120話 プシュくんは演技上手
毒の正体が発覚してから、今回の事態が落ち着くまでには五日ほどかかった。
現時点で、追加で毒症状が現れる者はいない。
定期的に体調不良者がいないかの確認はしなくてはならないものの、多くの者が通常通りの生活に戻っていた。
ヴィンスやデズモンド自らが住民たちに事の顛末を説明した際には、住民たちのほとんどに怒りはなかった。
結果的に命を奪われた者がいなかったこと、早急で誠実な対応だったこと、獣人たちの多くが穏やかで争いごとを好まない性格であること。
何より、ヴィンスやデズモンドがこれまで身を粉にして国のために働いていたことを彼らが知っているからなのだろう。
『アスナータ』が獣人たちを嫌っていた理由を聞いた『レビオル』の住人たちの反応は様々だ。
この解決には時間がかかるだろうが、デズモンドやアガーシャが責任を持って住人たちと対話を続けると約束してくれた。
諸々の補償についても、デズモンドたちが主に担ってくれるようだ。
数日前まで毒に蝕まれていたアガーシャはというと、既に全快した。むしろ、数日間しっかり睡眠を取れたことで、今までよりも肌艶が良いらしい。
デズモンドの仕事の補佐をしながら、屋敷全体のことを仕切るアガーシャの手腕は流石の一言だった。
ドロテアは手が空き次第、彼女の近くで勉強させてもらったものだ。ディアナも同様で、ここ数日は三人(+一匹)で過ごすことが多かった。
仕事の休憩中、三人で恋愛話に花を咲かせた時のことは良い思い出だ。特に、ラビンがディアナに告白した時の話を聞くのはとても楽しかった。
(色々あったけれど、ヴィンス様とご両親の蟠りは解けたし、私もご両親と仲良くなれたし、クヌキの木の毒の被害は落ち着き、『アスナータ』との誤解は解けた。これからも注視しなければいけないことや対応は残っているけれど、ひとまずは良かったわ……)
そして、『レビオル』に滞在して約一週間。
ついに帰城する日がやってきたのだけれど、一つ問題があった。
「プシュくん、行きましょう? ね?」
夕方に屋敷を立つことになっているため、その前に怪我が完治したプシュを森に返さなければ思い、ドロテアはヴィンスに馬を手配してもらっていた。
そして、プシュを連れてヴィンスと正面玄関から外に出たのだけれど……。
「キュウ! キュウゥゥゥ!!」
「お、落ち着いてプシュくん!」
今まで聞いたことがないような焦り声を上げたプシュは、ドロテアの肩から急いで玄関の扉をカリカリと引っ掻いた。まるで、早く扉を開けろ! と言っているみたいだ。
「プシュくん、ちゃんと森まで送り届けるから大丈夫よ……? 森には家族や仲間だっているでしょう?」
てこでも玄関から離れないプシュにドロテアはしゃがみこんで説得を試みるが、効果はない。
ドロテアが言っていることがイマイチ分からないのか、それとも……。
「もしかしたら、こいつは森に帰っても一人ぼっちなのかもしれないな」
「ヴィンス様……」
馬を近くに繋いだヴィンスは、こちらに歩きながらそう話す。
それは、あり得ないことではなかった。野生動物が子育てを放棄することも珍しいことではなく、プシュは群れで生活する動物でもないからだ。
プシュを森に帰してあげることがこの子にとって幸せなことだと考えていたが、一概にそうとは言えないのかもしれない。
「あの、ヴィンス様……。プシュくんの今後について一つご相談があるのですが……」
ドロテアは、自身の隣にしゃがみこんだヴィンスの顔をじっと見つめる。
「プシュくんを王城に連れ帰ってはいけませんか……?」
窺うような眼差しで見つめれたヴィンスは、ハァ……と溜息を漏らした。
「プシュは『レビオル』のような寒い環境でなくては生きられないのではないのか」
「い、いえ! 年中酷暑でなければ問題ありません! 食事に関しても、この土地以外のもので十分に補えます! もちろん基本的には私が世話をしますし、この子の食事やその他にかかる費用などは全て私が負担いたします! ヴィンス様にも、王城で働く方にも迷惑はおかけしませんから……!」
ドロテアが自分のために必死に懇願しているとプシュは分かったのか、扉に爪を立てるのをやめて、ヴィンスの前にちょこんと座る。
そして、プシュはこてんと首を傾げ、うるうるとした目でヴィンスをじーっと見つめた。
「キュ、キュ、キュウ……」
極めつけに、クヌキの木の蜜よりも甘い鳴き声で念を押す。
絶対に計算なのに、あのヴィンスでさえ心が揺らいでしまう可愛さがそこにはあった。
「くっ……」
ヴィンスが反応に困ったところで、最後はドロテアだ。
彼女は眉尻を下げ無意識の上目遣いを見せた。
「ヴィンス様……お願いします……!」
「……っとに、お前らなぁ……」
プシュの可愛さに心が揺れたのはもちろん、ドロテアにこんなに可愛く、更に必死に頼まれたら、ヴィンスの答えなんて二つに一つだった。
「……分かった。許可する」
「本当ですか!?」
「キュウ!?」
「ああ。このまま無理矢理森に返したところで、こいつは匂いでドロテアを追ってくるのは目に見えてる。その道中に動物に襲われたら目覚めが悪いからな」
それに、プシュは希少な動物だ。保護をするのも王の努めだと、ヴィンスは自分に言い聞かせた。
「やったねプシュくんっ! ヴィンス様、ありがとうございます……!」
「キュウ……!」
よほど嬉しいのか、プシュはドロテアの手のひらに乗ると、体を擦り合わせてくる。
(すりすりすり、もふもふもふ! 幸せっ!)
さり気なく手のひらにキスをしてくるプシュの可愛さにドロテアが悶絶していると、ヴィンスが頬を引くつかせた。
「おいプシュ、一緒に帰ることは許可するが、自重しろ。ドロテアは俺のだ」
「キュッ、キュウ〜」
ちっせぇ男だな〜と言わんばかりの小馬鹿にした顔を向けてきたプシュに、ヴィンスは額に青筋を浮かべたのだった。
その後、ドロテアたちが帰り支度の確認をするために屋敷内に戻ると、ディアナがパタパタとこちらに走ってきたところだった。
「あっ、お兄様にお義姉様! それにプシュくんも! 夕方までもう少し時間がありますから、せっかくなので最後に少し雪遊びでもしませんか?」
「え?」




