まだ一週間も経っていないうちに、セグレイ侯爵家のメイドを辞めて、王宮メイドとして働き始めるとは……。
(ルナさん、凄まじい行動力……!)
おそらく家族のことは一段落したため、王宮メイドの門を潜ったのだろう。しかし、ルナが目指す専属メイドは、誰でもなれるわけではない。
(ルナさん、待っていますね。専属メイドとして、貴女に仕えてもらえる日を──)
婚約パーティーの日、『ドロテア様にお仕えするためでしたら、なんだって頑張れます』と語ったルナのことを思い出しながら、ドロテアは柔らかな笑みを浮かべた。




