82話 満月の夜
ヴィンスの目をじっと見つめて、ようやく伝えることが出来た、大好きの一言。
自然に溢れてきたせいか、羞恥の気持ちはあまりなくて、ドロテアはヴィンスを見つめ続ける。
すると直後、ヴィンスが唇を震わせた。
「……っ、お前な……緊張してたんじゃなかったのか」
ヴィンスからしてみれば、この告白は不意打ちだったのだろう。
自身の膝を見るように俯いて、ドロテアに触れていない方の手で口元を押さえてるその姿は、明らかに動揺しているようだった。
いや、厳密に言うとこれは動揺ではなく──。
「ヴィンス様、もしかして、照れていらっしゃいますか……?」
「…………そう思うなら、少し黙っていろ」
「……っ」
耳をピクピクと小刻みに動かし、尻尾が控えめにゆらゆらと揺れる。
黒髪から僅かに覗くヴィンスの頬には赤みがさしており、それにつられるようにドロテアの白い肌もぶわりと紅潮した。
「や、でも、だって、ヴィンス様、もう私のお気持ちはご存知だったでしょう……?」
込み上げてきた羞恥のせいで、声が震えてしまう。
そんなドロテアの問いかけに、ヴィンスは一瞬間を置いた。
そして、口元から手を離し、頬を赤らめたまま視線だけをドロテアに移す。その切なげな金色の瞳にドロテアはごくりと唾を呑むと、ヴィンスが囁いた。
「ドロテアに面と向かって好きと言われることが、こんなにも幸せなものだと思わなかった」
「〜〜っ」
「……まずいな。これは想像以上に、嬉しい」
「ヴ、ヴィンス、さま……」
そしてヴィンスは、体ごとドロテアの方を向いて、彼女の頬にそっと手を伸ばす。
ドロテアが驚いてぎゅっと目を瞑ると、ヴィンスはほんのりと赤く染まった彼女の頬をすりすりと撫で上げた。
「なあ、ドロテア、もう一度好きだと言ってくれ」
「……!」
ヴィンス言葉に目を見開けば、ドロテアの視界に映るのは、縋るような目で見つめてくる彼の姿。
至近距離でそんなふうに見つめられたら恥ずかしい。それなのに、その瞳に吸い込まれるかのように、ドロテアは一切目を逸らせなかった。
「ヴィンス様……好き。大好き。……ヴィンス様の全てが、大好き」
「……っ、ドロテア」
その直後、ドロテアの手と頬からヴィンスの手が離される。
そして、ヴィンスは直ぐ様ドロテアの背中に腕を回して、力強く抱き締めた。
「ヴィンス様……ふふ、苦しいです」
ヴィンスの腕の中で何とも幸せそうに呟いたドロテアは、おずおずと彼の背中に手を伸ばす。
ヴィンスの、広くて逞しい背中。密着した体から伝わる激しい鼓動に、熱い吐息。
「ドロテア、俺も好きだ」
「……はい。私もです」
それらを感じながら、また愛を伝えあうと、ヴィンスの腕の力が弱まった。
合わせたようにドロテアも腕の力を緩めて、どちらからともなく見つめあう。
「……ドロテア、触れたい」
ギラギラと荒々しく光る黄金の瞳からは、いつもの優しさよりも切ないほどの欲が見える。
「……私も、ヴィンス様に触れたいです」
大好きな人に求められることはなんて幸せなのだろう。
ドロテアもヴィンスに触れてほしくて、触れたくて、迷うことなく気持ちを言葉に乗せた。
すると、ヴィンスは一瞬奥歯を噛み締めてから、表情の緊張を解いて微笑んだ。
「後悔しても知らないぞ」
「後悔なんてしません。……だって、ヴィンス様のことが大好きですもの」
「……っ、お前に一生、勝てる気がしないな」
そんなヴィンスの言葉を最後に、ドロテアは性急に姫抱きをされ、近くにあったベッドへと誘われた。
「ヴィンス、さま……」
ドレスの上からでも感じられそうな、ひんやりとしたシーツの温度。
ドロテアは仰向けの状態で、自分の上に跨っているヴィンスを見つめた。
(余裕のなさそうな表情をしている彼の先に私が居るのだと思うと、変な気分だわ……。でも、嬉しい……)
サラサラとした漆黒の髪も、こちらを見下ろす黄金の瞳も、色香が隠しきれていない口元も、しっかりとした顎のラインも、ずっと覚えておきたい。
きっと、こんなヴィンスを見られるのは、自分だけの特権なのだろうとドロテアは思う。
「ドロテア、嫌だと思ったら直ぐに言え」
「……はい。……とは言え、ヴィンス様にされて嫌なことなんて何一つないと思います」
「…………。相変わらず、無自覚に凄いことを言うな」
半ば呆れたようなヴィンスの表情に、ドロテアは素早く目を瞬かせた。
「……えっと?」
「もういい。……少しだけ、黙っていろ」
「は、はい──んっ」
ヴィンスの顔が近付いてきたと思ったら、柔らかな唇が落とされる。
これからの甘美な時間を受け入れんと、ドロテアはそっと目を閉じた。……と、いうのに。
──ボン!!
「えっ……!?」
突然聞こえた小さな爆発のような音に、ドロテアは声を上げて、瞠目した。
「な、何が……っ」
ヴィンスが居たはずの場所には、もくもくとした濃い霧のようなものが立ち込めている。
そのせいで愛おしい彼の姿は視界に捉えられず、さっきまで感じていた唇の温度も今は感じられない。
それに、ヴィンスの声も聞こえない。
(ヴィンス様はどこに……!? 一体何が……!?)
思わぬ事態にドロテアは急いで上半身を起こす。
それから、その場で部屋中を見渡した。
ヴィンスが居ないことを確認したドロテアは、もくもくとした濃い霧に向かって、彼の名を叫んだ。
「ヴィンス様……っ! ヴィンス様……!!」
「わぉーん……」
「……え? わぉーん……?」
聞き間違えだろうか。ヴィンスが居た辺りの煙が立ち込める場所から、いつもの聞き慣れた声ではなく、まるで狼や犬の鳴き声のような声がする。
「どういうこと? ……って、あれ? 何でヴィンス様の服が……?」
少しずつ霧が薄くなっていくと、先程までヴィンスが着ていた衣服がベッドの上に乱雑に置かれているのが目に入る。
同時に、煙から薄っすらと見える人間とは思えないシルエットに、ドロテアは混乱しながらも、とある仮説を立てた。
「ちょっと待って……。そんなわけ……。いや、でも、ヴィンス様、新月には獣人から人になったわけで……。今日は、満月で……」
突然消えたヴィンスの姿と、先程の鳴き声、乱雑に置かれた衣類に、人から大きく離れたシルエット。
「まさか……」
目の前のそれがぶんぶんと首を振ると、瞬く間に消えて無くなる白い霧。
ドロテアは何度も目を擦ったり、自分の頬を抓ったりして、これが夢ではないことを確認してから、ごくりと息を呑んだ。
「ヴィンス様が、狼のお姿に──!?」
相変わらずの黒い耳と尻尾。普段より発達した顎や牙に、全身に毛を纏った、本物の狼──黒狼。
「うぉーん……」
覇気のない鳴き声でこちらを見つめてくる狼姿のヴィンスに、ドロテアは驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。
読了ありがとうございました!
これにて、第三章完結です……!
フローレンス様を書くのとっても楽しかったです(^o^)うふふ!
そして、まさかの最後……! 満月にも何か起こるかも?と、予想していた方、当たってましたか!?
第四章では狼ヴィンスについてと、更に新たな仲間を加えたお話が書けたらと思っています!(もろもろ原稿があるので、少しお時間くださいね……!)
ここまで読んでくださってありがとうございました!
ブクマはそのままで! 是非お祝いのお星さま★★★★★をいただけると幸いです……!
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