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83話 愛らしい黒狼様

 

 ──獣人のヴィンスが突然、狼の姿になったという事実。


 それはドロテアにとって、雷に打たれたような衝撃だった。


「え、えっと、どうしましょう……! 狼になったヴィンス様が可愛い過ぎるわ……!」

「ウオーン……?」


 触り心地の良さそうな黒い毛に覆われた体。

 切れ長なのにどこか愛らしい金色の瞳。

 獣人の時から健在の、ついついもふもふしたくなる耳に尻尾。


「ああ、触りたい……。って、だめよドロテア!」


 つい欲求に飲まれそうになったが、今はそれどころではない。

 今日が満月であることや、この部屋に二人きりだったことからも、十中八九目の前にいる狼はヴィンスが変化した姿で間違いない。

 とはいえ、まずは確実にそうなのかを確認しなければ。


 ドロテア両膝を床につけ、狼とできるだけ目線の高さを合わせから声をかけた。


「ヴィンス様、ですよね……?」

「アオン!」

「溌剌としたアオンが可愛い……! じゃない! 今のは返答でしょうか……? それともただ鳴いただけ……?」


 見たところこちらの意味を理解し、返事をしたように見えるが、もう少し確認しておいたほうが良いだろうか。


 ドロテアは、冒頭に申し訳ありませんが……と謝罪を入れてから、再び問いかけた。


「私の目の前にいる狼さんがヴィンス様なのであれば、一旦お座りをしていただいても……?」


 すると、狼は「アオン」と軽く吠える。

 そして、すぐに後ろ足を曲げて、床に尻を着けるように座った。


「……! や、やはりヴィンス様なのですね……!」

「ウオーン!」


 狼の正体がヴィンスであることは間違いなく、かつこちらの言葉は通じているようだ。

 これなら意思疎通が図れる。安堵したドロテアは、狼ヴィンスの前にずいっと手を差し出した。


「いくつか確認がありますので、合っているようなら私の手の上にヴィンス様の手を置いていただいてもよろしいですか?」

「アオン!」

「かわ……じゃない! では、早速質問なのですが、お体の調子はどうですか? 狼の体になって、体調不良などは……」


 そう問いかけたものの、ヴィンスが手を動かす様子はない。

 どうやら、新月の夜に人間化する時のように、体調が悪くなることはないらしい。


「良かったです……。安心しました」 


 ドロテアがふにゃりと微笑むと、ヴィンスはドロテアの手に顔を近付けて、頬をスリスリと擦り寄せてきた。


「クゥーン」


(え!? 手にスリスリしてくるのも、甘えた鳴き声も可愛すぎない……!? て、そうじゃないんだってば! しっかりしなさいドロテア!)


 狼ヴィンスのあまりの可愛らしさと、彼が元気だということが分かった安心感もあって、どうにも暴走気味だ。

 ドロテアは自身を厳しく律してから、次の問いかけを行った。


「あの、念の為にお伺いしますが、ヴィンス様はもとのお姿に戻れるんですよね?」

「アオン!」


 狼ヴィンスの前足が、ぽんとドロテアの手の上に置かれる。


 ヴィンスが元の姿に戻れることに安心したのも束の間、ドロテアは彼の前足を食い入るように見つめた。


(こ、これが肉球……!)


 初めて触れる狼の肉球。

 以前、犬の肉球に触ったことがあったが、狼の肉球のほうが少し弾力があって、見た目もシャープに見える。


「可愛い……可愛い……」


 肉球をもみもみし、その気持ちよさを知ってしまっドロテアの欲望は限界突破した。

 空いている方の手ではヴィンスの耳や頭、体に尻尾、とにかく様々なところをもふもふしまくる……のだけれど。


「……ハッ! 私は今、何を……!?」


 無意識に狼ヴィンスをもふもふしていたドロテアはハッと我に返ると、「申し訳ありません……!」と謝罪した。

 それから、名残惜しさがありつつも、彼の前足を元の位置に戻し、もふもふしていた手を止める。


 ドロテアは咳払いをしてから、次の質問に移った。


「では、ヴィンス様が元の姿に戻れるのは、新月の時と同じように、太陽が登ってから──」


 ──ボンッ!!


 でしょうか? と続くはずだった言葉は、突然聞こえた小さな爆発音により掻き消された。

 しかも、またもやヴィンスの周りには白い霧のようなものが立ち込めている。


「こ、これはもしや……」


 ヴィンスが獣人から狼になったのと同じ現象が起きているということは、つまり──。


「……ハッ! 服!」


 ドロテアは急ぎ床に乱雑に落ちているヴィンスの服を、その霧の中に入れる。

 そして、ヴィンスがいた場所に対して背を向けて、数秒待てば──。


「ドロテア」

「ヴィンス様……! お戻りになられたのですね……!」


 聞き慣れた低い声が背後から聞こえ、ドロテアはホッと胸を撫で下ろした。


「服を着るから少し待っていろ。その後にきちんと話す」

「は、はい! かしこまりました」


 それからドロテアは、背後に聞こえる布が擦れる音に妙にドキドキしながら、ヴィンスが着替え終わるのを待った。

 そして約一分後、ヴィンスに声を掛けられたドロテアは、彼と共にソファに横並びで座った。

 思いの外着替え終わるのが早いなと思いきや、どうやらパーティー用のジャケットや装飾は身に着けなかったようで、彼はズボンとジャケットの内側に着ていたシャツといったラフな装いだった。


(要望を言えるのなら、もう一つボタンを締めていただきたいけれど……)


 上から三つ目までボタンが開けられているので、ヴィンスの肌色の面積が多いのだ。

 首筋はもちろん、美しく浮き出た鎖骨に、鍛えられた胸板なんて、色気がとんでもない。


「……ドロテア。どこかおかしいところがあるか? ずっと俺の体を見ているだろう?」

「……!? い、いえ何も。パーティーの後でお疲れでしょうし、そのままの恰好で問題ありません」


 冷静な声色で伝えられたものの、ヴィンスの体を見ていたことがバレていたのだと思うと恥ずかしい。

 ドロテアは顔を真っ赤にさせる。


 すると、ヴィンスは微笑してから「さて……」と呟いた。


「どこから話すか……。まずは、何故俺が狼の姿に変化したか、というところか」

「やはり、満月が関係していらっしゃるんですか?」

「……さすが、ドロテア。そう、お前の言う通り、俺が狼の姿になるのは満月の夜だけだ」


 仮説が合っていたらしいが、ドロテアはこれまでのことを思い出し、眉を顰めた。


「しかしながらヴィンス様。確か、私が謝罪をするためにレザナードに訪れた日も、サフィール王国の建国祭の日も、確か満月でしたが、ヴィンス様はどちらの日も、狼の姿にはなっていませんでしたよね?」

「……良く覚えているな。そのとおりだ。満月はおよそ一月に一度訪れるが、俺が狼に変化したのは十年以上……いや、もう十五年以上ぶりか」


 思い出すように、そう話すヴィンス。


 満月が影響して狼に変化するのに、長期間変化しなかったのは何故なのか。そして、今日に関しては何故変化したのか。


 狼化を引き起こす因子について、ドロテアが思考を働かせていると、ヴィンスが口を開いた。


「俺は、満月の夜に感情が昂ると狼へと姿が変わるんだ」

読了ありがとうございました! 

長らくおまたせして申し訳ありません……!

完結まで突っ走ります!

楽しかった、面白かった、続きを読んでみたい!

と思っていただけたら、読了のしるしに

ブクマや、↓の☆☆☆☆☆を押して(最大★5)評価をいただけると嬉しいです!ランキングが上がると、沢山の方に読んでいただけるので作者のやる気と元気がアップします(๑˙❥˙๑)♡なにとぞよろしくお願いします……!

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