118話 私のぬくもりがほしいはずの、いたずらな狼さん
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それからどのくらいの時間、抱き締め合っていたのか、ドロテアは覚えていない。
ただ、ハッと気付いた時には、ヴィンスに抱き抱えらてたまま室内に入っていた。いわゆる姫抱きをされていて、足がプランと浮いている。
「あら!? い、いつの間に……!?」
「ドロテアがあまりにもしがみついてくるから、お前ごと室内に移動した」
「お疲れのところを申し訳ありません……っ、」
しゅん……と落ち込むドロテアだったが、ヴィンスと離れたくないと言わんばかりに彼の服をぎゅっと掴んでしまっている。完全に無意識だった。
ヴィンスは薄っすらと目を細め、意地悪く微笑んだ。
「……お前は本当に可愛いな」
「はい……!?」
その時ようやく、ドロテアはヴィンスの服を掴んでいることを自覚してパッと手を離す。
ヴィンスが丁寧に床に下ろしてくれたので、ドロテアは一歩彼から後退した。
そして、羞恥心を隠すために半ば無理矢理話題を切り替えた。
「何故バルコニーにおいでになったんですか?」
ヴィンスはコートを脱ぎながら、さもありなんというように答えた。
「屋敷の正門にそろそろ着くかという頃に、ドロテアがバルコニーにいるのが見えたからだ。馬は父上に任せて飛んできた」
獣人が跳躍力にも優れていることは、ドロテアは何度か身を持って体験しているため、疑う余地はない。夜目が利くのもしかりだ。
「な、なるほど」
「ああ。一刻も早くお前に会いたかったからな」
「……っ、そう、でしたか」
ドロテアはヴィンスから正装のジャケットを受け取り、それをハンガーに掛ける。
コートが湿っているのは、雪の影響で間違いないだろう。今はもう降っていないが、少し前まで雪がちらついていたはずだ。
「ヴィンス様、湯浴みをされますか? 先にお食事をされてから湯浴みにしますか?」
いくらヴィンスとはいえ、体が冷え切っているのではないか。そう考えたドロテアの提案に、ヴィンスはニヤリと口角を上げた。
「……湯浴みは、ドロテアが体を洗ってくれるのか?」
「!? なっ、何を言って……!」
「ああ、なんだ。体を洗うだけじゃなくて、一緒に入りたかったのか?」
ぶわりとドロテアの顔が真っ赤に染まる。なんだか今日は、ヴィンスがとっても意地悪だ。
「ち、違います……! それに私は既に湯浴みは済ませました!」
「くくっ。それは残念だ。……じゃあ、ともに風呂に入るのは結婚してからの楽しみに取っておこうか」
「〜〜っ」
いや、確かに結婚をしたら、そういうこともあるかもしれないけれど、今言わなくても良いのに……。
ヴィンスは間違いなく、ドロテアの反応を楽しんでいるのだろう。
(でも、こんなやり取りも嫌じゃないんだから困る……)
結局惚れたが負けなのだ。ヴィンスの甘美な意地悪も、それ丸ごと愛おしいのだから。
「ドロテア」
「は、はい」
ボスン、とベッドに腰掛けたヴィンスがおいでと手招きしてくる。
(もしかして、ヴィンス様は、湯浴みやお食事よりもマッサージがご希望なのでは?)
乗馬はかなり足腰が疲れるというから、おそらくそうなのだろう。
それならばそうと言ってくれれば良いのにとも思うが、未来の妻としてそれくらいさらりと気付いて差し上げるべきだとも考えたドロテアは、スタスタと彼のもとに歩いた、のだけれど。
「きゃっ」
突然、手首が捕われたと思ったら、ヴィンスの方に引っ張られてしまっていた。
そして、気付いた時にはヴィンスの両太腿の間にすっぽりとはまるように座らされており、背後から抱き締められていた。
「ヴィンス様……!? どうされ──」
「……悪いが、少しだけ温めてくれ」
(や、やっぱり寒いんじゃないですか!)
湯上がりのドロテアの体がぽかぽかと温かいからか、ヴィンスは首筋に顔をグリグリと押し付けてくる。
首筋に当たるヴィンスの鼻先がかなり冷たい。まるで氷みたいだ。
唇はまだマシだが、それでもいつもよりも冷えていて……。
「……って、ひゃっ……!」
背後から首筋を生暖かい舌でべろりと舐められたドロテアは、小さく体を揺らした。
飛び跳ねるくらいには驚いたのだが、ヴィンスに拘束されているためにほとんど動けなかったのだ。
「はは、良い反応だ」
「……っ、ヴィンス様! お体が冷えているから私で暖を取っているのでは!?」
「……そういえばそうだった。ドロテアが傍にいると、ついな。許せ」
と言う割に、ヴィンスはドロテアの首筋から顔を退けることはなく、今度はひんやりとした唇ではむはむと啄んでくる。
「あっ……」
時折優しく歯を突き立てられ、ドロテアの体にはゾクゾクと羞恥心と快感が駆け巡る。
色香を含んだ声まで漏れてしまったドロテアは、我慢の限界を迎え、勢いよく体を振り向かせた。
「もうだめです……! これ以上するなら、怒りますからね……!」
頬を真っ赤に染め、目に薄っすらと涙をためて睨み付けてくるドロテアに、ヴィンスは瞳に興奮を宿した。
「……そんな可愛い顔で言われてもなぁ。むしろ戯れが止まらなくなりそうだ」
「……んっ!?」
ヴィンスはドロテアに軽く触れるだけの口付けを落とすと、満足げに微笑みながら彼女を拘束していた手を解く。
それから、ドロテアの細い腰を掴んで軽く持ち上げ、自分の隣に座らせた。
「一旦これで我慢しておいてやろう。『アスナータ』のことも話さないといけないしな」
「是非、是非お話を聞かせてください、よろしくお願いします!」
半ば自暴自棄になったドロテアがそう言うと、ヴィンスはくつくつと笑う。
そして、ドロテアが冷静さを取り戻したタイミングで、ヴィンスは話し始めた。
「結論から言うと、『アスナータ』国王との謁見は成功だ。誘拐未遂事件の誤解は解け、住民たちの体調不良の原因が燃やしたクヌキの木が発すると毒であることと、ミレオンを使った解毒剤についてもしっかりと伝えることができた」
「本当ですか……! 良かったです……っ! ホッとしました」
胸に手を置いて安堵の表情を見せるドロテアを見ながら、ヴィンスは言葉を続ける。
「実は謁見の際、国王だけでなくロス王太子の姿もあってな。彼は父上を見るなり、泣きながら頭を下げた。『あの時は助けてくれたのに、こんなことになって申し訳ありませんでした』とな」
実は、ロスは森の中で護衛たちに保護された際、獣人に誘拐されそうになっていたのではと護衛たちにきつく問いただされたらしい。
護衛たちは、ロスが勝手に屋敷を飛び出して森に行くほどに自由を求めているとは思わなかったのだろう。
ロスはその場ではしっかりそうではないと否定したが、やはり父親に怒られるのが怖く、また城の者たちに軽蔑されるのも怖くて、デズモンドに言われた通り詳細は話さなかった。その代わりに、心から謝罪したそうだ。
しかし、逆にそんなロスの姿が、護衛たちに不信感を与えた。
もしかしたら、ロスは獣人に誘拐されかけた上、何も話すなと脅されているのではないのか、と。
そう考えた護衛たちは、その可能性も考慮した上で『アスナータ』国王にこのことを報告した。
国王もまたロスが屋敷を飛び出して森に行ったとは露にも思わなかった。更に、獣人に手を捕まれ泣いていたロスの姿を護衛たちが見ていたことから、『アスナータ』国王は報告を鵜呑みにした。
ロスに確認しなかったのは、この話をすれば恐怖体験を思い出し、息子の心がまた傷付いてしまうのではと、妻である王妃に止められたからであった。
──そして、すぐに『アスナータ』は一方的にレザナードとの条約を破棄した。
「ロス王太子は、そのことを事後報告されたそうだ。加えて、すぐに『アスナータ』国内全体にロス王太子が獣人に誘拐されそうになったという噂は広がった。……ロス王太子は事の重大さに気付いたが、だからこそ今更何も言えないと口を噤むことを選んだようだ」
「これほど大事になってしまうと、全てを打ち明ければ怒られるだけでは済まないでしょうしね」
「ああ。だが父上の顔を見たロス王太子は、罪悪感に耐えきれなくなったのか……それとも、十五年前のあの日の父上との約束を思い出したのか、謝罪し、全てを話してくれた」
その後、ヴィンスたちは国王や王妃からも謝罪を受けた。
親子揃ってわんわん泣く姿にヴィンスはかなり呆れながらも、とりあえずクヌキの木や解毒剤についての話を済ませた。
「酷い仕打ちをしましたのに、我が国の国民を救う手立てを教えてくださるなんて〜!」と、余計に涙をする国王たちは、若干鬱陶しかった。
デズモンドは終始、ロス自らが獣人の悪評を流したわけではないことにホッとしていたが。
「ふふ、でも本当に良かったです。……とはいえ、『アスナータ』のしたことはあまりにも愚かです。どうされるおつもりですか?」
「それなら問題ない。まず、ロス王太子自らが十五年前のことを国民に説明すること。更に新聞や掲示板に絵も用いて、必ず全ての国民に獣人への悪印象を払拭させろと命じた。それができ次第、今度は両国で貿易を行う。もちろん、こちらが特段有利な条件でな。これまで何かといちゃもんを付けられたんだ。この程度の条件はのんでもらわねば」
『アスナータ』の伝統工芸品に、質の良い果実、鉱脈で採れる珍しい宝石、その他諸々。
『アスナータ』はこれらを破格の条件でレザナードに輸出しなければならないわけだが、確かにヴィンスの言う通りこの程度で済んだと思ったほうが良いだろう。
もしも戦争にまで発展していたとしたら、『アスナータ』は地図から消えていただろうから。
「『レビオル』の住民たちにも、近いうちに『アスナータ』とのことは説明する。直ぐ蟠りが消えることはないだろうが、父上や母上にも協力してもらうつもりだ」
ヴィンスが両親に対して頼るという選択肢が芽生えたこと。そして、それを選べたこと。
ドロテアは、それが心の底から嬉しい。
「次はドロテアの話が聞きたい。俺たちがいない間の住民たちへの対応はどうなったんだ?」




