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75話 誰かを傷付けるのはいけません

 

 (なるほど。……あの様子だと、やっぱりフローレンス様がルナ様を強制的にこのパーティーに参加させたのね。……その目的は、フローレンス様(自分)の代わりにドロテア()にワインを掛けて恥をかかせること。それと、どこからか手に入れた私が平民に下るという情報をルナ様に吐露させ、私を陥れること)


 ドロテアが平民になることの情報は、おそらくセグレイ侯爵が手に入れたのだろう。王城に割と出入りしている侯爵ならば、有り得ない話ではない。


 そして、侯爵はその情報をフローレンスに伝えた。

 フローレンスはヴィンスに好意を抱き、ドロテアのことを敵対視している。そのため、この情報を使ってドロテアを陥れようと考えたと想像するのは難しくなかった。


(ルナ様を使ったのは、フローレンス様が自らの手を汚さないため。現状、私への不敬で罰せられることがあるとすれば、ルナ様だものね)


 ドロテアは一瞬の間にそこまで考えを巡らせると、周りの貴族たちが「ドロテア様が平民になるのか?」、「本当なのかしら?」、「そうだとしてもワインを掛けるのはまずいわよ」と、ひそひそと話していることに気付く。


(……いけない。とりあえずこの場を落ち着かせなきゃ)


 そんな中、ドロテアとルナに近付いてきたのは、わざとらしくコツコツとヒールの音を立てて、ギラギラとした金色のドレスを靡かせて歩いて来るフローレンスだった。


「あら〜。ドロテア様大丈夫ですか? せっかくの綺麗なドレスがワイン塗れですわね」


 愉悦を浮かべて登場したフローレンスは、ドロテアと向かい合っているルナの隣でピタリと足を止める。

 言葉でだけは心配の素振りを見せているフローレンスだが、その声も顔も、愉快と言わんばかりのものだった。


 そんなフローレンスに、ドロテアは淡々と答えた。


「……フローレンス様、ご心配痛み入ります。しかし、このドレスの生地は染み抜きがしやすい素材ですから、問題ございません」

「は? ……へ、へぇ? そうですの? それは良かったですわね! って、そんなことよりも! まさかドロテア様が平民に下るだなんて聞いてびっくり! 本当ですのぉ?」


 ニヤリと口元に弧を描いて、問いかけてくるフローレンス。


 彼女が、「ルナはどこからそんな話を聞いたのかしら?」、「皆様はこんなこと知っていらしたの?」なんて饒舌に話す姿は、心底楽しそうに見えた。


「ええ、本当のことですわ」


 そんな中で、ドロテアは端的に受け答えをする。

 より一層ニヤリと笑みを浮かべるフローレンスの一方で、その隣に居るルナは全身をカタカタと震わせ、俯いていた。


「あらっ! ではドロテア様はヴィンス様の婚約者だというのに、平民になってしまわれるのですか!? まあっ! それは大変ですわ〜! 歴代に平民の妃なんて居たかしら〜?」

「…………」


 口を噤むドロテアの顔から、彼女のドレスの汚れに、フローレンスは視線を移す。


「ふふっ。けれど確かに、平民になる方には今のドレスがお似合いだわ〜! あらやだ、私ったら失礼かしら! おほほほほっ!」

「そんなことはないさ、フローレンス!」


 高笑いするフローレンスに同意するように現れたのは、先程まで少し離れたところに居た彼女の父、セグレイ侯爵だった。

 侯爵はフローレンスの側に寄ると、ドロテアに対して厭らしく笑ってみせた。


「失礼だが、ドロテア嬢。今後平民となるような貴方に国母が務まるとは、到底私には思えないのだがね」

「ちょっと、パパ! そんなこと言ったらドロテア様が泣いちゃうわよ〜! 可哀想じゃない!」

「どうせ直ぐに平民になる彼女を心配してやるだなんて、フローレンスは優しいなぁ! やはり妃には、お前のほうが相応しいと私は思うんだがなぁ!」

「…………」


 ニヤニヤニヤ。これ以上ないくらいに悦に浸って会話をするセグレイ侯爵親子を、ドロテアはただじっと見つめている。


 もちろん、二人に対して不敬だと言うことは可能だが、ドロテアには、強い決意があったから──。


(私はたとえ平民になろうと、それでも認めてもらえるような王妃を目指したい。ヴィンス様の隣でこの国のために尽くしたいという気持ちは、セグレイ侯爵閣下たちに何を言われたって揺らぐことはないわ)


 だから、ドロテアはここで何かを反論するよりも、能力で、成果で、自身がこれからもヴィンス側に居ることを貴族たちに認めてもらわないといけないと考えた。


(……だから、私がすることは。伝えることは──)


 ドロテアはドレスを両手で摘まむと、フローレンスたちと不安げな周りの貴族たちに対して、美しいカーテシーを披露してみせた。


「……確かに私は、平民という立場になります。その事実は、皆様に不安を与えるかもしれません。……けれど、この国をより良くしたいという気持ちは何ら変わりません。ですから皆様、至らない私ではございますが、これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いできればと存じます」


 この国のために尽くしたいという気持ち。皆と共に、この国をより良いものにしたいという気持ちを言葉に込める。


 ──すると、直後。

 周りの貴族たちと反応は、先程とは大きく変わったのだった。


「まあ、ドロテア様ならたとえ平民でも問題ないと思うな」

「そうよね。ドロテア様が優秀でいらっしゃることは、貴族たちの間では有名なことだもの。確かこの前のフウゼン染めについても解決したのはドロテア様なのでしょう?」

「ええ、そうなのよ。ドロテア様が来てから国の細やかなところにも整備や支援がより行き届くようになったし、それにあの陛下が認めた方なのだから、平民でも問題ないと思うわ!」


 最後の発言は、ユーリカだ。そんな貴族たちの声は、ドロテアの耳にもしっかりと届いた。


「皆様……」


 今までの頑張りが貴族たちに知れ渡っていることに驚くと同時に、認めてもらえていることにドロテアは涙が出そうになる。

 けれど、それを必死に堪えて再び皆に向かって何度も頭を下げれば、そんなドロテアに悔しそうに顔を歪めたのはセグレイ親子だった。


「……な、何よ、この空気は……!」

「……くっ」


 顔を上げれば、ドロテアの視界に映るのはフローレンスたちの悔しそうな顔だ。予想とは違う展開に苛立っているのだろう。


(……けれど、これで今日のパーティーでは大人しくしているでしょうね)


 セグレイ親子はこれでも侯爵家の人間で、立場がある。周りの貴族たちがドロテアが平民でも構わないとしている中で、これ以上悪目立ちはしたくないはずだ。


「お、おほほほほ! さすがドロテア様ですわ〜!優秀でしたら平民でも構わいませんわよね! さ、先程のことは冗談ですのよ? 分かってくださいますわよね?」

「そ、そうだ! 先程の発言は冗談だったのです、ドロテア嬢!」

「……なるほど、冗談ですか」


 現に、自分たちの言葉は冗談であったと、フローレンスたちは声を大にして言う。


 それが嘘であることはドロテアには容易に分かったけれど、パーティーが円滑に進む方が重要だろうと、ドロテアはフローレンスたちの嘘を飲み込むつもりでいたというのに。


「ちょっとルナ! あんたがドロテア様にワインを掛けて、あんな事を言うから騒ぎになったじゃない! どう責任を取るつもりなの!? 意図的にドロテア様に恥をかかせるなんて、あんた牢獄行きは確定よ!」


 保身のためか、周りの貴族たちからの注意を逸らしたいのか、ローレンスはセグレイ侯爵と共にルナから距離を取ると、そんなルナに向かって指をさす。

 ドロテアのことを慮っていると思わせるような発言でフローレンスはルナを責め、ルナの顔はサアっと顔を青ざめた。


「……っ、申し訳ありません……っ」


 そして、ルナはドロテアに向かって、深く頭を下げる。言い訳もせず、ただひたすら。


(ルナ様……っ)


 その姿はとても痛々しく、ドロテアは胸が締め付けられる。


 同時に、「こんな最低な女を雇って失敗だったわ!」、「本当にそうだな! もう解雇だ解雇!」などとルナを責め続けるセグレイ親子に、ドロテアの脳内ではプツン、と何かが切れる音が響いた。


「……許せません」


 ドロテアは俯き、冷たい声色でそう呟く。

 これ以上、パーティーで問題を広げないほうが良いということは分かっていても、ルナが陥れられているこの現状に、もう我慢ならなかった。


「そ、そうですわよね! ルナのこと許せま──」

「フローレンス様、何を仰っているのですか」

「えっ」


 ドロテアは顔を上げて、鋭い眼差しでフローレンスを捉える。

 そして、素早く目を瞬かせるフローレンスに向かって、こう言い放った。


「私はフローレンス様に言っているのですよ。ルナ様を()()、命令に従わせている、貴方に」

「……なっ」

「だ、騙す……?」

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