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114話 今後の方針

 

 シャーリィーとバーフが退室すると、ベッドの左右に椅子を一つずつ置かれた。片側にデズモンド、もう片方にディアナが腰を下ろす。

 どうやら、二人はしばらくアガーシャの傍を離れる気はないらしい。


 アガーシャは「まったくもう……」と呟きながらも、満更ではなさそうだ。


(そんなところも可愛らしいわ)


 ベッドから少し離れた位置に立っているドロテアがそんなことを思っていると、アガーシャがこちらに視線を移した。


「ドロテアさん、こちらに来てくださる?」

「は、はい」


 突然呼ばれたことに驚いたドロテアだったが、すぐさまアガーシャの近くまで歩いていく。

 椅子に腰掛けているディアナの隣に到着すると、アガーシャがこちらを真剣な瞳で見つめた。


「毒が体を蝕んでいる間も、ずっと皆の声は聞こえてたわ。……ドロテアさん、助けてくれて本当にありがとう。貴女は命の恩人よ」


 そして、アガーシャは深々と頭を下げる。

 デズモンドとディアナはこくこくと頷いている。


「そんな……っ、頭を上げてください! 私がしたことなんて本当に些細なことですし、それも皆様の協力があってこそで……!」


 アガーシャは顔を上げると、首を横に振った。


「いいえ、決して些細なことではないわ。貴女の観察力や行動力、知識などがなければ毒の正体は分からないままだったでしょう。私は今でも毒に苦しみ、家族や城の皆を不安にさせ、最悪の場合、命を落としていたかもしれません。本当にありがとう、ドロテアさん」


 アガーシャはもう一度深く頭を下げる。

 すると、続くようにしてデズモンドとディアナも頭を下げ、こう言った。


「ドロテア嬢、妻を救ってくれたことに心から感謝する」

「お義姉様、改めてありがとうございました」

「お、お二人まで……っ」


 ドロテアは自分ができることを最大限やっただけで、何も特別なことをした覚えはなかった。

 アガーシャを助けたくて、ヴィンスに傷付いてほしくなくて、ただ必死だっただけだ。


「ドロテア、俺からも改めて礼を言わせてほしい。本当にありがとう。……お前がいてくれたから、俺はこれから母上とこれまでの時間を埋めることができる」


 けれど、いつの間にか隣に来ていたヴィンスにもそう告げられたドロテアの心には変化が現れた。


「ヴィンス様も皆様も、お顔を上げてください」


 彼らの感謝を受け入れ、少しだけ自分を褒めてあげよう。自分の能力や、努力を認めてあげよう。

 そう、思えるようになったのだ。


「お役に立てて、何よりです……!」


 ──それに、今一番伝えたいことを言わなければ。


「陛下がご無事で……本当に良かったです……!」


 ドロテアの頭にぽんと優しく手をおいたヴィンスに、そっと手を握り締めたアガーシャ、尻尾をぶりんっと揺らしながら花が咲いたような笑顔を向けるディアナに、我が子を見るような慈しみの眼差しを向けるデズモンド。


 疑いようのない愛情を向けられたドロテアは、あまりの幸福感に涙が出そうだった。



 ◇◇◇



 それから少しして、ヴィンスとドロテアは本格的に動き始めた。

 アガーシャの解毒が成功した今、解毒剤の効果は証明された。住民たちの体調不良の原因も、家臣たちの働きによりクヌキの木の影響であることがより濃厚になったため、すばやく解毒剤を住民に配布する必要がある。


「ラビン、さっきも言ったが、お前はこの屋敷の家臣たちとともに動いてくれ。まずは調合師のもとに行き、調合できる解毒剤の数を確認。更に、サフィール王国にミレオンを追加輸入したい旨を連絡。手が空いている者には、重症の者から順に配布させろ。子どもや基礎疾患を持つものは毒の進行が早い可能性が高いため、特に優先しろ」

「かしこまりました」


 ヴィンスはアガーシャの侍女の一人にラビンを家臣たちのもとに案内するよう命じた。

 そして、二人が寝室をあとにすると、ドロテアはヴィンスに進言した。


「ヴィンス様、一つよろしいでしょうか。クヌキの木を暖炉の薪として活用する場合、煙突が正常に動いていれば室内に毒が充満することはないと先程言いましたが、今後はクヌキの木を薪として使用することは禁止されたほうがよろしいかと」


 住民たち全員が煙突の管理を完璧にできるとは考えづらい。

 何より、現時点では煙突から排出された毒については人体に影響はないとされているが、この毒は蓄積型だ。一ヶ月、半年、五年とこの煙を吸い続ければ住民全体が毒に侵されてしまう危険性がある。


「ああ、そうだな。──クヌキの木を加熱燃料として使用するのを禁ずるのと同時に、この屋敷や住民たちの家に備蓄されているクヌキの木も漏れなく回収する」

「それでよろしいかと思います。暖炉を使用しなくてはこの寒さは乗り切れないでしょうから、直ぐに代わりの薪を手配し、毒で侵されている間に働けなかった方々の給与や病院への受診代の補助、更に肉体的、精神的苦痛に対する補償など、もろもろ考えなければなりませんね。微力ですが、私もお手伝いいたします」

「助かる。ドロテアがいてくれるならどうにかなりそうだ」


 国がクヌキの木を木材として使用する許可をしたことによる、今回の被害。

 しばらくは事態の収束が急がれるだろう。それが終われば、住民たちを危険な目に遭わせたことへの説明と謝罪、補償を誠心誠意行わなければならない。


(ヴィンス様とともに、時間をかけて住民の皆様に寄り添わなければ)


 ドロテアは拳をぎゅっと握り締める。

 すると、アガーシャの傍にいたデズモンドが立ち上がり、こちらに歩いてきた。


「住民たちへの対応などは、私にも力にならせてくれ」

「父上が?」

「もともと、クヌキの木の採蜜に期限があることが立証された時に、木材として使用したいと言い始めたのは私やこの屋敷の家臣たちだ。私たちの責任は大きく、ヴィンスやドロテア嬢だけが背負うことではない」


 デズモンドの声色から、切実な感情が伝わってきた。

 何もしないなんて気が済まない、という思いも。


「分かりました。父上と母上が『レビオル』に来たことで『アスナータ』との小競り合いが減ったこともあり、お二人はこの一帯の住民たちから多大な信頼を置かれている。……協力をお願いします」

「もちろんだ」


 これで、クヌキの木についてと『レビオル』の住民たちの対応については、方向性が固まった。

 ドロテアは口元に手をやって、ポツリと呟く。


「あとは『アスナータ』の住民たちについてですね……。彼らを助けるために情報を教えるか、否か……」


 獣人たちを一方的に嫌っている隣国『アスナータ』。

 そんな彼らも十中八九、クヌキの木の毒に侵されているはずだ。

 まだ解決策を見出だせていないどころか、原因を突き止められていない可能性だって低くはない。


(確か、『アスナータ』はサフィール王国からミレオンを輸入していたはず。医療についてもレザナードと大した差はないから、今回の住民の体調不良がクヌキの木の毒であることを調べれば、迅速な対処ができる可能性は高い……)


 けれど、この土地に住むもので『アスナータ』に好感を抱いている者はないに等しい。もちろん、ヴィンスやデズモンドも同様だろう。


(私の個人的な気持ちとしては、救える命があるのならば情報を提供したいけれど……)


 国家間の問題に個人的な感情を優先するわけにもいかず、ドロテアは口を噤んだ。


「『アスナータ』が友好国であれば諸々の情報を教えただろうが、相手は俺たちを敵対視しているからな……。正直、教える理由はない」


 ヴィンスの言葉に、デズモンドが続く。


「……ああ。それに、そもそも情報を伝えるにしても、獣人の我々の言葉を彼らは信じないだろう」

「…………」


 確かにその通りだ。匿名で手紙を送ったとしても、国の中枢まで届かないか、怪しまられて終わりの可能性もある。


 致し方ないとはいえ、なんだかやりきれない。

 ドロテアがぐっと眉尻を下げると、先程まで壁際で待機していたハリウェルが直ぐ傍まで来ていた。


「実は『アスナータ』のことで、もう一つお話をしなければならないことがあります」

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