53話 先に出会っていれば良かったのか
あのときのハリウェルのことはよく覚えている。
辛そうな彼に肩を貸して部屋のベッドに寝かしつけたことも。
その時、貴族の身なりをしたハリウェルに医者を呼ばないでと言われ、何かしら事情があるのだろうと察したドロテアが出来るだけ彼を看病したことも。
寂しい寂しいと口にするハリウェルの手を握って、彼が眠りにつくまで傍にいたことも。
「そうです。改めて、お久しぶりです、ドロテア様……」
「……っ、ハリウェル様……その、本当に申し訳ありませんでした。私……すっかり忘れていて……」
八年前、名前を聞かれて答えた覚えがあるので、きっと顔だけでなく、名前もはっきりと覚えていたに違いない。
再会したときのことを思い出すと、おそらくそうで間違いないのだろう。
ドロテアが深く頭を下げると、ハリウェルが「顔を上げてください」と口にする。その指示に従えば、彼の表情はスッキリしているようにドロテアには伺えた。
「謝らないでください。八年前に一度会っただけです、忘れていても不思議ではありません。それに、あの頃のドロテア様が狼と月の関係を、人間の姿をしていた私が実は獣人だと知る術はないのです。再会したからと言って、直ぐに思い出せるはずがありませんよ」
「それは……」
「それに、今思い出してくれたならそれだけで私は嬉しいです」
ハリウェルはそう言うと、ドロテアの手をぎゅっと握り締めた。
「……っ」
酷く熱い、ゴツゴツとしたハリウェルの手。
同じ男の人でもヴィンスとは少し違って、ドロテアは咄嗟に引こうとした。けれど、より強く握られてしまえば逃げることは敵わなくて、ドロテアは困惑を瞳にたたえてハリウェルを見つめた。
「八年前……ドロテア様はこうやって手を握って、大丈夫ですかって何度も声を掛けてくれました」
「……っ、ハリウェル様……」
「医者を呼ばないでという私の我儘にも深く聞かないでくれて……けれど放っておけないからと、献身的にに看病してくれて……心細くて、体調も悪かった私には、ドロテア様がまるで女神様のように見えたんです」
「女神様、って、そんな……っ」
ドロテアからすれば、そんな大したことをした覚えはなかった。
苦しんでいる人を当たり前のように助けただけ。訳ありそうだったので、自分で看病しただけのこと。
ドロテアにとってそれは、過度に感謝されるようなことではなかった、のだけれど。
「あのときの、当たり前のように助けてくれるドロテア様の姿に、私が眠りにつくまで手を握ってくれるような心優しい貴女に、私は、心を奪われました」
「……っ」
目尻を下げて微笑むハリウェルに、ドロテアはぎゅっと胸が締め付けられた。
「私はあのときからずっと、ドロテア様のことが好きだったんです。……だから、いつか貴女に会えたときに誇れる自分でいようと、立派な騎士になるために必死に修行をしました。そんなとき……貴女に再会した。陛下の婚約者を紹介するとは聞いていたのに、それを忘れてしまうくらいに、ドロテア様に会えた事を……運命だと思ってしまいました」
だから、ハリウェルは再会した途端に求婚をしたのだという。
ラビンがうまく誤魔化してくれた上でその場は事なきを得たのだが、ヴィンスにはドロテアと出会ったときのこと、彼女に惚れていることを話したのだとハリウェルは語る。
「……誰しも、自分の婚約者を好いているような相手が常に傍にいることは望みません。私は陛下に、専属騎士を降りることを進言したのですが、私が『名誉騎士』であることと、私の腕や陛下への忠誠心を信じて……そのまま任命してくださいました。そんな陛下の恩に報いるためにも、この思いは伝えてはいけないのだと、分かっていたのに……」
ハリウェルはドロテアから手を離すと、俯いて自身の顔を手で覆った。
「あの日と同じように……優しく看病をしてくれるドロテア様を見て、思いが溢れてしまいました……っ、どうしても、ドロテア様に好きだと、伝えたくなったんです」
「…………ハリウェル様、私は……」
好意を向けられる事自体は、純粋に嬉しい。
けれど、ヴィンスを好きだと自覚した今、ハリウェルからの気持ちにはどうやっても答えられない。
人の好意に応えられないことは、心が抉られる程に切ないものなのだと、ドロテアはこのとき初めて知った。
(けれど、きちんと断らなきゃいけない)
ドロテアは眉毛をこの上なく下げて、申し訳無さそうに口を開こうとしたのだけれど。
「……申し訳ありません、ドロテア様を困らせるだけだと分かっていたのに、思いを伝えて」
ドロテアはブンブンと首を横に振る。思いに応えられないのは事実だけれど、決してハリウェルが謝るようなことではないと思っていたから。
「ドロテア様の気持ちは分かっているつもりです。陛下との仲を無理矢理割こうだなんて考えてもいません。ただ、一つだけ聞きたいことがあるんですが……構いませんか……?」
「……はい」
額に粒上の汗を浮かべるハリウェルは、泣きそうな顔で言った。
「ドロテア様は陛下に見初められて、半ば強制的に婚約者になったのだと聞きました」
「…………はい」
「それに、ドロテア様に結婚願望があったことも」
「……そう、ですね」
それほど月日は経っていないというのに、改めて言われると遠い昔のことのように思える。
ヴィンスに見初められたときのことを思い出したドロテアは、その時の光景を頭の端に追いやって、引き続きハリウェルの言葉に耳を傾けた。
「もし……もしも──」
「はい」
「私が陛下よりも先にドロテア様に再会していたら……私が先に求婚していたら、私のことを好きになる可能性はありましたか……?」
「…………!」
縋るような声で紡がれたハリウェルの疑問に、ドロテアは直ぐに是非を出すことは出来なかった。
ハリウェルからの予期せぬ告白に思考が重たくなっていたことと、ヴィンス以外の人を好きになる可能性なんて、今まで一度も考えたことがなかったから。
「………………」
沈黙の空気が二人を包む。ドロテアは頭がぐちゃぐちゃで何も考えられず、けれど答えなければという焦りで余計に思考が働かなくなっていった。
「申し訳ありませんドロテア様! 最後まで困らすようなことを聞いてしまって! 忘れてください……!」
そんなドロテアの心情を察したのか、ハリウェルは溌剌とした声を上げた。
「……っ、ハリウェル様……」
「それに、陛下が待っておいでのはずです! 私はもう大丈夫ですから、ドロテア様はどうか、陛下のところに」
そんな声とは相対して、必死に貼り付けたようなハリウェルの笑顔。
不自然なほどに口角を上げたそれはドロテアに心配をかけないよう、これ以上困らせないよう、必死に作った笑顔であるということくらい、想像するのは容易かった。
「お大事に、なさってくださいね……」
そんなハリウェルの気遣いに対して、今できることはなんだろう。そう考えたドロテアは、今は彼を一人にしてあげるべきなのかもしれないと思い、そう告げると彼の部屋を後にした。
直後、罪悪感に押しつぶされそうな顔で「私は最低だ……っ」と、呟いたハリウェルの声は、一人きりの部屋でやけに響いた。
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